Firedragon戦記/絆なき者の記録

元・児童養護施設内マイノリティの自己主張ブログ

2008年07月 | ARCHIVE-SELECT | 2008年09月

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子どもは全てが全て「どんな生物学的親でも求めている」と思ったら大間違い

メンタル整理:

 児童相談所にて
 
  一番初めに物心がついたのは児童養護施設なので生物学的親に全く愛着はないという現実を語らなければ無愛着を語れないなあと思っている最近。

 子ども側の心理の流れ
 
 ある日、わたしは記憶がないが、頭のおかしい生物学的親から面会の散歩中に、強制的にひきとられ【手続きナシの思いつき】その後、一人で路上生活【公園で自活】をしていた記憶の断片がある。次に気付いたら児童相談所にいた。たぶん、施設での脱走と同様に生物学的親のところも脱走したのだろう。

 なのにこの話の流れは何だ!という気持ち。次の記憶は、大人に取り囲まれている。

 全て児童相談所の職員達だと思うが、この時子どもながらに変な方向へ話が向かっているような恐れを抱いていた。そしてボキャ貧な子どもなので表現能力に限界があった。その上、何か自分が言葉を発したら、その言葉を人質に取られてしまうような雰囲気だった。

 わたしはずっと「養護施設へ戻されたくない」と言っていたのは覚えてるし嘘じゃない。何故ならその養護施設を脱走していたのだから。・・・しかし。

 職員は「うんうん、そうだよね」と何となくウルウルで頷いている。そして「学園でママを待てばきっと一緒に住めるからね、お友達【だれ?】と待とうね」と言っている。

 わたしの心理はパニックになり、”違う、違う、あなた方も知ってる通り、わたしはあなた方が言っている変な女のところを脱走したんだよ?お分かり?”と感じている。でもこの言葉を発するほど、言語能力が高くはなかった。

 この時に里親家庭へ行くという選択肢を知らなかったので、まるで究極の選択状態。でも実際は里親家庭を知っていても施設へ戻される事には変わりがないと思うが・・・。

 なので、3度めの脱走は児童相談所の建物の中で大捕り物をやらかしたらしい。全ての場所で脱走を敢行し、全てに失敗したというわけだ。

「危険な場所から逃げる子ども」は少数意見?

 きっとわたしは、わたしをぶん殴る人や想いのない人やらのいる場所にいつまでもいるつもりはないという発想を持つ児童だった。

 だから何をされても生みのを親を求めるとか、何もされず【ネグレクトか?】とも親を求めるとか、そういう愛着の心理を持った事がなかった。

 でも子どもが周囲の大人が納得する言葉を言うまでは、誰も解放してくれない。そのうち根くらべに負けて、施設へ再収監されたという気持ちを持っている。

 「養護施設に戻りたくない、嫌だ」と子どもが一言言えば「ママの側がいいよね、施設で待とうね」と、その先の言葉を盗まれ、施設へ措置という強制的な流れへなってゆくのだと思っている。

 なので大人になった自分はいつまでも「脱走の失敗感」だけが残っている。「誰かからの捨てられた感」は今も何処にもない。

 愛着ではなく安全を求める

 子どもは全てが全て「どんな親でも親なら求めている」と思ったら大間違い。一部の子どもは愛着だけで行動するんじゃなく「生体的な防衛反応」で生きると思っている。生物学的親を安全基地と信じたい気持ちを持つ子どもとは違い、人や場所を選ばず、ケモノとしての基本的本能を働かせ「命にとって安全な場所」を探し続ける子どもがいる。

 児童相談所での大人たちとの会話を例として「大人が求める子どもの言葉、大人が聞きたい子どもの言葉」という観点で親記事を書いてみたが・・・書いているうちにだんだん頭にきてしまった。

 こういう子どもは、生物学的親への愛着がない子どもの存在を信じられない職員たちに囲まれているうちに、周囲の大人が求めるこたえ、表情がやわらぐこたえ以外、答える言葉を封鎖されている事を訴える事ができない。

