PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --時--分 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

成人の日に、それほど「家庭で育った事が一度もない問題」は分かりづらいのだと不意に感じた

めんたる整理

 わたしとその他の分岐

 物心付いた時すでに施設しか知らず、そういう意味では血縁家族の個人情報を持っている故の悲しみを持たない。でも、わたしは、ある日整理作業を繰り返すうちに、理屈で考えれば「養育放棄された末の施設措置」だと理解した。


 わたしとは又違う経由で措置されてきた子達で、家庭で育てられた経験があり、施設に途中で入所してきた、親との分離のいくばくかの痛みを知る子は、自ら「捨てられているのか、そうでないのか、どっちなの?」という曖昧で苦しいエリアに心が住んでいる気がしていた。

 その様な子は少なくとも、問うべき相手は家族だと(わたしの目から見ても)思うのだけど、いかんせんその家族が、いろいろ誤魔化し続けている場合きちんとした正面切っての回答を得る事自体、大変難しいまま、施設入所してきていたらしい。

 施設の運営の為

 わたしは捨てられた瞬間を知らないので、施設しか知らない事の育てられ方を問い続けている。その為、常に児童養護施設の集団養育にしか行き着けない。

 その感覚に基づいて養育環境を問う時に、機能しない家庭から救われた筈の、完璧である筈(そうであって欲しい)の施設養護が施設としても、やはり機能していない事に問題を感じている。

 確かに施設は家庭である必要はない。施設は施設であって当たり前なのだから。ならば施設が被虐待児の子どもを受け入れる事をメインとした機関であるなら、それなりの働きを求めてしまう家庭からの被虐待児達の立場というものがあると思う。

 しかしわたしの問題は、被虐待児のところにもなかった・・・。

 施設ははっきりいって「親が育てられない子ども達の需要」に答えられないのだ。しかし施設運営の為には、すでに孤児院で無くなった児童養護施設の本来的な課題ではなくなり(今までも機能してた訳ではないが)親が育てられない要養護児童までもが、明らかに実親にその能力が無い事があらかじめ分かっているのに、このままでは長期入所児童にならざるを得ないと知っていても、施設の存続のタメには必要な頭数になっているという現実がある。

 親権をたてに、施設長期入所させられている児童達の事は誰の目にも触れない・・・。

 施設の存続が(基本的に)守られる事で救われる子ども

 児童養護施設が、家庭での被虐待児達の為に存続する必要があるなら、児童養護施設は被虐待児の施設として生き残り続けていって欲しいと思うようになった。でも唯一、要養護児童だけ(今では施設の被措置児童という名称)が、施設だけで育つ必要は無い筈なのだ。

 乳児院や児童養護施設に定員いっぱいに子どもが委託されなくても、地域に必要な事業ならば定員割れしていても、もしその地域で必要不可欠な存在ならば、きちんと存続できる道こそが必要なのだと感じている。

 児童養護施設が、何に重きをおく児童養護施設なのか、虐待児を家庭から分離するだけの為の施設なのか、親が育てられない子を定員を一定数満たすだけの人員として留め置く場所なのか、施設としてのはっきりとした態度を示せば、自ずと答えは出てくるように思う。

 それがやがては、子ども達をモノ扱いせずつとも施設職員の給料が守られる事に繋がる様になると思うのだが・・・。被虐待児のケア施設としても機能していない施設というものが、単に収容所化している事の問題を入所していた頃にはすでに感じていた。
 
 いずれにしても、わたしの様に単に普通の一般の家族・家庭が欲しかった子ども達にとって、児童養護施設のクオリティの向上は、残念ながらわたしには自立を支えるタメの最善の利益に役立たなかった。

 「実質火を見るよりも明らかに機能しない親権を持つ実親」を優先する為、結果として、施設全部育ちという問題が起き続けている。世間知らずも、愛着の問題も、学歴も、施設を出てなお頼れる人がいないなど、など・・・すべてを背負わされて、措置解除とともに施設の外へ放り出される。

