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施設では職員や上級生に殴る理由を求める発想は育たず、逃げるかやられるかだった

養護施設にいる間の問題
 
 #最近何故か理由は判らないが施設育ちの人の書き込みが増えた気がする・・・。テンプレートが落ち着かない・・・忙しくて写真を入れ替えたり出来ないし・・・。

 

 殴る上級生職員も平等かつ無差別だった

 施設では職員はよく一列に児童を並ばせて片っ端から殴っていった。誰かが何かを盗んだといってはレンタイセキニンを取らされた。

 わたしは職員から殴られたからといってその職員が、自分を愛してるから殴るんだという誤解を持たずにすんだ。その様な誤解をせずに済んだのは、殴られる子たちはその場にいる全員か、あるいは、たまたまその場に居た子達。又殴る職員上級生も複数人いて、いつ、どこでそのような場面に出くわしてしまうか分からない世界だから。



 保母などの機嫌が悪い時を知ってる年上女子なんかは「あいつ生理だから、機嫌悪いよ」などという情報も飛び交っていた。そんな程度のものなのでどの子もいちいち騒ぎ立てる事はなかった。

 施設の中での不特定多数の子ども達の行き来の中で、ちょっとたまたま、そこに居た子を自分の吐き出しに使った女性の先輩もいた。その人とその子の間に何の繋がりも無いけど、施設では常に起こりうること。

 そこに別の子が通りかかったらその子が吐き出しの為に使われるのだ。上級生は気がすんだら用なしのゴミのように後も振り返らず去っていくだけ。だけど、それでも施設の中で捨てられている状態が当たり前だった子どもにとっては、その時だけ味わう人との温もりの体験なのかもしれない。

 施設では、特に施設全部育ちの子たちは「いつか誰かが私を迎えに来てくれる」という幻の出会いを待ち望む心理があった。たとえ里親というものを知らなくても、いつか誰かが~と思ってしまう。
 
 しかしやがて養護施設という誤解しようのない世界で生きてるうちに、自分には誰も居なかった。たまたまぶん殴って通り過ぎていった先輩職員がいたけれど、別に自分である必要はなかったし、当然ながら、自分の事を思っているから殴るんだという誤解もおきなかった。

 未整理な家庭虐待の子たちの影響

 時には、家庭虐待の子が「親はあたしを叩いたけど、でも普段はあたしを思う気持ちがとても強いの」と打ち明けて来た事もあった。でもわたしはその子の心理が理解できなかった。「ぶん殴る大人に殴る理由なんかあるの?」と思っていた。しかしやがて「たまたまそこに居ただけでしょ?」という言葉が、家庭虐待の子の話には一致しない事に気づく・・・。

 わたしはもし職員が自分をぶん殴っても、心の中では、たまたまそこに居て運が悪かったとしか思えなかった。だから家庭の子の未整理な虐待の体験話は、家庭を知らないわたしの目には、まるでその子から「あたしには固有の相手が居るの」と言われているのと、同じ事でもあった。

 虐待の話を聞き、本来ならその子の傷に共感すべきだったかもしれないが、自分もまだ小学生くらいで相手もそう。本来なら虐待された子の話を聞くのは大人の役目だったのだろうが、実際は子どもから子どもへベッドの中でコソコソ話されるのが自然の流れでもあった。被虐待児も虐待家庭から引き離しをされたが、ケアを受けているわけではなかった。

 誰もいない事に少しずつ気づいてゆく

 その「固有の相手から虐待を受けた子」が語る体験と、思えば「誰からぶん殴られたか分からない自分達」と、その住む世界が全く違うように感じていくのに長期の施設時代を必要とした。わたしは自分が捨てられていた事に気づいたわけではなく、家庭から来た子たちの態度や様子を通して、自分の何も無さ、誰も居ない感じが、徐々にあぶりだされてくる感じはした。

 家庭の人には申し訳ない気持ちだけれど、わたしはいつしか、家庭で虐待を受ける子の話を聞いているうちに、わたしにはわたしだけを殴ってくれる固有の相手もいない・・・となっていき、どんどん間違った感覚を持っていったように思う。

 本来は虐待を受ける事をこそ問題としなくてはならなかったのに、家庭から来た子の話を聞くのもどこか苦痛に思うようになっていたと思う。そこをわたしなりに意識しておきたいと思い、子どもがどこの環境で育てられていても虐待されてはいけないから、自分の間違った概念についても、なるべくそのままの気持ちを書いてみた。

 まだまだ整理中なり・・・何故なら、今度は捨てられた子同士でも、施設で虐待(性的も含め)を受ける事の混乱もあると思うのだ・・・誰も居なくても居ないなりに。

 途中の道。

|  養護施設にいる間の問題 | 16時58分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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