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読書感想文:「絆なき者たち -家なく、親なく、学歴もなく-」を読み2

完読 【このブログは読書ブログじゃありません】
 
 関連記事: 読書感想文:「絆なき者たち -家なく、親なく、学歴もなく-」を読み1

2 低い高校進学率

 page60

 調査結果の報告は、彼らの義務教育終了後の進路から入る事にしよう。養護施設で義務教育を終えた少年達の多くが、十五才にして社会に巣立つことは、すでに述べた。今、調査の回答者について、中卒後の進路を調べてみると(表2)のようになる。総数1115人中、就職者は767名で68.8%、就職進学者133名11.9%であり、両者を合計すると八割を超えている。逆に進学者の数は99人で、率にしては8.9%にとどまる。

 (後略)


 3 就職先の状況

 page62

 みたとおり、一部高校卒業後に就職するものもいるにはいるが、彼らの大部分は中学卒業と同時に職業に就いていた。では、彼らの就職先はどんなところなのだろうか。次に、彼らの就職先の特徴を職業別、産業別、規模別の三点からみることにしよう。

 (後略)

 
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読書感想文:「絆なき者たち -家なく、親なく、学歴もなく-」を読み1

読書中 【このブログは読書中心ではありません】

 関連記事養護施設の子は、一般家庭の子に比べて70倍もホームレスになりやすい。 -「若年不安定就労・不安定住居者聞取り調査」報告書を読んで-  
 
 

本文引用
page8



 養護施設出身者を、さまざまな社会的紐帯を欠くという意味で"絆なき者"と呼んだ事情からほぼ推測されるはずであるそのとき、親の存在意義が、親がない場合の人生航路をみることによって逆に鮮明になることは十分にありうる。本書はまずそうした観点からみられてよいだろう。「親」がいるから子が育たない場合もある事を知る必要がある。

 

 page9

 ”絆なき者”たちの生きようが多くは苦闘に満ちたものであるのは後にみるとおりである。しかし、その原因の全てを、親がなく、家がなく、その結果として学歴をもてなかったことにあるとするのではいささか片手落ちではあるまいか。むしろ、養護施設にいる子どもたちやそこを巣立った青年達を『みなしご』としてのみみるそうした社会的な価値観や雰囲気こそ問題にされていいのではないかといいたいのだ。

 彼らにあたたかい人間的な触れあいの場を与える必要はないとか、高校や大学に進学させる必要がないというのではむろんない。彼らの為にそうした公的機関の整備や公的援助が強力になされる必要があるのはいうまでもないことだ。

 しかし、そのときも注意しておきたいのは「親」がないことへの不自然ななまでの同情はむすろことの解決に弊害となる恐れがあることにっも意を用いるべきではないか、ということだ。


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読書感想文:「この国の子どもたち」を読んでつらつら思ったこと

読書感想文

 関連記事:Books この国の子どもたち 要保護児童社会的養護の日本的構築-大人の既得権益と子どもの福祉

 本文引用
 
 3章 児童養護施策と大人の既得権益
 Ⅳ子どものニードと集団主義養護~

  My Clip 1 >>page98

 養問研が養護問題研究会と称しながら、児童養護サービスの処遇選択肢のうち施設養護にしか実質的に視野を設定していないことも、集団主義養護に立脚する当然の結果であろう。

 『児童養護の実践指針』とうたいながら施設養護のことしか盛り込んでおらず、そのうえ「社会的養護」の対象、すなわち「養護に欠ける児童」を「家庭的な養育を受ける事ができなくなった子どもたち」と規定している。通常家庭的な養育とは里親・養子縁組のことであるから、社会的養護の対象は施設児のみになる。

 「それでは『社会的養護の場』としての養護施設や乳児院などの姿を私たちはどのように描いたらいいのでしょうか」という直後の文章から判断すると、そう定義しているのかもしれない。そうだとすれば、社会的養護は即施設養護のことであり、里親・養子縁組は含まれぬことになる。

 集団主義養護を標榜する養問研ならではの、論理である。


 

4章 児童入所施設内虐待生成の構造:施設内虐待防止のために
 施設内虐待の発生の力動性

 a 問題の否認

  My Clip >> page119

 ケア委託内の虐待(abuse in care)は起こりえないという信念は、入所施設では引き離された家族より高水準のケアが提供されると信じている社会に頻繁に見られる。施設内虐待の訴えに対する否認は、自らの信用や施設の信頼性の喪失を恐れる行政職や管理職によって示され、家庭外(入所施設)ケアの「開拓者たち」が、施設内でも虐待が起こってきたし今も起こってると認めるのは「事実上不可能」である。


