Firedragon戦記/絆なき者の記録

元・児童養護施設内マイノリティの自己主張ブログ

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児童福祉法の改正法案が廃案になった

気になる記事のCLIP2008


引用元:毎日新聞 2008年7月1日 東京朝刊

引用文

 改正案は政府が提出し、5月29日に衆院を通過した。だが、参院では趣旨説明も行われなかった。会期末に、福田康夫首相への問責決議が可決され、民主党が「不信任した政府が提出した法案の審議は継続できない」として廃案になった。

 廃案で大きな影響を受けるのが、親元で暮らせない子どもを育てる「社会的養護」の関連施策だ。

 改正案には、施設中心から家庭的な養育への転換策が盛り込まれ、里親制度も改正する準備に入っていた。具体的には、里親への研修を義務付け、里親支援機関を設置し、養育手当も引き上げるなどで、来年1月から施行の予定だった。

 だが、廃案で時間的に難しくなり、厚生労働省家庭福祉課は「施行は遅らさざるを得ない」と話す。



 とりあえず、あきらめないぞと。
  
 

|  気になる記事のCLIP2007 | 05:33 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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リアルドラゴンクエスト:わたしのHNはわたしの原初・・・

どこにいるか判らないのでカテゴライズせず

 養護施設には沢山、人々がいる。

 誰もが自分の衝動を吐き出したくて、吐き出す衝動を受け止めてほしくて・・・まるで地獄だった。わたしの場合は、その時代、虐待を受けた覚えだけがないのだけど【とくに性的なもの】、そのまま忘れている自分のままで歩きたいと感じる。

 人は死ぬ際に「走馬灯」というオリエンタルなものが出てくるらしいけれど、わたしはきっと・・・ちがうな。きっと、物心付いた時のあの雰囲気に包まれて死ぬのなら、きっと「どくろ」の教会、カタコンベに思いをはせるのだろうな・・・。

 そう言えば「がんばれ!」にアクセスした時、当時エドワードさんが「勇ましいHNですね、多くの施設の子は、子猫、子ウサギ、などというHNを使いたがる中で、あなたのHNはものすごく強そうですね、私もそれくらい強いHNにすればよかったかな・・・」

 と当時、【そんなような】メールを下さった。

 施設育ちの自分は弱さを見せれば必ずやられると思い込んでいるせいか、どうしても小動物や女の子らしい名や・・・を付ける事ができなかった。いや、それを理由としてドラゴンなのかは、ほんとのところ自分でも判らない。謎に満ちていながら手放せないHNでもある。

 それからわたしは、ヤフー時代も「何故ドラゴン?」と言われつつ、時にはHNを変えそうな事態に陥りながらも、ずっと手放さなかった。特に男性方がこのHNに違和感を覚えていたようだ・・・。

 わたしの中では竜は、龍ではない。

 竜は、天候をつかさどる神龍ではなく、わたしの中ではずっと大天使ミカエルと対峙する竜だったような気がする。竜は聖ミカエルと対峙する立場の別の元・大天使Lの名を持つ・・・。

 ・・・さて。

 このブログへ来られる方の足跡を見ると、野球関連やゲーム関係の方も時々おられるので、ちょっと自分の場合のドラゴンは、意味が少し違う【まあコメントがあるわけではないので、それでも良いのかもしれないが】と書いておきます。ゲームのタイトルではありません・・・という事で、期待した展開はありません。

 とはいえ確かに、ドラゴンクエストそのままの、自分の人生かもしれん。
 

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鈴香被告について「スキンシップ障害」という聞きなれない病名

気になる記事のCLIP2007


 「娘に触られるのが苦手だった」 畠山鈴香被告人質問
2007年10月29日(月)12:54

asahi.com : 記事全文


 秋田県藤里町の連続児童殺害事件で、殺人などの罪に問われた畠山鈴香被告(34)の公判が29日、秋田地裁であり、被告人質問が始まった。弁護士の質問に対し、畠山被告は、水死した長女彩香さん(当時9)について「汗かきの彩香に触られるのが苦手だった」と、触られたくない理由を具体的に述べた。

 畠山被告は「自分は汗をかかないので、彩香が苦手だった」と説明。育児について「つめを切ってあげることや、ぐずった時の対応が苦手だった」と述べた。一方で、「保育園の遊戯で、彩香の写真を撮るため走り回った」とも述べた。

