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視点:育ちの問題と女性問題を混同しないで語る為の整理1

同じ轍を踏まない

 わたしと同じ施設を出た先輩方(特に女子)が離婚するたびに施設内に風聞が流れる事があった。彼女らはなぜか離婚後行方不明、親権取り上げられ、慰謝料も請求する事もなく、ほとんど追い出されるような状況で出ているようなのだ。(← 本人から直に聞いたわけではない、噂ばなしとなって流れていた)

 彼女らは施設を出た後も比較的子どもを見せに来ていたらしく、それだけに急に来なくなり噂になりやすいのだろう。ただほとんど、何も判らないまま、スーッと行方不明になっていく。まっ施設は実家じゃないので調子が悪くなると施設へいけなくなるのは当然だけど。

 そういう先輩方の行方不明・親権手放し離婚話を幾つか聞いても、当時のわたしは結婚というものが何を表しているか知らないので、あまり話を聞いてなかった。

 そして、

 今、自分も結婚して思う事だが、仮に離婚という事になれば、自分は財産目当てで結婚したのではないし、欲しいものなんか何もいらない、と思い、黙って出ていくだろう。(今のわたしの本音)

 でもこの行動は、施設の先輩方と同じ轍を踏む事になるのではないかと思い始めてもいる。

嫁の問題と女性問題

 日々施設で育てられた無愛着の問題を書き続けているのだから、どう考えても施設育ちの自分だけが問題を抱えているように感じ、離婚ともなれば自分の施設育ちの問題が取りざたされるだろうし、相手側の家族からは「施設育ちなのに受入れてあげた」と改めて怒りを向けるだろう。

 でも、ここ数日、婚家の話を書いていて思う事は、整理作業というものは書き方をもっと工夫しないと家庭生活を知らない自分を責め続ける事がメインの目的になってしまうと思った。施設の問題と家庭の問題は違うというところにせっかく気付けたのだから、それと同じように嫁の問題と女性問題も整理しやすいようにソートしていきたい。

 さて。
 そこで視点を変えてみようと思う。

 結婚生活は里子が里親家庭へ行くのと同じはないという前提の元、いくら施設育ちにとって生まれて初めての家庭生活だとしても、大人の自分がその家に入り、嫁として生活するという事をキッチリ分けて考えるようにしたいし、又、古い家風にありがちな男尊女卑的な大家族的な考えというものを、もっと冷静に客観視しないと、何がそもそも、その時点に於ける問題なのか、その大事な点が判らなくなると思った。

 無愛着の問題1つとっても、

 里子が里親家庭で里親に甘えられない問題と嫁がお姑に甘えられない問題を同列にしても整理が進まない。里子は子ども、嫁は大人。里親は里子の養育者、姑は嫁にとって夫の母親。その辺りを混同しない事が必要。
 
 働き手の嫁が姑に甘えたら困るし嫁の仕事をきちんとこなしていかなくてはならない。その代わり離婚の際に、裸一貫で生まれたのだから、出て行くときも何も請求せずに黙って出ていくという発想は施設育ちにありがちだが、それは大人のやる事ではないと思うようになった。

 施設育ちの課題というのは、結婚した家庭で甘えることではない。同じ屋根の下、対等であるとはどういう事かと考える事ではないだろうか。

 次に課題となるのは、家庭の大人としてどう行動したら良いか考える事ではないか、と気付いてきた。その為には「どこの馬の骨か判らない嫁」という長ったらしい形容詞は思考の邪魔になるので、1人の女性としての扱われ方と、自分の相手への扱いの問題、その時々に相応しい行動、などを考えていきたい。
 
 そして、この視点は養護施設の女子も男子も無意味に権利も知らずに追い出されるような事にならないようにするための考え方のヒントになるような気がする。

 ともかく来年のブログテーマのひとつになりそうだ。
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| └ ありがちな具体例 | 05時53分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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公共的な交通機関を使えないこと、車を運転しているとパニックになること

