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がんばった施設出身者はがんばる状況に無かった施設出身者に厳しい

メンタル整理

 世の中見返すって何?

 結婚後、ネットにアクセスした時、わたしは「生き延びてここまで来られた」という感覚でいっぱいだった。でもそれは、自分にはたまたまがあっただけで、後一歩、右か左にズレていたら死んでいたと思わぬでもなかった。

 虐待受けて育ったわけじゃないのに、何故そんな風にカラカラな気分だったのか、今も不明。ただ、誰も居なかっただけなのに・・・。


 
 だからわたしは「一生懸命生きてきただけじゃなく、もあった」と感じていた。だから「見返す」という感覚を知らない。 だって何のチャンスも無い(筈)の状態の子が、「見返そうなんて」思わないと感じてる。

 ・・・実際、に恵まれず消えてしまった子たちの事がわたしの心に刻まれている。

 それこそ名も覚えていない子たち、自殺した子、病死した子、行方不明の子たちがいつも心のどこかに引っかかっていた。彼らはネットにアクセスする間も無くリアル世界の夜の街へ(まあ昼の繁華街もあり・・・)消えていった。

 ある日、ネットで体験記を書いていたら施設出身者の男性からメールをもらった。その男性は「オレはがんばったんだぜ、お前だってがんばれる筈だろ」とか、励ましと根性論の混じったメール。お前よばわりされて、その上、勝手に励まされて非常に困った覚えがあるが、施設男子に多い態度だった。

 彼が言うには「世の中の奴らを見返してやりたくねえのかよ!」って事だったが、彼のメールを読んで思った。「別にぃ・・・(○リカ様じゃないんだけど)」と。

 何を彼は見返そうとしてたのか、世の中の数え切れない人を見返すレベルの見返し方って、施設出身者的にどのくらいの事をすればいいのか?

 に感謝すると共に

 もし彼が、施設出身者に偏見や差別意識を持つ世間の人を見返したいと思うのなら、実際どのような見返し方を望んでいたのか、今となっては、彼からのメールも削除したので追跡しようがない。

 施設出身者の陥りやすい思考として、自戒も込めてなんだけど・・・。過去を振り返り、がんばった自分を自分で褒めてあげるのは良いとしても、自分並みに何故他の子は頑張れないんだ?という怒りをぶつけるのは、それはチガウと思う。

 たまたま親戚縁者の助けがあった、たまたま世の中を生きていた時、手を差し伸べてくれた人がいた、たまたま出会いがあった・・・。その偶然により、助けられもすれば、偶然によりさらに堕ちてもいくのだ。

 わたしはこの無愛着に着目してくれたソウルメイトに出会えなかったら、もしかしたら結婚家庭を逃げ出して今頃路上生活なのではないかと、妙な確信がある。

 もちろんソウルメイトへの感謝は当然ながら、もしネットにアクセスできなかったら、もし夫がIT(オンライン技術者)関係の人じゃなかったら、もし高校へ行ってなかったら、その企業へ就職できなかったら・・・と考えた時、がよかったと思うのだ。

 わたしはいくら頑張っても、その頑張りが全く反映されずに消えていった多くの子を知っている。彼らはを手に入れる手前の、選択できうるチャンスそのものが、無い状態だった。

 だからわたしは、頑張る状況になかった子たちを上から目線で見る、いわゆる「今の自分があるのは自分が努力したから」的な、がんばった施設出身者に対して時々猛烈に反抗心のようなものが灯る。

 チャンスそのものが無い子たちについて、わたしは思いを馳せる。

 #ただ今、編集中・・・。 
 

| ├ メンタル整理 | 07時20分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

人生はロシアンルーレット

 わたしが運が良いと感じていた理由の一つに、自分の日々がロシアンルーレットのように、ここまで来られたのは単に運だけ。と思えて
ならない事が多かったから。

 わたしは、自分が努力しようが頑張ろうが、そんなもの、一笑に伏すしかない瞬間を歩いてきた気がするので、運に、神に、感謝の気持ちを持つのは自然の成り行きだった。

 だから、時々、「私は見返すためにがんばったオーラ」の人を見ると不遜にさえ思えた・・・。
 
 その人が頑張った事を否定はしないけれど、中には、頑張ろうが頑張るまいが、浮上する為のチャンスさえ見つからない子たちが居るのを知っているので、とても自分の力だなどとは言えない。

 でも児童養護施設では、何もかも受け入れるしかなく、一度も自分の持つ可能性についてなど考えた事がない・・・。
 
 そんな状態の子たちを、その状態から浮上させるには、施設以外の世界を知る必要があった。

 頑張った施設育ちは頑張る環境になかった施設育ちを責める時、追い詰めていると思う・・・昔も今も。頑張れなかった子が悪いのではないのに。


| Lei | 2009/10/16 06:22 | URL | ≫ EDIT

乗り越えた人ほど乗り越えられない人を責め立てる

 Leiちゃん、書いてくれてありがとう。

 以前、「がんばれ」でEdwardさんが同じようなことを書いていたわね。

「乗り越えた人は、乗り越えられない人を責める。そうならないように自戒している」そんな趣旨だった。

 あたしも、頑張ってもつぶれていった子たちをたくさん見ている。学習ボランティアに行っている施設の子どもたちと関わっていて、頑張りが反映されない子たちを見てきたの。

 どんなに頑張っても、その頑張りを認める人がいない。たった一人、その子を思う人に出会えたら、その人に認めてもらうために、頑張れると思うのに…

 「わたしなんて、どうなっても誰も心配しないから…」

 そうつぶやいて、卒園後に音信不通になった子もいた。

 学習ボランティアの連絡先を子どもに教えるのは禁止されているけど、こっそりと教えた子もいた。だけど、その子にとっては、あたしも通り過ぎていく大人の一人でしかない。

 あたしは、草間さんの「がんばれば夢は叶う」という言葉がきらい。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/localpolicy/280056/

 成功した施設出身者の自慢げな言葉が嫌い。

 成功した施設出身者たちには、頑張っても、頑張っても、どんなに頑張っても、夢すら持てず、つぶれていった施設出身者の怨嗟は届かないのだと思う。

| Maria | 2009/10/16 03:01 | URL | ≫ EDIT














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