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今も養護施設時代と同じ態度を続けるなら大人の発達障害になる

養護施設を出てからの問題

 ウェブ上にある発達障害の資料を読めば読むほど【サイドバーに気の向くままにブックマーク中】これらの資料にある症状を当てはめるとしても、乳児院・施設全部育ちの場合は、一度立ち止まって考える必要があると個人的には思うようになってきた。

 乳児院・施設全部育ち、施設長期入所児童10年以上の場合、子どもが発達障害であるとしたら、特に乳児の頃、固定された相手のない施設養育によって、作られた発達障害児になっているのではないかと思えて仕方ない。
 
 機能不全家庭でない一般家庭で育てられているにも関わらず、発達障害の症状を表している子もあると思うので、その問題を考える為に必要な情報と、一方、親から捨てられ乳児院・施設全部育った集団養育の結果の問題に必要な情報を自分の中で整理できない内に、この情報を全く同一の視点で読む事が自分には、まだ難しい。

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 作られた発達障害

 わたしは児童養護施設の環境を良く知っている人からは「作られた発達障害&無愛着」だと言われている。もちろん然るべき場所で一度も受診した事はないし、メンタルの医療機関に繋がった事も無いので、あくまでその人から見た印象だが、なんとなくこの言葉がひっかかっていた・・・。

 「作られた発達障害」という言葉に、何か自分でも気になるモノがあったのだと思う。

 空気が読めない、人の気持ちが分からない、社会性【集団性】が身についていない、想像力と推察ができない、感情が平坦である、などなど資料を読めば山ほど出てくる症状の中で、自分自身ある程度自覚できた事を拾ってみた。

 社会生活を送れている自分?

 わたしは今、社会生活を送りながら施設的なものを少しずつ脱しようとしている。大人の発達障害のようなものがあるにしろ、人の気持ちが分からないにしろ、地域で回覧板をまわしたり地域の一斉清掃に出たり、必要な行動を出来ていると思う。苦手であっても地域で必要な相互扶助を拒否した事はない。

 それは夫の親戚の冠婚葬祭であっても同じスタンスで滞りなく行う事で、関係する人々の心を逆撫でしないようにする事が、社会人として社会性を示す一つの行動だと思っているから。
 
 それは施設時代も近い考え方を持っていたので、いくら集団生活が苦手でも集団生活の規則を破らないのと似ている。感情、感覚に任せずに、今この状況で何を求められているか?を考えれば、自分の行動指針を自分で下す事ができた。

 施設時代に身についた態度の弊害?

 しかし、集団生活に馴染んでしまった弊害もあると思う。「今必要な事、今すべき事をする」という考えはある意味正しいが、それは「今必要な事をすればいい、今すべき事をしていればいい」ともなるわけで・・・。

 「気持ちが働いていなくとも出来る行動」なのだと思う。自分の気持ちがどんな風であるかを考えなくてすむワークフローのようなもので、何も考えなくてよいという事に繋がる。

 そしてそれは自分自身の気持ちの取り扱いにも影響していた。やっていい事と悪い事の判断の付かない人が集団でたむろっている施設で、自分の行動指針を施設の人間関係に求めなかった。いつも気持ちを落ち着かせる為に聖書を読んでいた。

 一方でわたしは、

 集団に溶け込めない
 集団生活での共感性がない

 という特徴を持っていたので、集団でつるむ事もないし、彼らと共感する事も共有感覚を持つこともなく、彼らの心理に配慮することもなく、彼らの行いを理解することもなかった。
 
 しかし施設では、その子が集団生活に溶け込めない事も、共感性が無い事も、警察沙汰ばかり起こす虞犯少年たちの行為に比べれば瑣末な事であった。

 しかしそれはイジメの対象になるし、「じぶんだけいい子ちゃんぶっている」と言われる事だった。わたしはいつも「いい子ぶって」と言われていたらしい。

 施設では虞犯少年たちの支配する空気を読まない事がそのままバッシングの対象だったのだ。でも内心思っていた。


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 「何故思いのままに、好き勝手に小さい子たちを暴力のおもちゃにするような人たちの気持ちを理解しなくちゃいけないの?」と。わたしはそんな世界観に共感など絶対に持ちたくなかった。

 ウェブ資料などを読むと社会生活を送る上で、人間関係がうまく築けない、想像力が働かないので空気が読めない、などなど書いてあるが、それを児童養護施設内の児童の関係性にそのまま当てはめてしまうのは、少々乱暴な気がする。

 わたしは、たぶん、施設的なものを出し切り、空っぽにしなければ、新しいものを入れられないので、引き続きがんばろうと思う。

 

|  養護施設を出てからの問題 | 07時38分 | comments:7 | trackbacks:0 | TOP↑

お返事ありがとうございます

Leiさん、レスありがとうございます。
ブログへのコメントもありがとうございました。

>里親制度は子どもの為の制度ですから、大人は自分の育てられ方を今一度確認し、整理する必要がある

ああ、本当にそうですね。
自分がムチャクチャなままだと、無意識のうちに自分の何らかの欲求を満たすための道具として、子どもを利用することになってしまう。それではいけない。

なんとなく感じていたことですが、改めて言語化していただき、ハッとしました。

| MARU | 2009/08/06 07:13 | URL |

はじめまして

 MARUさん、はじめまして。お読み下さりありがとうございます。里親制度は子どもの為の制度ですから、大人は自分の育てられ方を今一度確認し、整理する必要があると思っています。