養護施設を出てからの問題:ありがちな具体例

今も生活の基本的初動に問題がある
 
 高校にはいってからの断片的記憶は少しある。中学までの記憶はさらに何もないのに、やはり高校へ行くという事で、施設からは物理的に距離が離れる事で何かが変化したのかもしれない。生まれて初めてのバス通学と電車通学を体験した。

 バスに乗ること(引率じゃなくてね)も電車に乗る事も車に乗る事も何も体験せずに中学で施設出ていくなんて事が現実に今も起こってる、養護施設の子はこの時代の中で、移動手段のスキルさえ手に入れられない。

 わたしの場合は高校時代に公共の交通機関を使う事が困難だという事実が判っただけ、まだ理解が進んだ。高校では実習というものがあり、その実習先へ1人で移動しなくちゃいけないのに、生まれて初めて聞く地名だったので、そこへたどり着けなかった。

 高校の先生に驚かれた。

 「あのね小学生じゃないんだから、1人で電車に乗れるでしょう?」と。

 自分でもそこまで地名が判らないとは知らなかった。自分が何を知っていて何を知らないか判らなかった。その後、できるだけ徒歩で移動していた(もちろん徒歩で可能な範囲のみ)。高校の教師達の反応を見て「小学生並みの事を聞くのが恥ずかしいという事が判り」電車やバスを使わず歩くようになった。

 働くようになってからも駅から会社までひたすら歩いた。とてもバスのお金の払い方を他人に聞けないからだ。

 今もその頃の体験をひきずっている。

 一度過去に失敗をすると、又失敗するんじゃないかと先読みしてしまい、行動に自信が持てずに、怪しい事をしてしまう。それは車で移動するようになったとしても同じで、過去の小学生でも判ると笑われた高校時代の体験が、今のパニックに繋がってしまう。

 施設の子の場合、子ども時代に沢山の失敗を重ねる体験を経ずに本番となる。電車のキップの買い方、バスの複雑な箱にお金をどう入れるか、などなど、家庭の人からみたらばかばかしいほど初歩的な事で、大人の年齢になっている施設出身者は悩んでいる。今更聞けない年齢になっている施設育ちは、生活のスキルが低いだけでも自信を失う。

 こんな小さな失敗の積み重ねを、大人になってからやるので、誇りも自信も持てないし、周囲も「そんな事もこの人は判らないの?」と思われてしまう。

 このような事は、養護施設の高校生を対象とした、お勉強会で何とかなるものだろうか。先が思いやられる・・・。家庭的処遇、自立支援という言葉が現実味を帯びない。その前に、中学生はお勉強の機会もないのか?

 日々の生活の中で知識として身に付いてゆくものは、家庭でこそ鍛えられてゆく。まだ失敗しても救いのある年齢の頃に失敗できたなら、自分を情けない人間だと思わずにすむし、色々な場面に積極的に赴けると感じている。
 
 就職活動をしていると「何時にここへ来て下さい」と言われるのはザラ。その時に、面接そのものよりも、もっと他の部分(生活スキルなど)で困難を覚える心の癖を少しでも補いたいと思う今日この頃である。
 
 

| └ ありがちな具体例 | 08時24分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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施設へ逃げ込んできた子が施設を出た事を隠して結婚したから何?

ありがちな具体例

 その子は言っていた。

 「あたし、学園が近所になかったら自殺してたかも・・・学園があってよかった」と、かなりわたしから見たら痛むような微笑になりきれない泣き笑顔。

 わたしは、黙ってきいてた。
 
 やがて彼女は施設を出てから結婚した。後日談の職員の話では、施設へ駆け込んで救いを求めたその子は養護施設を出た事は一切隠して、家庭育ちの子として虐待親との修復を経て結婚したらしい。花束贈呈などしたのかもしれない。残念そうにその職員は施設を出た事を隠して結婚したその子の事をわたしに語った。

