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ピックアップ記事:12月分の反応(拍手)があったエントリ

ここ一ヶ月(30日分)の反応(拍手)のあった記事
12/01~12/30

 前からやっとけば良かったのだけど記事を書くのに忙しく、大晦日を明日に控え、中途半端ながら今月分の拍手記事をUPします。それ以前の記事は拍手データとして残っておらず、一年分とはなりませんでしたが、ブログの構成上、あるいはめんどくさがりやの自分なので、なかなかピックアップ記事というものを掘り出せないので、その代わりに拍手があった記事などを残してみました。

 わたしの書いているテーマは気付けばとことん無愛着関連ばかりでした。養護施設の虐待問題が世に少しは知られるようになる一方、それでは施設に虐待がなければOK?かという視点からも、わたしは記事を書いています。

 いえ、もう少し強い表現をするなら、乳児院・養護施設で全部の子ども時代を育ち抜く事がシステム的虐待という捉え方をしています。
 
 養護施設はたとえ虐待が無くとも子どもが発達段階に応じて育つには問題ばかりです。無愛着児童がどんどん生産される場所です。わたし個人が無愛着な人間として育った理由が施設の養育環境の後遺症という前提の元、記事を書いているので、これから親になっていく子ども達が養護施設で全部育つ事には反対の意見を持っています。要するに、乳児院の子ども達が将来、自分のような大人になってもらいたくないという気持ちが記事を書く原動力の1つです。

 わたしは初めは、虐待されなけりゃ施設で育っても良い(問題ない)と思っていました。でもその頃は、養護施設だけで育つ事により、将来親になった時、家庭生活を作った時に、自分が慣れてしまっている養護施設の世界観を再現してしまう問題に気付いていませんでした。

 来年はもっと無愛着について掘り下げていこうと思います、又、養護施設では親がいない子、居ても社会的に全く力のない親の子、その子たちへの職員たちの度重なる精神的な虐待などについても、色々書いていければと思います。

 実際、わたしは保母から「レイは親と同じ精○病だから、将来精○病になると日記に書かれ(おおまかな文章しか覚えていないが)、自分も彼女に同意する言葉を書いた(書かされた?)事」があるようです。その日記に書いた保母の筆跡鑑定をすれば誰がその時に書いたのかわかります。
 
 当時の別の職員に、大人になってからこの事を言ったけれど、彼は「うちの施設でそんな職員は1人もいない」「施設はボロだけど職員は錦だ」というよく判らない逆ギレをされました。わたしがうそをついていると言いたいのでしょう。「証拠(日記)を持ってきなさい」とも言われてます。

 でも、施設内のこういう出来事はどこにも残らない、事件にもならない、という事、でも確実に無愛着・反愛着になっていくだろうなと想像できます。施設ではこのレベルでは虐待でもなんでもなかったのでしょう。

 ともかく、今年1年お読みくださり、拍手もありがとうございました。おかげでピックアップ記事がUPできました。来年、お会いできればと思います。良いお年を。 


 Angels we have heard on high.
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|  このブログについて | 04時47分 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

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学習:無愛着を土台とした反愛着とは

メンタル整理

 長い休みに入るとせっかく学習した事を忘れるので、またまたメモ。

 いつも相談に乗ってくれているWolfから意味不明の「あなたは反愛着」だと言われてから一週間近く掛けてようやく何とか考えた結果、腑に落ちたので書いておきたい。

 でも辞書で調べたのに載ってなかった。彼が観察?するわたしは、単に誰も居ないだけの無愛着ではないと言うのだけど、誰も居ないから虐待されたり、嘲られたりする事で愛着から遠ざかるという問題は、問題にすらなっていないという事らしい。

 で、それはどういう事かというと。

 施設全部育ちであるという事(入所時の将来の見込みも含め)は「誰もいない事」であり、それだけなら「無愛着」だけれど、養護施設には癖のある職員や上級生が大勢おり、親のない子は「誰もいない事」を揶揄されたり、いじめられたりする事で、さらに有形無形のメッセージを養護施設内で受け取り続ける事で「反愛着」になってゆくらしい。

