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家庭を体験した事が無いという表現だけでは問題が伝わりにくいのかも知れない

養護施設を出てからの問題

 アピール力は確かに無いが

 家庭を体験した事がないと施設育ちが言う時、その内容を一般の人はどう受け取るのだろうか、と、今まで考えた事もない事を考え始めている。

 そういえば夫から「君にはアピール力がない」と言われていた。彼から見るわたしは放置に慣れているとはいえ、元気でたくましく、常識知らずだが雑草根性があり、その元気さがあれば家庭を知らない事はそう大した問題に見えなかったらしい。だから家庭を知らない問題を語っても、彼は理解しづらいようだった。

 「家庭を知らなきゃ今からでも勉強すればいい」と言われるだけで、それ以上の問題はわたし個人の努力不足に由来する事ばかりだと思っているようだ。無愛着で元気に生きているせいか「同情心が起きにくい」と辛口で言われた事もある。まあ、身近にいる人間は知識がない事は許せても愛着がない事は許せない気持ちになるようなので怒りが混じるのだろう。

 ただ、施設で育つとアピール力は育たないと思う。トップダウンで命令が下されるので従うのが通常で、気づいたら物事を考える事が苦手になっていたのは事実。まだ考え始めてから時間が経っていないので・・・。



 表現の模索

 家庭を知らない事の問題として、わたしは知識的な事をメインに語ってきた。無愛着に付いても語っているが、ソウルメイトからの指摘なのでわたし自身が自覚しきれていないところがある。で、家庭を知らない為に知識を得られなかった事だけが問題なら「施設退所者の為のアフターケアで足りるじゃない」と昨日Mariaから言われた。

 数カ月前のわたしは、家庭知識を得る為に高校時代だけは里親家庭から通学できるようにしてほしいと言っていたが、つい最近、いくら知識を得る為といっても愛着もないオール施設育ちに家庭生活を教えるのは、里親にとって、精神的負担が大きいのではないか?と思うようになってきたので、彼女の指摘を昨日からずっと考えている。
 
 知識だけの問題なら、今はやりの?アフターケア事業でも十分かもしれない。しかしオール施設育ちはそれで足りるのか?という問題があるのは、なんとなくイメージ出来る。

 実際わたしは今では電車もバスも車の運転だって出来るし、料理も少しずつ学んでいる。家庭というもののイメージは少しずつつ構築されている。知識だけの問題なら、自分自身の不安は努力によって解消できる筈だが、いくら様々なものを覚えても、根本的な何かを知らない気がするのだ。

 なので、わたしの現在の表現では足りないモノがあるが、何が足りないのか分からない。施設全部育ちの養育環境の問題を伝えるにはわたしの文章力ではこれが精一杯というところか。家庭を知らない事を知らなかった時代からは確実に問題意識を持つ様になってきたが、夫やソウルメイトはわたしの言葉に足りない何かを感じているのだと思う。

 家庭を知らないという事の問題は家庭スキルの話だけではなく、何かもっと本質的なものをはらんでいる筈なのだ。

|  養護施設を出てからの問題 | 17時54分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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