2008.07.04 Fri
施設のスポークスマンだったわたしとの過去との決別
養護施設にいる間の問題
保護児童としての態度を求められる・・・
タイトルは非常に大げさだけど、子ども時代の気持ちは大げさなものだったと思う。お礼状を書かされた事と並んで、施設で育っていかに幸せかを表現しなくてはいけないと思い込んでいたから、多少大げさな題名だけどご容赦願いたい・・・。
お前はすでに保護されているという某アニメじゃないんだけれど、保護児童の立場という足かせが過去のわたしにはあったと感じている・・・。
実際は「狩られて収容され、脱走すれば捕獲されるのが児童養護施設の世界だ」と、わたしは何処かで核心しているのに・・・「わたしは施設で保護されたんだと言い聞かせて」いた。
でも物心ついたら・・・【気付いたら】養護施設の庭で真っ白な雪景色の中にうもれていた。わたしが気付いた最初の風景は、真っ黒な空と光輝く積雪の光景、その中で草むしりをする子ども達だった。
対外的スポークスマンのような気分
などと言うものの、誰も頼んじゃいないよとあっさり言われる施設世界ではある。
書類上家庭にいた事があった為、施設への保護児童としての意識と態度を知らず求められ、保護児童としての役割をまるで施設児童のスポークスマンのように表現している子ども時代があった。
背後に職員達の満足げな笑顔を感じつつ、対外的なスポークスマンのように気取って答えるのだ。知事がくれば他の子ども達と一緒に写真を撮り、求められる答えを返し、微笑み、写真を取られる。その写真は誰にどう扱われているかなんてどの子も知らない。
「ええ、親とかいないけどその分施設で幸せに育てられてます」と。どう自分が対外的に映っているかしっかり把握している感覚、養護施設で育ってすごく幸せである事をできる限り心を込めているように見える態度・・・・。インタビューにもしっかり答えられる。
時々、社会的養護下の児童であることを、有形無形の形で当時の職員達からメッセージとして受け取り、それに相応しい児童であるべく行動しようとしていた、子ども時代の自分の意識の残滓にチクチク責められる。
曰く、
「お前らみたいに保護される者たちばかりじゃない」
「施設に保護されたくても保護されない子たちが多いんだ」
「施設がなかったらお前らみたいな者はとっくに死んでたぞ」
「感謝しろ」
「神さまはお前たちを見捨てなかった」
虐待家庭からの措置ならば、短期間ならそれでも間違いじゃないだろうけれど、人工飼育のような施設長期入所の問題を、その子の人生に勝手に重ねなきゃらない理由付けにされてはたまらない・・・と、今のわたしは思う。
わたしは、ごくたまに、養護施設だけで育った事を「沢山の人に支えられた」と語る元児童たちがネット上で語る姿を見ると、あの頃施設時代に大人から有形無形に求められ続けた、施設児童の小さなスポークスマンの姿を手前勝手にではあるけれど「観」てしまう。
「お前はお世話になってるんだ」
「施設がなかったらどうなってたと思うんだ!」
という内面のゆさぶりに抗うのが苦しい・・・。
家庭を模した施設を家庭的養育と言わないで
施設の子たちは長期入所の子ならば、高い確率で対外的に「幸せな施設生活」を表現させられていると思う。
テレビで見る革新的な動物園がどれ程、動物の自然に近づけたものであっても動物園でしかないのと同じように、乳児院・児童養護施設だけで育つ子ども達のいる施設も、施設でしかない。
でも、今なら、家庭を模した施設を家庭的養育と言わないでほしいと言える。家庭と施設内での家庭的処遇は違うのだ。とくに家庭を体験した事がない子ども達にとっては・・・。
だから里親家庭へ子ども達が行ってほしい。と言える。固定された相手を知らない事を知らない子ども達は、大人になっても子どもの親になるのは難しい。そして、だからといって、里親家庭がパラダイスだなんて思わない。わたしの場合を考えても、出会った事で痛みを知るという事も多い。出会った事で、今まで何ともなかった事がいちいち傷つき感を覚えるかもしれない。
でも、そうだとしても固定された相手に出会ってほしい・・・。
わたしは、自分の気持ちの中身に生じたギクシャクをこうしてテキスト化してみた。これもまた、文章化によるわたしなりの整理作業。正しいとか間違いじゃなく、わたしの偽らざる感覚。
★まだ文章調整中ですので、記事の内容を修正すると思います。落ち着いたら記事内容は変更されていないと思います。
保護児童としての態度を求められる・・・