  わたしは家庭が珍しいというよりも「お前らが簡単に得られる世界じゃねえんだよ!」と笑われているように感じるので(幻聴ですが、たぶん)確かにWolfが指摘するように何か色が塗られている気がする。

 その結果、色々と複雑な思考が働くために愛着そのものを拒否する事になる。でも、不良少年のように「俺を見て」というシンプルな表現にはならず、このような無愛着・反愛着児童は、やはり誰にもめいわくを掛けない代わりに、愛着を遠ざける事を学ぶ。
 
 だから。
 
 「親が育てられない子ども達を原則里親家庭へ」という気持ちは、確かにわたしの問題だと強く思った。なぜ、里親さんを応援したいのか、もっと掘り下げないとね、自分。

 誰もいないという事は空虚なことだ(たぶん)ケンカしたりいがみ合ったりする家族さえいない、憎んだり殺意が沸く家族さえいない。

 という事で、反愛着という辞書にも掲載されてない事を言われてお冠の自分だけど、よく考えてみたら、和子ちゃんリンチ死事件も、恩寵園の子ども達も、みんな「親が居ない事を良い事にその立場ゆえ、暴力的に扱われた子ども達」だ。又、親がいても力のない親だという事を知っている大人が、親が育てられない子ども達を精神的にもイジメる事が多い。

 「恨むなら親を恨め」とMariaなどは職員から言われていたようだ。わたし達、遺棄や放棄の末の元児童は、どうやら勘違いじゃなく捨てられた。でも、それを「根性がついた」「得がたい体験」などと誤魔化したら、乳児院・養護施設で子どもが全部育つ事を許してしまう・・・。根性も、得がたい体験も、家庭で育てられながらスポーツクラブや、その他のクラブ活動等で体験すれば充分だ。家庭の子は施設の子以上に色んな体験をしていて、それを得がたいなどといちいち言わないと思う。

 施設全部育ちの人で「得がたい体験をした」と言ってる人々とわたしは似ている。愛着の関係から背を向ける事で施設を肯定しかねない。わたしは発信として里親さんを応援しているけれど、もっとアグレッシブに里親さんを応援するためには、わたしが、施設で全部育てられた事、捨てられた事、捨てられた事によって家庭や絆を拒否している反愛着状態であるという事を自覚したいと思う。

 それと共に、子ども時代の全ての生活を養護施設で長期入所する事、そのものを、1つの独立した問題として発信したいと改めて思った。

kamome


| ├ メンタル整理 | 11時19分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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元・無愛着児童の心理的な流れに関する自動処理と陳腐化

養護施設を出てからの問題

 昔つきあっていた彼は大家族の長男だった。
 夫もやはり大家族の長男だ。

 幾度か公認も非公認も含め、付き合う人にはいつも誰かが居た。

 ある日そのうちの1人から

 「そんなに僕の家族が僕に居る事が、君の僕を思う気持ちの支障になるなら、孤独で捨てられた施設出身者の男性でも見つけて結婚すれば?」と言われた。最終的にその人とは別れたが、するどい指摘だったと今は思う。その人の家族から結婚を反対されたこと、その為、彼への思いを貫けなかった自分の気持ちに、彼が傷ついた一コマ。多少記憶に残った話。

息子に返る夫とその母

 夫に対しても、彼に子ども時代から繋げてきた家族がいる事が見えない壁ではないかと感じている。わたしは相手に家族や思う存在がいると知れば、自分はスッと居なくなるしかないと感じる。相手に家族がいる、自分には誰もいないという、何故か懐かしくも凝視できなくなる構図にハマる。

 これは、相手に恋人がいるとかどうかという色っぽい話じゃない。相手に恋人や浮気相手やが居る、居ないじゃなく、家族が居るという話が自分の地雷なのだから自分ながらに興味深い。

 自分には誰もいないけれど、その人にはいるのだから祝福して、自分の存在をその人の視野にかぶらないように気を使うべきという「べき論」が何故か20代の頃には出来上がっていて、その癖が抜けた事がない。