 被告は初公判で、彩香さん水死について殺意を否定。弁護側は「触られるのが苦手なスキンシップ障害だったために、抱きついてきた彩香さんを反射的に振り払った」として、過失致死を主張していた。

 

夫のすばやすぎる反応

 夫が「君はこれじゃない?」と聞いてきた事件とは、畠山鈴香被告の話。彼女の話はリンク先の記事を読んでいただくとして、夫は、やっと腑に落ちたという顔をしている。

 今まで児童養護施設だけで育てられた問題や、それゆえの無愛着について語ってきても、説明しても全く反応しなかった夫が、家庭でネグレクト&虐待を受けていたと思われる、この容疑者の話にようやく反応をした。

 メンタル部門初心者の自分にとってはスキンシップ障害というものについても初めて聞いた言葉だった。そこでウェブ検索を掛けてみたものの、医療関係のサイトへはなかなかたどり着けず 関連記事 をかろうじて見つけた。

 上記リンクでは「子どもから触れられるのが嫌な人が性的交渉ができるのだろうか、鈴香被告の言ってる事はほんとうだろうか?」というようなコメントもあったが、性的なスキンシップはむしろ出来るけれど、普段のシチュエーションで、手を繋ぐ、子どもを普通に抱き寄せるというような行為ができないという感覚は実は判る気がする。

 ・・・・

  もし自分が、子どもを生んだら触れられる事を恐怖のように感じてしまう可能性はあるので、これからもこの事件については考えていきたいと思う。

施設の問題とは違うが

 夫は家庭の例ならばすぐに反応するが、児童養護施設における集団養育の結果どうなるか、などというものはピンとこない。この時も、鈴香被告が家庭でネグレクト&虐待を受けていた可能性について、触れていたので彼はようやく、わたしの鈴香被告に似ている雰囲気を感じ取ったらしく、彼自身も納得しようとする。

 家庭しか知らない人は、養護施設の例題を持ってきても、なかなかピンとこない。何を問題としていて、何をこだわった意見なのかすら想像できない。それなのに家庭の人のケースに当てはめると「君はきっとこれだ」という。

 養護施設と家庭でのネグレクトについては、まだまだ分けられていないし、未整理なので、今日はスキンシップ障害という症状があるという事だけに留めておきたい。

 これをもって、家庭も施設も一緒と夫が言う危険性のようなものを感じるのは自分だけだろうか。どうも家庭の人は、家庭の事例に全ての事を当てはめないと納得しないらしい。

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「かわいがり」という言葉に近いものが施設にも蔓延している

気になる記事のCLIP2007:時津風部屋暴行死事件

 時津風親方と兄弟子らによる力士の暴行死事件が驚きを持って世間で語られている。不思議なもので、けいこと称するしごき、かわいがりというしごきと暴力、親方の解雇処分により、残された力士たちが何処かの部屋へ別れ別れになりそうだとか、非常に懐かしい匂いを感じながらニュースを見ている。#施設でもまさにそのようなリアルが展開されています。
 
 養護施設も古い体質、旧態依然、戦後のままだの、色んな表現方法を用い、施設の独特な世界観を表現しているが今いちピンと来る人がいなかったようだ。

 今回、家庭から預かった大事な子を集団暴行により死亡させた相撲部屋というキーワードが、世間の人々の関心を集め、共感をあおったのだろう。#親のない子の話ではピンとこない話も大事な息子の話となると違うと夫も言っていた。
  
 親方や兄弟子たちの所業が明らかになった事で、脱走しても連れ戻され、尚更、かわいがりの対象になってしまう事も表で語りやすくなったようだ。他の部屋の力士もそれぞれ語り始めている。しかし相撲協会全体としてはイメージダウンになる事を恐れ、すべての部屋がそうではないという立場を取ろうとする。でも世論はもうそれでは済まさないだろう。

