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クリスマスと羽子板とアメ横と大掃除と夫婦の世界観の違いの落としどころ

メンタル整理・どうでもいい整理

 普天間の話に少し反応して・・・

 この季節が・・・
 
 施設から外に出て思った事は、この国はとても特色ある状態であるという事だった。結婚している夫でさえクリスマスの受け止め方がケーキといつも見るドラえもんの、クリスマスの番組バージョンののび太の東方の3賢者だったらしいという事。母親から「そんな下らないアニメばっかり見てるとバカになるよ!」と言われつつも無視して見てたらしい・・・。

 わたしが夫に「施設の子の願いって、大人になったらケーキを丸ごと食べたいって願いなんだよ」と言うと、急にショボンとされて「ごめん、オレ、子供の頃からワンホール食うの当たり前だった」と言われた。わたしはむしろ健康的にどうなんだ?と思わぬでもなかったけど、彼の12月とわたしのこの時期は何か妙に開きがある・・・。



 アメ横なんて知らなかったし、羽子板という言葉すらしらなかったし、12月に師走という状況になるという事もピンと来ないし、大掃除の時期だといわれても普段から掃除はしてるし・・・。

 たぶん違和感として、クリスマス以外の要素がてんこ盛りの社会の様相にいつもちょっとびっくりするのだ。夫は馴染んだ12月の風景なので殊更何か感じる事はないようだけど、農家の長男なせいか「干し柿の季節だな」とか「干し芋の季節」だなとか、リアクションに困る原風景に埋没されちゃって、どうしていいか分からなくなる。

 夫にとって、たとえばクリスマスミサというのもピンと来なくて何度か誘ったものの「オレ、そこまで神様に願掛け?したい事ないから、初詣いければそれでいい・・・」と。クリスマスミサと初詣がちゃんぽんかも。

 そんな風にこの季節、夫婦で訳の判らないやりとりが延々と続くが、施設は他の宗教については全く許さなかったので社会ではどんな風にこの季節を過ごすのかを具体的に知る要素が無かった。

 慰問続きの時期

 わたしは全く記憶が無いけど、アメリカの基地に定期的にクリスマス時期にわたし達はお呼ばれしてパーティを開いてもらってたんだよと、後輩の1人から言われた。わたしは記憶が出来ない女なので、初めて聞く後輩の話にびっくりする。わたしはお調子者だったらしく、それなりにフィーバーしていたらしい。無愛着の典型かも・・・。
 
 この時期は慰問の時期・・・。誰かが何かを恵まれない自分達の為に何かを贈ってくれる日。感謝してお祈りして、アフリカの飢えた子供と比べて、自分の幸せを味わわなくちゃならない日。

 この時期の日本人というアイディンティ
  
 だから、羽子板とか今年の一文字とか有名なお寺の大掃除とかが本当は日本の本質で、空軍の慰問とかクリスマスパーティとかケーキとか、わたしの場合は特赦の七面鳥だけど、そういうのは夫とわたしの中で、違和感だらけのまま話し合う事もなくここまで来てしまったんだなあと思った。

 だから、クリスマスというものが本当は沙漠のイメージで雪なんか降ってなくてという話になると夫はもっとおかしくなるので、今の所は、互いの文化のソフトランディングを目指している状況。困ったもんだ。

 でもわたしは日本というアイディンティを持てなかったように思える・・・。夫にとってはまるでアクセサリーのようなキリスト教を、わたしの目にはまるで東洋の奥深い世界観という仏教と神教の世界観を、互いに今も、溝を埋めようとするのではなく違いのまま、どうやって共存できるか考えている最中なのかもしれない。

 思いやりを持とうとして何故か慰問

 ・・・で何故普天間問題に反応したかというと、わたしも低空飛行で飛ぶ貨物機や戦闘機やらを見て育ったので、ある意味、米軍の動きを直接みれば、今、リアルタイムで何かが起きているという緊張感はあった。ニュースになるまでに一週間位、あるいは発表されない、国の状況がリアルに伝わる場所で育ったから、だから、クリスマスシーズンに慰問をしてチャラにしようとしてるようにも見えていたかも・・・ね。