 これが、家に帰る子を祝福し続けた事の心理的影響からくるものだろうか。子ども時代に、自分達には誰もいないけれど、帰っていくあの子には居る。わたしは家族も誰もいないけど、それは仕方ない、でも、絆相手が居る子には近づけないという気持ちも沈殿物のように残ってしまう。

 確かに家族がいる家庭出身者をわたしの心理が邪魔してなかなか受入れる事が出来ない。はじめっからターゲットから外してしまうことも、施設育ちの自分のメンタルの特色かもしれない。

「わたしにはいない、その人にはいる」

 夫が居て当然の家族の輪の中に、姑さんから許されて入り込んだけれど、姑さん(母)が夫(息子)へ向ける、わたしの今までの人生で一度も見た事のない母親の顔をみたら、わたしは早々とこの場を立ち去りたくなる。居心地が悪くなる、わたしがここに居る理由がわからなくなる。

 そういう風に自動処理していく心の流れがいつの間にか作られてしまったのかも。でも施設出身者は家庭で育てられた人と結婚してほしいという発信スタンスを持っている。家族を知らない同士で共にいても施設化してしまう。

 というか、施設育ち同士だと無自覚な場合、傷(あるとしたら)のえぐり合いになるので、孤独だった頃より更に孤独になるだろうと思うのだ。だから施設出身者同士は集まらない方がいいと思っている。

 子どもの育ちにとっては家族を知っている人の子育ての協力が必要だと思う。心の癖の為、家庭育ちの男性を遠ざけるのなら、わたしは結婚すべきじゃないという論理へ向ってしまう。

 でもそれはすでにわたしの生き方としては陳腐化しているにも関わらず、旧態依然の思考が残存し続けていて行動へ反映されてしまうという問題でもある。

フローチャート風簡略メモ

 【お前らには誰もいないけど、それをバネにしてがんばれよ】という概念

  ↑ 
  これを前提として作られた思考は流れやすい方へ流れる。
  ↓ 

 「わかった、自分には誰もいないけれど、がんばる」
  ↓
 「わたしには誰もいない、あなたにはいる、それではさようなら」
  ↓
 
 【わたしは、やはり1人で生きていくしかないのだ】とさらに概念を強くする。

   繋ぐ作業をしている時に、切る作業をしてしまうのは、絆を繋ぐ作業に慣れていない為だろう。自動的に処理する心理についてのメモ代わり。

 

|  養護施設を出てからの問題 | 07時45分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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視点:育ちの問題と女性問題を混同しないで語る為の整理1

同じ轍を踏まない

 わたしと同じ施設を出た先輩方(特に女子)が離婚するたびに施設内に風聞が流れる事があった。彼女らはなぜか離婚後行方不明、親権取り上げられ、慰謝料も請求する事もなく、ほとんど追い出されるような状況で出ているようなのだ。(← 本人から直に聞いたわけではない、噂ばなしとなって流れていた)

 彼女らは施設を出た後も比較的子どもを見せに来ていたらしく、それだけに急に来なくなり噂になりやすいのだろう。ただほとんど、何も判らないまま、スーッと行方不明になっていく。まっ施設は実家じゃないので調子が悪くなると施設へいけなくなるのは当然だけど。

 そういう先輩方の行方不明・親権手放し離婚話を幾つか聞いても、当時のわたしは結婚というものが何を表しているか知らないので、あまり話を聞いてなかった。

 そして、

 今、自分も結婚して思う事だが、仮に離婚という事になれば、自分は財産目当てで結婚したのではないし、欲しいものなんか何もいらない、と思い、黙って出ていくだろう。(今のわたしの本音)

 でもこの行動は、施設の先輩方と同じ轍を踏む事になるのではないかと思い始めてもいる。

嫁の問題と女性問題

 日々施設で育てられた無愛着の問題を書き続けているのだから、どう考えても施設育ちの自分だけが問題を抱えているように感じ、離婚ともなれば自分の施設育ちの問題が取りざたされるだろうし、相手側の家族からは「施設育ちなのに受入れてあげた」と改めて怒りを向けるだろう。

