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あなたがたが裁くその裁きで、自分も裁かれ、あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量り与えられるであろう

めんたる整理

 今の自分を縛る過去の自分の決意

 出会ったばっかりの頃にソウルメイトのWolfから「あなたには、まず相手が必要」と言われたが、最初はきょとんとし、次に、わたしは今までの生き方を全て否定された気分だった。しかも、同じ様に施設育ちなのに何故、ひとりで生きてきたわたしの生き方を認めず、否定するのか、そう思った。絶対にこの人に自分の生き方を認めさせてやるとまで思っていた・・・。

 今思えば・・・というか、思い出しただけで、その時の気分に戻るが、わたしの寄って立つ論旨は「他人に迷惑掛けてないのだから、それが一番大事な事ではないか、それを否定されたくない」と感じていただけなのだと気づいた。彼はそうじゃなく、わたしの生き方の定義そのものにメスを入れただけ・・・。


 他人に迷惑を掛けてないという定義

 わたしが育った施設環境は、とにかく家庭から来た被虐待児と虞犯少年が荒れ狂っていた。わたし達は彼らの吐き出しの影響を逃れる事が出来なかった。彼らは一人じゃないのだし、常に新しい子が入って来る。わたしはいつの間にか、彼らに対して、怒りを持つ様になってなっていた。

 静かな環境を、思索する為の環境を維持しない彼ら、家庭で虐待されてぐちゃぐちゃになった彼らに、施設の集団生活なんかどうでも良かった。

 わたしは「他人に迷惑を掛ける子達を許せない気持ちになっていた」ので、彼らを裁く様な気持ちを持つ様になった。でも、わたしは彼らを許せないと思うのだから、自分の気持に整合性を持とうとする。彼らを裁く様な気持ちは、当然自分をも縛る事になった。他人に迷惑を掛け続ける彼らを許せないなら、当然自分だって他人に迷惑を掛けてはいけないと。

 でもそれは「他人に何の影響も与えないですむなら、どうなろうと、誰にも関係のない話」という決着の仕方へ向かっていた。そしてそれは、捨てられて誰もがいない自分にとってはおあつらえ向きのシチュエーションでもあった。

 たぶん当時Wolfが「」という言葉をわたしに伝えたのは「真の自由と、捨てられた結果の放置」とは違うという事を示したかったからではないかと、今では思っている。

 施設時代に自分を縛った言葉

 あなたがたが裁くその裁きで、自分も裁かれ、あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量り与えられるであろう。なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。自分の目には梁があるのに、どうして兄弟に向かって、あなたの目からちりを取らせてください、と言えようか。偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい。
 わたしが他人を裁くその裁きで、自らも裁かれるだろうと、言われる通りの事だった。

 http://www.page.sannet.ne.jp/mayumy/link.sin31.htm



 という言葉を施設職員はよく使った。

 たとえば

 「○○ちゃんが上級生にいじめられ(リンチされ)てる」と言いに行ったとしても、大人は平然と「いじめられている? ・・・お前は彼らを裁く態度がありすぎるのではないか? 彼らは傷ついている少年たちだ。お前はあたかも自分の訴えが全て正しいかの様に言うが考えてごらん、その子がたとえば、上級生の心を逆撫でしたとは言えないか?いつかお前にそれが分かる日がいつか来る」・・・と言われた。

 わたしはその子が普段から「何をされても逆らえない」し、上級生からからかわれている事を知っているので、その子が上級生を挑発して、気持ちを逆撫でするなんて事はないと思っていた。

 だけど事務所で・・・上のマタイの福音書の一節を朗読されているうちに延々と時間が過ぎていった・・・。その間、その子はどうなっていたのか。もがく気持ちがあるのに、手足の力が抜けて、動けない感じがする。きっとわたしは、聖書を眼前で読まれると、どうもフリーズしてしまう癖があり動けなくなるんだ。

 わたしはその間に、それでも納得出来ないものが確かに心の中にあり続けた。

 そして「迷惑を掛ける彼らの心を理解するべき VS 理由がどうであれ、殴られてる小さな子をすぐに守らない職員」を前にして、わたしなりに自分に課したものがあり、そして、自分はその時、家庭から来た被虐待児に対して自分なりのイメージを作り、ここまで生きて来たと思う。

