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愛着には訓練が必要であるという発想は個人的に妙に理解できる

養護施設にいる間の問題

 単に施設だけで育っただけという自己認識

 #ソフィーさんの言葉に反応しすぎなのでテキストで頭を整理中&編集中です。

 わたしの場合、愛着について考え始めたそもそもの初めは「施設だけで育った事のケアを受けましたか?」と、ネットで知り合った人からメールで問われたからだった。あの頃はどこにでも首をつっこむ人だったので。

 たかが施設で育っただけで、虐待体験を持たないわたしには何の問題もないと思ったので、その人(Dさん)が言った言葉が理解出来なかった。わたしは彼女の言葉にカチンと来て言い返した。


 「わたしは単に施設だけで育っただけ、虐待を受けたわけじゃないし、ただ家庭を一度も体験した事がないだけ。それ自体なんの問題があるの?」「わたしはあなたと話すとイライラするのでもう語りません」と交流をやめてしまった。

 そして今度は、数年も経たないうちにソウルメイトと出会った。しかし、なんと驚くべき事か・・・ソウルメイトはふたりとも施設育ちなのに、メール友達であるDさんとほぼ同じ事を言った。

 「絆がなければ始まらない」という表現について、わたしは又、あの時と同じようにイライラした。施設で育った事を、まるで治療やケアや訓練が必要であるかのように扱われるのが怖いと感じていた。

 しかしその時のわたしは、自分では気付かなかったが、全ての子ども時代を施設だけで育つ事に何の問題意識も持たない施設育ちの代表のような発想しか無かった。里親制度も当然、当時は考える発想もなかった。

 わたしにとっては、ちょっと興味を持たれた状態でいっぱいいっぱい。お腹いっぱいなのだ。それ以上を想像できないので、それ以上の愛着モードを望んだ事はない。それはでも、それ以上の関係性を他人と持った事がないからだとは気づけなかった。だからソフィーさんが愛着の訓練を受けたという言葉には、本当に驚いている。日本にはそんな訓練センターが必要無いのだろうか・・・。

 ファーストファミリー&セカンドファミリーという考え

 Dさんは「あなたのファーストファミリーは残念な事にあなたには留まらなかったけれど、あなたはセカンドファミリーをきちんと手に入れて(あるいは受け入れてもらって)、そのファミリーで癒される必要がある。子どものセンターは、一生分の子ども時代全て入所しているワケにいかない。長期療養児童が施設にいる場合、きちんと治療プランが必要だと思う」などなどと言われてしまい、困惑した。
 
 メル友Dさんは、やがて郵便のメル友になったけど、彼女は家族の写真を送って来て言った。「Leiさん、あなたもあなたの家族の写真、いえ、あなたの小さい頃の写真を送ってくれるでしょう?」と。

 それ以来、何故か連絡出来なくなった。彼女の家族の息子はもうすぐ戦地にゆくので正装している。娘も可愛らしい・・・でも、わたしの写真が施設にあったとしても集団の中のひとりとして写っている、あるいは、施設のバレーボール大会などのイベントの写真しかない。その写真すら施設へ取りにゆかないと手に入れられない。

 実は彼女と言い争う内容は、ファミリー観もそうだが、戦場という部分についての捉え方の違いもだった・・・。今思うと、本当の戦場を知らないわたしの得手勝手な感覚だったのだが・・・。

 彼女の息子はもうすぐ家族の写真を持ち兵役につくという。わたしがいくら「兵隊のように、戦場のような施設で生きていた」と主張しても、彼女は「違うわよ兵隊にも家族がいるのよ。ひとりになると家族の写真を見るの、あなたに送ったようなね」と反論された。

 「でも子ども達だけが放置されてる場所では、皆どこにも属しえいない兵に見える、だから、簡単に国を裏切るでしょうね」みたいな事を言われた・・・それはかなりショックでもあった。#未だ整理中です。