 わたしは、日本人が守ってもらってるなんてほんとは思っていない。迷惑を掛けているけど、迷惑料を払うなんてできない米軍が、日本の恵まれない子供達を慰問したり、パーティ開いてソドムとゴモラのように楽しく騒ぐ。わたしにとっては、むしろそれは米軍はキリスト教に対して失礼な態度ではないかと、こっそり思っているけどね。

 とりあえず課題

 それにしても困ったものだ、生粋の日本人のわたしの風貌とはかけ離れた欧州の世界観、生粋の日本人なのに彼の風貌の外人から見てもヨーロッパ人そのものの風貌。そして全く風変わりな2人の課題。

 見た目と世界観は全く違うという事実を知り、人間というものはどうやらどうやっても遺伝子の競争に打ち勝とうと画策しているらしいと考えている。生き残れるか・・・本当のいみで。

| ├ メンタル整理 | 07時29分 | comments:11 | trackbacks:0 | TOP↑

少し判りました

Mariaさんのご説明で判りました。
もし子供時代にLeiさんが来たら
ちょっとイライラしたと思います。
同じキリスト教だから感覚は同じかと
思ったのでこのブログで声を掛けさせて
もらったんですが、何かが違うかなと
思うようになりました。
必要以上に絡んだし申し訳ないなと
思うんですが下手にキリスト教だから
結局気になってしょうがないんですよね。
もし仏教の施設の方ならイライラしなかった
って事にも気付きました。
もしかしてLeiさんの態度が牧師様には耐え難い
ようなものを持っていたとか・・・。
カトリックを知りませんが、Mariaさんの姿は
何となく立派すぎて意味もなく対抗心の様な
ものが湧いて来そうになり話を避けてました。
それが普通の態度なのかもしれないんですが
プロテスタントの人にとっては少し軽く見られて
いるように誤解を受けてしまうかも知れないです。
そうするとプロテスタントのたとえ牧師様でも
内心は穏やかではないと思います。
私もうまく語れる訳じゃないですからきつく
なってしまいます。
施設の子は普段の口調がキツイって前夫からも
何度か注意されてたんですがね。
でも私はLeiさんがプロテスタントだったら
うれしい様な本音もありました。
ちょっとMariaさんだけじゃなくて私も相手して
欲しかったのかな。
これじゃ好いてるのか嫌ってるのか判らないですね。
Leiさんが幼児さん当番だったのを読んだ時から
保母を目指してるから同じ目線かな?なんて勝手に
期待してました。これもごめんなさい。
新しい記事は後で返事します、まだ読んでなくて。

| カナン | 2009/12/13 02:41 | URL | ≫ EDIT

だから無愛着でも平気だったのかも

 Mariaの返事を読んで、何がどうなのか自分では判断できない、何の証拠もないし何も残って無いし・・・。でも7年もの時間共にいても違和感が無かった事に改めて驚いている。

 それと同時にもしかしたら、人間を求めないでいられたのは神さまがいたから、かもしれない。施設での人間関係は常に移り変わっていき、そんな人間にボンドするよりも、唯一神にボンドすれば、無愛着でも生きていられたかも。

 人生の初めに神さまを教えてくれた人が誰かは知らない。本当は、人生の初めにいた人がずっと側にいてくれていたらその人にボンドしたかもしれない・・・。
 
 ただ、本当は人間なんだから人間との間に愛着関係を繋げるべきだったと思う。家庭で信仰心を持つのと違い、人間の愛着相手がいない施設の子では、信仰も諸刃のところがあるとは気付けなかった。施設では保母に愛着を持ってはならないし・・・。

 ふと、カナンさんのご苦労も偲ばれて・・・やはり施設だけで育ってはいけないと感じている。しかも施設を出た後はその問題を自分で解決しないとならない・・・。

 新しい記事を読んでみて出来たらコメント下さいカナンさん。無理強いじゃないから、出来るとしたらですから。
 
 それでは、お騒がせしました。

| Lei | 2009/12/12 17:30 | URL | ≫ EDIT

 カナンさん、

 最初、カナンさんのハンドル名をみたとき、「約束の地」というキーワードが浮かびました。
Leiちゃんとふたりで、「たぶん、キリスト教系の施設を出た方だよね」と推測していました。