 さて

 かわいがりの対象にされる力士というのは「派閥に属さない」「脱走を何度も図る」「集団生活に馴染めない」者だと証言している他の力士がいた。

 施設でも脱走に失敗したらその後はどうなるか覚悟をして脱走をする。施設も体育会系なので体罰を用いて教え込もうとする。それを情熱的な指導と言っていた。

 今回、この事件に触れ、閉鎖空間の中の集団生活とはどういうものかを自分ながら改めて理解できたような気がする。養護施設で育てられたフィルター越しで今回の事件を見ても、なんら驚くに値するものはなく、なるべくしてなったようにも感じられる。でも力士は虞犯少年ではない。彼らはごくごく普通の子ども達。それでも集団生活を行う構成員は同じような心理的状況へ陥ると知った。
 
 これは指導員とボスと上級生とやられる子ども達の相関と非常に似ている。人は役割に応じた心理状態へ陥っていくのだという事も改めて理解できた気がする。

 またメディアは、この集団暴行を虐待とは表現していない事も興味深かった。相撲部屋も他人の寄せ集めだという事を考えれば、児童養護施設内虐待という言葉が陳腐化してくるのかもしれない・・・。



 

|  気になる記事のCLIP2007 | 08:44 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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0才〜18才までの継続施設の建設?

気になる記事CLIP

 又、施設の建設に前向きだという記事を見た、しかも今度は乳児院から養護施設まで「継続して養育する」為の施設の建設だそうだ。

 いくら誰も引き取りに来なければ施設という世界観に適応するからといってこれではあんまりでは・・・。という気分にさせられた。一度も家庭で育てられない子どもの問題を全く判っていない。右のサイドバーのブックマークにも登録しておいたが、今回は妙な恐怖心を覚えた記事なので、1部引用して気持ちを書いておく。

 

YOMIURIONLINE

 この日質問した小林祥子氏(公明)は2歳児が同施設に移ることについて、「甘えたい盛りに、慣れ親しんだ職員や子どもたちから引き離され、環境の異なる児童養護施設にたった1人ぼっちで移されることになる。その時受けたショックは計り知れない」と継続した受け入れ施設の建設を求めた。

 【全文記事



 いかにも物分りの良さげな言葉が並ぶこの記事。でもわたしは文章を読んでいると妙な汗が出てくる。要養護児童を将来養護施設へ措置する事をまず優先・前提としている気配がうかがえる。言葉は悪いが施設業界の要養護児童丸抱えを目指しているように感じてならない。1人も施設から出さないぞという意思表示の1つにも見える(主観です)

 今までも里親制度よりも施設的養護を優先させてきた弊害にフタをし、資料が出ても圧力をかけ、退所後の追跡調査のデータも取らず(昭和の初め頃はとっていたらしいが・・・)施設病という問題もフタをし・・・。

 今度はその環境を乳児は受け入れてしまうという現実を逆手にとり、せっかく馴染んだ職員との別れという部分にあえて焦点を絞る発言。だからそれを受けて当然わたしは「でもこの馴染んだ職員も数年後にはやめていく」現実を語るだけ。だってわたしは数え切れない別れに慣れてしまった。

 甘えたいさかりに必要なのは養護施設じゃなく里親家庭、たった一人の居なくならない大人との固定された愛着関係だ。子どもは建物に愛着を持つのじゃなく、たった一人の自分だけの大人に愛着を持つのだ。去っていく大人(退職、配置転換、担当替え、その他)に愛着をボンドするほど子どもの心は甘くない。

 この記事で『継続』と言っている範囲は建物が同じという事でしかない。常に大人も子どもも変わりゆく非継続な関わりの根本的問題は解決されていない。もちろん虞犯少年問題、児童間暴力の問題、職員からの暴力の問題、愛着の問題も常にある。養護施設では中学生の少年達は幼児をおもちゃとしてしか扱わなかった(後輩・談)、今度は乳児が危険にさらされる恐れが当然出てくる。分割されていた部分が共棲するようになればどんな事が起こるか判らない。

 乳児院から養護施設の継続養育、それは「継続」という言葉を用いながら少しも人間関係においては継続していない。でも普通に文章を読むと、新聞記事をすんなりと受け入れてしまう。そういうものかと思ってしまう。この公明党の人も、施設関係者の紋切り型のの説明をそのまま鵜呑みにして語っているフシがある。
 