 でも、ここ数日、婚家の話を書いていて思う事は、整理作業というものは書き方をもっと工夫しないと家庭生活を知らない自分を責め続ける事がメインの目的になってしまうと思った。施設の問題と家庭の問題は違うというところにせっかく気付けたのだから、それと同じように嫁の問題と女性問題も整理しやすいようにソートしていきたい。

 さて。
 そこで視点を変えてみようと思う。

 結婚生活は里子が里親家庭へ行くのと同じはないという前提の元、いくら施設育ちにとって生まれて初めての家庭生活だとしても、大人の自分がその家に入り、嫁として生活するという事をキッチリ分けて考えるようにしたいし、又、古い家風にありがちな男尊女卑的な大家族的な考えというものを、もっと冷静に客観視しないと、何がそもそも、その時点に於ける問題なのか、その大事な点が判らなくなると思った。

 無愛着の問題1つとっても、

 里子が里親家庭で里親に甘えられない問題と嫁がお姑に甘えられない問題を同列にしても整理が進まない。里子は子ども、嫁は大人。里親は里子の養育者、姑は嫁にとって夫の母親。その辺りを混同しない事が必要。
 
 働き手の嫁が姑に甘えたら困るし嫁の仕事をきちんとこなしていかなくてはならない。その代わり離婚の際に、裸一貫で生まれたのだから、出て行くときも何も請求せずに黙って出ていくという発想は施設育ちにありがちだが、それは大人のやる事ではないと思うようになった。

 施設育ちの課題というのは、結婚した家庭で甘えることではない。同じ屋根の下、対等であるとはどういう事かと考える事ではないだろうか。

 次に課題となるのは、家庭の大人としてどう行動したら良いか考える事ではないか、と気付いてきた。その為には「どこの馬の骨か判らない嫁」という長ったらしい形容詞は思考の邪魔になるので、1人の女性としての扱われ方と、自分の相手への扱いの問題、その時々に相応しい行動、などを考えていきたい。
 
 そして、この視点は養護施設の女子も男子も無意味に権利も知らずに追い出されるような事にならないようにするための考え方のヒントになるような気がする。

 ともかく来年のブログテーマのひとつになりそうだ。

| └ ありがちな具体例 | 05時53分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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KY:引き止める人の存在に出会うまでの長い道のり

don't stop

コラムか?

 わたしもそうだけど、乳児院・養護施設で全部育った過去を持つ人は、今までの人生で一度も誰かから引き止められた事はない。

 だから、さっさと荷造りしてさっさと出ていく。 

 わたしは引越し魔と転職魔と人間関係遍歴魔と揶揄されていた。わたしが望んでいるわけではないのだけど、自然体で生きるとどうしてもそうなってしまう。影で色々言われてた。
 
 夫が「俺の事を放っておいてくれ」と言う場合、ほんとは「とっても寂しい」という事だと、こんな事を説明しなくてはいけない事にカリカリしながらも、なんとか説明してくれた。聞いたばかりの頃は「まわりくどい事言わずに、俺の事を気に掛けてほしい」と言えばいい、ややこしいなあ、と思った。

 彼が「一度も捨てられた事がない」なんて、わたしには想像できなかった。彼も「誰もない子ども時代」を想像する事はできなかった。彼は捨てられない自信がありながらも不安だから本心とは違う言葉を投げかけ、わたしが彼が望むリアクションを返さなくては成立しない心理ゲームみたいな事を仕掛け、わたしは「放っておいてほしい」という言葉を額面通りに受け取り放置した。

 施設では絶対に通じない事をやらかす家庭育ちの夫。あまりに難度の高い事を要求してくる。養護施設はこういっては失礼だけど、よく子ども達を(結果的)に放置していてもネグレクトに見えないうまいシステムになっていると思っている。わたしの概念は施設で作られた。

 養護施設全部育ちのわたしは、たしかに家庭で生きるにはあまりにズレまくっているかもしれない。相手が言う言葉を額面通りに捉えてはいけない場合があるとは知らなかった。

 高等テクニックを使う家庭育ちの相手には、その言葉が本当かどうか一回、悩んでみる必要があるようだ。自分がいくら、言った通りのことしかやらないからといって、相手がそうとは限らない、それほど家庭育ちは相手をコントロールする人々だ。
 
