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施設育ちにとっての結婚家庭を「こんなわたしにも自分の家が出来た」と思わぬ方がいい

養護施設を出てからの問題

 初めての家庭

 時々、リアルでもネットでも施設育ちの人の発言として、結婚できた事を「こんな自分にも家族が出来た」と表現する人が、わりと多い事に気づいた。わたしも結婚する事で、小さな頃に得られなかった世界を得られると勘違いしていたかもしれない・・・。


 に入ったという認識を持つ

 しかし実際に家庭に入り、その考えが甘い事を知った。施設全部育ちにとっての結婚は「幼い頃に得られなかった家庭」と思わぬ方がいいと結婚生活を経て思った。

 その現実は現実であって、そう感じる事が全て悪い事ではないと思うが、その現実を受け止めるのは自分であって、自分を受け入れない夫が悪いとか、問題とかでなく、施設全部育ちとしての未整理な自分が「どういうつもりで結婚したか」を問い直す問題だと思う。
 
 里子じゃない

 結婚生活を経て思う事は、であり、子どもの立場としての里子じゃないのだから、いわゆる甘えるべきではないし、の仕事をきちんとすべきと知った。
 
 夫にとっての家族・家庭が、わたしのものになるわけじゃない。嫁の仕事と責任を結婚生活を経て、身につまされながらも理解しつつある。

 夫にとり、自分を慈しみ育ててくれた生家でも、嫁であるわたしにとっては仕事場だ。だから、見捨てられていた自分にも家族が出来たなどと甘えた気分を持っていたら、その一族のバッシングを受けるのは必至なのだと思う。

 仕事としての嫁

 「嫁は牛一頭の価値」とは口に出して教えてくれる。その言葉を過去の因習と思うかどうか・・・。実際はの精神性の中に、嫁=牛一頭があるかぎり、わたしは牛一頭の働きを求められる。その意識を年老いた義母に改変せさるのはかわいそうと夫は言う。

 夫にとって優しいゆりかごは、わたしにとってはいばらの嫁修行のようにも感じる。夫がそれでもわたしを大事に考えてくれているのは分かるが、夫の居ない時間の方が多いのが嫁との時間・・・。

 施設全部育ちの現実

 施設全部育ちは、女性の場合結婚しても多くは嫁として生きる。誰にも頼らず一人で生きるほどの社会的スキルを持たないのだから、結婚した後、嫁として生きる道を選ばざるを得ない。
 
 嫁して3年子無きは去れ

 とから言われて、今、どうしようかと考えている現実もある・・・。から見て、わたしは嫁として仕事できてないのだから、厳しい意見も理解できるようになってきた。(最初は四文字熟語に慣れてなかった)

 もしかして、ぬくもりを知らない無愛着児はセックスレスになりやすいのかもしれないと思う、だって、抱っこされた事が無いのだから。肌のぬくもりを知らないのだから、求めるわけない。

 どうでしょう?この考え。

 という、忌憚無き結婚生活へのリアルな気持ちなのだ。
 でも、甘えてはいけないけれど、夫婦の絆を作る事は可能だと思う。

 わたしが、この家庭できちんと嫁をしていけるなら、道は常に開かれているように思う。ただし、嫁としての厳しい道を歩けるか否かに掛かっているが・・・。

 もし、嫁として生きられないのなら、社会的に生きる女として職を手につける必要がある。大人のわたしには選択肢があるので、じっくり考えていこうと思う。
 

|  養護施設を出てからの問題 | 08時11分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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