 飲み屋でしてはいけない話題トップ3は「政治、宗教、野球」だといいます。
 ブログではどうなのでしょうか。いつまでも平行線で、収拾がつかない気がします。

さて、

>だからLeiさんは問題児だったと思いました。

 宗教系施設の問題児とは、その施設の宗教を受け入れない子になります。養護施設では、憲法が定める「信教の自由」はありません。
 入った施設の宗教に馴染まなければ、生活しづらいだけです。そして、物心ついたら施設にいる子どもにとっては、宗教は日常生活そのものであり、なんの疑問も持たずに宗教に囲まれ、染まり、育ちます。
 施設の宗教を問題にするのは、後から施設に入った子で、「宗教漬け」と違和感を表明する子もいます。

 あたしは、たまたまカトリック系の施設に物心ついたら居て、幼児洗礼を受け、何の疑問も持たずに聖書を読み、聖書の教えを自分の生き方としてきました。子どもの頃から「神の兵士」となることを夢見、ゆくゆくはシスターになって、セントドミニックのように、布教活動しようと思っていました。
 ですから、途中からプロテスタント系や他の仏教系の施設に移ったら、かなり「問題児」になったと思います。

>Leiさんは無愛着だからどんな環境でも馴染んでた
>って聞いてますけど

Leiちゃんは、人間には無愛着でも、唯一、神にボンドしていたと思います。

>Mariaさんは何故プロテスタントのLeiさんに。
>それは私達にとっては大問題です。

Leiちゃんは、プロテスタントではありません。宗教について話すとき、その内容はあたしには全く違和感がありません。幼児期にカトリック教会の運営する24時間保育所で生活していたイメージがあります。
ですから、クリスマスの深夜ミサは、一緒にカトリックの教会に行っています。もう7年間になります。Leiちゃんがいやがるなら強制はしません。一人で行くだけです。

>まるでMariaさんはLeiさんが迫害を受けたみたいに
>言いますけれど、

牧師である園長がLeiちゃんにした行為は、虐待というよりも、「迫害」という言葉がふさわしいから言っています。Leiちゃん自身、「虐待」よりも「迫害」のほうがしっくり来ると思っています。

>本来なら幼児のように神さまの愛を
>受ける態度、姿勢が必要だと思っています。

Leiちゃんの態度は、まさにそうです。それが、プロテスタントの「神さま」ではなく、カトリックの神さまなのですけど…

| Maria | 2009/12/12 10:34 | URL | ≫ EDIT

神との契約に基づいて・・・

 Leiです、お返事をまず心より感謝します。

 まるでMariaさんはLeiさんが迫害を受けたみたいに
言いますけれど、本来なら幼児のように神さまの愛を
受ける態度、姿勢が必要だと思っています。
神さまが愛してくれている事を信じてないみたいです。
神さまから愛され慈しまれている事を感じてほしい。
そう思います。


 わたしはむしろ、神を愛しているなら神と人間との間にある契約を全うすることこそ大事な事と思っていました。

 神から愛されているという事を味わい幸福を得るという感覚はわたしは持ち合わせていません。何か違いますねカナンさんとは。

 欧州の絢爛豪華に見える聖堂は、自分の持ち物よりも神への思いを形として残した凝縮だと思っています。

 Mariaはわたしに何も強制していません、しょっちゅう大喧嘩です。でも彼女と語ると安心して語れます。わたしは彼女がカトリックの施設を出たという事よりも、彼女との会話が何の違和感も覚えないのです。

 たとえば、神からの愛を信じる信じないよりも、わたしはきちんと神との契約に基づいて、愛されている感覚を持っているかどうかよりも、自分自身がその道を歩けるかどうか・・・だと。
 
 わたしは時にプロテスタントの方は、ご自分にとって楽な道を作ろうとしているように見えていました。それはそれで良いのですが、児童養護施設という逃れられない世界で強制するのは、いかがなものかと思っています。