 わたしは少し興味深く思った。

 ”この職員、彼女の親父のつもりなの?” と。
 
 わたしは「でも仕方ないんじゃありません?施設は家庭じゃないし、職員は実際、親じゃないしね」とだけ言った。

 その職員は「言うんじゃなかった」という顔をして黙った。

 皮肉なものだ。施設へ駆け込み助けられたのに、いざ結婚となると実親が必要になるのだ、養護施設を出た事を隠して、仮面の実親子を演じたとしても、それも彼女の選択なのだと思った。やはり養護施設は親代わりになどなれない現実がそこにある。

 彼女(施設に保護を求めてきた子)が求めていたのは、施設としての機能を持った保護の先のケアだったのではないかとわたしはこっそり思っている。施設に親を求めてはいない。ケア施設としての機能を求めていたのに、この職員は親代わりの気持ちだったのだろう。でも機能不全であっても実親の実像を持つ彼女に対して、この職員が親になる事はできない。できるのは職員としての高度(じゃなくても、被虐待児を受け入れる職員としては最低限必要)なスキルだった筈・・・・仕方ないね、というのがわたしの本音。

 施設へ駆け込んできたその子は、施設を出た事を隠して生き続けているという事は、施設へ逃げてその時保護されたのだけど、その保護の先の救いの部分については彼女は全てを自分の中へ流し込んで凍らせたのではないかと感じている。


| └ ありがちな具体例 | 08時38分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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「親がいない事が問題なのじゃない、親がいないせいにする心の癖が問題だ」というコトバ

ありがちな具体例


 親がいない為に保証人もいない、施設だけで育てられる、家庭のイメージがない事など、心の癖だけで解消される問題だろうか。心の持ちようで親が出てくるのか、施設を家庭を思えば施設で育った事を誤魔化し切れるのだろうか。 施設を家庭だと思えば、家庭を作った時に子育ての時に家庭の子育てを施設方式にしてしまう。

 一年に一回担当が変わる親がどこにいるというのか。人はいつも流れゆく存在だと教えるつもりか、学校を卒業して家を出る頃には「親はいないががんばって生きて行け」と送り出すつもりか。

 というよりも・・・これは「社会的養護の問題」じゃないだろうか。今審議している事に繋がる話じゃないのだろうか。

 1職員のブログ読んでいて昔別れた人から言われた事がよみがえってきた(怒)ので、少し整理しておく。最近は他のブログのメンテや何やかやと忙しくしてて文章をあまり書いてなかった。

 ・・・・。

 昔付き合っていた人が体育会系の人で、やけに何でも前向きな人だった。その人は両親も揃っていて大学も出ているが「寂しい思いは誰だってしている」という論旨の展開をする人なので、親がいない事でこうむる不便さを理解しようとしなかった。

 わたしは親がいない事では感情に振り回されるようなことはない。さびしいとかさびしくないとかの感情が沸いて来ない、それよりも、身分を証明できる他人が居ないと不便すぎる。

 だから彼のこの言葉、

 「で、君も寂しい思いをしてる事は知ってるが、親がいないと思うから不便と感じるし不幸と感じるんだよ、君の生き方しだいで人生は変わるんだよ」と言われた時に、ムッとした。

  わたしは「親がいない事で困る事はもっと具体的なこと」だと言った。
 
  「身元引受人がいない事、保証人がいない事、カードが作れない事、親がいない事を感謝して(利用して)性的に扱われる事、誰からも引取り手がない為に施設だけで育つ事、社会に出てからの適応障害、などなど・・・」

 について、当時、自分なりに説明した。彼は仕事はできるくせに親子の話になると急に感情的になっていたが、とても興味深い心理だと思う。

 ふだんこのブログで「親がいない為に養護施設で全部育てられた事」について書いているからといって、親がいないことを嘆き悲しんでいるかというと、その不便さと施設で育つ事で、子どもが家庭で育つ権利を奪われている事実を書いている。

