Firedragon戦記/絆なき者の記録

元・児童養護施設内マイノリティの自己主張ブログ

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読書感想文:「施設の子どもたち -集団養護の理論と実際-」を読んだ2

養護施設の問題
 
 関連記事:

集団養護論とは (Mariaの戦い-Livedoor Blog-)
読書感想文:「施設の子どもたち -集団養護の理論と実際-」を読んだ

引用文



page131

施設集団はややもすると、問題を起こした児童を疎外したり、非難したりする傾向があるが、そのことは児童を利己的な存在に追いやるとともに自分が施設に入所していることを否定的に捉えはじめ、ますます集団意識がめばえなくなってしまう結果となる。そういった結果を生み出さないためにも、養護の方法に、個と集団との統一的なものを打ちこまれなければならない。





page136

 しかし、イスラエルのキブツにおいては、乳幼児が母親からひき離されて専門の「母親代理者」によって集団養育されているが「この複数のマザーリングは、幼児期の発達様式にいくらかの小さな一時的困難と影響を与えるにも関わらず、人格発達と性格構造にあたる有害な影響を与えない」とラビン(A,L,Rabin)が報告している。

 すなわち、このことはジョン・ボウルビーやロレッタ・ベンダーの述べている「幼児期において愛情ある人と同一化過程を通して価値体系を学習し、自らの中に取り入れ、人格を形成する」という理論に対して、キブツでは ”集団への同一化過程”を通して、その価値体系を取り入れさせることに成功している。





p137

キブツの子どもは、仲間グループによって発達させられた価値を取り入れる。

 もしそうだとしたら、彼は特に安全な情緒的環境の中で成長することになる。彼の行動を外部的にコントロールする仲間たちにとり巻かれているのだが、このコントロールは彼の内面化された優勢な超自我の力を調和する。

 したがって、この集団文化は阻害された子どものための集団心理療法に類似した場面を生起させる」

 もちろん、キブツと施設とを同じ尺度で捉えることは許されないであろうが、”母親への同一化過程”を施設における集団を優位に活用させることにより、”集団への同一化過程”へと移行せしめることは不可能ではないと考えられる。

 
 

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|  養護施設にいる間の問題 | 23:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「私一人を見てくれる人の必要性に気付けない集団主義」という感覚2

養護施設に居る間の問題

 追記

 施設の子ども達である自分を誇りに思う事と不思議な高揚感




 
 

  わたしは、集団の中の溶けた物質のように集団化していたが集団に愛着を持っていたのでも帰属意識を持っていたのでもない。ただ集団の溶けた物質のように生きていただけだ。その集団に誇りを持っていたわけでもなく、みんなでオウム返しに唱えていただけ。



 2つの引用文ののうち前者は、今では自分が育った筈の施設に何の愛着もない事に気付いたのと、帰属意識というものに対して、今思えば子ども達みんなで唱えていた言葉の数々は、あの全員で妙に高揚していた気分と連動していた事に気付いたから。

 「世間の子ども達に負けて無いぞ」
 「施設の子ども達には誇りがあるぞ」

 と思わしめる対外的なイベントを何度も重ねた時などの心情のカケラなのだと気付いた。普段の集団生活の中でのありふれた発意高揚が今も根深く自分の心理を刺激していると感じている。もう集団は何処にもないのに・・・。

 今思うと親から捨てられ施設で集団生活をしている事を誇りとする何の根拠もなく、さらに、実は「恵まれない施設の子ども達に勝手にパワーを貰った人々」を前にして、まるで道化師のように様々なイベントに呼ばれ、記者が来て、沢山の何かを押し付けられ、奪われていっただけであったと感じている。今は漠然と搾取されていた事に気付きつつある・・・。



 だから今でも、耳馴染んだ「施設で育って誇りに思う」と言い切る人を見ると、何故誇りに思わねばならなかったんだろう?と、自分が過去に同じ事を唱えていた事を思い出す・・・。



 後者の引用文は、施設で育っても家庭の子には負けない根性がある、誰もいないかもしれないが【家庭の子にはいる事に気付き始めた頃】自分は親のない事を言い訳にせずに生きてきた。

