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「明日食べるものの為に、明日着るものの為に思い煩うな」と教えられながら育った子ら

養護施設を出てからの問題

 後輩の話の補足

 関連記事 身体は大人でも幼児並みの社会的スキルの施設全部育ち達
        棒線:読むと何故か怒りが沸く新約聖書の聖句がある

 自分が出た施設の後輩の行動は一見逃げているように見えるが、わたしの目には逃げていたのではなく、彼女はむしろ前向きにまっすぐ誰も居ない人生をひたすら歩いているように見えた。まだ当時は未整理のわたしは、そんな彼女のプッツリ途絶えた通信を、彼女なりに精一杯前向きな判断をしたのだと、評価する気持ちがあった。

 でも、彼女の音信不通を評価するわたしも又、わたしの生き方を問われていたのかもしれない。


 「試験を受けても馬鹿だから・・・」というのも、ほんとは馬鹿と言いたいのではなく、試験に受かろうが落ちようが誰にも関係ない話だというような表現もしていた。がんばった事を褒めてもらいたい人もいない中、彼女はそのまま失墜したのだろうと思う。

 このポジティブに誰もいない人生をひた歩くという心理は、わたし達が施設で時間を掛けて植えつけられた概念だったが、これは捨てられた子たちが、誰かに愛着を持ったり頼ったりする事をさせない心理を子ども達にあらかじめスリコミした結果とも言える。

 大人になってから施設を頼られては困るので、今のうちに子ども達を前向きに誰にも頼らない心理を植えつけたのだと思う。かといって、里親家庭へ委託するでなし・・・。ほっとかれたままの子ども達は、無愛着とポジティブシンキングを、心理的に連動していかざるを得なかった・・・。

 卒園生が施設を頼るかどうかは別として「人に頼らせないメンタルをあらかじめ純粋培養していたように思う」のだ。わたしの明るさ、ゲンキさ、悩みのなさ、もそこにあるように感じる。

 #施設全部育ちの施設職員などもわたしの感覚に近いが・・・それは又別のテーマなので置いとく。

 スタンダードが複雑すぎる

 わたしが出た施設では世間に対しては、施設は大きな家庭ですと、希望を持たせるような言葉を言うのに対して、子ども達には「お前らが面倒を起こさなければ、お前らがどうなろうが自己責任だ。自己責任の範囲内でやれ」と言っていた。

 つまり児童が自分勝手に落ちてゆくのは勝手だが「事件性」を持たせるな、施設職員を身元引受人にするなという鉄則があったのだ。

 さらにそこに「宗教的な縛りもあり」子ども達は・・・特に乳児院や物心付いたら施設に居た児童は「神はその人に負えない荷物は負わせない」という神の代弁者の言葉に洗脳されていて、全て前向きに、神の試練と受け止め、自分の現実を誰にも相談せず、受け入れざるを得なかったのだと、認識している。

 「野の花を見よ」
 「明日食べるものの為に思い煩うな・・・」

 と育てられ「さあ、頭を空っぽにして・・・・」と言われて育ってきた。わたしに対して「宗教に哲学は要らない」と言った牧師は、考えようとするわたしに危機感を持ったのだと思う。

 しかしなき自分達は、明日の事を考えなくちゃいけなかった、きっと本当は!
 施設を出た後の人生を、ライフワークを、考えなくちゃいけなかったんだと知った。

 隅っこにあった新約聖書

 居なくなる直前に訪ねた後輩の部屋には新約聖書が隅っこに落ちて?いた・・・。彼女は祈っていたのだろうか?でも彼女は逃げていたのではなく、むしろ前向きに、1人で生きる事を背負い、誰にも相談しない事をポジティブだと教えられて育ったに過ぎない。

 その生き方のクセを誰も見破ることが出来ず、本当の意味で孤独にならざるを得なくなっていたのだ・・・。だからわたしは施設全部育ちのメンタル本が無いと、いつも思っていた。