 愛着や発達心理学や集団養育論やなどの視点を持っていない。なのに一応の発言力のある人だから記事になる。

 こういう視点は施設で育った者だから敏感になりえる。

 生後遅くても3カ月以内には里親家庭へ委託されてほしい。そして居なくならない大人、自分だけの大人、兄弟関係、空間、を子ども達がアクセスできるようにと願ってやまない。

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|  気になる記事のCLIP2007 | 03:25 | comments:5 | trackbacks:1 | TOP↑

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里親手当てが倍増される事で、ますます問われていく里親の質

気になる記事のCLIP


記事引用元 毎日新聞記事 

<里親支援>手当倍増7万円、都道府県に拠点 厚労省方針 (毎日新聞)

 虐待や親の不在などの理由で、家庭で暮らせない子供たちの受け皿を手厚くするため、厚生労働省は23日、子供1人当たりの里親手当を倍増させ、各都道府県に1カ所程度の里親支援のための拠点を置く方針を決めた。施設が中心となっている今の被虐待児らの受け皿を家庭的な環境に近づけ、併せて里親支援を強化する狙い。08年度概算要求に盛り込む。


コメント

 ひさしぶりに良い記事を知らせる事ができる。この話は何となく漏れ聞こえてはいたのだけど、その話を教えてくださった里親さんは「ますます身が引き締まる、里親の質を更に問われる」と言っていた。

 もちろん監査も入るが里親自身が子育てをしていく中で、愛されずに育った子がどのように振る舞いがちであるのかなど、どうしても避けては通れない壁にぶつかる。その時に、里親自身が親からどのように育てられたのか、実子には通じた事が里子に通じないのは何故なのかなど、考える材料が山ほど出てくると思われる。

 金銭的な手当てもそうだけど、このような、他人の子、問題を抱えた子を育てる里親独特の悩みを持った時に抱え込まないですむ環境の整備も充実していけるものと期待したい。


 
 

|  気になる記事のCLIP2007 | 15:35 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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ミュンヒハウゼン代理症候群

気になる記事の引用

いつもお世話になっているjtwさんが、ミュンヒハウゼン代理症候群について掲示板に投稿して下さったので、掲示板で流れゆく前に資料としてUPさせていただきます。#jtwさん勝手にすみません。

関連記事 ミュンヒハウゼン症候群



ミュンヒハウゼン代理症候群
by jtw 2007/06/29(Fri) 15:11

いい母を演じる鬼母・ミュンヒハウゼン代理症候群

 ミュンヒハウゼン症候群の患者は 自分を傷つけたり 病気になったふりをする。その後 確認され上記の名前を引き継いだ その親戚筋の病気「代理人をたてるミュンヒハウゼン症候群」を患う母親は 心遣いが細やかなように振舞うが家では子どもを虐待する。

 ミュンヒハウゼン代理症候群(MBPS)の母を ビデオカメラで監視して 悪事を本人に認めさせることもできるが この方法には 議論の余地がある。すでに1977年に Sir Roy Meadowは この奇妙な子ども虐待を報告した。Christian Poets は 15年前に ロンドンの国立心臓肺研究所で 働いていた時に このMBPSに 気づき 病室をカメラで 監視することにした。

 Wuerzburg大学病院 法精神科学の指導者 Martin Krupinsk はMBPSの症例を ドイツ全土で 確認した。379の子ども専門病院のうち 約半数がこのデータ検証に 参加した。その結果 予期されたよりも多くの症例が 見つかった。この病気の母親は 子どもに 下剤を飲ませて 下痢がとまらないと言って通院したり、娘を椅子に縛りつけてハンマーで殴って骨折させて おいて階段から落ちたと言って病院へきたりする。

 小児科へ 来るのを躊躇わない。病院へ来るのを ためらわないのが他の虐待と違うところだ。重病の子どもを助けようとする医者を共犯者にしてしまう。犯人はもっともらしく振舞い、事実でない情報を提供し 子どもは治療を受け 副作用まで 受ける。Krupinski は50のMBPSの 症例を検討した。

 48例で 母親が犯人で、その平均年齢は 30.7歳。子どもは4歳。9人の子どもは 永続的障碍をもつようになり、1人は 死んだ。1/3の母親は 重度の人格障害を持っていたので 精神科へ回された。