 言葉を先取りして盗んでいく大人たちは、子どもの意見を聞いたんじゃない。最初から児童養護施設以外に戻される場所はなかったのだと思う。それなのに子どもに意見を述べさせる。

 それはまるで「ほら、子どもは言ってます、いい子でママを養護施設で待ちます」と、その証拠を捉える為に・・・。そして全ての子ども時代を養護施設で過ごす道を自分で選択したかのようになるのだ。

 追記
 
 前回の記事を読んで少し感じたことがある。6歳の子どもが「ママの作ったシチュー」の部分だけを取り上げられてること、被告の母親が「涙を流した」事を取り上げること、嫌な空気の漂う記事だった・・・とも付け加えておきたい。
 
 シチューとカレーは、わたしが気が向いた時に作る料理だから・・・。ためしにこの子に「他にはどんな料理が好き?」と聞いたら、何も出てこない予感がする。【あくまで想像だが】

 この6歳児、里親家庭へ行ってほしい。たとえこの子が実親へボンドしてようが、第三者機関的に親としての機能を果たせていない事を重視して、この子どもを施設ではなく専門里親家庭で育ち直してほしいと願ってやまない。養護施設では正しい家庭、親のあり方をこの子どもへ伝えられない。

 以上。
  

| ├ メンタル整理 | 06:52 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「虐待されても愛着を持つ相手が居る」子どもの心

気になる記事のCLIP2008

 虐待を耐えさせるもの



6歳、捨てられてもたたかれても母をかばった 埼玉

 埼玉県三郷市の民家で3月、幼児3人が置き去りにされ、島村健太ちゃん(当時2)が死亡、双子の長女が負傷した事件で、保護責任者遺棄致死傷の罪に問われた母親の無職島村恵美被告(30)=同市早稲田2丁目=の初公判が20日、さいたま地裁であり、島村被告は起訴事実を大筋で認めた。動機については「育児の煩わしさから逃れ、交際男性との同棲(どうせい)生活を送るため」と指摘した検察側の主張に対し、「育児放棄になりやすい状況だった」とし、複合的な要因によると主張した



 捨てられたという表現

 この子も児童養護施設へ保護されるのだろうと思いながら読んだ。前回の知的障害者暴行事件の13才少年も、この6歳の少年も児童養護施設へ送致、措置されるだろう。ほんとうに養護施設という場所は色んなケースが集まる場所だとつくづく思った。
 
 ただ、「捨てられる事」と「虐待を受ける事」はわたしの場合は区別した方が心理的に整理しやすい。何故なら虐待を受けて施設へ入所してきた子の中には、他の、捨てられて入所している子の捨てられっぷりを間のあたりにして、自信を無くしていた筈が、だんだん自信を取り戻し・・・
 
 「オレは親からやられたかもしれない、でも捨てられたって訳じゃないからな」と言う様になってくる。そしてやがて家庭へ復帰していく。そういう心理的変化、力の取り戻し方をしている子を幾人も見送ってきた気がする・・・。

 この事件を読んで、この子どもはひどい事をした親をものすごくかばっている。わたしは子どもが親をかばう様子を知らなかったので、虐待されても親を求める子どもの意味が理解できなかった。この事件で把握した。

 そうか、質はともかくとして「心に大人が居る」という事はこういう事なんだと・・・。親と離れたくないからかばうんだ・・・と、だからこそ子どもの姿を切なく哀しいと周囲の大人は思うのかと・・・。

 でもこの新聞記事のタイトルで使われている「捨てられても〜」という表現は読んでいてしっくり来ない。これは育児放棄・ネグレクトであり、乳児院へ捨てるような遺棄とは違うという印象を持った。この子は少なくとも親に対して愛着が固定されている。

 わたしは自分が無機質なロボットのような存在のようだと他人から意地悪く言われてきたけれど、こういう部分が全くないからと知った。

 だからわたしは「オレは親から捨てられたようなものだ」と訴える被虐待児の言葉に出会うと、う〜んと解明不能状況に陥るのだ。

「家庭の子の捨てられたようなもの」というのは「裏切られ感」なのではないだろうか。でも乳児の頃や物心付く前に乳児院や養護施設へ遺棄された子、育児放棄された子の持つ捨てられた現実とは全然違う種類のものではないかと考えている。