 もっと俯瞰図で見れば、被虐待児の気持ちがわかる職員もかつての被虐待児だし、施設では、被虐待児や虞犯少年達の気持ちを分かる事こそが職員たちの命題だったように思う。親が育てられないわたし達は、その施設の意識からは常に排除されていた。だからわたしは、子どもと接する大人は自分を整理してほしいと願うのかも。

 やがて何故か軍事に興味を持ち

 わたしは、それから、聖書からも目をそむけるようになり「アメリカ陸軍のサバイバルノート」を読むようになった。自分の身は自分で守る。それしかないと思うようになった。小さな子を守れる様になるには戦士になるしかないと思っていた節がある。

 そのせいか、誰も必要としない元気な女として生き延びた気がする。わたしの中にはいつの間にかたおやかなマリア像じゃなく、戦う戦士のようなマリア像のイメージが生まれつつあった。Mariaのブログの背景画像のマリア像を見たとき、とても感動したのはそのせいなのだと思う。(Mariaが撮った写真を単に自分が配置しただけなんだが・・・)

 後輩から見ても弱い先輩では力がない

 それなのに・・・後輩ときたら、これまたわたし以上に身も蓋も無い事を言う子だった。

 「あの頃の、先輩の軍事訓練、実は必要なかったんですよ」と笑いながら言った。「気持ちは何となく分かるんですけど、子どもって、少し上の子どもよりも絶対大人に守られた方がいいから、あたし、○○保母さんから離れませんでした」と。

 彼女は彼女で、彼女なりの自分の身の守り方を覚えたらしくて、それはそれで(一抹の寂しさはあるけど)彼女を守る人がいてくれるならと妙に安堵してしまった。おばかな先輩のわたしは、いらぬ事ばかりしてしまったけれど、けして無駄ではなかったと思ったしだい・・・・。
 
 =舫い
 
 もやいというサイトがあって、そこのスタッフをされている方と何度か(電話だけど)お話する機会を持った事がある。今わたしができる事は少ないが、人生を川の流れに例えるならもやいが子供時代、大人になってから、行き着いた下流ならば、赤ん坊や児童は生まれて来たばかりの上流だから、わたしはその部分でがんばるしかないと話した。
 
 あれから、わたしは自分がという部分では、もうすでに岐路を超え、を選んだ責任を取る事へ向かっていると認識している。わたしはたぶんきっともう、選んでいるのだと思う。を作る世界へと・・・将来、裏切られても捨てられても良いから、少なくとも、誰か人を思う気持ちを持ちたいと思う。

 他の子を責める自分の気持が、結局のところ、今の自分を生きづらくしている様に思う。そして、他の施設育ちも、わたしが家庭で育てられなかった事の問題を吐き出す時、お前の問題を施設のせいにするのか?と投げかけられた言葉を通して、彼らも過去の彼らに縛られているのかもしれないと思った。

 まずは、わたしの場合は絆があればこそ、その先の事を考えられるのかもしれない。

 ・・・・

  ・・・・・
 
 #でも施設職員語録を書いていると、最近だんだん嫌になってきた。昔はあまり意味も考えずに書いていたけど、最近は、当時の施設職員たちの為に語録を語らない方がいいのではないか?と思うようになってきた。不思議だ。虐待環境ではないが、何かがズレてたのかな・・・この話を聞かせるとMariaは、びっくりしたり笑ったり忙しいけど。テキスト化すると、やたら長くなる・・・。もっと短くしなくちゃね。

| ├ メンタル整理 | 09時34分 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

いえ、読んだことはないです。レイさんのアメリカ軍のサバイバルノートについての文を読んで、あとで考えてしまったんです。

| akari | 2010/01/21 19:58 | URL |

驚き!

 alariさんも読まれたんですか?かなり古い本が施設にはあるんですよ。で、役立つ本として聖書と一緒に読んでました。

| Lei | 2010/01/21 07:40 | URL | ≫ EDIT

アメリカ軍のサバイバルノート。最初は興味を持って読みましたが、その後けっこう考えてしまいました。本当に神は何にも助けてくれないから。

| akari | 2010/01/15 21:02 | URL |

これでわかったわ

 Leiちゃん、あなたが以前貸してくれたアメリカ軍のサバイバルノート、あたし持ってるわよ。あの時は何でこんなの貸すんだろう?と思ったけど、この記事を見てよくわかったわ。

| Maria@代筆(Lei) | 2010/01/15 13:05 | URL | ≫ EDIT














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