 彼女たちは 気遣い・優しい言行を 切望しているのに どういう風にして他人と人間関係を結んでいいか分からなくて孤立感をもっている。何人かは 境界症候群で少数の母は薬物・アルコール依存症。他に鬱の人もいた。

 患者の中には 少女の時代に 感情について配慮されていなかったり(感情についてのネグレクト)、性的虐待を受けたりした人も まれではない。そういう人が 病気の子どもを 持つと 情勢が一変する。看護師が親友になってしまう。
 
 MBPSだと立証されても 子どもの危険は 取り除かれたわけでは ない。たいていの医師はケースワーカーや医師の監視下で 子どもをできるだけ長く自宅に留めることを 指示するからだ。遅かれ早かれ子どもは 家から離されるべきだ。

 MBPSの有効な治療法は 今のところない。精神科医 Reinhard Plassmann は Bad Mergentheim の 心理療法センターで 治療法を開発したが、この治療法の最終段階までたどり着いた患者は いない。患者の心が 安定した時に 初めて 患者の成育暦に取り組んで 経験や葛藤を修正することもできるようになる。

 アメリカの精神科医 Marc Feldman は「人が 病気の振りをするとき」という本を書いた。

 患者に病気の説明を 聞かせるだけでは どうにも ならない。虐待の現場を押さえられたら別の病院へ行って また同じ芝居を するだけだ。

6月21日の 下記記事から:
http://www.zeit.de/2007/26/M-Muenchhausensyndrom?page=1



コメント

 病院にひたすら子どもを通わせ続ける傍目には献身的な母なのにというところがポイントなのかな。周囲の人は、その親が子どもを病院に通わせ続ける事よりも、子どもの怪我や病気の多さに違和感を覚えるのかもしれない。でも熱心な親の態度を見ているうちに、そんなものかと思ったり・・・。


|  気になる記事のCLIP2007 | 07:19 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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「家庭から持ち込まれた施設内での虐待の連鎖」と「施設内暴力環境」と子どもたち

気になる記事のクリップ

立教大学 トップページ



トップページ>立教大学社会福祉研究所>立教大学社会福祉ニュース 
記事

引用部分

 さて,一番多い被虐待処遇先は児童養護施設ですから児童養護施設内での対応が大きな課題となっています。この問題は法的整備の進行で多くの子ども達が発見され,施設での生活を支えられようにはなっていますが,彼らがそれまでに受けてきた「心の」を何とかしなければというところから生じているのです。

 これまで私の専門的立場である「臨床心理学」では「施設内ケアの臨床的方法」としての蓄積がほとんどないところにも問題があります。幾人かの専門家によって細々と取り組まれてきたに過ぎませんでした。暴力によってつくられた心身のに対しての対応への本格的な関心はつい近年向けられ始めたもののようです。

 しかも,児童虐待という小さな子ども達の心身に与えられた「歪み」や「痛み」が成長過程においてどのように持ち越されるのか,巷間伝えられている「世代間伝達」はどのようにして子ども達の心に持ち込まれるのか,はたまた彼らの人間関係形成上のどこに,どのようなトラブルとして現れやすいのか,彼らが「愛」や「依存」といった感覚をどのようにして取り戻し,回復せしめることができるのか。

 近年では「愛着障害」という概念が提唱されていますが,「愛着する力」そのものに障害があるのか,「愛着の方法や表現」に障害があるのか未だ明確にはなっていません。



施設内暴力の連鎖という現実



 養護施設の場合の暴力の性質とその環境を「DV」とはあまり感じられないので、たんに「施設内暴力環境」と呼びたい。親が育てられない子という言い方を適切とは感じられなかったように、施設は大きな家庭という表現に違和感があったように、出来る限り自分の本音にそった表現をしていこうと思った。

 この引用部分は2005年の文書らしい。大学には個人的な恨みはないので申し訳ないけれど「はぁ〜」とため息しか出て来なかった。今年が2007年である事を考えればけして古すぎない文書なのにとも思う。

 しかも,児童虐待という小さな子ども達の心身に与えられた「歪み」や「痛み」が成長過程においてどのように持ち越されるのか,巷間伝えられている「世代間伝達」はどのようにして子ども達の心に持ち込まれるのか,