 捨てられた子ども達は捨てられた気分を持っていない。特定の大人を持った事がない為、捨てられる事への不安を体験した事がない。だから、捨てられ感をすでに持っている家庭育ちの子は、虐待されたとは思うが捨てられたのとは違うと思った。

| 気になる記事のCLIP2008 | 17:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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で、養護施設はわたしにとって「収容所」だったのだ

養護施設の問題

 最後に残るもの

 色んな本を読み、少しずつ、社会的養護下の子どもの養育についての理論が幾つかあり、自分の出た施設がどんな理論の影響を受けているかというのが、施設のカラーに影響してたのだとおぼろげながら納得した。

 でも、養護施設を代替家庭と言おうが、虐待された子の保護場所と言おうが、集団養護論の影響を受けた施設の子ども集団であろうが、たった一つ感じているのは、養護施設は収容所だという現実だけが残っている。

 前出の事件のように、虞犯少年が知的障害者を暴行したら13才なので児童相談へ送られ、児童養護施設へ入ってくる。

 夫などはついうっかりと【困惑】「これで町は平和になるかもしれないけどな・・・」とポツリつぶやき、わたしから睨まれて「いや、施設の子にとってはたまったもんじゃないよな」とフォロー入れてくれたけど、それが一般市民のごく普通の感覚のようだ。

 わたしは2つの違うタイプの施設を渡ったけれど表面上のカラーはたしかに違うと思う。でもその根底には、戦災孤児を収容していたころの孤児院が土台として抜きがたく有り続けている。その地域の篤志家が地域に迷惑をかける子ども達を収容する施設を作ったという美談から全ては始まっている・・・。

 だから、数多ある【560施設】施設に共通の問題は、この収容所の要素を語らなければ始まらないと思っている。

 わたしはこれからも、乳児のうちに養護施設へ行かずにすむ里親制度の道を発信していきたい。親が育てられない子ども達に必要なのは家庭であり、家族なのだからと。

 まとまらないけど・・・数日記事を書きまくり、ここまでひっぱってひっぱって一番言いたい事へ繋げていけただろうかと自問自答ぎみ。
 
 っちょっと突っ走りすぎたかもしれない・・・。

| ├ メンタル整理 | 10:30 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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知的障害者暴行少年:「痛いですか?」とインタビューすること

気になる記事 NEWS-CLIP2008


8月22日12時14分配信 産経新聞

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080822-00000929-san-soci

 知的障害者を狙い暴行や恐喝を繰り返したなどとして、警視庁少年事件課と青梅署は、いずれも東京都青梅市の無職少年(16)や中学3年の少年(14)ら14〜16歳の少年8人を逮捕、13歳の少年を児童相談所に送致した。 



記事を読んだ。

 この記事の少年が、自分が暴行をした相手へインタビューしたい気持ちを持っているというところに着目した。なぜか少年よりも子どもたちを殴る施設職員を思い浮かべてしまった。

 「どうだ、痛いだろう?  【自分でやっといて何だよ】」
 「痛いよな   【想像つかない?】」 
 「頼むから痛いと言え! 【もはや懇願?】」
 
 そのうち自分の拳が痛くなり、木刀を用いる職員続出・・・。

 ・・・ ・・・・、

 この少年が当てはまるかわからないが、自分より強い者から殴られ続けていると、どこかが常にマヒしていて、客観的にみれば自分は痛いはずなのに痛みを訴える事ができない。

 そんな場合は自分より弱い者をツールのように使って、相手の身体的な反応や心理の訴えを通して、痛みを知りたい、痛みの反応を知りたい、知りたくてたまらないという心理状況に陥りやすいとボンヤリ思っていた頃がある。
 
 だから小さな子をツール化しないように様々な工夫をしていた子どもも居た。小さい子に近寄らないとか、自分の衝動を自分の尻尾を噛むことで耐えるとか【笑】こういう虐待の連鎖の意識、暴力の連鎖の意識を持っている家庭からの措置組は皆無だった。
 