 と見当違いの自負をしていた自分の集団生活万歳ぶりに気付き、何故、誰に、自分が施設を出て今も一人で生きねばならない事を誇りに思わねばならないのか、施設はわたしを育てた担当じゃなかったとはっきり言っているのに、何故わたしは施設で育つ事を誇りにするのか。

 と・・・自分の心情ながら理解する事に困難を覚えたから。

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|  養護施設にいる間の問題 | 03:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「私一人を見てくれる人の必要性に気付けない集団主義」という感覚

養護施設にいる間の問題;集団の中の溶けている物質感

関連記事: 「私一人を見てくれる人はいなかった」という言葉

 子育てを通しての問題提起





 実は「私一人を見てくれる人はいなかった」という言葉を前にジッと考え込んでいる。その言葉の持つ響き、その新鮮さに・・・。そして少しエゴイストに感じられるような否定的な匂いに・・・。

 「愛されたいを拒絶される子どもたち」の登場人物で、乳児院・養護施設で育ち切った、子どもをネグレクトしたその母親・美由紀の言葉、一般の家庭の人ならば言えるのかもしれないが、施設で無自覚に育つと、そのような育ちの環境について言語化できないものだ。【自分の場合とくに】

 「誰も私を見てくれる人がいない養護施設の育ちの環境」に、よく気付いたものだと感じている。やはり子育てを通して彼女は、様々な問題に否応無く気付かされたのだろう。子どもたちの愛着が自分に向かう事に恐れを抱く事や、子どもたちの求めに応じられない自分とのギャップなど・・・。

 

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|  養護施設にいる間の問題 | 23:12 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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テキストの温度:「無いものをあげつらう所からしか」出発できない

養護施設にいる間の問題

 うそつきなコトバ使い
 
 わたしは施設に居た頃、感謝の言葉を書かせたら詐欺のように【わたしの文章=詐欺と感じる事が多い】相手を感動させていたらしい。小学生の頃のケーキのお礼状の文章が忘れられなくて、大人になって会おうとしてくれたおばさんもいた。ボランティアの優しいおばさんだった。

 でもその話を聞いて、子ども時代の自分の文章に感動してくれた事に対して嘘をついている気分になった。何故なら、小学生でも部屋に缶詰になりお礼状を書かされれば名文の1つもも浮かんでくるようになってしまう。施設職員はそんな事は意に介さず「お前の文はすごいな」と言う・・・。

 その事をおばさんは知らなかった。お礼状の文章をわたしの本心だと思ってくれていた。わたしには顔の見えないおばさんに対して何の気持ちも浮かばなかったのに・・・。でも劇の中の一こまのように、愛され役になりきる事はできた。だから原稿用紙を前にするとスイッチが入ってしまった。

 あの頃は誰も顔が浮かばなくても、全国の優しいみなさん相手に対して文章がスラスラと書けた。誰かがいつもわたし達の事を思って下さる世界を頭の中で想像しようと努力していた。

 具体的に誰がわたし達の事を思ってくれるか見えなくても気にしなかった。具体性のない抽象的な世界中の優しい人は数え切れないほど居たから、一生掛けてもお礼状が間に合わなかった。

 抽象的な世界の劇中劇

 養護施設にいると、観念的なものが先にあり、具体的なものの正体が見えなかった。誰がわたし達を応援しているかをどうやって想像できるというのだろうか。でも、それでも想像していた、想像の元データはわたしの場合はほとんどが図書室の本の中に生きる子ども達だった。ロシア文学とドイツ文学ばかりの施設の図書室にはさらに英語の絵本も多かった。世界中から絵本を寄贈されていいた。

 顔が見えなくても顔が見えるかのように振舞うなんて、今思うと劇中劇のような生活だった。居ないのに居ると表現させられ続けているといつの間にか自分には世界中のわたし達を心配している優しい人々がいるかのように思えてくる【ふしぎ】。顔が浮かばなくても絵本の中の顔で代用している。そしてなんとなく施設時代を乗り切ってしまった。

 無いモノは無い・・・

 無いモノを無いと言える今は、無いモノをあげつらう所から出発したいと思っている。わたしのブログの文章は温かさのカケラもない。でもそれでいいと思っている。

 ないものをあると思っている限り、施設の中の世界観から抜けられない。しかし無いままで人生を終わらせたいわけではない。いつか体温が感じられるようになりたいので、今は、ウィルスも生息できない永久凍土の氷を表現したいと思っている。