 誰かが居る事を土台として作られた思考と、誰もいないことを土台として作られた思考と、その2つの概念がいつも戦っているという事にだんだん気づいてきた。育てられ方由来の考えは誰にも譲れない、お互いに育てられた環境が掛かっているのかもしれない。

 ただ理性ではわたしの方が折れなくては、世界は養護施設になってしまう・・・。それは理解できるのだけど、本当に家庭の世界がすでに大人として出来上がった自分に必要なのかどうかと考えると、時々わけがわからなくなる。子どもさえ育てなければ、あとはどのような問題を持っていても、施設で根性が身に付いたと言ってればいいのだろうが、それもなんだか施設版バカの壁のようだ。わたしはそのバカの壁の下にバカみたいにつっ立っている。
 
 自分の答えは
 
 「子ども育ててなくても子ども達にとって安全な大人であるべきだ」

 という事だ。

| └ コラム | 13時31分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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Gratia:神の恵み・恩寵を受くるものたちに相応しく幸いであれ

 Merry Christmas 2007

bringstar


 今年もクリスマス深夜ミサに行く事ができた。昨年と同じ教会で同じ人たちと祈りの時を向かえる事が出来るとは思わなかった。わたしは神に向かう事はできるけれど、聖職者に向う事があまりできない。理由は全く判らないまま数年祈りながらいつも緊張して寒くなってしまう。

 Mariaのきれいな唱和の声と賛美歌を横で聞きながら、まさか何年もこうしてクリスマスミサに向う事ができるとは想像だにしてなかった。
 
 施設はプロテスタントの施設だったので、カソリックの教会へはこっそりと通い続けていた(らしい)が、どうやら全てバレバレだったと、大人になったわたしは職員から苦笑まじりに聞かされショックを受けたっけ。もう遥か過去の出来事のようだ。ちなみにカソリック教会へ通っていた記憶は全くない。

 でも、人はその宗教をその育ちの環境で決定付けられる。しかし、一方的に断ち切られる事により、同じ宗教を信仰しつづける事が艱難辛苦のようにすら感じてしまう場合もある。ブラックボックスの過去を持つ人々はおそらく今も出来ない事が多いと思うけれど、それでもわたしの場合は、MariaとWolfはよくわたしと付き合ってくれていると感謝している。

 恩寵園の恩寵という言葉はラテン語でガ(グ)ラシア(Gratia)という言葉である。最初に聞いた時に、深い意味がある養護施設なのだと思い、次に考えた事はさもありなんという印象だった。2008年も、新生恩寵園の公式サイトなどに、今年の裁判の事などが掲載され、生まれ変わったなりの考えが反映される事を願います。
  
 わたしはともかくこの時を超えた事で先送りした問題が丁度一年後に再び待ち構えるのだと認識した。逃げ続けているわたしのHNや全てに由来するこの全てを掛けて祈りたい。

 神よ

 親から捨てられた子どもたちに(人間のささやきによらない)恵みと恩寵を賜り下さい。

 神の恩寵を約束された多くの親のない子ども達の頭上に、光を。

 わたしは言葉を紡ぎ続けます。

 わたしに対して日々愛と共に関わる人々にMerry Christmas!
 わたしに対して日々辛らつな思いを持つ人々へMerry Christmas!
 
この日ばかりは互いに戦いの剣をおさめ、神の子の誕生を祝い祈りを捧げましょうぞ。

この日ばかりは今年被虐待の末に命を落とした子ども達へその魂が天へ向かうように祈りましょう。

 Merry Christmas!!!

| └ コラム | 08時15分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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擬人化:クリスマスイブのひとり言

コラム?

xmas1



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xmas6


 Mariaの撮ってくれた写真をいっぱい使ってみたくなりました。

| └ コラム | 17時22分 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

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礼儀正しさと慇懃無礼の境界線が見えない時・・・

養護施設に居る間の問題:メンタル

 水臭いというものがどんな感じか判れば何か違うのかもしれない。でもわたしは水入らずという言葉もよく実感として理解できずにいるので、家庭育ちの彼らが施設育ちの何にイライラしどうしなのかについて、考えなくてはいけないと思う。