 

c 施設の「閉鎖性」

 My Clip >> page121
 
 施設は「閉鎖的」で外部からの介入に敵対する虐待防止機関への施設内虐待事件通告は、施設の実態を外部にさらすゆえ、内部処理に走る。調査報告が公になり、信用(財源)を失うのを恐れ、被虐待児の権利擁護やニード充足ではなく、信用失墜を最小限にとどめ、危機を乗り越えようとする。こうした規制は「ダメージ・コントロール damage control」と呼ばれ、施設内虐待過少通告に繋がる。


 

終章 児童養護問題と社会的養護施策の構築

 My Clip >> page177
 
 全国児童養護施設高校生交流会が経営者組織にからめとられ(これは子どものエンパワーメントになるが、施設経営に重大なリスクをもたらすと気付くや否や)骨抜きにされ、結局解体されてしまったように、この当事者組織が大人の既得権益の追及の場として濫用されてはならない。施設や里親家庭で暮らす子どものための権利ノートも、英国の「養護児童の声」運動の結果1970年代末に登場し、養護児童のエンパワーメント・ツールになった事を想起するが、わが国のそれが施設内虐待事件発生自治体の尻拭いとしての「恥の文化ツール」になり下がっている事を思うと、こうした当事者組織の自立性・自発性・自助性・影響力は相当強く意識された上で、大人の既得権益擁護に濫用されないよう十二分に注意を喚起しつつ、慎重にかつ着実に意見表明を軸に活動を展開してゆかねばならないであろう。





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読書感想文:「わたしたち里親家族」を施設育ちの感覚で

本を読んだ




 読書感想文を書く時、本のどの箇所を引用文に選ぶのか、という点が、意外にも心理的に微妙で顕わな作業ではないかと感じる今日この頃。


 Mariaは自分でも本を読み感想文を書くというのに、何故かわたしにも同じ本の感想を書いて欲しい時があるようで・・・。

 最初の頃は、Mariaがちゃんと感想書いてるんだから「別にわたしは書かないでいいや」と思ってたが、最近は、2人のそれぞれの視点の違いが単純に面白くもあり、相手の捉え方に驚いたり感心したり、頷いたりという状況が続いている。

 ・・・さて、上記のように、同じ本を読んでも人毎に関心を持つ部分、読み方、感じ方が違うという事を踏まえて、【もちろんソウルメイトのMariaだから、お互いに同じ部分に関心を持ち、共感する事が多い】が、それでも、わたしはわたしなりの感想を書いている日々が続いている。

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読書感想文:「家のない少女たち」18人分を読み終わった

読書中⇒完読

関連記事:Mariaの戦いと祈り
http://prayermaria.blog74.fc2.com/blog-entry-410.html
http://prayermaria.blog74.fc2.com/blog-entry-409.html

 1施設出身者目線で読んでみて

 この本を読んでいるうちに、脱走せずにいた施設全部育ちのD子が言ってた事を思い出した。

 彼女は援助交際をした事がないと自慢げに言っていたので、さらに話を聞くと「施設でヤられないわけじゃないのよ、もちろん」と・・・。

 でも施設では、何をされてもお金貰う事はまず無い。D子もそんな施設の世界だけで生きてたので、卒園後も、人肌恋しくて駅前とかで知り合った男からレイプされようが何処かに連れ込まれようが、相手からお金を貰う発想がなかったので、加害者から大変感謝されたと言ってた・・・。

 今思えば、施設に援助交際の知識を持ち込むのは家庭虐待の子たちだったそうだが、彼女は家庭から来た子たちのような派手なタイプではなかったので、家庭虐待の子との接点を持たなかった。だから情報を得られなかったそうだ。彼女以外の子は、外から来た子のおかげで援助交際という方法があり、少なくとも稼げるのだと知ったらしい。そのような子は真夜中布団を抜け出して、人が寝ているように見せかけて、一仕事して朝方帰ってくる場合もあったと言う。

 D子は言ってた。

 「お金貰ってヤられるのと、ただヤられるのでは大違いだって知らなかったんだよね・・・知ってたらワタシだって真夜中一仕事か、又は施設を脱走して援交したかもしれなかった」と・・・。
 
 彼女の言葉が、今頃になってこの本を読む事により、引き出されてしまった・・・。



 

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読書感想文:「子ども虐待という第四の発達障害」を読んで

本を読もう

 関連ブログ記事Mariaの戦いと祈り/Books 子ども虐待という第四の発達障害



 にわとりたまご

 正直、専門的でとても難しく感じる本であった。しかし同時に難しい内容や所見のところどころが、難解ではあるのに全く理解できないわけではない部分が多少あり、そう思うと、少しばかり気持ちが沈んできた。理解できる気がするのがイヤというわけではないと思うが・・・。