 引用した部分が「どのように持ち越されるのか」「世代間伝達」」という部分を含んでいるので、書かずにいられない。世代間を待つまでもなく施設内で彼らは怒りを吐き出しまくる。虐待を受けて施設へ入所している彼らが大人しいわけない。すぐに伝達・連鎖を始める。

 施設では誰もその「家庭内虐待の子の施設内虐待連鎖」「年長児童による年少児童への世代間虐待」についてはっきり言及しない。施設は保護先だという表現だけをして、そこにある年長児童の暴力の問題、暴力職員について言及を控えている。保護したもののその後どうしたら良いか困っているという報告書を読まされてても仕方ないけれど、時にはこういう資料も紹介しないと気がすまない。

 わたしはやはり「所謂家庭虐待ついた子らが施設内で家庭から持ち込んだ虐待の連鎖」をしている事を伝えたい。「ついたついた」と何かすごく耳障りに感じられる。そのついた彼らが虐待されたからといって、施設内でどれほどの嵐と暴力を年少児童にもたらすか伝わっていない。

 彼らがついたと受身的表現だけをされているかぎり、彼らの怒りの衝動は見えて来ないし施設内での隠された虐待の問題も見えてこない。家庭で虐待された彼らが本当にケアを受ける為の本質が見えてこない。

 「俺、今なら少年A」と言ってる子がいた。彼はその頃は意味が分からなかったが、今なら怒りの吐き出し相手である年少児童を物色していたのだと思う。

 彼らに必要なのは怒りのスケープゴートじゃない筈なのに、現実は職員の数や質が伴わない為、自然そうなってしまう。

 家庭でのDV環境が虐待にあたるように、施設内暴力環境も同じように虐待にあたる。という認識に立てば、虐待の連鎖をやめさせる事も、連鎖の断ち切りを教える事も家庭虐待のケアと共にこれからの課題となっている。

 そして

 近年では「愛着障害」という概念が提唱されていますが,「愛着する力」そのものに障害があるのか,「愛着の方法や表現」に障害があるのか未だ明確にはなっていません。

 そう、このあたりの研究の進まなさが本人(児童)の資質扱いへ逃げ込ませてるのは理解できる。それにしてもすごい表現・・・。施設特有の愛着を作らせない環境に入所させ続ける問題にはやはり触れてない。児童養護施設の環境ではその力が育っても問題行動になる。とくに要養護児童の愛着障害は養護施設で育てられる事によってつくられた症状なのだから。

12


 以上、ラフな感想でした。

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<児童福祉施設>厚労省が抜本的見直し より家庭的に

気になる記事のCLIP2007 

参照元 記事へのリンク

5月14日15時2分配信 毎日新聞

 親の虐待などさまざまな事情から家庭で暮らせない子供の受け皿について、厚生労働省は、児童福祉施設の体系や機能の抜本見直しに乗り出す。日本では施設で暮らす子供が里親家庭の子供の10倍以上で、きめ細かい対応が難しいのが実情だ。同省は家庭に近い環境をめざして施設の小規模化や里親の拡充を進め、都道府県に整備計画を求める方針。児童福祉法改正で戦後ほぼ変わらない枠組みを改める考えで、同省の検討会が近く、中間報告をまとめる。

 同省によると、被虐待児の保護を設置目的に児童福祉法に唯一明記された児童養護施設(556カ所)には04年現在、約3万人が入所している。乳児院(117カ所)は約3000人、親に代わって養育する里親家庭の子供は約3000人にとどまる。虐待を受けた子供は、児童養護施設入所児の6割に達する。

 被虐待児は「心の傷から気持ちを伝えにくく、自他を傷つけてしまう」(東海地方の施設長)場合もあり、手厚い支援が必要とされる。だが、国の施設の基準は1部屋15人までという規定が60年間変わらず、小学生以上の子供6人に対し1人という職員の配置基準も28年間続いている。

 同省はこうした実情に対応するため、児童養護施設や乳児院については家庭に近い小規模単位での支援を基礎に少人数のグループホームを大幅に拡充する方針だ。

 保護された子供の都道府県間の格差も大きく、18歳未満人口の1万人当たりの施設入所児数は最も多い高知県が最も少ない新潟県の6倍、里子は北海道が愛媛県の12倍となっている。受け皿不足から子供が保護されない恐れもあるため、都道府県に対し、ニーズを把握して施設と里親の整備計画を作るよう求める。