 自分の事はわからなくても自分とよく似た境遇にいる親から捨てられた子ども達の、その行く末が乳児院~養護施設全部で育つかと思うと、将来大変な人生を送る事になるという危機感を持ってしまうから。

 わたしは「不便である事実」と「エモーショナルな事」は分けて考えているし、横道にそれた時は元のスタンスに戻る努力をしていくつもり。

 感情は感情で持っていてもいいし、どのような主観を持っていてもいいと思うが、実際にどのような不便さを抱えて養護施設を出る事になるのか、その具体的な部分でほとんどの子は困っている。その事をポイントに置いて語りたい。

 それに感情面については、養護施設に居る間に子ども達は何も期待しなくなっている。

 施設を卒業する頃には、卒業証書と共に子捨ての完了証書も貰ったようなものだ。それを持って施設を出て1人で生きるのだ。そんな卒園者たちを待ち受けるのは、ひたすら不便で先も後ろも見えない人生だという事。

 でも乳児院にいる子ども達には自分がたった一つの大事な命だという感銘に繋がる出会いを持ってほしい。そして「施設で育てられた事を肯定する為に施設を家庭だ」とごまかす事の限界を覚えた大人として、子ども達が家庭で育てられる道がある事を少しでも発信したい。
 

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| └ ありがちな具体例 | 15時28分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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今となっては笑い話の幻の大学進学 

さるすべり

ありがちな具体例
  
 「騙されるのは自分の欲の面に負けた証拠」と誰かが誰かの騙され話について言及していた。それを傍らで聞きながら、なるほどと思った。

 卒園3カ月前、卒園に際して「お母さんに無事卒業して働く事を書きなさい、よろこぶから」と言われた。わたしは手紙を言われるままに書いた。
 
 大筋はこうだ。

 「お母さん、おげんきですか。
 わたしは今年高校を卒業し、無事就職が決まりました。
 わたしは未来に向って歩いていくつもりですので、
 お母さんもどうかお元気でいて下さい」

 特に今自分が幸せで未来へ向って歩いている事を強調して書いたような印象の手紙を書き、職員へ渡した。職員も「よく書けているな」と言った。

 それから就職して3ヶ月後。
 
 生物学的親から手紙が送られて来た。

 「この間は手紙をありがとうございます。
 実はあなたを大学に行かせる為に施設に預けていた間、
 こつこつとお金を貯めていたので、こちらで進学しなさい」というものだった。
 急病と聞かされても気が進まなかった自分だが、大学進学?と聞いて一瞬、頭が白くなった。

 今思うと生物学的親が現在どういう状況下で生活しているかの知識があれば、大学の費用を出せる筈がないのに、施設を出たばかりなので 何も判らなかった。頭が悪いので大学へ行く可能性なんて考えた事もなかったが、お金を出してくれる人がいれば進学するチャンスかもしれないなどと皮算用。

 そのまま電車に乗った・・・・。

 するとその女は、大学進学の可能性に期待を膨らませてたどり着いた自分を見ると大爆笑した。この女は、総合失調症という診断名が付いていた、生来の性格も、他人を振り回すだけ振り回す迷惑女だという事は、その後知った。民生委員など周囲の人が誰も相手にしなくなったので、卒園したばかりの自分をターゲットにしたのだ。

「本気にするアホがどこにいる?」
「のこのこ来るとはさすがに思わなかった」
「大学どころか、日々の生活すら大変だわ、きゃははは~~」 
 そして急に言葉のトーンを変えて続けた。低いつぶやくような声だった。 

 「あんたがいけないんだよ。
 施設を卒園する前に高校を卒業して働くという手紙を貰い
 無性に腹に据えかねたのよ。
 でもわざわざ知らせてくれて親切な子だねえ」

 と言っていた。

 そうか・・あの手紙を書かなければ、わたしと彼女が接近することはなく、互いにそれぞれ生きて勝手に死んで行ったろうに・・・。生物学的親に卒園するからと手紙を書いた事も、実際は養護施設から高校へあげてやったと言いたいだけの施設側に乗せられた形になった。