 だから反対に何も反応しない子は暴力を加えてくる相手を逆ギレさせた。暴力を加えている彼は、相手が殴られていれば「痛い」と言って欲しいと深い場所で無自覚に思っている。痛いと泣いている姿を見たい、知りたい、感じたいと思っているように見えた。

 きっと暴力を加えている本人が、何も吐き出せないんだろうなと思った。そんなのは加害者の手前勝手な理由なので個人的には却下だが。

 だからマイクでインタビューするかのごとく「痛いですかぁ?」と聞くんだと解釈した。それにしても、こういう被虐待児【たぶん】は、自分が吐き出せない痛みを、人形でロールプレイをするように、自分より弱い人間に表現させたい、そのやり口はあまり変わらないなあと感じた。

 地域の善良な市民は暴力的な少年たちの姿が見えなくなり、どこかへ行ったという程度。それを引き受けさせられる子ども達がいる事など、明文化する人たちがいなければ知るよしもない。

| 気になる記事のCLIP2008 | 08:11 | comments:2 | trackbacks:1 | TOP↑

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読書感想文:「施設の子どもたち -集団養護の理論と実際-」を読んだ2

養護施設の問題
 
 関連記事:

集団養護論とは (Mariaの戦い-Livedoor Blog-)
読書感想文:「施設の子どもたち -集団養護の理論と実際-」を読んだ

引用文



page131

施設集団はややもすると、問題を起こした児童を疎外したり、非難したりする傾向があるが、そのことは児童を利己的な存在に追いやるとともに自分が施設に入所していることを否定的に捉えはじめ、ますます集団意識がめばえなくなってしまう結果となる。そういった結果を生み出さないためにも、養護の方法に、個と集団との統一的なものを打ちこまれなければならない。





page136

 しかし、イスラエルのキブツにおいては、乳幼児が母親からひき離されて専門の「母親代理者」によって集団養育されているが「この複数のマザーリングは、幼児期の発達様式にいくらかの小さな一時的困難と影響を与えるにも関わらず、人格発達と性格構造にあたる有害な影響を与えない」とラビン(A,L,Rabin)が報告している。

 すなわち、このことはジョン・ボウルビーやロレッタ・ベンダーの述べている「幼児期において愛情ある人と同一化過程を通して価値体系を学習し、自らの中に取り入れ、人格を形成する」という理論に対して、キブツでは ”集団への同一化過程”を通して、その価値体系を取り入れさせることに成功している。





p137

キブツの子どもは、仲間グループによって発達させられた価値を取り入れる。

 もしそうだとしたら、彼は特に安全な情緒的環境の中で成長することになる。彼の行動を外部的にコントロールする仲間たちにとり巻かれているのだが、このコントロールは彼の内面化された優勢な超自我の力を調和する。

 したがって、この集団文化は阻害された子どものための集団心理療法に類似した場面を生起させる」

 もちろん、キブツと施設とを同じ尺度で捉えることは許されないであろうが、”母親への同一化過程”を施設における集団を優位に活用させることにより、”集団への同一化過程”へと移行せしめることは不可能ではないと考えられる。

 
 

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|  養護施設にいる間の問題 | 23:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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読書感想文:「施設の子どもたち -集団養護の理論と実際-」を読んだ

読書感想文

 

 MariaとWolfから立て続けに本を借りて読みまくっている最近の自分だ。一時も本を手放さないので、さすがに夫から言われた。

 「家庭で主婦をやるのに、大学生や若手の研究者並みに発達心理や脳の勉強しないと家庭で主婦ができないとは・・・」と。一度本を読み出すと止まらないので多少怒りも混じってるかも【汗】。ともかくオール家庭育ちの夫は、わたしが愛着を手に入れる為の困難がようやく飲み込めてきたようだ。
 
 この本では施設にあって、家庭にないものは集団だと言っている。養護施設ならではの集団の特異性・・・いや、特性を最大限利用して、子ども同士、仲間同士で育ち合う素晴らしい環境を作者なりに提言している。
 