 わたしは何でも耳触りの良い文章を吐き出してた昔よりは、今の方が自分に嘘をついていないと思う。

 ソウルメイトは具体的な相手

 「みんなって誰よ」とMaria。
 「YouKnow、 あたしMariaがあなたLeiちゃんと絆づくりしてるの、他の人じゃないの」と。

 できるなら【汗】抽象世界の方が気楽だから、そっち方向へ逃げようとする・・・。でもその度に喧嘩。彼女はわたしよりも、わたし達施設全部育ちが置かれていた環境を知っているから、わたしが逃げ出そうとする気持ちもお見通し。

 Wolfとガチンコでやりあう時も、Mariaはわたしの無茶ぶりを丁寧に説明してくれる。するとだんだん申し訳なくなってくる。地道な絆づくりの中で気付いた事は、わたしはやはり無愛着の心情をテキスト化したいという事だった。

 テキスト化できないときはリアル世界で雪女ばりの冷たい息を2人に吹きかけてしまうから。【ファイヤードラゴンの筈なのに・・・】わたしが書いている間は、2人を傷つけるパーセンテージがいくらか低められるのだと信じて?いる。

 

|  養護施設にいる間の問題 | 10:01 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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すっぱいブドウ:施設全部育ちにとっての「里親家庭」とは

養護施設にいる間の問題

 何となく判る気がする。
 無かった者は「施設の塀の中にいたがる」のだと・・・。

 里親さんとの邂逅を経て、自分だけの大人になってくれる世界など考えた事もない。塀の中で生き、塀の外へ逃げようものなら脱走犯で捕まる世界にいた。

 大人になって、わたしが直接会った施設出身者全部育ちは「家庭という世界を知りたがっていない」と感じた。#それは家庭虐待の措置の子の事じゃなくて全てを施設で育った子たち。

 大人になってから、薄らぼんやりと他の人には家族がいる事に気付き始めても、誰も無かった自分を納得させたいから、目の前にチラつかされた家庭を手に入れようとはしない。

 施設で育ってよかったんだ、施設が無かったら死んでたんだ、施設で育って誇りに思う、施設で育ったからこそ逆境に耐える力を手に入れた・・・と思う事で、そんな必死な状況じゃなくて、もっとよりよい世界があったかもしれない事を否定する。

 ちなみに家庭虐待の子は「逆境に耐えうる力を手に入れた」なんて表現はしない。施設職員から相手にしてもらったと思っているので、違う表現になっている子が目立った。たとえば「俺の為に職員が本気で叱ってくれた」とか・・・。1人で生きてる施設全部育ちとは違う印象の言葉だ。

 わたしは里親さんを勝手に応援する時、逃げながら応援しているようなものだ。わたしは施設時代のけん制の雰囲気を身に纏いながら応援するものだかっらいつも殺気立ってしまう。もっと満ち足りた人として応援できればいいのに・・・と自己反省中。
 
 でもこうしてテキスト化できるうちはまだいい、またはテキスト化できるようになれば少しはストレスが軽減された状況だと思う。

 自分の結婚した家庭を振り返ってみれば、主婦として最低必要な事はしていると夫に言ってしまう。夫は「だから?」と返してくる。わたしのこの感覚はどこか施設の最低基準に似てなくもない。きっと彼は、必要最低限の対応を求めてるんじゃなく、もっと違う何かを求めてるんじゃないかと思う。

 ・・・

 これについてはMariaが「すっぱいブドウの理論」とか言っていた。検索すれば出てくると言うんだけど・・・。何となく耳が痛そうな感じがするな・・・。

 施設全部育ちが里親制度を応援する事は、けっこうシビアな選択なのかもしれないと今頃気付いた。でも、そこは大人の理性で乗り切らなくちゃいけないんだけど・・・ソウルメイトに甚だしい迷惑を掛けてしまった。

 やや反省文

 わたしの話を真剣に聞こうとしてくれる人へ怒りが向かうのは良くない姿勢だと思う。聞いてもらえる事をむだに消費せず自分の糧として捉える必要がある、得がたい体験を生かす必要がある。誰もが相談者と出会えるわけじゃない。

 そしてその認知が生きる知恵に繋がる・・・。そう、そう、だから驚いてはいけない、今、わたしには特定の相手として名乗ってくれている奇特な人がいるのだから。驚きすぎず、まずは現状認識。