 わたしは時々人から「慇懃無礼」と言われる。慇懃無礼の意味はY'辞書で調べると「[名・形動]表面は丁寧で礼儀正しいように見えるが、実は尊大で無礼なこと。また、そのさま。慇懃尾籠(いんぎんびろう)。「―な態度」」とかいてあった。

 そんな事は、子どもの頃から言われた事がないと感じていたのでそれなりに衝撃だった。わたしの人への対応の仕方に間違いがあるというのだろうか。

 人前で礼儀正しい事は当然で、むしろ、ぞんざいな態度の悪さから「その態度は何だ」と職員や上級生からいつ指摘されるか判らないと感じる。

 施設では、頭を下げて礼儀正しくしていればその裏の気持ちを詮索される事はない。どれ程悔しいような気持ちで頭を床にこすり付けていても、土下座をしていてもその時点で責められる事はない。(どちらかというと上位の者は下位の者が床に悔しい思いをしながら頭を擦り付けている事が重要だったりするのだ)

 そして、わたし達は、実際に水臭くない態度を知らないから、他方から慇懃無礼と批判を受ける事に対してどう対応していいか判らなくなるのだ。その代わり、何か、フレンドリーな態度を知らずにいるのかもしれない。

 家庭ではさじ加減ですむ事だと思うけれど、家庭の人が驚いたり不快に思う程、きっと養護施設から来た子(人も)は、何か奇妙なほど頭を下げて(一見)礼儀正しく見える事が不快なのだと思う。

 確かにわたしは、人に頭を下げている時、心が平和かどうか考えた事はない。ただ、意味もなく打たれるのはイヤだから、間違いなく誰からも叱責されない態度を覚えただけ。

 しかし、施設の塀の外では、こんどは礼儀正しさが慇懃無礼という言葉へ変わってしまう。子ども時代は「でかい態度を取るな」という言葉を避けるように、目の前の正しそうな態度へ向おうとして、今、大人のわたしは、その態度を慇懃無礼と言われる。

 わたしは親密な態度というもののやり方も知らないが、同時に、ほどよい距離の親しさを知らない。そこを超えると今度はいきなり、相手に対して下品で粗野になるような恐ろしさを感じる。そのあたりを丁寧に育っていないので、下品と慇懃無礼を一気に駆け抜けてしまう。だからわたしは、やはり慇懃無礼と言われても、この壁を壊す事が難しいと感じている。

 このような微妙な距離を我慢強く教えられる大人は、継続した関係の大人(養育者)だけだと思う。なぜなら、このような作業は同じ人間との継続した作業が必要で、その前提として、同じ人から価値観が伝え付けられることも必要だからだ。

 養護施設の職員はそれぞれに育ってきた価値観が違うという事が、子どもの育ちに関していかに大きな問題であるかが、朴訥ながら語っていきたい。

 

|  養護施設にいる間の問題 | 10時42分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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投稿より:保育所の改善・安心して生きられるという気持ちをもてるように

養護施設にいる間の問題

 いつもお世話になっているjtwさんがドイツのサイトの記事を翻訳しBBSに投稿して下さったので、ここにUPさせていただきます。親からの虐待の子どもへの影響について論じられている記事は多く目にするけれど、親から離されて養育者を次から次へと変えられる事と、その影響について丁寧に書いてある記事は少ないと思います。

 jtwさん、ありがとうございました。



保育所の改善・安心して生きられるという気持ちをもてるように
by jtw 2007/12/22(Sat) 20:11

ドイツ精神分析学学会は 保育所の改善に鑑みて 生後3年間の親子関係のもつ重要性を確認した。

子どもを別の保育所へ預け替えしたり、別の保育ママに預け替えしたりすると、子どもは変更の度ごとに 絆の喪失を感じる。

家庭以外の養育は 保育所であれ、保育ママであれ、子どもにとって「家庭をいうまとまり」の一部として 認められるものである場合にだけ、家庭以外の養育は 子どもの発達を豊にする。