 だから少しも「養護施設は家庭だ」とは言っていない。むしろ施設は施設だとはっきり言明している。この点についてはわたしも腑に落ちた。

 たとえば



p25 本文引用

 施設はあくまで施設であり家庭にはなりえない存在なのである。又、彼らの大いなる誤解は「家庭に代わる」という言葉に惑わされ、ただ家族的構成の面で近づければよいとの表面的な捉え方が為され、「家庭に代わる環境」という事が前述したように「親に代わって家庭の果たさねばならない機能を果たすこと」なのだと考えないし、また考えたとしても、その機能が家族的体制ではないと果たせないと捉えられていることにある。

 養護児童にとって正常な家庭環境が望ましいのであれば、養護施設は不要である。

 養護施設があり、そこで児童を養護するのは、その特質である ”集団性”を利用して家庭の持つ保護的、教育的機能を果たし、かつ家庭では与えることのできない機能や効果が期待できるからに他ならない。


 
 という展開の方がわたしは体感的に理解しやすかったのだ。まさにそのような世界で強制的に生活させられていたのだし。もっと早く読んでおけばよかった。

 じゃあ、時々ブログで見かける施設職員たちは、全てが集団養護論容認派ってわけじゃないんだなという事も知った。派閥でもあるのかもしれない。「施設は大きな家族」などと言ってる人の事だけど・・・わたしにとっては、どっちもどっち。

 ともかく引用すればキリがないが、わたしは非常にこの本を興味深く読んだ。引用部分だけでも十分興味深く感じる。まだ引用したい部分があるので、また日を改めて。 もっとすごい事を言ってた部分を探してるんだけど・・・【本ってキーワード検索できないから大変】

 

| └ 読書中 → 完読 | 15:42 | comments:2 | trackbacks:1 | TOP↑

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「私一人を見てくれる人の必要性に気付けない集団主義」という感覚2

養護施設に居る間の問題

 追記

 施設の子ども達である自分を誇りに思う事と不思議な高揚感




 
 

  わたしは、集団の中の溶けた物質のように集団化していたが集団に愛着を持っていたのでも帰属意識を持っていたのでもない。ただ集団の溶けた物質のように生きていただけだ。その集団に誇りを持っていたわけでもなく、みんなでオウム返しに唱えていただけ。



 2つの引用文ののうち前者は、今では自分が育った筈の施設に何の愛着もない事に気付いたのと、帰属意識というものに対して、今思えば子ども達みんなで唱えていた言葉の数々は、あの全員で妙に高揚していた気分と連動していた事に気付いたから。

 「世間の子ども達に負けて無いぞ」
 「施設の子ども達には誇りがあるぞ」

 と思わしめる対外的なイベントを何度も重ねた時などの心情のカケラなのだと気付いた。普段の集団生活の中でのありふれた発意高揚が今も根深く自分の心理を刺激していると感じている。もう集団は何処にもないのに・・・。

 今思うと親から捨てられ施設で集団生活をしている事を誇りとする何の根拠もなく、さらに、実は「恵まれない施設の子ども達に勝手にパワーを貰った人々」を前にして、まるで道化師のように様々なイベントに呼ばれ、記者が来て、沢山の何かを押し付けられ、奪われていっただけであったと感じている。今は漠然と搾取されていた事に気付きつつある・・・。



 だから今でも、耳馴染んだ「施設で育って誇りに思う」と言い切る人を見ると、何故誇りに思わねばならなかったんだろう?と、自分が過去に同じ事を唱えていた事を思い出す・・・。



 後者の引用文は、施設で育っても家庭の子には負けない根性がある、誰もいないかもしれないが【家庭の子にはいる事に気付き始めた頃】自分は親のない事を言い訳にせずに生きてきた。

 と見当違いの自負をしていた自分の集団生活万歳ぶりに気付き、何故、誰に、自分が施設を出て今も一人で生きねばならない事を誇りに思わねばならないのか、施設はわたしを育てた担当じゃなかったとはっきり言っているのに、何故わたしは施設で育つ事を誇りにするのか。

