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施設では「その子の人生に責任持てない以上、関わるべきでない」という暗黙の了解があった

養護施設にいる間の問題

 哀しみを示しようがない子たち

 ぼんやりしか覚えていない、小さな頃の感覚的なイメージを一つ・・・。

 真夜中、同じ部屋の少し離れた布団の中から嗚咽が聞こえる事はあった。わたしはその子がお腹でも痛いのかと心配したが、すぐに、施設に入って来たばかりの子だったんだという事に気づいて、放っておくしかなかった。

 わたしは、他人だから介入しない事がその子への気遣いだと思っていたようだ。その子に対して声を掛けた事の責任が持てないなら、気安く声を掛けてはいけないと思っていた。

 そっとしておくという言葉は、その子に責任持てない以上、声を掛けない事への自分をごまかす免罪符みたいだった。それは施設という世界観の中に常にある、子ども同士や職員、全ての人間関係の距離感だった。


 それは今思うと、児童養護施設という環境が、責任も持てないのに深入りしない事は、そのまま、その子をネグレクトしている事でもあったのではないかと感じている。声を掛けた責任って、何?ところで。

 施設職員だけがネグレクトしているわけじゃなく、自分も、新しく入って来たその子の抱える問題をネグレクトしていたんだと思う。

 もし関わるなら、その子の人生に責任持てる?とまで問われて、自分も誰からも責任持たれた事がないのに、他人の事も責任を取ることは難しく、あの頃、誰もが他人を見ないうように集団で生きていたように思う。

 集団で育っているのに全くの孤独状態、全くのネグレクト状態であるという事について、わたしは今も集団と孤独という問題に心理的にうまくコミットできない。

 育てられた事の問題を職員に言うのはお門違い

 大人になり結婚した時「家庭が分からないなら、分からない理由を育て親の職員(姑目線で)に聞いて来なさい」と、お姑から言われた夫は、施設へわたしを伴い頻繁に訪れた時期があった。ソウルメイトと出会う前の頃だった。

 夫は施設職員に対し「家庭を教えてなかった事の説明」を求めたが、施設側は「家庭を知らない筈がない、家庭的処遇、家庭的に育てた筈だと反論」してきた。

 施設では、家庭的処遇の一言で全てが全て家庭的になるのだから、本当に呪い(まじない)の世界のようでもあった。わたしは具体的にどんな家庭的処遇の中でケアされたか全く理解できなかった.。

 ただ言える事は、

 施設職員は親ではないし、親がわりでもなかった。そして施設に対して責任取れと言うのはお門違い。親として名乗りをあげ、あるいは、養育者として名乗りを上げたなら、自分を育てた責任を問えるけど、施設にそれを求めるのはお門違いだった。

 わたしは夫が気が済むまで、わたしを育てた責任者を探すに任せたけれど、彼は彼なりに、この世に誰人もいない人がいるという事に気づいたそうで、

 今では夫は「ここまで誰も居ない人に会った事がないので、ひたすら驚いている」と言っている。だからどうだとは表現できないが、それは空気のない世界を想像できない事に等しいらしく、ほとほと困っているらしい。
 
 家庭の人とって、虐待された施設の子は想像できても、血縁から一度も探された事のない、又は生きてるのは分かっていても施設に預けっぱなしの親を持つ子の境遇は全く想像できないという事だけは分かった。

|  養護施設にいる間の問題 | 07時06分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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