 今まで施設へ入れっぱなしだった親に親切に子どもの居場所を教える事の方がずっと危険だったと気付いても全ては後の祭り。

 わたしは、この事で心理的に疲れてしまいせっかく決まった会社も職場の人間関係がゴタゴタとし、生物学的親が会社当てに勝手に退職届を書いたのもあり、4ヵ月にも満たないうちにせっかく決まった会社を辞めざるを得なくなった。その後はフリーター生活が始まった。途中会社勤めもしたがどうもうまく行かず転職が続いた。

 施設育ちにとって無知は命取り。施設は生物学的親と関わるリスクは教えない、むしろ関わりなさいと教える。いい加減なものだ。生物学的親が存命で、なおかつ卒園後急に出てくるパターンは特にご用心。

 施設へ捨てる親が生存している事でこうむるリスクの高さを無視して、親と子どもの関係をなんでもやたらに構築させようとする事に非常に無理がある。卒園してさっそく世間の洗礼を受けたと思えば何でもないよと笑うしかなかった。こういう場面に洗礼という言葉は使いたくないんだけれど、他に表現がわからない。



| └ ありがちな具体例 | 05時15分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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「捨てられた事実」を受け止め語る事で少しずつ前に進む事ができた

ほおずき


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過去の整理のヒントをAさんへ

 Aさんが参加しているSNSについて「血縁再統合の目的を持って立ち上げた」という事以外判らないけれど、彼女が参加しているグループがどういう養育環境で育った人か判らないけれど、もしかしたら「捨てられた事実」を受け止める事を、邪魔されているのではないかと懸念している。

 結婚を期に離れ離れになった親類縁者をかきあつめたと書いている。彼女は諭されてもいるらしい。そのクローズドの世界で、たった一人の施設全部育ちとして、家庭育ちのフィルター越しに整理作業をしているのではないかと想像している。



 家庭の人じゃ微妙なところを話せない、SNSでもダメでした。親戚をかき集めて家族のやり直しなんて・・・うちはPCやるような人もいない、だめな人ばかり。

 施設を出ている事は捨てられた事じゃなく、反対にあなたの親は捨てない為に施設へ入れたんだと言われた事もありました。そんな事を言われて素直にうなずける筈がありません。



 わたしも、少し似た体験をしているから、状況はなんとなく理解できる。

 ヤフー時代、わたしのテーマは「捨てられたという思いを勝ち取る事」だった。AさんのSNSじゃないけれど、わたしのところにも

「捨てられたわけじゃないでしょ」
「ひどい言い方だ」

 など、激しい反応を示す人が多かった。ナイショコメント多かった。
 
 それはネットだけでなく、夫の生家にいき、彼の親戚縁者に会った時も同じだった。

「捨てられた事実」を語り「1人で生き抜き、そして自分も親を捨てた、葬式にいくつもりもない」と言ったら

「自分から肉親を探しにいくべき」
「親の葬式に出ないなんてそんなバカな話があるものか」
「親を大切にしないなんて、人でなし」
 
・・・いろいろ言われた。

 自分1人対数人の親戚、姑、夫に囲まれているうちに、おかしいのは自分の感覚かもしれないと思うようにすらなった。

 そうか、捨てられたと思ってるのはわたしがひねくれているから。本当は捨てられたんじゃなく、泣く泣く施設へ預けられたんだと思わなければ、責められて責められてとても耐えられないかと思った。

 でも内面では沸々と怒りが沸いていた。自分の思考を取り上げられた気分だった。1人で生きてきたのは他ならぬ自分なのに。あんたたちは家庭で育って家庭で生きてきたのにと、悔しかった。

何故、家庭から一度も離れた事のない、家族離別を知らない人からこんな風に言われなくちゃならないんだと怒りが沸いた。自分が感じる自分の気持ちにフタをしてきたから、ずっと整理作業ができなかった。