 と・・・自分の心情ながら理解する事に困難を覚えたから。

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|  養護施設にいる間の問題 | 03:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「私一人を見てくれる人の必要性に気付けない集団主義」という感覚

養護施設にいる間の問題;集団の中の溶けている物質感

関連記事: 「私一人を見てくれる人はいなかった」という言葉

 子育てを通しての問題提起





 実は「私一人を見てくれる人はいなかった」という言葉を前にジッと考え込んでいる。その言葉の持つ響き、その新鮮さに・・・。そして少しエゴイストに感じられるような否定的な匂いに・・・。

 「愛されたいを拒絶される子どもたち」の登場人物で、乳児院・養護施設で育ち切った、子どもをネグレクトしたその母親・美由紀の言葉、一般の家庭の人ならば言えるのかもしれないが、施設で無自覚に育つと、そのような育ちの環境について言語化できないものだ。【自分の場合とくに】

 「誰も私を見てくれる人がいない養護施設の育ちの環境」に、よく気付いたものだと感じている。やはり子育てを通して彼女は、様々な問題に否応無く気付かされたのだろう。子どもたちの愛着が自分に向かう事に恐れを抱く事や、子どもたちの求めに応じられない自分とのギャップなど・・・。

 

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|  養護施設にいる間の問題 | 23:12 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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ふるさと機能:家族水入らず時間を過ごす事は非日常ではない

養護施設育ちの心理

 ふるさと機能

 お盆の後、夫はもう一度実家に帰ってきた。戻った彼に話を聞くと、何か特別なイベントをしたわけではなく、親子・兄弟だけでささやかな食事会をしたそうだ。でも夫は何か満たされたような雰囲気を伴っていた。

 思えばわたしが嫁に来てから、気を使っていたのだろう。わたしが思う以上に、彼らは彼らだけの時間を過ごしたいと願っていた事を知った。
 



 わたしは、彼には帰るべき場所があるのだなあと漠然と思えて少し安心した。わたしの周りには帰る場所のない人が多かったので、彼のように当然帰る場所がある人を見ると、少し安心する・・・。
 
 でも何か少し疲れた時に、ふらりと戻る場所があるなんてすごいと思う。特別な事が無くても、何となく顔を見に帰る相手がいるとはすごいなあと思う。
 
 施設は一旦出たら帰る場所ではない。養護施設に「ふるさと機能」をオプションで付けるとかいう発想があるらしいけれど、乳児院の「限りなく家庭に近づける処遇」とあまり変わらない。たとえどんな機能を付けても施設は施設。施設以外に帰る場所のある子が、ちょっと寄り道して施設に顔を出す程度の存在。

 ひとりで立ち続けること

 結婚したけれど自分の家庭を手に入れたとは思わない。その部分はいつも変わらない。これから先も一人で立つ気持ちを持ち続けなくては・・・と思っている。

 ただ、大人でも疲れる時はある。そんな夫が精神的に頼るのは最後はやはり彼自身を守り育んだ家庭・家族なのだと改めて知った。

 彼がごく当然として持っている色々なものは家庭的処遇などではなく、家庭そのもの。わたしにとっては遠いものが、日常の一こまとなるように、絆のない子ども達を里親家庭へと願ってしまう瞬間だ。

 ひとりで立ち続けることも生きることも、つぶれることも自己責任だとは自覚しているけれど、時々、違う人生だったなら、もう少し違う思考を持てたのかもしれないと思ってしまう。




 家庭の人には「溜め」がある・・・ごく自然にそれが人生のそばにあり続ける・・・。家庭というのは、あるだけで、まずはすごい。その質を問うのは施設全部育ちの自分にとってはまだまだ次の話だ。