 子どもが居ない自分なので、子育てのノウハウなど携えておりませんが、自分が育てられた過去の環境を振り返る事の必要性を覚えています。

 施設出身者なので、里子の立場での話も出来ませんが、どうぞよろしくお願いします。

| Lei | 2009/08/06 03:15 | URL | ≫ EDIT

はじめまして

里親を希望しており、情報収集をする中でここにたどり着きました。
とても引きつけられる内容で、ずっと何かコメントをしたい…と思いつつ、
なかなか言葉になりませんでした。

わたしは生家でいくつかの暴力を受けて育ち、成人してから自分の心の整理に取り組んでいます。
子ども時代から積み上げてきたことの棚卸しというのは、本当に時間がかかりますね。
Leiさんがさまざまにご苦労されたり、新たなご自分を発見されたりするご様子は、他人ごととは思えません。
(立場が違うわたしがこんなことを申し上げて、不快にさせたらごめんなさい)。
Leiさんのブログを拝見し、自分の問題を別の角度から見る視点が開かれました。
感謝しています。

| MARU | 2009/08/05 09:59 | URL |

Maria、よく生き延びたよね

 Maria、あなたを施設育ちの人と思った時、避けようと思う気持ちがあった。

 でも直に接しているうちにあなたも又、わたしのように聖書を胸に抱き、心に芯を持ち続けていた事を知り、さらにあなたはカトリックの施設である事を知り、どうにも望郷の念なぞ知らないけれど、不思議と惹かれていった。

 今は何故惹かれたのか理解できる。わたしはこれからもずっとあなたと心を繋げていきたい、あなたの言葉はその時点で分からなくても、タイムラグがあるけれど、数年後、数時間後にはわたしにとって、かけがえのないメッセージになる。

 大好き、Maria

| Lei | 2009/08/05 07:00 | URL | ≫ EDIT

はじめまして

 初めまして福来さん、ほんとにステキなHNですね。この寒々しいブログにも少し福が舞い込んだような気持ちになりました。

 読んで下さりありがとうございます。わたしはエモーショナルな表現よりも、どちらかというと、自分が今どんな状況に立たされているのか?を考える方が重要だったので、自分の立ち位置を確認するような、こんな風な記事が多いと思っています。
 
 気が向いたら又おいで下さいね。わたしも、ついつい、あなたのブログを読み、興味津々になりました。考え続ける癖はどうにも止まりません。
 
 初めて人のブログに拍手してしまいました。子どもがどう育てられて欲しいかを考える大人の1人として、あなたの感覚も勉強になるように思いました。

 一緒にご飯を食べるシーンも、Mariaがわたしに言ってくれる言葉に近いです。わたしは「そんなにMariaがわたしとご飯食べるのがうれしい」という事実を認識し、ただ、ただ、びっくりした覚えがあります。
 
 話それた・・・。

 又、読みに行きます、わたしも。

 あ、それから。

 もしかしたら、血縁家族も家族として繋がる為の努力が必要なのではないかと思いました。血縁家族に安住するのではなく、互いの努力で絆を紡ぐことも必要ではないかと・・・。
 
 よろしくお願いします。

| Lei | 2009/08/04 19:01 | URL | ≫ EDIT

こんにちは。福来と申します。
家族のことを勉強していたら、児童虐待、そして施設のことにまで辿り着きました。勉強不足ですが、少しだけ施設の実態というものが理解できたような気がします。ただ、やはり書籍として出ているものは本当に隠されているというか実態ではない気がしてならなくて、こういったブログを見られることをとても貴重に感じます。ありがとうございます。

なぜ日本の児童福祉とは、このように子どもを施設に置き去りにするのでしょう。里親が浸透しないのでしょう。私は愛着障害だのなんだの言われますが、やはりそうではなく、施設で育ったら強姦に遭いやすくなるだの人に騙されやすくなるだのっていうのはそこで育ったからでしょ?って思います。

こんな非文化的なことを大人が決めて、国が実行しておいて、かける言葉は「施設で育ったから」だと?!と、マジで苛立たしいことこのうえありません。児童福祉を勉強する度に国の無責任さに腹が立って仕方無いです。脳の機能の問題と、育っていく過程で作られていくものって違うという考えにすごく同意します。

Lei さんががんばられている姿に励まされます。また来ますね。

| 福来 | 2009/08/04 16:36 | URL |

殴る相手の気持ちをわかっちゃいけない

Leiちゃん、

 あたしも、小さい子達を気分のままに殴る子達の気持ちは理解したくなかった。

 男子だけじゃない、女子も、小さい子達を性的なおもちゃにして、それを仲間内で笑いあっていたの。そんな虞犯少年達の気持ちは、絶対に理解出来ないし、理解する気も起きなかったの。

 養護施設という場所は、子どもたちだけじゃなく職員もまた、狂気の世界にいたのだと思うの。
 この狂気の世界で、自己を保つには、聖書を握りしめ、聖書の言葉にすがりつくしかなかった…

 あたしは、聖書を読むことで、自分の心を保ってきたのだと思うの…

 ほんとに、地獄だったわ。

| Maria | 2009/08/02 17:36 | URL | ≫ EDIT














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