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自分の耳が人生の初めにする事は相手の声の抑揚に周波数を合わせる作業?

整理中の課題/無愛着予備軍の頃
 
 テープ起こし作業と引きずられる感覚

 変な言い方だけど、Mariaの記事 にあるように今”テープ起こし”をしている中、既聴感(デジャブの版?)のような雰囲気に見舞われている・・・。

 それはまだ目が見えない頃に、声だけを拾おうとして様々な人々の声の抑揚にそのたび毎に周波数を合わせようとしている自分のの動きの感じに似ている・・・。この作業、やたら不思議に思える。変に懐かしいような、そうでないような・・・。

 とくにテープ起こしの為、せっかくその人の抑揚に馴染みそうになったのに、それでは次の人に語ってもらいます、と、次の人へ移行する際の、切り替えの時の、「またか感」と「さっそく次へ向かう感」の、流れ作業の感じが、妙に懐かしい?ように思う。

 変な事言ってるかな?自分、まあいいや。
 
 #ちなみに人間が生まれて一番初めに動き出す機能は目??感触?何が最初かわからないまま、自分の感覚そのままで、この記事を書いているので、肉体の機能の順番や正しさとは関係ないです。




 そう、この作業で、大まかなその人毎のプロフィールだけが与えられてる中、じっと目をつむり、をすませてテープの声を聞いていると、やがて今話しているその人の独特のリズムと声の傾向や言葉のクセやが、まるで音楽を聴く時のように、全く意味不明な状態のまま入ってくる。それを書き写す・・・。

 わたしも他の国の言語などを聴いている時、文法などよりも先に、抑揚リズムや緊迫した感じやにを向ける癖がある。その時のわたしはたぶん、目の前の話を聞けないのではなく、その人も含め、そこの空間にいる全員の声を拾おうとしてしまうのではないかと感じているのだ。

 とにかく今わたしは、日々のテープ起こし作業の中、目に見えない目の前のその人の声の太さや性質やイントネーションやから出身地や沢山の情報を受け取ろうとしている。

 その人が表現する独特のリズムは、その人が思う以上に色んな情報を放出している。今、色んな人の声に自分のを合わせる作業の中、自分も乳幼児の頃、声、イントネーションなどを拾おうともがいて?いたような片鱗を感じる。

 ・・・という風に、独特の自分なりの情報の受け入れ方を見出してしまったようなのだ。

 情報としての声とイントネーションと言語

 わたしは何度も書いているように、ぬくもりからの情報、匂いからの情報、などなど肉体に密着した情報の受け取り方を選ぶ環境に無かったと仮定している。一度や二度誰かが入れ替わり立ち替わり撫でていったかもしれないが、それは固定されたぬくもりじゃなく、通勤途中の人が道端の猫を撫でて去っていくのと変わりないのだ。

 でも声はぬくもりと違い、受信している限り、密着せずとも情報を届けてくれる。だからは何でも聴こうとするようだ。その代わり、そのも固定された相手を見出せない限りその範囲は全方位的なので、今目の前にいる相手だけじゃなく、通りすがりだろうが、それこそ外国の人だろうが、話しかけられれば受け答えしてしまうにすぎない。ただ相手のイントネーション、声、雰囲気、世界観を一瞬で受け取れるように受信状態にもっていこうとする。

 外国語を学ぶにはベッドで学べというのを誰かが言っていたように思うが、あまり冗談のようには聞こえない自分もいて、日本人の子がいちいち日本語の文法から入ったのではないのと同じ様に、最初はもっと動物的な五感での受け取りだと思っている。

 印象的な耳の話

 外科の救急の看護師の友人(相手が懐いてくれる)がいるが、その人と非番の時飲み会した時、ふと、語りだした・・・。

 「逝きそうな患者さんに最期を看取る為、その人の肉親を連れてくる最大の理由は、肉親の声がその人をこの世に繋ぎとめる手段の一つだから。人間の機能の中で最後まで残されているのは、耳の既往病の無い場合は耳だから、その人に、肉親の声を聴かせてあげるんだよ」と。

 たしかその時わたしは「はは、じゃあわたしは世界中から拾い集めて来なきゃ死ぬに死ねないね」と冗談を言った。すると彼女も「あんたねえ、どんだけその肉親の範囲を広げるのよ」と大笑いした。

 でもわたしはその時「世界中探してもいない」と漠然と思ったのだけど、それはちょっとうまく言えなかった。

 固定された相手

 固定されたぬくもり、固定された声、固定された日常、固定された空間を必要とするのは、固定された感覚や概念を作る為でもある。その固定された感覚や概念が間違っているとしたら後で修復や治療をしてほしいと思うが、固定された相手のない過去の場合は、修復すべき内容が存在しない。これでは修復も治療も出来ず、当人は社会生活や家庭生活や、自分が親になった時に、とても困る事になると感じている。何故か不可逆の問題としてまっさきに養育の環境が浮ぶ昨今の自分だ。

 だからわたしは、虐待の話以前に、固定された相手が誰もいない施設全部育ちのその育ちの問題を語りたくてしょうがない。これも又自分の、過去へのリベンジのように感じている。よっぽど捨てられて頭に来てるらしいけど、それを暴言はいても限界があるのでおしとやかに語っているにすぎない。

 ・・・さて、ふたたび作業するか。っつうか、作業しなくっちゃ(汗)
 以上、ある意味地雷原を歩くようなテープ起こしの最中の、耳のよく分からない感覚について。 
 

|  整理中の課題&記事 | 05時35分 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

おはようございます

 カナンさん、ご丁寧にありがとうございます。

 ただ、マーガレットさんの言葉の引用ですが、元記事は、

>無愛着を研究する非無愛着者のレポートのようだと思いました。

 となっています。
 上記のマーガレットさんの言葉と

カナンさんの

>無愛着を研究する非愛着者のレポートという言葉が

 という受け止め方の違いを把握しておいて下さるとよけいな紛争を未然に防ぐ事になると思います。一応お知らせしておきますね。

 あと、個人的にはこの親記事を読み、保育士希望の方が影響を受けるわけは無いと安心しました。これは単なる「独自の感覚の説明」ですからそのあたりは、きちんと距離を持っておられると思っています。
 
 >でも、そこまで考えないとなりませんか?

 との事ですが・・・どうやらわたしは考えなかった結果、突き進んでしまった感があります。カナンさんは離婚されたとの事ですが、わたしも結構タイトロープです。結婚生活は里子生活じゃないんです。嫁としての即戦力を求められるし、もちろん夫婦生活と愛着関係の問題もあります。

 でもここで夫婦生活の事と愛着の問題を書く事自体リスクがあると思うようになりました。昔はもっと気にせず書いてましたが最近は守ることを覚えてしまったみたい。

 保育士になりたがる施設出身者も多いですね~。それしか職業を見てなかったし、仕方ないですが、わたしは何故か看護師だけはなりたくないと思ってたです。謎ですが。

| Lei | 2009/11/09 08:39 | URL | ≫ EDIT














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