 お金を払ってでも欲しい絆相手

 わたしは、家族というものを渡り歩いた事もない。同じ社会的養護下の児童というのなら、里親という専属の担当者がとことん育ちのそばにいてくれたら、わたしは個人的にいくら小遣いを支払っても良いと思っている事に最近気づいた。一億円近く掛けて育ち、その間、措置費が施設職員の給料になっても、専属にはなってはもらえない。

 かつて施設で愛着を持った保母にまとわりついたA子が「お前の小遣いで◯◯姉さんに払えるのか」と指導員から叱られた話を書いた。

 彼女は「あたし専用になってくれるなら、あたしの小遣いなんかいくらでも払うわよ!」と泣いて反抗したくだりは、時を経て今、ようやくわたしの心に響くようになった。

 A子は里親家庭へいくべきだったのに、親戚が生きている事がわかっているから(施設時代は連絡はなかったらしい)乳児院から施設だけで育ってしまったのだ。

 集団生活に特化して生きるとしても、施設を出たら愛着の訓練が必要なほどの問題を抱えさせられてしまうが、それも当人の自己責任であるとされ、誰もその育ちの責任を取る人がいないのが現実なのだ。

 

|  養護施設にいる間の問題 | 08時27分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

連帯責任なんか通じない人々も

 セレンさん、おはようございます。

 本当にDさんの言葉にショックを受けましたか?図星だったので不愉快だっただけではないかと。少なくとも自分には図星です。

施設時代に連帯責任を強調するのは何故だかわかりますか?それは、子供達が施設をいざとなれば簡単に裏切る事を前提としているからです。愛着も何も施設生活に必要ありませんが規律は守らせる必要があります。


 そうですね、図星だったのでしょう。義理立てする相手がいないという感じでしょうか。彼女はわたしが施設を戦場と混同するのが許せなかったみたいです。

 考えてみたら、家庭を収容所と一緒にしないでほしいと思ってるわたしなので、彼女の言葉には、理解できる部分があったのです。

 そして次に、連帯責任は、家庭から来た子には一切通じませんでした。バカバカしいと思っていたようです、彼らは。自分の行動によって、小さな子が殴られるかもしれない。まるで小さな子を人質にとられてるようだという感覚は、わたしだけしか持ってなかったんで、物笑いの種でした。

 連帯責任も、通じる子にしか通じません・・・。

| Lei | 2010/03/11 07:50 | URL | ≫ EDIT

連帯責任と自己責任

Leiさん。

「でも子ども達だけが放置されてる場所では、皆どこにも属しえいない兵に見える、だから、簡単に国を裏切るでしょうね」みたいな事を言われた・・・それはかなりショックでもあった。#未だ整理中です。

本当にDさんの言葉にショックを受けましたか?図星だったので不愉快だっただけではないかと。少なくとも自分には図星です。

施設時代に連帯責任を強調するのは何故だかわかりますか?それは、子供達が施設をいざとなれば簡単に裏切る事を前提としているからです。愛着も何も施設生活に必要ありませんが規律は守らせる必要があります。児童票を付けるのも将来の資料を作成する為という笑えない話がありますが、その資料の保存年数と時効の成立の時間が連動してない事を祈ります。
子供達は管理されるべく集団生活ですが、子供同士で連帯責任という枷を首に付けて、お互いを縛り合うのは当たり前です。
これは集団生活の効率を優先しているためです。
施設を出た後は自己責任です。
集団生活しか知らない責任を取れとばかりに言われても施設では責任のとりようがありません。施設は行く宛のない、引き取り手のない児童を引き受けた事までが責任の範囲です。「保護してやったんだから文句を言うな」と叱られるのはその為です。養護施設は養育施設ではありません。養育里親ならおりますが。
施設育ちが自分の問題が見えないのは、見えないように定期的にシャッフルされるからです。

| serendipity | 2010/03/11 07:21 | URL | ≫ EDIT














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