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「あなたは作られた発達障害だ」という指摘を受けて、かなり考え込んでいる

施設を出てからの問題

 1人で生きていても発達障害になる

 ぼんやりと、発達障害にも先天的なものと、後天的なものがあるようだと感じるようになってきた。わたしは再三に渡り、軽い知的障害と自分の事を捉えていたが、それは子どもの頃、保母や他の子から付けられていた「ヘレン」や「チ○キ」という言葉の意味を自分なりに図書室などで調べ、ヘレンについては違和感だらけだったものの、チ○キという呼ばれ方については、反論する知識を持っていないいながらも、雰囲気は理解できた。

 事実、知的障害と発達障害の線引きは医学的に調べないと、外から見ただけではとても難しいと思うが、わたしが子どもだった頃の施設は特に、その子の個性的な態度を見て、すぐにその印象をニックネームなどで固定化してしまうのも事実だった。
 
 かといって、問題行動を起こすわけでなし、単に成績の悪いもの覚えの悪い愛着の無い機械的に1人で生きる子どもなので、虞犯行為さえ起こさなければ、誰も問題にしなかった。

 しかしある日、サイトのウェブ担当の縁で話すようになった里親sidoさんから「あなたは作られた発達障害だ」と言われて、その意味をよく聞くと、何となく施設病の一種のように感じられた。
 
 わたしは集団の中で1人で生きてきたが、1人で生きてきたからといって発達障害にならないわけではないと知り、かなりショックを受けた。放置され、野生で生きている事を、自分では自立心と混同していのだと思う・・・。

 生活する上で必要な教育を受けずに来ているのだから、学校の成績に結びつかないのは容易に想像できるが、まさかそこまで放置されていたと考えるのは、自分でも少しばかり勇気のいる事実だった。


 環境により固定化する発達障害

 そう考えると、わたしは愛着障害の無愛着だが、それは同時に発達障害を固定化させている事に通じる。施設では発達障害さえも自己責任として、その子どもが負わねばならないのだと思った。もちろん養育環境の不備に関する責任を取らない施設に何も求めた事はないが・・・。

 一方、里親家庭で無愛着児の独特の態度が問題になり、里親が分科会などを通して勉強会を開いたりするのも、この放置されている事を問題視しない、忘れやすく飽きっぽく、信頼関係を一度も体験した事の無い児童に対する違和感をきちんと遡上にあげる為でもあると思った。里親が発達障害や愛着障害について勉強しなくてはならないのは確実なのだ。
 
 わたしはここ数年何となく、わたしの周囲の人をそのつもりもないのに傷つける特殊な能力を持っていると感じ始めていた。わたしは何もしていないのに、何故周囲の人は勝手に傷ついてゆくの?と思っていた。わたしは誰の事も追った事はないし、邪魔になるような存在ではない筈なのに?と。

 発想の転換

 でも、その発想が相手を傷つける事になる。相手を求めない、相手を必要としない、相手を忘れても平気でいる、対象者がイメージできない、それらすべてが、わたしを思う人たちを傷つけているのだなんて、発想の転換を当人がしない限り解決しない。

 わたしを好きでも嫌いでもない人たちは、わたしから忘れられても別に気にしない。施設職員は全てそうだった。しかし、今、わたしに対して傷ついている事を訴えてくる人たちは、わたしを好きでいてくれているから、わたしから忘れられると傷ついてしまうのだ。

 わたしは、1人で生き、誰も居ない事をアイディンティティとして生きてきたけど、それを貫いてはいけないと思う。発達障害、学習障害、無愛着、それら全てを総合すると客観的に見れば、知的障害のように見えてしまうかもしれない。

 そのような子はそもそも、固有の大人の居ない空っぽの容器のようなものだから、それらをストレートに受け取ってしまう可能性はある。だから、わたしは不用意に【今までの反省と自戒を込め】その証拠も無いのに、ただ幼い頃に言われていた「知○障害」という言葉をそのまま表現する事を控えようと思う。

 それ以上に、作られた発達障害なのだと里親さんから指摘され、それなりにショックではあったが、うなずける部分も多かった。

 わたしの脳は、誰とも繋がらないのをいい事に、成長できなかったように思う。

 今は、Mariaから沢山の刺激を受けて、少しくらいは脳の働きが活性化されているように思う。考えすぎて脳が酸素不足になるほどに。がんばろう、引き続き。

 

|  養護施設を出てからの問題 | 05時26分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

ちょっと違う・・・

 こんにちはbabbさん。発達障害という言葉を使ったので、この本がイメージされたのですね。確かに虐待により発達にゆがみが生じるのはあると思います。

 わたしの場合はどうやら、物心付いた時にはすでに施設児童であった事、その後、施設で集団養育され続け大人になった為、固定された相手との接点を持てず、無愛着になったのであろうと想像しています。

 すごく分かりにくいと思いますが、児童養護施設だけで育つ事で、もし仮に虐待を受けていなくとも、集団養育の結果、発達障害が作られたまま放置されているという状況になると思いました。

 なので今回、発達障害の本へのリンクをしませんでした。でもbabbさんがリンクして下さった本はすごく勉強になった覚えがあります。

| Lei | 2009/07/23 15:44 | URL | ≫ EDIT

これ?

http://www.amazon.co.jp/子ども虐待という第四の発達障害-学研のヒューマンケアブックス-杉山-登志郎/dp/4054033652

| babb | 2009/07/23 13:30 | URL |














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