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全ての問題を施設で育った事ゆえの問題にしてるのではないが、それゆれの問題はある

メンタル整理 

 施設全部育ち当人が書く、自分の問題をテキスト化した時、もっとも起こり易いバッシングは「お前が○○なのは○○のせいか?」と問いながら追い詰める様なやり方だと思う。わたしは施設を出た後、施設職員に対し「施設では家庭を一度も体験した事が無いんです」と言った。


 すると、
 
 「お前が家庭を知らないのは家庭で一度も育った事がなからだとでも言うのか?」と逆ギレ気味に返された。わたしはその瞬間・・・かえって答えに詰まりしどろもどろになってしまった。家庭で育った事がないから家庭を知らない事に困っているというのに。この言葉の迷路にはまり、それ以来、言葉遊びの様な言い合いは苦手になり、本質的な語りを必要としている。

 お門違いということ

 それ以来施設なのに、施設が家庭でない事の問題を問う事が自分で愚かしく思え、どこかにすっ飛んでしまったのかもしれない。問う場所がそもそも間違っているし、施設に家庭を教えてもらえなかった事はどうしようもない。

 この・・・言うに事欠く職員の返事で、わたしは十分答えを貰ったように思えたので、二度といかなかった。姑が「育てられ方を聞いてきなさい」と言ったので、夫婦で施設へ行き、過去探しをした結果はつまらないものだった。

 「施設で育った事を言い訳にせず」と言って旅立ったわたしたちは、自分の言葉に縛られているのかもしれない。言い訳にせずと教えられて来た施設全部育ちは、他人が、施設で育った事を言い訳にしてるようにみえると、到底許せない気持ちになるのかもしれない。

 わたしは、言い訳をする自分も、他の子も許せない気持ちになっていた時期があったから。あなたが○○なのは施設で育ったせいですか?と問うのは簡単だけど、確かに一度も家庭を体験した事のない子の立場に立てば、他に世界を知らない事を、せめて安全に語らせてあげたいと思う。

| ├ メンタル整理 | 13時38分 | comments:9 | trackbacks:0 | TOP↑

うまく返せないけれど

 akariさん、ありがとうございます(ペコリ)

 わたしも上手く返せないけれど、でも、お返事いつも嬉しいです、トルストイの本で生き延びて来た時期もありましたから。

 あなたの持つ使命も、あなただけがきっとご存知なのだと思います。不思議なお方です・・・。

| Lei | 2010/01/13 10:39 | URL | ≫ EDIT

上手く言えないけど応援しています!

| akari | 2010/01/12 23:26 | URL |

ありがとうございます

 akariさん

 いつも応援ありがとうございます。
 
>LeiさんとMariaさんは二人ともだれも書けない文が書ける。

 これは非常に複雑な心境になりました。「だれも書けない文」というものは、この世に生まれた人ならば基本的に、固有の過去があるので、その人の言葉は世界に一つとないのですが、わたしの様に「家庭で育った事が一度もない人の文」となると、文章への一般の人からの共感は得にくい。

 理屈では確かにわかるけど、実感を伴う共有感覚を持ちにくいので、その結果、読み手の方はついつい「誰も書けない文章」という印象を受けるのかもしれませんね。

 いろいろちょっと、意識過ぎてしまってゴメンナサイ。


  福来さん

  福来さんの状況も、家庭環境だけど産んだ親の顔を知らない為、その事をただ語る、ただ表現する事を許されない空気感の中で自分の中の真実への探求への感覚を否定するしかなかった様な事が多かったのですね。(もし表現として立入ってしまっていたらご指摘下さいませね)
 
 よく、産んでもらっただけで感謝しなさいという言葉がありますが、よく、わたしの知る里親さんは、育ててこそ親といいます。育てられなかったらきちんと養育親へ繋げるのが、去りゆく実親にできる唯一の事だと思います。