 わたしは神ほど恐ろしく厳しい存在はいないと思っていますので、わたしが虐待の連鎖が出来ないのも、当然なのです。もしそれをしたら、わたしは根本から覆されますから。

 ですから神父の性的な問題にも抵触しますが、牧師はそこは逃げ道があるのだと感じてました。わたしはカナンさんの生真面目さを理解しますが、それでは社会で生きる小さな命を、もっと大きく見られないのではないかと思います。

 わたしは、神のとの契約を感じていますが、わたしの裁量・・・もしくはしっかりした思想の元、弱く儚い命を守る事の必要性を感じています。

 唯々諾々ではありません、わたしにとっての神と信仰は。

| Lei | 2009/12/12 08:52 | URL | ≫ EDIT

Mariaさんへ

問題児も色々って本当に最近思います。
きちんと聖書を読んでましたって事でも
それを信じて貰えない雰囲気があって
だからLeiさんは問題児だったと思いました。
Leiさんは無愛着だからどんな環境でも馴染んでた
って聞いてますけどそう見えなかったんじゃあ?
Mariaさんは何故プロテスタントのLeiさんに。
それは私達にとっては大問題です。
まるでMariaさんはLeiさんが迫害を受けたみたいに
言いますけれど、本来なら幼児のように神さまの愛を
受ける態度、姿勢が必要だと思っています。
神さまが愛してくれている事を信じてないみたいです。
神さまから愛され慈しまれている事を感じてほしい。
そう思います。
コメント消されたのは平気です。
それなりに戦ってますからねお互いに。
でも謝罪をすぐにするのはちょっと驚いてます。
Mariaさんあなたは彼女を誘導してませんか
カトリックだなんて証拠はなさそうです。
ただプロテスタントというか宗教に馴染めてない。
だから、きちんと最初から教えてあげてるのでは?
だってそれまでは野生だったって事ですしね?

| カナン | 2009/12/12 07:30 | URL | ≫ EDIT

カナンさんへ改めてお詫びを

 お返事下さったakariさんとどんさんのお気持ちに感謝しています。少し頭が冷えました・・・ありがとうございます。

 それから、どんさん、コメントの資格という風にはどうぞ考えずに、安心して書いて下さいませ。

 個人的にズッシリ来てすごく深いコメントだなあと思います。でもお気遣いありがとうございます。

 地蔵菩薩という言葉の響きそのものが染みます・・・わたしは、イエスキリストの事が心に浮びます。

 ・・・さてさて。

 施設で育っただけでも十分社会とはズレているのに、さらにそこに宗教の影響を受けてしまうとしたら、さらにこの社会で生きるのに困難さの度合いが増すと思っています。

 結婚して分かりましたが、日常の中に仏壇と神棚のある夫の家には、常にお線香の匂いや、毎朝白いご飯を小さな容器(ミニ茶碗?)によそってお供えしたり、チンっと鳴らしてお祈りをするとか、そんな事すべてが衝撃でした。

 お葬式もお盆もお正月も驚きの連続で今も苦労しています。もし小さい時から知っていたら・・・と思う事ばかり。

 カナンさんもわたしもプロテスタント系っていう事は、そのような日常をどう受け止めてきたのか話せたらとは思います。

 確かに少し今日の記事は軽い調子で書いていますが、重く書いても軽く書いても実情はこんなものです。ただ、カナンさんからのレスを消してしまったのは申し訳ありませんでした。

 管理モードでいろいろいじってるうちにコメント欄から削除したのです。うつけ者のくせに対処していませんでした。Mariaの教えてくれた機能を活用して、もし間違えて消しても、又コメントを復活できるようにします。

 カナンさん、謝罪をせずにいて、申し訳ありませんでした。改めてお詫びします。

| Lei | 2009/12/12 04:24 | URL | ≫ EDIT

私は仏教徒なので、またまたコメントをする資格はないのですが、自分がされて嫌だった事を、自分より弱いものにしない、この行為は最も気高い行為の1つだと思います。
もっともけがらわしい行為は神の名をかたり、ただただ自分のうっぷんや欲望をみたし、誰一人として幸せにしないことだと思います。
現世の立場がいかに強くとも、はたからみて善行をおこなっているように見えても、その中身は悪魔なのだとおもいます。
もっとも恐ろしい悪魔は、とても気高く見えて、ただただ絶望を生む存在だと思います。
仏教で地蔵菩薩は菩薩の位なので、本来天上界にいるべきなのですが、衆生を救うために、自ら地獄にいる存在です。
キリスト教にはそのような存在の天使はいらっしゃるでしょうか、おそらくいらっしゃるのでは。
私には、地獄のような施設で、上記のような、負の連鎖を自分の意思でとめた、この行為は本当に尊い地蔵菩薩のような行為だと思います。
どうぞ語ることをやめないで下さい。