 わたしはあの頃、ヤフーでブログを書き、

「わたしは捨てられたんだ」と言い切れて本当に幸せを感じた。

 捨てられた事が幸せじゃない(汗)。捨てられた事実と、施設で育ち切った事実と、そして捨てられた事の様々な生き辛さを語れた事がうれしく、幸せを感じられた。自分の本音を発表する事は戦いだった。もし親も泣く泣く施設へ子どもを預けたという言葉に負けていたら、今わたしはブログを運営していないだろう。

 そしてFC2では「捨てられた過去を背負い、今をどう生きるか」「施設の問題」「家庭の問題」と、先のテーマへつなげる事が可能になった。

 わたしは、確かにMariaに守られてきたけれど、それでもわたし自身が自分で前に進まなきゃ、彼女だってフォローしきれなかった。わたしは守りを得られたから出来たけれど、たとえ守られなくてもわたしはわたしの思考を語り続けたと思う。
 
 Aさんは、捨てられていたにも関わらず、親の影を周囲からほのめかされ、捨てられた事実を語れない生霊なのだと思う。

 わたしは、そこを整理する事ができて良かったと思う。自分なりの表現でいいから、怒りを正当に怒ってほしい、Aさん。他人に投影すべきじゃない、#あと性格いじわるなのは教育的指導だよ。

 

| └ ありがちな具体例 | 17時12分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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養護施設出身者が研究者の結婚相手になる時

でんでんむしむし


ありがちな具体例

 わたしは医療関係者を結婚相手として選んだ施設出身者を何人か知ってるけれど、何故親のない子と結婚するのだろうかと思っていた。とくに女子が出自を隠してお医者さまと結婚したという風聞を知る度に、保母は単純に喜んでいるのと反対にわたしはいつも何か嫌な気分になっていた。

 出自を隠してお医者様と結婚したというけれど、出自を隠し通せるとは絶対に思っていない。施設を出た事を隠して結婚する事ができる子は、家族や親戚があり、みなが口裏を合わせるなどの協力体制が必要だと思う。そうでなければ家柄が良い確率が高い医者の家系が、最終的に結婚を許すレベルだとはとても思えない。
 
 わたしも昔、海外赴任が決まった彼氏(医師じゃないけど)から急ぐ為、結婚を申し込まれた時、施設を出た事を隠し通そうと決めたにも関わらず、わたしの場合親戚縁者もいない、とりあえず出身地域と苗字を言っただけである程度の事を調べられ、最終的に彼の家族が大反対をし、結婚する事ができなかった事があった。探偵を雇ったのでもないらしい。そのつもりであれば苗字と出身地域や年齢などから、その人の出自を調べる事ができるのだろうと知った。

 そんなわけで、養護施設出身者が医師と結婚するという事には単純に結婚するという事を越えたある種の目的があるのではないかと思う事がある。いくら家族が大反対しても息子本人がどうしてもその人と結婚したいと思う時、その人のレアケースに思える部分に興味が尽きないからではないかと思う。#全ての人がそうではないと思うけれど。

 そして結婚すれば関係性も夫婦という形になるので、一番身近でその人を観察できると思うし、必要ならば研究対象とされる可能性もある。医師と患者ならば境界線を引かねばならない部分を超えて付き合える利点もある。

 とくに精神科医などにその傾向があるように思えてならない。Wolfなどは昔、冗談だと思うけれど「レイの無愛着ぶりは、もし自分が研究者なら論文でも書きたいくらいだ」と言っていた事がある。その時も何か、一瞬変な気分になった事がある。何となくそれも仕方ないかなと思いかけたのだ・・・。ま、彼はもちろんそんな侵入的な事は一度もした事はないが、その時ふと、心理の研究者の興味対象としての児童養護施設出身者というのがあるのだろう?と思った。

 事実わたしは、生物学的親から刺された時に、調書の一環だと思うが、彼女の主治医の精神科医がわたしと話をした事がある。彼はわたしに対して「一度頭の中身を調べてみたい気がする」と言った。

