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気になる映画のCLIP09 「葦牙(あしかび)」を見て少し漠然と思った事

 
 簡単な説明

 

映画の紹介ページ 記録映画葦牙あしかび」 → http://www.kazesoyo.com/

 紹介文引用

 <子どもたちの“こころ”を作る物語>

  1990年から顕著になってきた児童虐待は年々拡大し、かろうじて救われ、施設に保護されている子どもの数は3万5千人に及びます。これは幸運にも保護された児童の数です。表に表れない数は30万人とも推定されています。
 未来の担い手である子どもたちの受難の先に見えるのは、ほころび始めた私たちの社会です。

 岩手県盛岡市にある児童養護施設「みちのくみどり学園」は盛岡市だけにとどまらず、岩手県の様々な地域と連携し、子どもたちの“こころ”の回復に取り組んでいます。一関市室根の太鼓合宿、西和賀町の生活体験合宿。そして、職員と子どもたちの共同作業から生れる弁論大会。

 この作品には“人・自然・文化”のつながりを活かした子どもたちの“こころ”を作る物語が描かれています。



 被虐待児に必要な施設の形

 この映画は記録映画なので淡々としている。作りこんでいない日常の様子が綴られていて、時には、ちょっと頭が痛くなりそうな場面もあった。

 しかし、家庭で虐待を受けた子ども達が、みちのくみどり学園で少しずつ心の整理をしていく様子や、将来の家庭復帰を視野に入れつつ、実親と当人と兄弟の関係をも保持しながら、同時に、虐待を受けた事で生じやすい、子どもの怒りのコントロールをどの様にアウトプットさせていくのか、その手法などとても興味深く見る事ができた。

 個人的には「児童養護施設」という役割の本来的な意味というものをとても意識させされた映画だった。この学園はもともとは「昭和32年に虚弱児施設として創設された」という流れがあり、他の多くの児童養護施設との違いは、その部分だと思う。

 普段記事で書いている児童間暴力など、みちのくみどり学園でも実際起こってる様な、気になる場面は随所にあった。しかし、おそらくそれでも、被虐待児が取り合えず収容され放置されたままの施設とは明らかに違う趣を感じる事はできた。

 とくにインタビューの中で男子高校生がすでに「虐待の連鎖をしない様にする」事と「親になった時に子どもに連鎖しない様にする」と自分の言葉で語っている姿を見た時は、後ろ頭をぶん殴られた気分だった。

 自分が10年近くブログで、ああだこうだと、書いていて何とか形になりそうな文章を高校生で言えてるのだから、あの頃の自分は、虐待しない様に自分で自分の頭をカベにぶつけるのが精一杯の、言語化以前の動物だったと思えてならない・・・(凹)。

 思ったりより長い映画で見終わった後、少し頭がガンガンしてしまった。でも良い感じに静かで派手さは無く心に残る映画だったという印象が残った。見てよかったと思う。里親家庭を勉強するのと同時に、他の施設の事を見るのも勉強になると思った。

 そんな風なへたくそな感想です。

| 気になる映画のCLIP09 | 11時33分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

見なければ分からなかった

 Maria、

ダメ、まだ混乱している。
でも、見て良かったと思う。
Leiちゃん、一緒に見てくれてありがとう。
まだ、きつい気がする…


 わたし達の知らない世界、里親家庭、そして治療を意識している施設、それはもう、孤児の収容施設じゃないよね。

 覚えてる?

 誰が言ったか分からないけど、

 「以前は衣・食・住与えれば事足りたが、現在は被虐待児の心のケアが必要だ・・・」と。

 わたしはこの言葉にすべてが込められていると思う。

 親から捨てられた、養育放棄された、育てられない、実質、ケアのしようもない施設長期入所児童の事は、この映画のテーマじゃないから・・・。
 
 でもそれじゃ、わたし達は被虐待児のパペットの様な気分なのに、それは何処にケアを求めたらいいの?

 そんな場所はない・・・。施設で育ちきっただけの子達は、自己責任で生きるしかない、たとえどれ程人生がおかしかろうが・・・。

 被虐待児は救われて欲しい、施設でケアを受けて欲しいという感想文を書く自分は、自分の心を整理しないまま書いているように思う。

 でも小さい頃から、言い易い表現ばかりしてきたから、この記事も少し、そんな匂いがしている。

 でもね、傷ついた子の事をいたわれないとエゴイストになってしまいそうで・・・わたしは本当は心が狭いのに。

 あなたの方がずっとずっと、現実を見つめてるよMaria、捨てられているのに、この映画監督にとってはアウトフォーカスの、全く目につかない子ども達の捨てられっぷりは。

 だから、捨てられている子の話が、ライフストーリーがきっと必要だと思う。

| Lei | 2009/12/21 08:22 | URL | ≫ EDIT

元治療施設と単なる棄児施設の違い

Leiちゃん、
一緒に見に行ってくれてありがとう。
あたしは、まだ内容が消化できない。

こんな養護施設もあるんだ…
子どもを治療する意識を持っている施設…
結構ショックだった。

8人部屋にベッドと消灯台。
扉のある8人部屋。

それ以外は、広々とした居住空間。
病院、療養所のイメージがある。

子どものどんな態度にも、怒りで反撃せず、冷静に対応し続ける職員。

冒頭に、結核の子どもたちを対象に作られたもと虚弱児施設だから、虐待の子どもたちにも対応できる。そうでなければ、難しかっただろう、というようなメッセージを施設長が述べる。

あたしの施設は、あんなに整然とした、広々とした施設ではない。雑然して、狭い部屋に子どもが押し込まれ、勉強する机も無く、治療目的のプログラムもなく、子どもの暴力を止める職員もいない。

「こんなの施設じゃない!」
映画を見ていながら、何度叫ぼうと思ったかしら…

ダメだわ…
整理が出来ない…

中学生であのように自分の考えを堂々と発言できる。
あたしは、自分を殺して生きてきた。
意見を言うときは、全てを捨てる覚悟で、死んでもいい気持ちで言っていた。外部の人に聞いてもらうチャンスもなかった。

自分が何者であるのか、自分がどのように施設に来たのか、どのように育ったのか、何も判らず、ただ、その日その日を生きてきた。

未来につなげる生活ではなかった。ただ、ひたすらその日を生き抜いてきた。

この映画で、女子の部屋が出てこなかった。男子の部屋の殺風景さと同じだと思うけど、女子の生活の場面は映画に出せなかったのかしら…

この養護施設は、映画に出ても恥じない職員とプログラムを実践しているから、堂々と公開出来たのだと思う。あたしのいた施設だったら、とてもこんな映画にはならないと思った。これが、唯一の感想という場感想かしら…

ダメ、まだ混乱している。
でも、見て良かったと思う。
Leiちゃん、一緒に見てくれてありがとう。
まだ、きつい気がする…

いつか、この映画の感想を書いてみたい…

| Maria | 2009/12/20 08:48 | URL | ≫ EDIT














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