| どん | 2009/12/11 11:32 | URL |

Leiちゃん、
コメントがあったら、メール受信するように設定したから。確認のメールが届くから手続きをしてね。

これからは、まちがって消してもメールが残るから大丈夫。

それから、ご主人の話、大笑いしてしまったわ。たしかに、あなたのご主人は黙っているとヨーロッパの方に見えるものね。でも、口を開くと日本人。


カナンさん、
ここで宗教論争をする気はないけど、あなたの宗教は、あなたが自ら選んだものではないのでしょう?
宗教系施設の問題はいろいろあるけど、一番の問題は、その宗教を子どもたちに強制するということ。

Leiちゃんは、カトリックだけど、プロテスタントの施設に入れられたから、プロテスタントの牧師である園長から迫害を受けていたの。

他の宗教の子どもへの迫害は信教の自由を保障した憲法違反なの。

| Maria | 2009/12/11 07:28 | URL | ≫ EDIT

もちろんLeiさんもそう。

| akari | 2009/12/11 07:13 | URL |

Leiさん、ちょっとだけごめんなさい。カナンさんはすごく素朴で、まじめなクリスチャンに思えます。キリスト教の本質が愛なら、私は充分彼女はそれを知っていると思います。

| akari | 2009/12/11 06:47 | URL |

カナンさん、すみません

 カナンさんのレスを引用するつもりが削除してしまいました。たしかに削除したい本音があって・・・でも一生懸命答えようと思ったけど、やっぱり内心では受け付けなかったらしく・・・操作を間違えて消しました。

 あなたと話してて蘇ったものがあります。わたしは2度目の施設で何故か浮いてました。そして宗教的にはほぼ放し飼いでした。

 牧師が園長でしたが、彼はよくわたしに対してカナンさん、あなたの様な怒りを向けてきてました。わたしは何も迷惑を掛けてませんでした、虞犯ではありませんでした。それどころか必死に、わたしの思いを込めてお祈りや儀式や色んな事を・・・でも、どうやら受け付けられませんでした。

 今でも「最も性質が悪い児童だ」と言われてる夢をみた事が何度もあります。実際の体験かもしれません、わかりません。

 虞犯ではない、愛着の問題も起こさない、それなのに何故?とわたしは悩みましたが冷ややかな反応でした。

 わたしの態度を、ひたすら様式美にこだわり過ぎて本質を見失っているあなたの信仰と言われていたように思います。


 カナンさん、わたしの記事が神様を軽んじてる様に見えるとしたら、あなたの神とわたしの神の概念は違うのでしょうね。あなたにとっての神をわたしから軽んじられてると思うとしたら、

 確かに施設では、宗教的概念の対立もあったんでしょうね。あなたとここで宗教の事でやりあうつもりはないです。あなた自身、神様に祈っても救われなかったように思えてなりません。

 まあ、私の関知する事ではないけど。わたしはMariaからバカにされたと感じた事は一度もありません。彼女は宗教的な概念の違いを超えたところで、わたしと接してくれてます。
 
 だからカナンさん、約束の地をどこまでも探し続けているあなたのその孤独をどうぞ認識できる様な出会いがありますように。と願います。
 
 追記
 
 これはわたしの感じ方だけど、兵と僧は必ず一緒にやってくるという考えがある。その国を徹底的に破壊して、次は、精神的に洗脳していく手法だと。

 だから複雑・・・きちんとしたアイディンティを持てなかった、家庭がなかった、家族がなかった。その体験を経てわたしは、自分にとっての日本って何だろう?と考えている状況。そういう記事でもあるんです、これは。

| Lei | 2009/12/11 05:13 | URL | ≫ EDIT














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