子どもが絆をつくる能力は 子どもの「自分の価値を認める感情」の基礎になり、困難に耐えられる関係をつくる能力の基礎になる。

感情や認知の発達も 幼児期の人間関係の安定性によって促進される。

幼児期に親から突然 離されたり、あるいは 親から長い間 離れたりすると、子どもは 安心して生きていけるという気持ちを無くしてしまう。なぜなら 子どもの言語理解と時間の理解は錯乱状態や不安を 説明によって 和らげられる程には 充分に発達していないからでもある。

親から離されることによって、子どもの魂が過大な負担に曝されるということは 絶望して泣いたり、叫び続けたり、その後では 諦めて黙り込んでしまったり、睡眠障害や栄養障害を起こしたり することに 示される。

このような子どもの魂への負担が 魂の中での破滅に至らないようにするには、特別の心遣いと理解が求められる。

親と離れたことに抗議しない「世話にやすい子ども」には特別の注意が必要である。というのは、そういう子どもの魂の負担は 時には 気づかれないからである。

子どもは家庭の中で 良い長続きする人間関係を持ってきた場合に 家庭外での養育から利益を得る。家庭の中で子どもと一緒に居て 能力以上の要求をされていると 感じる親や 孤立感を持ったりする親は 支えや 周りの人からの評価が 必要である。

子どもが一歳のときに あるいは 一歳半のときに 二歳のときに 家庭外養育を受けたかどうかが、そして 一日に何時間 家庭外養育を受けたか ということが 発達心理学的に見て 決定的に重要である。

親と離れている一日当たりの時間が 長くなれば成るほど 子どもの体内で ストレス ホルモン・コリティゾルがより多くなる。

一日中 家庭外で養育されることは 後々 学校へ入った時に 攻撃的行動をとること との間に 関連がある。これは 上記のホルモン説で説明される。

子どもが幼ければ 幼い程、子どもの言語・時間能力が少なければ少ない程、親の世話する時間が短ければ 短い程、一日当たり保育所に居る時間が 長ければ長い程、保育所の規模が大きければ 大きい程、保育所で世話する人が変わりやすい程、精神的健康への危険は深刻になる。

親は子どもを一番よく知っていて、直感的に子どもの保育所の質を把握できるが、職場へ母親を早く戻そうという 政治的要求が 直感的な知識をぐらつかせ、「正しい」女性像を求めるイデオロギーに基づく不必要な競争を煽る。

下記サイトから:
元記事へのリンク



感想コメント

 上記の記事の中で、世話しやすい子どもの存在に触れている事に驚きをもった。日本の記事にはまず個人的にはなかなか見かける機会のない文言なので、誰もこういう静かな粛々とした子ども達の事に気付いていない事に危機感と焦燥感を持っていたので、このような記事の存在はとてもうれしい。

 上記の親という定義が少し乳児院の子、養護施設の子たちの場合は、その親という存在から引き離されるストレスを自覚しないまま、集団養育の場に投げ込まれていて、そのままなので、少し脳の中でいくらか既存の親という範疇に留まらない解釈を持って読んだが、たいていは素直にそのまま読めば理解できる内容だと思う。

 親というものが子どもにとって保護者であり養育者であるという前提を持ちづらい乳児院・養護施設全部育ちの認知への遥かに遠い距離を感じた。そこまでストレスを抱えて育つという自覚なしに生きてきた事の代償を今、大人の自分が払っているような気がする。

 こどもの絆をつくる能力という表現にも大変おどろいた。わたしは生まれながら絆について疑った事がない人を夫にしているため、わたしが養育環境の影響でその能力を持つ事ができなかったという発想を持てなかったから・・・。

 そしてその能力(絆をつくる力)が自己に価値を持てるかどうかというところを読み、完璧に捨てられたからこそ養護施設で全部育ったという事実を認めないと先へ歩けない自分のような施設全部育ちにとってはかなり手厳しいものとなった。

 愛着や自己肯定や自分への価値への記事は今のところ、とても希少でありがたい。 

 

|  養護施設にいる間の問題 | 19時47分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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