 そして「あなたのお母様の心理の方がずっと普通ですよ」と言った。こんな事を精神科医が「普通」言うか?と一瞬思ったけれど、どうせ揺さぶりを掛けているんだろうと判断し、特に何も言葉を返さなかった。彼はそして暗に「治療を受けてみませんか」というラブコール?をしてきた。
 
 つまり、刺されてもショックを受けるどころか淡々としていて、事務処理をするので、彼は驚いていたのだ。「養護施設出身者なので、多少のことは不感症なんですよ」と答えた気がする。わたしは医療関係者に、特に医師、研究者やなどに対して理由は判らないけれど不信がある。変な夢を見るたびに夢日記を付けていた事があるが『研究者から脳の中身を調べられるのに対抗して自分でも迷うくらいの複雑なラビリンスを延々と作り続ける夢』を見た事もある。彼はミノタウロスに会えないだろうとからかうような気持ちがあった。

 そういうわけで医師と結婚した施設出身者のAさんがモルモットのような研究対象にされない事を望むけれど、本人同士が共依存的に持ちつ持たれつならば文句は言わない。でも他の施設出身者にまで食指を広げないでほしい。と思った。

| └ ありがちな具体例 | 05時39分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「同じ屋根の下に住んでいる人は家族」である

養護施設を出てからの問題ありがちな具体例

 だから赤裸々生活当たり前?

 今はもうそれを当たり前と思うように努力しているので逃げ出したい気持ちを抑える事ができるようになってきたけれど、結婚したばかりの頃は事態がうまく飲み込めなかった。それでも「これくらい大した事はない、大丈夫」と思える範疇だと思っていたので自分を励ましていた気がする。


ねこ2



 ああでも、どうしても我慢の限界がやってくるのはトイレ兼用(使用中入ってくるわけじゃない)、お風呂兼用生活。最初は「こんなの平気」と飛び込んだ。世の習いに従い一緒に夫婦でお風呂に入っていたけど何事にもやがて限界がきた。平気と思い込む必要すらないかのように、世間の家庭の生活は兼用ばかり。夫の生家もどこの家もそう。
 
「家族なんだから当たり前だろ」と言われるたびに「冗談じゃない!」と言いたくなる。「同じ屋根の下に住んでいても分けるべきは分けるべき」と思いたくなる。夫の生家のトイレに行く時は心を殺して入るような大げさぶり。自分の家のトイレは塩素系クリーナーで潔癖症のように掃除しないと気がすまない。塩素の匂いに包まれるとホッとする、なんでだろう。

 もちろん世間に照らし合わせるとわたしの方が絶対おかしい。でも「家族だから」という一言で全て済んでしまう事がうまく理解できない。葵の御紋のように「家族なんだから」という言葉、通じる相手には通じるのだろう。

 家族という、なんというか赤裸々な場所で自分をさらけ出せない人間はどうしても何か精神的に張り詰めてしまうのかもしれない。リラックスする場所じゃなく臨戦態勢の場所になる。

 「同じ屋根の下に住んでいる人は家族」という言葉は家庭で育った人にとり特別な意味合いがあるのだろう、そこを分かって欲しいのだろう。だから「家族なんだから」と責めたい気分になるのだろう。

 でもわたしは、男女はきっちり分けられて育ってきたので、どうしても感覚が追いつかない。家庭はすごい、ある意味(スルーしてね)、ほんとうに凄すぎる。 そしてやがてその先の老人介護へも自然に流れてゆけるのかも。わたしは児童養護を主題としているが、本当は人の一生はゆりかごから墓場までを、視野に入れて生きるようだと認識する必要あり。

 施設では女子と男子は基本的には建物の構造としてきっちり分けられている。男子トイレ、女子トイレと分けられている。男子部屋、女子部屋と分けられている。分けられていても入って来られてしまう事の方が多いとしても「分けられて」いる。