 もともとのADHDというものと虐待系により生じたと思われるADHDとの区別が非常に難しく、もともとのADHDと一口に言っても、その児童のとくに父親が多動であり、世代間での伝達が見られるという事などが書いてあった。

 又ニワトリタマゴ論争などの、ADHDの症状を呈する子どもは虐待を受けるリスクが高く、先に虐待があったのかそれとも先に多動であったのかというところは、区別するのが難しいという部分に着目した。

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読書感想文2:「しあわせな明日を信じて」乳児院・児童養護施設の子ども達の作文集

読書感想文

 関連記事 読書感想文:「しあわせな明日を信じて」乳児院・児童養護施設の子ども達の作文集

 


劇的な母との再会 山本春樹(十九歳・男性)

 施設で生活している子どもたちへ

 最後に、施設にいる子どもたちに伝えたい。施設にいることを恥だと思ってはいけない。逆に誇りに思ってほしい。多くの人は両親揃って一緒に生活し、何事もなく生活している。しかし、施設にいる子どもたちは、いろんな境遇の子と生活し、多くの行事を体験し、親と生活していいないという逆境を乗り越えているからだ。

 だから、施設によって生かされいるという意識をもって生活してほしい。そして、いつでも産んでくれた親への感謝を忘れてほしくはない。

 私は母親と会い、施設の話をするとことがとても後ろめたかった。しかし、一緒に生活し、そんな気持ちは一切消えた。施設への感謝の気持ちを、母親と一緒にかみしめている。

 生きるって素晴らしいということを教えてくれた施設に、感謝の気持ちでいっぱいだ。だから、どうか感謝の気持ちを忘れることなく、施設で生活してほしい。そこには、大切な何かがいつも転がっているから。 

 ※ 本文から引用部分をテキスト打ちしました。




当事者の語りの意義と可能性 貴田美鈴(岡崎女子短期大学教員)

 この作文は、小学校四年生から八年間にわたり施設生活を経験した春樹君が、施設での生活、母親との再会、将来への夢を語ったものである。いわゆる「当事者」による語りである。これまで、児童養護の当事者の声は社会に対してほとんど届けられなかっただけに、これは貴重な声である。私達は、ここから学ぶ事ができると考える。

 【中略】

 春樹君も語っていたような子どもどうしのいじめや施設の規則の厳しさなど、多くの当事者の経験には共通する部分があるといえる。このような経験をしていながら、春樹君は「施設ってすごくいいところだったんだなと、今痛感する」「施設への感謝の気持ちを、母親と一緒にかみしめている」と語っている。春樹君をこうした心境に至らせたものは何だったんだろうか。

 【中略】

 春樹君は「施設にいることを恥だと思ってはいけない。逆に誇りに思ってほしい」と、施設で生活する子ども達にメッセージを語っている。このメッセージの背景には施設生活を友人・知人などに「知られたくない」という子ども【市川、二〇〇八】の存在があろう。

 施設で生活した人々は「施設出身者」とよばれているが「施設出身者」という言葉には、その人の「出自」を問うという社会的「スティグマ」のニュアンスが抜きがたく内包されている。【市川、二〇〇八】

 【中略】

 しかし春樹君は、こうした「施設出身者」としてのネガティブな部分ではなく、ポジティブな部分に目を向けている。施設での生活があったから、良い生活習慣が身に付いたし、母親を探すこともできたと語っている。

 なにより、親と生活できない逆境を乗り越えてきたと、自負している。こうした思いが、現在の彼を支えているのかもしれない。
 
 【中略】
 
 今後、当事者が声をあげていけるためには施設内での権利擁護とともに、もう一、二歩進んだところで、施設や地域の枠を超えた当事者団体、当事者への支援団体の活動や運動が望まれる。

 ※ 本文から引用部分をテキスト打ちしました。
 


 

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読書感想文:「しあわせな明日を信じて」乳児院・児童養護施設の子ども達の作文集

読書感想文





 ← カスタマーレビュー投稿内容(Amazon)

この本を読んで着目した点は、乳児院・児童養護施設の集団養護論に対する「優位性」に関する内容についての違和感でした。集団の「劣位性」としてあげられている養護施設内虐待や固定された相手に対する愛着の育たなさなど、色々ありますが、集団の「優位性」としてあげられている「仲間同士の育てあい」に言及している部分が、わたしには大人の不在を感じさせるものでした。