 

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|  養護施設にいる間の問題 | 09:15 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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「小さい子と中途半端に関わったらだめ」の意味が判る事

養護施設の問題

 保母さんのマネごと

 高校時代に施設にいて、小さい子たちの小さいお姉さんとして生活していた事。あれはあれで最近は少しずつ語れるようになってきた・・・ただ、語りやすくはない。だって小さい子たちの事だから・・・。

 わたしの中に残ってない子ども達。いつも複数でいつもがやがやとしてて可愛い子ども達だった。でも、わたしは「子ども達」という表現を使いたくないから、高校時代にちょっと触れ合った子の事などは、あまり語らなかった。

 注意されたこと

 「Leiちゃん、あの子があなたの事を求めてて困ってるの」
 「誰にでも懐くように、あまり1人の子と集中的に関わらないでね」
 「中途半端に関わったらだめよ」

 あれから

 保母から注意された内容については、養護施設で愛着を育てる事はできない以上、その場に必要な指導だと思っている。養護施設で中途半端に子どもに接したら大変な事になってしまうのだから、それはとても現実的な考えなのだと思う。

 その結果、わたしは、小さい子の一生に責任持てない以上、愛着持たせるのはいけないといつの間にか思ってて・・・誰かのせいにしたいわけじゃないけど。

 あれから・・・今現在のわたしは、

 今は中途半端に相手と関わってはいけないという呪いを解きたいと思う。好きな相手に好きと伝える、責任を持つから側に居る、そこから全ては始まるように思えてならない・・・。

 残念なのは、施設に居た頃に反論できなかった事。
 ごく普通に、指導を受け入れてしまった事。

 

|  養護施設にいる間の問題 | 13:56 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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虐待を受けていない事は本来なら喜ばしいことだった筈

養護施設にいる間の問題&出てからの再演

 後ろめたさの元

送信者 Lei Pictures


 施設にいた頃の断片的な記憶の一つに、家庭で性的虐待を受けて入所してくる予定の女の子の話を、男性職員から聞かされる場面がある。自分はおそらく小学生。

 男性職員は恐らく、ふだんから家庭の虐待に怒りを持ち、虐待を受けた子の傷にとても強く心を揺さぶられていたのだと思う。だから、その流れで、虐待を受けてないわたしに、時々怒りを吐き出したのだと解釈することにした。あの断片的記憶は、他に理由が思いつかない。

 虐待を受けてない事の捉え方

 今わたしは、虐待を受けてない事は本来は喜ばしい筈だったという認識を持とうとしている。施設で身に付いた後ろめたさは、施設職員や家庭で傷ついた上級生の吐き出しの影響によるものだと思う事にした。

 何故なら、虐待を受けていない事で責められる、軽んじられる、吐き出し相手にされるような、今もくりかえされる重い気分は、家庭で虐待を受けた子が大勢入ってくる施設でしか身に付かない気がするから。

 施設の中のマイノリティ

 乳児院からの子、幼い頃より育児放棄された子たちも、主に要養護児童として養護施設に措置されるが、児童養護施設の職員が積極的に関わりたい子ども達は「傷ついた子ども達」であって「捨てられた子、育児放棄された子ども達」ではないと、あの頃の気分に照らし合わせると、納得できる。

 そして職員は「傷つけられても愛着を持っている子」に哀しみを覚え、共感したいのであって、そんな事は一切関係なく「手前勝手に生きる無愛着な子」にはむしろ、激しい怒りと拒否の感情がわいてくるのではないかと感じる。

 ※専門的知識はないので勝手な推測です。
 
 養護施設を無くせというのではなく

 わたしは家庭虐待の子が保護される場所として養護施設がある事について文句を言うつもりはない。ただ、家庭虐待の子と共に、乳児院からの子や育児放棄の子が一緒に住む環境に納得ができないのだ。

 あの頃、言葉をうまく紡げなかったが、要養護児童に必要なのは「親」であって「職員」ではないと感じていた。でも「施設にいられるだけ感謝しなくちゃいけない」と思い込んでいて、本来はどういう環境で育つ事が望ましいかなんて考えらなかった。