 卒園後に宿題が棚から落ちてくる

 そしてそれは、措置解除のある児童養護施設にとってはごく当然の流れだった。無き者たちは、施設を出たら自己責任で生きねばならなかった。それなのに、入所児童には「明日の事を思い煩うな」と教えたのだと、今、知った・・・。

 卒園生にとっては、がない事を施設にいる間に何も解決してもらえず、そのまま棚上げされ、本人の頭上にバサバサと落ちてきたに過ぎない。そして措置解除後は、自己責任で生きてゆくしかない。入所中は連帯責任を取らされたのに、誰も施設だけで育った事の責任を取らないのだ。

 誰かたった一人

 誰かたった一人でも出会いがあったなら、そこまでにはならなかっただろうと思えてならない子を沢山見てきた。わたし自身は、この前向きな孤独を自分のアイディンティとして生きてきた。

 でも・・いつか、誰かがきっと・・・という言葉は、とうとう叶わなかったけれど、他の子が無き者になる前に誰かに出会えるなら、そのチャンスを作りたい、それが今のわたしの活動へのモチベーションの一つなのだと思っている。
 
 わたしにとっての里親制度とは、捨てられた事を癒す希望なのだと思う。誰かに会いたかっただけなのだ、シンプルに。憎む相手でもいいから、誰かに会いたかったといえば、又ひんしゅくかもしれないが・・・。

 それでも、誰かに会えずに消えてしまった無き者たちが居るのだと伝えたくて。

 追記

 ・・・そしてわたしは、自分には相手が出来る事も他の子が出会えてない以上、間違いに思えてならないという個人的な問題を抱えている。わたしが絆づくりに向かえない理由の一つでもある。

|  養護施設を出てからの問題 | 06時08分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

人間にはなれないけど

 わたしも、少しでも自分に少しの欲が生まれそうになったら、すぐに聖句が浮んできて、エゴイストな自分を責めてきたし抑制してきた。

もし、この言葉のとおりに生きたら、心が壊れてしまうと思うの。

 わたしはゲンキで悩みもなく、誰も居ない道を鼻歌交じりに歩いていると思ってた。何故なら、人間的なエゴや欲やらを全て排した姿勢を持って生きれば、わたしに誰も居なくても貧乏でも、それでも、神さまに人生を捧げて生きていけば良いと思ってた。

 お金が無くても路上で生きるのが平気な理由の一つに、野の花を見よ、があったと思う。ただし、それは二度目の施設以前から持っていた概念。

 最後は路上で生きるとしても、神さまが必要な事を全て備えてくれているから大丈夫と、思っていたのかもしれない。

 でも、結婚後、その姿勢が崩壊し始めたと思う。とことん人間的な世界へ投げ込まれたような不快な気持ちばかりが先立ち、全てを、ソドムとゴモラのようにしか感じられなくなっていた・・・。

 施設世界とは又違う家庭の世界の煮え切った鍋の底を見せられ、あなたも○○家に嫁いだ以上、この家の人間の犯しがちな問題の、いわば共犯者になれといわれてるような気持ち・・・。

 ・・・ごめん。話が長くなるのでやめるね。

| Lei | 2009/10/05 07:39 | URL | ≫ EDIT

右のほおを打たれたら…

Leiちゃん、

 あたしも、「右のほおを打たれたら、左のほおを差し出せ」という言葉に囚われてしまう。

 自己が確立してない子どもに、こんな聖書の言葉ばかりを教え込んだら、自分の権利を主張できない子どもに育つの。

 家庭なら、親の言葉と行動から、この言葉を文字通り受け取ることはないと思うけど、規範となる大人のいない施設では、子どもたちは、文字通り言葉を受け入れようとする。

 やられたら、やっぱりやり返すし、やられっぱなしでいられない。

 もし、この言葉のとおりに生きたら、心が壊れてしまうと思うの。

 本来の意味は、非暴力をたとえで表したのだと思うけど、非暴力という思想は、施設では通用しない。

 

| Maria | 2009/10/04 22:53 | URL | ≫ EDIT














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