 子どもがたった一度の子ども時代を得がたいものとする為には、自分だけの固定された大人(養育者)が必要だと思います。子どもには何が必要かを考えた時に、自分が養育者にとって「かけがえ」のない存在となって初めて、理解できる性質のものだと思います。

 その後でなら、仲間との交流を考える事もできると思いますが、生まれた瞬間から集団生活を余儀なくさせられている子ども達は、いきなり集団のどまん中に放り込まれてしまうので、わたしは養護施設で育った者として、様々考えさせられました

 

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読書感想未満:神さまからの贈り物

読書感想

 自己関連記事 :お勧めの書籍:「神様からの贈り物」土井ホームの子ども達

 紹介したはいいけれど
 
 土井さん本人からの書き込みを読むうちに、わたしはこの本を今はじっくり読む気分になれない事を告白。一通りナナメ読み読書感想になってしまう。

 専門的な内容でもあるので読み応えは十分。わたしも読んでいて判る内容なのでどなたが読んでも理解できると思う。

 ただわたしは最初、この土井ホームがどういう位置づけなのかが気になりながら読んだ。やがて、高い専門性、治療、指導的、など治療として考えるならレベルの高い専門里親であるというイメージを持った。わたしは専門的な事をここでレジュメのように書く気力も元気も知識もないので、後は買った人が独自に判断される事を願う。

 「ホーム」という語感

 わたしはこの本の題名を読んだ時、二つの言葉がまず目に入った。一つは「ホーム」一つは「神さまからの贈り物」という言葉。わたしは一瞬、宗教系施設のイメージが浮かんだ。Mariaはカソリック系、わたしはプロテスタント系の児童養護施設を出ているので、神という言葉にはそれぞれ反応しやすい。
 
 宗教的なホーム?

 さまざまな問題行動を起こす子ども達を積極的な受け皿として里親家庭を築いておられる土井さんだが「規範」として子ども達に何を柱として教えているのだろう?とふと気になった。専門性の高い知識を持っておられる方なので、その繋がりなどをたどり、子どもの問題を分析しておられていて、その内容を体験記としてまとめておられるが、今ひとつ、宗教観が抜けないのは気のせいか。

 何よりも、もし違う宗教系の施設からやってきた子は、この家の宗教と対峙せねばならない。そこをどう考えているのか漠然と気になった。わたしはプロテスタントの施設を出たが、施設時代を通して職員の目を盗んで【バレバレだったらしい】毎週、カソリック教会へ通っていたが・・・さて、神さまの贈り物の神さまって・・・何の神さまだろうと考え込んでしまった。

 個人の情報

 前出した、子ども達の様子を書いた体験記についてだが、土井さんの名前が本名であるかぎり、子ども達の匿名性が完全に守られているとは思えない。子ども達に了解をとっているとしても未成年である以上、あからさまな身体症状や行動やらを詳しく書く事に不安を覚えた。

 わたしは、土井さんとのやりとりでMariaが子どもの不幸をネタに・・・という表現を使ったのは、子どものトラウマを体験記として書く里親がそれくらいの意識でもって、子どもの情報が吐露される事への大人の意識に問いかける言葉だと思ってる。むしろ大人の方がそれくらいの意識を持っているものだと思っていたので、思わぬ反応に少し驚いている・・・。

 さて本文・・・【汗】

 この方は一見、誰も書かない内容をオープンに発表してる印象ではあるが、他の里親さんたちは子どもの個人情報が漏れる事を心配して、なかなか、語りたくても語れない現状があるという事はわたしも理解しているつもり。

 問題行動を起こす子たちと暮らす事

 わたしはネグレクト家庭出身なので家庭虐待の措置児童ではない。なので、わたしは固定された相手との安定した環境で生活したい。専門性が高かろうが、問題行動を起こす子ども達の中で過ごすとしたら、わたしは耐えられそうに無い。

 ようやく施設を出られたのに、里親家庭へ行っても相変わらず虞犯少年や問題を抱えている少年達の中で住まわせられるとしたらこれは、あまりにキツイと感じた。養育里親の大事さをとても強く感じた。

 最後に

 恐らく、川の流れに例えるなら、生後三ヶ月以内ならば養育里親が関わるべき話だと思う。家庭や施設で傷ついた少年達の話は、さらに川の流れを下ったところで必要となるのかもしれない。だから里親家庭と一口に言っても、役割があるのかもしれない。

 簡単に感想文未満を書かせていただいた。加筆修正するかもしれません。あまり詳細に読んでいませんのでツッコミどころ満載の感想文だと思います。

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