タイトルは非常に大げさだけど、子ども時代の気持ちは大げさなものだったと思う。お礼状を書かされた事と並んで、施設で育っていかに幸せかを表現しなくてはいけないと思い込んでいたから、多少大げさな題名だけどご容赦願いたい・・・。
お前はすでに保護されているという某アニメじゃないんだけれど、保護児童の立場という足かせが過去のわたしにはあったと感じている・・・。
実際は「狩られて収容され、脱走すれば捕獲されるのが児童養護施設の世界だ」と、わたしは何処かで核心しているのに・・・「わたしは施設で保護されたんだと言い聞かせて」いた。
でも物心ついたら・・・【気付いたら】養護施設の庭で真っ白な雪景色の中にうもれていた。わたしが気付いた最初の風景は、真っ黒な空と光輝く積雪の光景、その中で草むしりをする子ども達だった。
対外的スポークスマンのような気分
などと言うものの、誰も頼んじゃいないよとあっさり言われる施設世界ではある。
書類上家庭にいた事があった為、施設への保護児童としての意識と態度を知らず求められ、保護児童としての役割をまるで施設児童のスポークスマンのように表現している子ども時代があった。
背後に職員達の満足げな笑顔を感じつつ、対外的なスポークスマンのように気取って答えるのだ。知事がくれば他の子ども達と一緒に写真を撮り、求められる答えを返し、微笑み、写真を取られる。その写真は誰にどう扱われているかなんてどの子も知らない。
「ええ、親とかいないけどその分施設で幸せに育てられてます」と。どう自分が対外的に映っているかしっかり把握している感覚、養護施設で育ってすごく幸せである事をできる限り心を込めているように見える態度・・・・。インタビューにもしっかり答えられる。
時々、社会的養護下の児童であることを、有形無形の形で当時の職員達からメッセージとして受け取り、それに相応しい児童であるべく行動しようとしていた、子ども時代の自分の意識の残滓にチクチク責められる。
曰く、
「お前らみたいに保護される者たちばかりじゃない」
「施設に保護されたくても保護されない子たちが多いんだ」
「施設がなかったらお前らみたいな者はとっくに死んでたぞ」
「感謝しろ」
「神さまはお前たちを見捨てなかった」
虐待家庭からの措置ならば、短期間ならそれでも間違いじゃないだろうけれど、人工飼育のような施設長期入所の問題を、その子の人生に勝手に重ねなきゃらない理由付けにされてはたまらない・・・と、今のわたしは思う。
わたしは、ごくたまに、養護施設だけで育った事を「沢山の人に支えられた」と語る元児童たちがネット上で語る姿を見ると、あの頃施設時代に大人から有形無形に求められ続けた、施設児童の小さなスポークスマンの姿を手前勝手にではあるけれど「観」てしまう。
「お前はお世話になってるんだ」
「施設がなかったらどうなってたと思うんだ!」
という内面のゆさぶりに抗うのが苦しい・・・。
家庭を模した施設を家庭的養育と言わないで
施設の子たちは長期入所の子ならば、高い確率で対外的に「幸せな施設生活」を表現させられていると思う。
テレビで見る革新的な動物園がどれ程、動物の自然に近づけたものであっても動物園でしかないのと同じように、乳児院・児童養護施設だけで育つ子ども達のいる施設も、施設でしかない。
でも、今なら、家庭を模した施設を家庭的養育と言わないでほしいと言える。家庭と施設内での家庭的処遇は違うのだ。とくに家庭を体験した事がない子ども達にとっては・・・。
だから里親家庭へ子ども達が行ってほしい。と言える。固定された相手を知らない事を知らない子ども達は、大人になっても子どもの親になるのは難しい。そして、だからといって、里親家庭がパラダイスだなんて思わない。わたしの場合を考えても、出会った事で痛みを知るという事も多い。出会った事で、今まで何ともなかった事がいちいち傷つき感を覚えるかもしれない。
でも、そうだとしても固定された相手に出会ってほしい・・・。
わたしは、自分の気持ちの中身に生じたギクシャクをこうしてテキスト化してみた。これもまた、文章化によるわたしなりの整理作業。正しいとか間違いじゃなく、わたしの偽らざる感覚。
★まだ文章調整中ですので、記事の内容を修正すると思います。落ち着いたら記事内容は変更されていないと思います。
| 養護施設にいる間の問題 | 09:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑


