【野倉恵、清水健二】

最終更新:5月14日15時3分
毎日新聞




 コメント

 戦後変○○年変わらないというフレーズが、そのうち無くなりますように。

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「児童養護施設送り、児童養護施設あがり」である事

気になる記事のCLIP2007

 そうだ

 「シセツあがりと結婚する人は余程の人だよ」と変ななぐさめられ方をした事があった事を思い出した。

 ある男性と結婚することになったのは彼が海外に赴任する事に決まったからで、先を急ぎたい彼からプロポーズされ、彼の家に結婚の許しを願ったが身辺調査の末、却下された事があった。彼は長男なので一族には逆らえず、一人旅立ったっけ。

 そんな話を知っている誰かが「シセツあがり」を用い、なぐさめてくれた。そして「まあ、確かにそうだわ」と納得してしまい、この人の事を忘れていた。

 わたしの都合よく忘れる脳に少し刺激を与えてくれたのは下記のサイト。このサイトは犯罪被害者の方が設置しておられるが、語句のデータベースの表現なども被害に遭われた方ならではの体験に基づいたと感じられる視点が見えて興味深い。

 わたしも、養護施設送りという言葉をひさしぶりに見た。



参照元:全国犯罪被害者の会 NAVS【あすの会:まめ知識】
http://www.navs.jp/law/law-a/law-20.html

 引用部分

 このほか、将来犯罪を犯したり、法に触れることをする虞がある少年を「虞犯(ぐはん)少年」といい、少年法の対象としています。 このように、少年法が少年を大人の場合と違う取扱いをしているのは、少年の方が立ち直りしやすいと考えられているからです。

 少年の行動は、育った環境に影響を受けがちですので、少年法は、環境をよくしたり(保護観察や児童自立支援施設・児童養護施設送り)、悪い環境に染まった性格を直したりする(少年院送り)ことで、非行少年の立ち直りを支援しようと考えてきましたが、少年の審判では、加害少年のことばかり考え、被害者のことに思いを致していませんでしたので、批判が強まりました。

 また、自分が犯した罪に直面することなく、非行少年の反省も立ち直りもありません。平成12年、少年法は、「審判は、懇切を旨として、和やかに行うとともに、非行のある少年に対し自己の非行について内省を促すものとしなければならない。」と改められました。  
  

>少年の行動は、育った環境に影響を受けがちですので、少年法は、環境をよくしたり(保護観察や児童自立支援施設・児童養護施設送り)

 虞犯少年の行動が環境をよくする事で治まるという前提で、(なぜか)養護施設送りという事については色々言いたい部分もある。

が、この方の説明にもあるように

> また、自分が犯した罪に直面することなく、非行少年の反省も立ち直りもありません。平成12年、少年法は、「審判は、懇切を旨として、和やかに行うとともに、非行のある少年に対し自己の非行について内省を促すものとしなければならない。」と改められました。
 
 という現実がある。養護施設と自立支援施設の境界も何だか曖昧で(法律上の話というより、生活していて感じること)、そのはっきり定義できない素行不良の子ども達の送致先になっている。保護処分が決定すれば保護である以上養護施設へ送致が決まる。とはいえ、何の工夫をしなくともデフォルトで軍隊風な集団世界へ詰め込んでおけば、後は子ども達で勝手に立ち直ってくれると言わんばかりの決定だが。

 でも反省するどころか、たとえば14才以下や20才未満の子たちは「あと1年は大丈夫だな」と言ってやりたい放題だった。自分が送致されてきた事を知っていて、法律の事も知っているから言える言葉だったと今は納得するが、あの頃は何を彼らが言ってるのかわからなかった。

「お前なんかシセツへいれちまうぞ」という、家庭の親の脅し文句とこの現実はぴったりと一致する。

 ところで
 
 乳児院と児童養護施設しか知らない少年の行動は、育った環境に影響を受けがちですので、○○法は、環境をよくしたり(里親家庭へ措置)、悪い性格を直したりする(専門里親家庭措置)ことで、養護施設の少年の無愛着や「やさぐれ感覚」を治す支援を・・・などと明確に銘打ってくれないだろうか。

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