 わたしは、この記事で「施設なんだから育てた責任を向けるのはお門違い」という言葉をメインに出しましたが、

 産んだだけで育てもしない親という者についても、そのあまりのデータの無さに、今更甘えるも甘えないもありませんし、むしろ、ただあるのは、本来なら正しく自分が知るべき情報を誰も教えてくれなかった事の弊害だけ・・・。

> 仕事の時は唱えています。
「知らないことは恥じゃない、罪じゃない」って何度も。


 福来さん、ありがとうございます。実はわたしもそうです。何故なら、仕事って一番いけないのは、自分が凝り固まった末の間違いだと思うのです。もし、ちゃんと質問すれば回避出来た問題を、自分で予想して、あえてきちんと自分にダメ出しする癖ができました。

 これはきっと仕事に関するリスクマネージメントの一種と思ってやります。こういう時って、育てられ方とかは全く関係なくなっています。仕事の時は本質一路というか・・・。
 
 ・・・

 その前段階で、知らない事や不安な事を上司に聞き、知らない事を知らないと言う事は、仕事の面でノーマルモードになりますから、上司も安心してくれました。

 ・・・あれ?いつの間にか仕事の話になっちゃった。
 
 ゴメンナサイ・・・・。

 自分の状況を説明し、その上で、上司の適切な判断を求めてきました。そして今仕事を続けて来て思った事は、自分の理性と感情と、そして求められている役割について、自分は何が出来るかを、把握する事が大事な事かな?と思っております。

 とはいえわたしはそこら辺がどうも、理屈にあわないとキレイじゃないとまで思ったりして、結構理屈に合わない事をしゃべって周囲を閉口させる癖なんか、いろいろありました・・・。
 
 ありがとうございます、ついつい。

| Lei | 2010/01/12 08:22 | URL | ≫ EDIT

甘えられなかった結果なのに。

私も「親がいないからって甘えるな」と言われたことがありますが、別にそういう人に甘えたことはないし、むしろ甘えてこなかったからこんな大変なことになったのでは?と感じ大変嫌な気分になりました(私も相当世間知らずなので。特に子どもの頃はひどかったです)。

親がいないとか、育ちのことについてそんな風に言われると反論が何もできない言われっぱなしの状態になりものすごく辛いです。別に甘させてくれなくていいから教えて欲しいだけなんですけどね。怒られても分かるようにはならないのに、怒られてやっぱり全然世間知らずなままでやりきれんです。

私も世界が分からない頃のものすごい緊張、自分が世間とずれているということがとても不安で押しつぶされそうで。でもそれを伝える言葉もなければ客観性もないわけで。世間を知っていればそもそも「教えて欲しい」と言えるんですが、それさえも奪われてきたっていうのはなんだかとてもよく分かります。

どれほど不安だったんだろう、どれほど勇気が必要だったんだろう、と思うと本当に頑張られてきたんだと胸が熱くなります。

ところで職員の方が一体何を言っているのか分からず、何度か読んでも意味が分からず、こんな人達が「教員」名乗ってるのかと何とも言えない気持ちになります。驚くことがたくさんありすぎます。

仕事の時は唱えています。
「知らないことは恥じゃない、罪じゃない」って何度も。

| 福来 | 2010/01/11 21:04 | URL | ≫ EDIT

「これらの連中は明らかに、勤務しているというただそれだけのために最も素朴な同情の念に対しても不感症になってしまったのだ。連中は官職にある人間として、人間愛の感情がしみとおらぬ存在になってしまったのだ。ちょうどあの舗装した土地が雨をとおさないのと同じように(中略)いや、たしかに、あの連中は恐ろしいやつらだ。強盗どもより恐ろしい。強盗には憐れむ心もありえるが、あの連中ときたら憐れむなんてことはありえないからだ。あの連中は植物に対するこれらの石と同じで、憐れみという感情に対して免疫になっているのだ。だからこそ、やつらは恐ろしいのだ」(トルストイ、木村浩訳、1989、『復活 下巻』、215-216ページ、新潮社)

