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自分に権利がある事を知らないと何が理不尽なのかも知らずに一生生きる事になる

めんたるめんて

 #「お前たち子どもにも殴られる権利があるぞ!」と教えてくれた職員さん。もっと詳しく・・・。特殊な権利じゃなく、一般家庭の子どもの権利に基づいて教えてくれないですかね・・・。


 権利を語る事には声高イメージがあり過ぎる

 「本来なら親から育てられず死んでた所を、施設で保護されたのだから感謝すべき」とある職員が言った時、まだわたしは過去の育てられ方を整理してなかったので、

 それを聞いたとたん、わたしは、

 『そうだ、本来なら道端で死んでいてもおかしくなかった人間が、施設に保護されたのだから感謝すべき』だと、カッコ閉じるだと、無理に思おうとした。

 この時点でおそらく、里親家庭で育つ事の権利よりも、親から捨てられ保護された事への申し訳なさで一杯になり、家庭で一度も育てられた事がない事に対する、問題を直視できる状況になかった。


 もし当時問題に気づいて、子どもの家庭で育つ権利と口にしても、おそらく、妙な空気が流れてしまいがちなので、なかなか言いづらかっただろう。個人の力の弱さを知っている姑をはじめとする女性からの強い拒否反応によって遮られるだろうという事も予測できた。

 時代の古い嫁達は特に、何かと口に出しては言づらい環境下で生きていたので波風立てる事をとことん避ける様な態度があるのだ。それがどんな内容であれ、世間に波風立てる事はご法度で、わたしが今やっている里親さん応援モードも、知られたら、けっこうマズい状況ではある。

 でも黙して語らずという姿勢は結局閉ざされた世界をさらに濁らしていった。児童養護施設内でもそうだけど、語れない事を良いことに陰湿ないじめに繋がっていくのをよく知っていた。

 だからわたしはクローズドは苦手で、オープンエアーを望むのだと自己分析している。
 家庭で育つ権利

 おそらく、わたしの目に乳児院からの子ども達は、わたしよりもさらに無愛着で尚且つ自意識もないので、まるで深層心理だけで生きているような状態に見えたのだろう。何かしら表層に浮かび上がる自意識を持たねば、この世に生きている人間の子どもとしての心理に到達できない。

 それはきっと、あらゆる育ちが損なわれるという事で・・・つまり、それは、発達障害につながってゆくのではないかと思う。

 自意識が芽生える際の複雑で繊細なフローは自己の明確なイメージ作りに欠かせないのだから、安定した固定した人間関係の中で、それは守られ、育まれてゆくのが望ましいと思っている。

 ひとまとめの「施設そだち」

 施設の子といえば、家庭で虐待を受けて施設に入所した子という捉え方だけが先行しているが、実際は、もっと細かく措置理由が分かれている。

 だからわたしのブログに「施設育ちです」と書き込んで来た人がいても、わたしとMariaはしばらく様子をみるしかない。どのような経緯で施設にいて、どの位の期間施設にいて、どんな問題をその人が持っているのが、その人自身見えない状態なのだ。

 わたしの記事は、他の施設育ちからは不評であるが、その理由として、彼らの課題とは重ならない事があげられる。彼らは彼らで、捨てられた子ども達には全く興味がない。
 
 だから当事者団体の方々は、親から捨てられて一度も家庭で育った事のない子ども達の事は迂回しているし、わたしの場合は、あくまで、捨てられた子ども達の事にターゲットを絞っている。

 自分にとって何が権利

 わたしは、屋根のあるところで保護された事を権利だと勘違いしていた。いや、保護までは良かったが、家庭を一度も体験できなかった事、固有の相手もいない状態で満足しなくては許されない気がしていた。

 しかし、わたしはあるメル友から「施設だけで育った事のケアを受けたんですか」と問われた時、彼女のメアドを廃棄するくらい、ショックだった。わたしはきちんと育ってきたと思ってたから。

 だけど、今は、ここを読んで下さる方はご存知のように、彼女の言葉を不思議と許せるような・・・気持ちになれた。わたしが一番無自覚だったのだ、全ての子どもが持つ権利について。

 だから、子どもが家庭で育つ権利について、今更ながら考えていきたい。

| ├ メンタル整理 | 04時58分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

その「地方の横暴」について

 気持ちを声高に語れない現実がありますね、jtwさん。でも信ぴょう性は資料やデータを集める事でバックグランドをを補強できます。

 jtwさんのおられる場所は「地方」「閉ざされた場所」「人権以前の問題」「名士と癒着」「政治的な問題」という印象を受けます。

 結局風穴をあけるしかないのですが壁が常に立ちはだかるのですね。わたしは東京にいて、たとえば岡山の虐待施設にも、それを感じていました。

 ともかく「地方の児童養護施設の問題」は、常に意識にあり続けてます。実態をもっと知らねば・・・。

| Lei | 2010/02/10 07:04 | URL | ≫ EDIT

**メル友から「施設だけで育った事のケアを受けたんですか」と問われた時、彼女のメアドを廃棄するくらい...**
うちの子の一人は生まれた直後から2年半施設にいて、その後 様々な困難を経験していたのに 児相はケアする態勢になかったからケアを受けられなかった。大都会へケアを求めて 連れて行くべきだったと後悔しています。
もう一人の子は施設に10年いて、高校に優れたスクールカウンセラーが居てくれたので 卒業までカウンセリングを受けられることになった。しかし退学したから、もうケアを受ける見込みもなくなった。
田舎の公立の学校に大都会から週に2~3回、カウンセラーが来てくれています。
うちの子の居た施設にも非常勤だと思うけれど、今はカウンセラーがいるそうです。
けれど彼女が 横暴な理事に気を遣って首にならないようにしていたら、子どものことを充分に考えてやれるんだろうかと心配です。

| いたち猫jtw | 2010/02/10 06:55 | URL |














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