 だから過去のAさんとのやり取りは再演かも

 わたしは、今までわたしのブログに来ては去っていった施設体験者の女性達や、他の人がわたしに怒りを向けてくるのを、心のどこかでシャワーのように受け止めるような心理を持っていた。責められるほどに、自分に相応しい気がしてたし、虐待を受けてないくせに!と罵られると安心していた。

 今は強くなり、反論できるようになったが、ブログを始めたばかりの頃は特に「虐待を受けてない事を責められるワタシ」という役柄に没頭し、彼らと本気で戦おうとしてはいなかった。結果的にWolfやMariaに多大な迷惑を掛けてしまった経緯がある。

 だから先日、某里親さんの態度も、職員の姿と重なったのだと思う。「傷ついた子が不良少年、虞犯少年と呼ばれる事を怒る」彼の様子が、あの時代の、上級生をかばう職員に重なったのではないかと思っている。

 まとめ

送信者 Lei Pictures


 家庭で傷ついた子の問題がメインテーマとなる養護施設では、反対に、虐待を受けてない事が責められるべき事だった、という感覚を、マイノリティ児童たちにもたらす場合があるということを、何となく言っておこうと思う。

 補足説明

 この親記事では「措置理由として家庭虐待を受けていない為、虐待を受けてない事で責められる」という視点で語っています。

 そのため、施設の厳しいルールとか、施設で長期育つ事じたい虐待だとか、施設で当たり前だった職員からの体罰などについては、あえて触れておりません。

 話をシンプルにしたいので、措置理由により、責められやすい子ども達がいるという話に特化しています。念のため。
 

|  養護施設にいる間の問題 | 00:47 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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親のない乳幼児が静かな環境を得られない事は不幸であると感じる

養護施設にいる間の問題
 
少し関連する記事
Mariaのブログ/Books 神様からの贈り物−里親土井ホームの子どもたち
虞犯少年たちと「育ちあい」をしたいわけではない      

 物心と世界観

 ※TITLEの「静かな環境」というのは、一般家庭で静かに安全な環境で養育されるという意味。

 物心ついたら、施設の中で子ども達が大暴れする場所に住んでいた。彼らがどんな経緯で施設に入所してきたのか判りようもない。ただ荒れて騒ぎ立て性的トラウマを吐き散らかすケモノのようだった。それが下級生である自分の目に映じた少年達の姿だった。

送信者 Mariaのストリート通信

 物心付いたら嵐のふちにいて、ぐるぐる回されていたというべきか、抗いようも無い世界に飲み込まれていた。何が正しいか何が間違っているかわからない。

 職員は家庭で傷ついた少年達に感情移入しているので、そのような上級生からやられ放題の下級生に我慢を常に強いる。

 「お前の気持ちも判らないではないがあの子は荒れるにはそれなりの理由がある、お前もそこは理解してあげなさい」

 と、結果として下級生の訴えはやんわりと、あるいは絡みつく論理で一蹴される。職員は少年達の傷にばかり着目しているので、結局捨てられた子ども達は施設の中でも捨てられ続けるのだ。

 下級生に出来る事は脱走・・・しかし、脱走しても行く宛てのない子どもなのだから結局は捕まってしまう。施設へ戻された時、どのような扱いを受けても誰にも何もいえなかった。静かに狂っていく感覚。

 物心付いた瞬間にどこに居たかは重要だと思う。その世界観を原初の世界観として身に付けてしまったら、修正する事は大変難しい。

 施設では不良少年の傷に思いやりを持つ事を暗に強制される。だから子ども達は職員に訴えることもできない。どうせいつも、訳知り顔で幼い子の訴えは退けられるのだ。

 静かに生きられることも権利の一つ

 わたしは養護施設の保母と養護施設の上級生が交じり合った性質を持って生きている。これを修正すべく生きているつもりだが、普通に生きているつもりでも、世間との折り合いは自然、ズレていく。

 静かに穏やかな環境がこの世にあるとは知らなかった。施設の外へ出て、友人の家庭などを見ているうちに命を掛けて生きる事が、少しおかしいのではないかと思うようになってきた。