 疲れたら、放浪の旅をしてこようっと。
 わたしは、走り続けなくちゃ生きていられないから・・・。

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親族ネットワークを持たない子ども達の行く末を憂う

養護施設を出てからの問題

 関連記事
 
読書感想文:「愛されたい」を拒絶されるこどもたち
 BOOKS 愛されたいを拒絶される子どもたち

 オール・長期入所施設育ちの子育て環境

 乳児院〜児童養護施設で全部育った女性が兄妹の妹の方に重篤なネグレクトをしていた。妹を助ける為に親族の家へ救いを求めた兄。しかし保護対象ではなかった兄の事はあまり語られていない。しかしMariaとも語り合ったけれど、彼もまともに育てられていたとは思えない。

 保護され入院し、その後を追跡されている妹と違い、兄の事には触れられていない。そして2人の子どもの母である彼女の育ちの問題についても語られていない。

 彼女は結婚し家庭を得たが夫を事故で失った事により2人の子どもを抱えて一人生きて行かねばならないという背景があった。

 このネグレクトの背景には、施設育ちの家庭を知らない女性がいきなり夫を亡くし、今まで子育てや家庭の事をアドバイスしてくれた情報源や大黒柱を一気に失い、彼女はふたたび一人になった事から発生しているのだと思う。

 結婚した相手の親族ネットワーク

 結婚した事で自分にも家族が出来たと思った女性。わたしも結婚した時に同様の思いを持たねばいけないと格闘した事があったので、彼女のその気持ちは切なくも理解できる。

 しかし現実は彼女は救いを求められない状況だった、夫を喪った後は全てのつながりが遮断されたと感じたのではないかと思う・・・。
 
 しかしこの女性の息子はネグレクトされている妹を助けるために親戚に救いを求めた。彼は自分がそのネットワークに繋がっている事を知っていたのだと思う。しかし母であるこの女性は夫の親族に救いを求めるという発想自体なかったものと想像している。

 「結婚家庭」はあくまで大人である自分が即戦力として家庭力を求められている事を示し、けして家庭を知らない自分の穴を埋める場ではない。夫との離縁や夫の死などによってすぐに失われるネットワークなのだ。その親族ネットワークは自分と夫の間に生まれた子どもに繋がっていても、施設を出た自分に繋がっているわけではない。
 
 世間の人は「これで家族ができたね」と言うが、わたしは実際に結婚生活をここまでやってきて、結婚しても自分が天涯孤独である事には変わりないという現実を今では知っている。

 里親の親族ネットワークに入ること
 
 この女性がもし里親家庭で育っていれば、里親との絆と里親の親族のネットワーク下に入る事ができたのにとMariaと話し合った。里親の親類と顔を合わせる事もあるだろう里子たちは、少なくともこの世で誰からも見つけてもらえなかった子どもではなくなる。明日急に死んだら、急に行方不明になったら探してもらえる、あるいは心配してもらえるこの世に認知された存在になれる。

 この女性のような、誰もわたしの事を知らない、という境地に陥らせたりはしないだろう。少なくともわたしが出会った里親さんたちは、子どもを孤独にはしない。

 だからわたしはもっとこのオール施設育ちの女性の事を掘り下げて欲しかったのだと思う。この本で取り上げられながらも、本のメインが「子どもの家庭内虐待」だった為、母親がオール施設育ちである事の問題は脇へ追いやられていたし、妹を助けた兄の方もどのようになったのか、ケアを受けられたのか一切書いてなかった。

 見つからない傷と亡霊感覚

 乳児院・養護施設で育ったオール施設育ち、又、物心ついたら施設にいた10年以上の長期入所者に必要なネットワークを持てず、天涯孤独なままにしておく事を、社会的なネグレクト状態にあると思っている。

 オール施設育ちはその現実も知らずに無自覚に生きている。この世に居ながらにして居ないもののような子ども達。傷を受けていないとされ、オール施設で育った事のケアや治療も受けられない・・・このままで良いはずがない。
 
 わたしは昔、ある人から「施設だけで育った事のケアとトリートメントは受けましたか?」と訊かれた事がある。その時は、わたしは彼女の言葉に怒りを覚えた。わたしには誰も居ないけど、それを嘆いたりいじけたりせずに生きてきたと・・・。一人で生きてきたそのツケを将来自分の子どもへ負わせるリスクを少しも考えずにいた。

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