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自分を知ってほしい子と自分を隠したい子の入り乱れてる場所で勝手に育ち

養護施設にいる間の問題

 最近、2ちゃんねる見てて、ふと、変な気分になった。自分の事を分かって欲しいと吼える子がいる一方で、誰にも知られたく無いと閉じこもる子もいる、それが施設だったなあと。


 見えない上に言えない何か

 わたしは時々秘密主義になる。今は何も隠す事などないのに、隠し続けていた頃の癖が抜けない。そんな時誰とも話したくなくなる。わたしは他の人と共有できない何かを持ちすぎていると感じているのに、それの正体が分からない。記憶が無いとはそういう事だ。

 たとえ、あの頃、話を聞かせてと言ってくれる人がいてもリスクが高すぎるようにも感じる。この感じを語ったところでどうにもならない、よけいな痛みや感覚を蒸し返すようで・・・。誰も助けてくれなかったとは言えないのはその為だ。

 恥ずかしさを知らない事は恥ずかしいのかも・・・。素っ裸で外を歩かされてるのに恥ずかしいと思えない気がする。誰とも共有できない何かを隠し続けているせいか、それが習い性にもなっている。

 施設では虐待を受けた事を吐き出す子がいっぱいいた。苦しみを共有して欲しいと叫ぶ子がいっぱいいた。そのような子はほとんど全て家庭から保護されてきた被虐待児だった。でも、同時にその共感を周囲に強いる姿に怒りをもつわたしがいた。

 虐待されている姿をさらけ出す子たちを見て、わたしには出来ない事だとも感じていた。何故そう感じるのかが分からなくて、しばし悩んだ事もあったけれど・・・。いや、わたしは「虐待を受けたと語る子」たちに何か怒りを持っているらしい。

 ものごころ付いた時施設にいたわたしは、リスクを隠すことだけに専念したのだと思う。わたしの弱さや課題はそのまま、周囲から格好の餌食になる理由付けになるので、ひっそりと生きるしかなかったのだと思う。周囲にあけっぴろげに被虐を語れる状態ではないと施設時代思っていただけに、怒りと語りと体現する多くの子の坩堝から身を離そうとしていた。

 そんな施設という環境で、愛着だの後追いだの、全く入り込む余地はないと今なら思う。

|  養護施設にいる間の問題 | 23時27分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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