応援しています!!!

| akari | 2010/01/11 17:42 | URL |

LeiさんとMariaさんは二人ともだれも書けない文が書ける。それはキリスト教でいう霊があるような文。

| akari | 2010/01/09 22:42 | URL |

でもLeiさんは立派なことをやっている。何歳か知らないが、とても若者らしい素晴らしいことをやっている。

| akari | 2010/01/09 20:02 | URL |

社会的年齢にそぐわないこと

 Maria、つい聞き逃しそうになるこの会話。よく考えないと流れてしまう会話だと思う。

電車に乗るのも、バスに乗るのも、生まれて初めて、一人でチャレンジする恐怖心と闘いながら、失敗したらどうしようとびくびくしながら、それでも、平静さを装いながら、結局恥をかいてしまう。

 施設育ちの自立なんて言うけど、施設全部育ちはこういう項目の克服もしなくてはならない。

 それに施設育ちと一口にいっても途中まで家庭で育った子はいくら虐待家庭でも電車に乗った事がない子は、かなり重篤なネグレクトの子だと思うし、それでも一般家庭ならば、何らかの情報は入って来ると思う。

 そういう施設育ちは、電車の乗り方を知らないオール施設育ちの存在を拒否したいと思う。同じ施設育ちと思われるのは嫌なのかも知れない・・・。

 いづれにしても、社会的年齢とその年齢に応じた発達段階というのがあり、中学生、高校生で、人生で一度も電車に乗った事、車(マイクロバスじゃなく)に乗った事が無い、スーパーに買い物に行った事が無いなんて、ただでさえ自己評価が低いと言われてるのに、そんな事も知らないなんて、さらに社会で生きるに当たって、自信を持つ事は出来ないと思う。

 そして気軽にそんな悩みを打ち明けられない年齢に達している事も、それを強調する・・・。結局1人で抱え込んで、苦手な事はいつまでも苦手なまま生きるしか無いんだと思う・・・。

 なんだか、虚しいけど、施設に自分の育ちを問い合わせても、何の答えにもならないと思った一件だったのは確か。

| Lei | 2010/01/08 22:46 | URL | ≫ EDIT

「お前が家庭を知らないのは家庭で一度も育った事がなからだとでも言うのか?」

Lei ちゃん、
このセリフ、ぶっ飛んでしまったわ。(~_~;)

「おまえが勉強できないのは、一度も学校に行ったことがなかったせいだとでもいうのか」

「おまえが泳げないのは、一度もプールに入ったことがなかったせいだとでもいうのか」

「おまえが料理を出来ないのは、一度もキッチンに立ったことがなかったせいだとでもいうのか」

「おまえが自動車を運転できないのは、一度も教習所に行かなかったせいだとでもいうのか」

「おまえが電車に乗れないのは、一度も電車に乗ったことがなかったせいだとでもいうのか」

「おまえがパソコンを使えないのは、一度もパソコンを習ったことがなかったせいだとでもいうのか」

あぁ…
「おまえが…できないのは、…のせいだとでもいうのか」

言葉が渦を巻いて、あたしを責め立てるわ。
オール施設育ちは、一度も経験したことがないことを出来ないことを、責め立てられるのね。

電車に乗るのも、バスに乗るのも、生まれて初めて、一人でチャレンジする恐怖心と闘いながら、失敗したらどうしようとびくびくしながら、それでも、平静さを装いながら、結局恥をかいてしまう。

知識や経験のある家庭育ちには、この恐怖が理解できないのでしようね。

それにしても、Lei ちゃんの施設の職員は、どうしようもなくおバカね。ここまでおバカだと、笑い飛ばすしかないわね。子どもたちにとっては迷惑千万な職員なのだけど…

| Maria | 2010/01/08 18:36 | URL | ≫ EDIT














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