 成人の意識ってなんだろ

 子ども時代のお砂場はきっと一般家庭の子達にとっては親の守りの内の社会体験なのだと思う。でも施設全部育ちはそこを知らずに無自覚なまま、さらに過酷で身も蓋もナイ社会へ知らず知らずに以降する土壌作りでしかなかった・・・。

 子どもとして守られた事のない人間が大人を意識する事は難しい。子どもの頃から知ってはいけない世界を知り尽くし、知っておかねばならない世界をイメージできず、いきなり「今日から大人」と言われても、何が子どもだったのか分からない今日から成人達は、その意味するところが分からないと感じた。

 子どもとして守り尽くされたからこそ・・・

 子育てに正しさとか間違いとかがあるのか知らないが、わたしは児童養護施設だけで管理されて育った。わたしは今、管理もへったくれもない、単なるお母ちゃん、お父ちゃんという語感に驚きながらも、少し羨ましさを感じる。

 守り尽くされ、そのゲートがある日開いた時、子どもは自由になり、そして、孤独というものを知ると夫から教えられた。わたしは子どもと大人のボーダーがいつ頃なのか知らないし、二十歳だからそうであるとも感じられなかったし、生まれた時よりずっと、ひとりで生きてきたので、成人という感覚がわからなかった。

 何かが混乱していると思うが、何かは真実を言い当てていて、そして、わたしはそれが何なのか分からない。

| ├ メンタル整理 | 10時48分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

Larkさん

 はい、実質そうです。

施設の運営のために、施設で暮らす子供がいるのなら、こんなに悲しいことはないと思いました。

 いつの間にか、施設を存続させなければ家庭で虐待を受けた子供達を守る事が出来ない立場の児童養護施設となってしまっている現実が、現在では定員割れの問題に奔走する事になってしまっている様に、わたしの目には見えます。
 
 #とはいえ、現状は家庭虐待児が増えた結果、児童養護施設が満杯なのはご存知の通りですが・・・。

 又聞きですが、施設の定員割れは70%で運営が危うい状態になってしまうと聞き、色々な意味で驚きました。
 
 乳児院はもっとあからさまです。すべての乳児が家庭へ行くべきなのに、まるで将来の児童養護施設への措置児をプールする為の様な場所に見えます。

 将来的には、乳児院と児童養護施設の一環養育というプランも上がっています。(実際に運営中の施設もあるらしい)こうなると、里親がどこでコミットできますか?

 わたしはこういう現実を見る事で、親から捨てられた子達の問題を早急に解決したいという思いに至るのです。

 ・・・あ。
 
 えと、Larkさん、あなたが思うその子にはあなたの姿を常に、定期的に見せてあげて下さい。会いにゆく、電話をする、手紙を書く、

 それらの事を定期的に続け、あなたの事を忘れる暇をその子に与えないでほしいです。もし将来、踏み台にしてほしいと願うなら、踏み台としてその子がきちんと利用できるかどうか、そういう問題をもっていると思いました。

 でも、わたしは子育てした事がありませんので、こればかりは偉そうな事は言えないのですが、元・施設入所児としては、これ位しか言えないです。


| Lei | 2010/01/13 11:05 | URL | ≫ EDIT

こんばんは。

施設の運営のために、施設で暮らす子供がいるのなら、
こんなに悲しいことはないと思いました。

“誰の目にも触れない”という表現が
胸に突き刺さるようです。

最近仕事が忙しいのですが、それでも仕事が終わってからは
ちゃんと勉強しているかなとか、気になるものです。

私は子供を守れる立場にありません。
それでも何かできることと言えば
子供が社会に出た時,
私を上手く利用(踏み台に?)してくれることでしょうか。
残念ながら今はそれくらいしか思いつきません。

| Lark | 2010/01/13 01:13 | URL | ≫ EDIT














http://escapeorgoodfight.blog85.fc2.com/tb.php/1113-ff88ebf3

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。