 生れ落ちて捨てられた子ども達が、養護施設で嵐の中の小船のように揺さぶられ続けて生きなければならない現状というものを、自分自身では気付けなかった。

送信者 Mariaのストリート通信


 児童養護施設のDV環境下にある子どもたち
 
 ※ドメスティックという表現に違和感を覚えつつも、養護施設ではバイオレンスのリスクが高いという点をどうしても語りたいので、誰にもわかる表現を使いました。

 今わたしは、この世を生きる大人として、親が育てられない子ども達が上級生から暴力を受ける事無く静かに穏やかに生きられる事を願う。その身も心も安全圏内で守られ、やがて自然に発達段階を進み、親元を基地として自立していくその日まで、自分の身と心を守るカプセルのような養育環境に委託されてほしいと心から思った。

 幼い子どもは、心身を守り静かに穏やかに育まれる権利があると思っている。トラウマを負った子どもの吐き出しを見せ付けられ続けることを、わたしはDV環境だと言わせていただきたい。夫婦のDVを見せ付けられる子どもを被虐待児と定義しているが、それと同じ位置づけだと思っている。

 このような環境に幼子が置かれ続けるいわれはない。ましてやその少年の気持ちに配慮せねばならない理由はどこにもない。大人ならいざ知らず、幼い子がその為に我慢を強いられる事は不幸だと思う。

 ・・・いや、養護施設で「加害少年の傷を理解しなさい」と諭される日常は、幼い子にとって虐待なのだ。被害者は被害者としてゆるがず被害を嘆く権利もあると思う。・・・いや、思うだけではない、確かに被害を嘆く権利を有するのだ。

 というか、被害を受けるリスクの高い場所で養育される事が問題なのだ。

 とりとめもない記事だが・・・UP

|  養護施設にいる間の問題 | 05:54 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑

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保護児童としての態度を求められていた感覚からの脱却

養護施設にいる間の問題

 保護児童としての態度を求められる・・・

 施設に居た頃、お礼状を書かされた事と並んで、施設で育っていかに幸せかを表現しなくてはいけないと思い込んでいた・・・。

 お前はすでに保護されているという某アニメじゃないんだけれど、保護児童の立場という足かせが過去のわたしにはあったと感じている・・・。

 実際は「狩られて収容され、脱走すれば捕獲されるのが児童養護施設の世界だ」と、わたしは何処かで核心しているのに・・・「わたしは施設で保護されたんだと言い聞かせて」いた。

 でも物心ついたら・・・【気付いたら】養護施設の庭で真っ白な雪景色の中にうもれていた。わたしが気付いた最初の風景は、真っ黒な空と光輝く積雪の光景、その中で草むしりをする子ども達だった。

 対外的スポークスマンのような気分

 などと言うものの、誰も頼んじゃいないよとあっさり言われる施設世界ではある。

 書類上家庭にいた事があった為、施設への保護児童としての意識と態度を知らず求められ、保護児童としての役割をまるで施設児童のスポークスマンのように表現している子ども時代があった。

 背後に職員達の満足げな笑顔を感じつつ、対外的なスポークスマンのように気取って答えるのだ。知事がくれば他の子ども達と一緒に写真を撮り、求められる答えを返し、微笑み、写真を取られる。その写真は誰にどう扱われているかなんてどの子も知らない。

 「ええ、親とかいないけどその分施設で幸せに育てられてます」と。どう自分が対外的に映っているかしっかり把握している感覚、養護施設で育ってすごく幸せである事をできる限り心を込めているように見える態度・・・・。インタビューにもしっかり答えられる。

 時々、社会的養護下の児童であることを、有形無形の形で当時の職員達からメッセージとして受け取り、それに相応しい児童であるべく行動しようとしていた、子ども時代の自分の意識の残滓にチクチク責められる。

 曰く、

「お前らみたいに保護される者たちばかりじゃない」
「施設に保護されたくても保護されない子たちが多いんだ」
「施設がなかったらお前らみたいな者はとっくに死んでたぞ」
 
「感謝しろ」
「神さまはお前たちを見捨てなかった」

 虐待家庭からの措置ならば、短期間ならそれでも間違いじゃないだろうけれど、人工飼育のような施設長期入所の問題を、その子の人生に勝手に重ねなきゃらない理由付けにされてはたまらない・・・と、今のわたしは思う。

 わたしは、ごくたまに、養護施設だけで育った事を「沢山の人に支えられた」と語る元児童たちがネット上で語る姿を見ると、あの頃施設時代に大人から有形無形に求められ続けた、施設児童の小さなスポークスマンの姿を手前勝手にではあるけれど「観」てしまう。

