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自分だけの誰かを欲する事が、まるで汚い事のように見えて

めんたる整理

 退園生モード

 下手に絆出来たと自分が言った為、卒園モードになってしまった。・・・誰かに愛着を示す気持ちが生まれる時とは、それは施設全部育ちの別れグセにとって、やはり別れの時や、旅立ちをしか覚悟させないのだろう。
 
 自分は乳幼児時代、どこかの保育所出身で、その後児童養護施設へ行ったらしい(過去の整理による想像だが)為、乳児院出身ではないが、乳児院育ちの子と態度がとても似ていると、ある里親さんから指摘された事を思い出している。

 卒園モードになるのなら、いっそ絆など作れない方がいいのか、それとも作られたからこそ、何か感じるものがあるのか・・・。

 ・・・確かに、施設育ちは施設卒園まで毎年担当替えが当たり前な事に慣れてしまう。別れが特別な事ではなくなってゆく。子どもが人に何も期待しなくなってゆく時間と施設全部で育つ時間経過が同時進行していく気がする。本当に、時は本当に金なりというのか。

 それに何しろ誰かを求める気持ちは、施設内ではエゴイストな態度であり、まるで汚い事のような印象があったので、親のいない子ども達は、施設内の大人を求めず、想像の中の英雄や、ファンタジーボンドにすがるしかなかった。

 さてさて。

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| ├ メンタル整理 | 10時27分 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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大人になって知る理解しようもない生物親の都合と施設だけで育つ事

めんたる整理

 お姑さんはわたしの子ども時代を知りたがるが 

 お姑さんは「あなたをあなたのお母さんは泣く泣く施設に預けた筈。それこそ身を切られる気持ちで預けた筈」と言った。夫と結婚し嫁になったわたしは、どうしても自分が施設で育った事を立場上、姑に説明せねばならなかった。

 なぜなら姑も、親戚にわたしを嫁にするにあたり、わたしの出自を説明する責任を持っていたから、まずは当人であるわたしからの説明を聞く必要があった。

 しかしわたしはわたしについての何の情報も持っていなかった。施設というブラックボックスで子ども時代を育ち、自分の血族、出自、すべてについて何の情報もなかった。全てはわたしの断片的な感覚だけに頼らざるを得なかった。

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| ├ メンタル整理 | 10時15分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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PCの電源を切り、現実の人との日々を重ねる事で構築されゆく繋がり

めんたる整理とソウルファミリープロジェクト別館
 
 PCのこちら側

 夫は職場で知り合った人なので、最初から現実の人だったけれど、MariaとWolfは最初はネットでの発信を通して知り合った人たちだった。施設、カトリック、ただそれだけの共通点をきっかけにここまで繋がっていてくれた事を感謝。

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| ├ メンタル整理 | 06時34分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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気になる記事のCLIP10 「生後一年以内の脳の爆発的な発達を示す脳の重さ」

気になる記事のCLIP10

 

と子供の育ち普及協会
 http://www.asanosachie.net/modules/sachiewiki/


* 新生児の脳の重量   400g
* 1才児のの重量   800g 1年間で2倍になる大切な時
* 5~6才児のの重量  1200g
* 大人のの重量   1300g~1350g



 データの部分だけ抜粋するけれど、生後一年の乳児のの爆発的な成長に驚く。さらに5~6才児と大人では、もう成長は収まってしまうという事を見てとった。#ついでにエジソンは頭が非常に大きい子供だったらしいと、今、テレビで知った。好奇心が非常に強かったそうだ。

 言葉の遅れについても記述していて、脳フェチ?な自分としては目が疲れる位読み込んでしまった。

 かねてよりメンタル系よりは脳に興味があったので、心情吐露では言いたい事が足りないと感じていた。ともかくこのデータを見て妙に溜飲の下がるような思いを持った。

 乳児院の子どもは生まれてすぐに里親家庭へ行ける子ばかりではなく、児童養護施設へ措置変更する時期の三才頃だけが、里親家庭へ行ける最後のチャンスになる場合が多い。(#時々児童養護施設から里親家庭へ行ける子もいるが・・・)

 でもそれではもう、脳は成長がほぼ出来上がってしまっている状態でもあるのだ。そのような既に幼児になった子を迎える里親家庭が苦悩する姿が見える気がする。愛着も示さず、誰にでも愛想よく、人見知りも知らず、まるで宇宙人のような態度。

 乳児院の子の愛着や脳の発達の問題や傾向を知らされずにいる、ごく一般家庭の里親さんが壊れるような心を抱えてしまうのは理解できるデータだ。

 わたしはやはり担任の教師から「日本語わかるでしょ?」と必死な顔で言われた事が心に残っている。担任の先生はそう言ったけど、施設では特に誰からも問題視されてなかったので、学校の先生が変なのかな?とすら思っていた。

 施設と学校の連携は無かったと思われる。もしあったら、何らかの検査を受けさせてもらえただろうか・・・分からないが。

 三才では遅すぎる

 里親家庭へ迎えられるのは、三才では明らかに遅すぎる。実子を持つ里親さん方は実子と同じように育てているのに、里子の無愛着に悩んでいる。そしてその答えに答えられる専門機関が無いのが実情。これでは里親さんが潰れてしまうと感じる。

 メンタルじゃなく、まず脳の発達について意識が向かえば、せっかく迎えた里子がなぜこんな風におかしいのか考えるひとつの切っ掛けになると思う。
 
 心に苦悩を抱えず、むしろ明るく無愛着に勝手に生きる動物のような子どもを多くの里親は引き受けて悩んでいるのだと、やっと合点がいった。わたしも又、そのような面があり、周囲の身近な人から指摘を受けて、そしてすぐに又リセットし、同じ事を繰り返す。

 反省しない、反省する意味がわからない、無愛着は生まれた時からの感覚だから、本当にわたしは日本語が分からないのかもしれない。いや、他の言語でも同じと思う。

 里親さんはやはり勉強しなくちゃいけないんだな・・・。
 気持ちは大事だけれど、やはり知らねばならない事が多すぎる・・・。
 
 

| 気になる記事のCLIP10 | 16時30分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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