  もし女子の領域に男子が入ってくるとしたら(仕事がある職員は別として)何か特別な目的があっての事と位置づけられる。夫だから、家族だからというたった一言で済ませられてしまう事が、そのまま自分の未処理の不快感に繋がってしまう。

 でもこればっかりは、養護施設のトイレも男女兼用へとはとても言えない。養護施設の家庭的処遇の中に、男女のトイレ兼用が追加されたらミモフタもない。そういう意味でも児童養護施設はやはり大きな家庭・家族なんて言ったらおかしいと思う。

 理性と衝動の間で

 「家族なんだから」という言葉が大きな大きな分厚い壁だという気分は単に気分でしかない。理性で割り切れれば何て事はない話。でも理性の前に、兼用への激しい抵抗というものが現に存在する事を無視して、受け入れ続けているとしたら何も整理できない。逃げ出すか、挑戦するかの二者択一しかない感覚をリラックス空間の筈の家庭生活へ持ち込む事も、養護施設の感覚を家庭へ持ち込む事になってしまう。

 まあ、それでもなんとか慣れていかなくてはと思う。理屈ではなく、これが家族なんだとインプットするにはかなりの時間が掛かる。まだ一般社会で生活しはじめて○○年、結婚生活に至っては○○年。そこらあたりの年長児童より世間に疎い。

| └ ありがちな具体例 | 05時44分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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 無愛着女なのに離婚していないのは何故かという謎

ありがちな具体例

 人によっては謎が謎を呼ぶというか、ここしばらく夫婦の話が続いている。夫と結婚した時の素の気持ちを書いたついでに無愛着女なのにいまだ離婚に至っていない謎を書いておこう。

 実は、離婚届に姑と夫とわたしの印鑑はすでに押してある。あと1人の証人が見つかれば提出できる状態になっている。濃厚な人間関係に耐えられず別居したにも関わらず、又舞い戻ったのは、単にアパート代が払えなくなったのと、この証人が1人見つからない為だった。1

 証人の判が夫側から1人、妻側から1人の合計2人と当時は聞かされていたので、夫側からは姑がすぐに押してくれたけれど、わたしの側の証人の判が揃わなかった。あの当時、離婚用紙を持って、自分の過去探しの時に話した職員に、ついでに判を押してほしいと頼んだが「結婚式にも出ていない人の離婚話など知らない」とムゲに断られ、血縁がいないので結局、証人の欄が空白のまま数ヶ月経ち、数年経ってしまった。

 つまり、離婚する勢いを殺がれてしまった状態なのだ。又、逃走したくなったら自然に離婚話が持ち上がるだろうと思うので、今の小康状態を静観しているという状態。でも激しい別居をしたので、少しパワーが落ちたのも事実。本格的な家出の前にプチ家出をするのと少し似ている状況だった。

 でも夫の本音は「離婚はめんどくさい」との事。「新しい女性と1から人間関係を築くのが面倒」と言われた。彼は一度も家族との離別を体験していないし、職場も転職したことがない人。さらに、彼の側が「子ども」の話以外はうるさく言わなくなったので、何とか何とか保っている。

 そこで、どうせ離婚するならしっかりとわたし自身の問題を、育てられ方も含めて考えてみようという事になった。それがブログを書き始めたきっかけ。その時期とほぼ前後してWolfやMariaとも出会い今に至っている。

 離婚する時はするだろうが、捨てない人間関係、絆作り、などなどの構築作業をはじめてしまった今、どうも別れずらい状況ではある。流動的だが今のところ書類の不備が長期続いた結果、勢いを殺がれて離婚せずに過ごしてしまった。

 という感じなのだ。

 離婚しない理由はそう大した理由ではない。そう大した理由ではないが何をするにも「証人」が必要だとこの体験を通して知った。

1 ところで証人は、夫側、妻側から出さなくてもいいらしい。二十歳以上の人が押せばいいらしいという事を知った。

   

| └ ありがちな具体例 | 19時05分 | comments:11 | trackbacks:0 | TOP↑

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