「お前はお世話になってるんだ」
「施設がなかったらどうなってたと思うんだ!」

 という内面のゆさぶりに抗うのが苦しい・・・。

 家庭を模した施設を家庭的養育と言わないで

 施設の子たちは長期入所の子ならば、高い確率で対外的に「幸せな施設生活」を表現させられていると思う。

 テレビで見る革新的な動物園がどれ程、動物の自然に近づけたものであっても動物園でしかないのと同じように、乳児院・児童養護施設だけで育つ子ども達のいる施設も、施設でしかない。

 でも、今なら、家庭を模した施設を家庭的養育と言わないでほしいと言える。家庭と施設内での家庭的処遇は違うのだ。とくに家庭を体験した事がない子ども達にとっては・・・。
 
 だから里親家庭へ子ども達が行ってほしい。と言える。固定された相手を知らない事を知らない子ども達は、大人になっても子どもの親になるのは難しい。そして、だからといって、里親家庭がパラダイスだなんて思わない。わたしの場合を考えても、出会った事で痛みを知るという事も多い。出会った事で、今まで何ともなかった事がいちいち傷つき感を覚えるかもしれない。

 でも、そうだとしても固定された相手に出会ってほしい・・・。

 わたしは、自分の気持ちの中身に生じたギクシャクをこうしてテキスト化してみた。これもまた、文章化によるわたしなりの整理作業。正しいとか間違いじゃなく、わたしの偽らざる感覚。

 

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ヘッドバット:小さな子のサインをあえて無視した保母代理のわたし

養護施設にいる間の問題

 わたしが見捨てた男の子

 そして、見捨てられた覚えもないだろう男の子・・・。

 高校生の頃、学校から帰ると、隣りあった幼児さんたちの部屋から何か鈍い音がする。わたしは保母さんのサポートの為、彼らと同じ部屋に住んでいたが、その鈍い音が気になって、そっと見に行った。

 1人の男の子3才くらいが、自分の布団に頭を何度も打ち付けていた。他の子は寝ているのか判らなかった。

 わたしは何故か驚かなかった。対処の方法を知っているような気がしたので、そのようにした。

 ”彼はそうしたいのだから、思う存分そうさせてあげたい”と。

 彼に触れもせず、定期的に頭を打ち付ける音がやがてやむまで、わたしは部屋のすみで待った。わたしは、彼が早く諦めて、無駄な事をしないで、何もしなくなる事だけを願った。それが小さな男の子へのわたしなりの応援だった。

 わたしは彼を心から応援した。
 
 でも今は何を応援していたのか?と大人のわたしは当時の自分の態度にイラっとする。わたしは彼を抱きしめられなかったし、彼が彼自身の問題について、まるで試練に立ち向かうキリストのようになぞらえて【そう思う事が一番たやすい】むしろ応援した。

 この苦悩をを超えたら、あなたは1人で生きられるからがんばれ!と。

 わたしはまったくむちゃくちゃだった。小さな子がこの世界から受け入れてもらった感覚を伝える事ができなかった。わたしは結局無視した、小さな子のヘッドバットをそのうち諦めるさと・・・。

 断続的に続く頭を打ち付ける音がやがて途切れて、数ヵ月後には何の音もしなくなった時、わたしはみょうにホッとした。わたしは、あの男の子が今どうなっているか知る立場にない。

 そういう経緯があって今がある。養護施設で作られた感覚を小さな人々へは使えない。その為にわたしは、心の整理が必要だと感じる。

 確かに小さな子たちは何もサインを出さなかったわけではないけれど、施設では黙殺される。又、わたしのような上級生も、子どもの育ちに何が必要かがわからなかったけれど、その事に対して不安を覚えることすらなかった。

 大人のわたしはその延長で子どもを生み育てる事は、大変難しいと感じている。施設でわたしが学んだ事は、具体的にはこういう感じだった。

 でも、たとえ整理作業をしても身に染み付いた感覚が優先した場合は、理性を押しのけてしまい、結果として子どもをネグレクトするか、あるいは、虐待してしまうのだと思った。整理だけでは足りない。実際の認知と行動療法へ至らせないと・・・。

|  養護施設にいる間の問題 | 09:23 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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