PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --時--分 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

1人ぽっちと1人は違うものだと思っていたけれど他の人から見るとどちらも同じ

メンタル整理

 ひとりぽっち

 夫は昔からよくわたしの事を「君はひとりぽっちだったんだから・・・」という話始めをする癖があった。その瞬間、わたしはムッとして「1人で生きて来たけれど、けして一人ぽっちではない」と反論してきた。

 でも夫は「外から見ればどっちも同じ」とさらりと返してきた。

 わたしは二の句が継げず、黙るしかなかった。いくらわたしが心に誇りとやらを持って生きてきたとしても、彼のように一般家庭で育った人から見れば、たんなるハリボテだそうだ。



 わたしは過去から現在未来に至るまで、誰も居ない人生を受け入れて納得済みで生きている気になっていた。でも実際は自分で何も選択した事などない。無愛着だったので、人が居ない事で必要以上に苦しまずにすんだが、その分、今、わたしを想う人を無自覚に傷つけてしまっている。

 ひとりぽっちだった事を認めたくなくて、ひとり生きる道を選んだかのようにうそぶいて生きていたのかもしれない。それはわたし自身も答えを得ていない。わたしが自ら1人で生きる道を選んだかのような錯覚を心に抱いている限り、心の中の脆弱な部分を見つめる事は叶わない。





 Mariaを想う時、想われる時、わたしは自分にセキュリティホールを見つける・・・。何も怖いものはなかった筈なのに、予測不可能な愛着のような、不思議な想いを心に持ってしまった。そして同時に怖くなる・・・。




 時々わからなくなる。守るものがある人が真に強いのか、失うものは何もない人が真に強いのか・・・。




 わたしは、もしかしたら、ひとりぼっちではなくひとりで生き抜いて来たと言い抜けたい為に、これからも孤独でいようとするのだろうか。




 でももう、大事な人が出来て心を向けてもらった今、あの頃には完全に戻れないように思う。もちろん戻りたくないけれど、脆弱な自分に恐怖を覚える。世界へ向けて開ききったホールほど怖いものはない。

 そんな風に思う。
 

| ├ メンタル整理 | 11時57分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














http://escapeorgoodfight.blog85.fc2.com/tb.php/1020-5f891c3b

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。