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施設的に正しい家庭的処遇のように馴染んだ絆づくりをしてしまうとどうなるか

めんたる整理

 ふたりのソウルメイトに感じる違い

 今まで意識しつつも言語化出来ずに棚上げしてきた項目として、絆づくりの二人へのそれぞれのわたしの意識の違いがある事を書いておこうと思い立った。

 この抜きがたい心の癖は何処からやってくるか分からないものの、わたしは知らず知らず、二人を施設時代の人々と同じようにイメージしてしまう為、絆づくりがどこか、一時的なものとしてしか感じられないのかもしれない。

 「絆が無ければ始まらない」とWolfがわたしに言った時、わたしの脳内では自動的に変換作業が行われていた。

 「そうか、施設でいうところの、きずな的関わりを行うのか」と。そしてそれは漠然と施設での家庭的処遇の枝葉で、プロジェクトなんだと思い、わたしは少し経ち、ソウルファミリープロジェクトと命名し、ブログまで作った。

 今思うと、何やってんだ、わたしは?という・・・・。


 Maria

 Mariaと出逢ったきっかけは、わたしが開いていたサイトでの事、darknessdragonというサイトを開いていた時に一緒に管理人になってくれた人、そのちょい手前で、わたしの体験記を読んでくれていて、メールでやり取りしているうちに気持ちが彼女に向かった。

 現在、Mariaに対しては、施設時代に一番仲の良い奇跡的に優しい先輩というイメージをどこか抱いているようだ。そう・・・どこかMaria先輩という方が馴染み深い。彼女に対しては気持ちもいくらかほぐれ、緊張はいくらか緩和し、わたしも長い絆作業もあり安定した気持ちで交流出来ていると感じている、もうすぐ結婚する独女な彼女。

 Wolf

 彼はエドワードさんのサイトで体験記を書いていたわたしの事を応援してくていた人、そして同時に、里親さんのサイトも応援している施設全部育ちの、改めて考えると実年齢はかなり年上の家庭を築いている男性。

 彼がわたしに関わり続けている事に関しては、わたしは自分がなんの問題も無いのに特別目を掛けられているようで申し訳ない気持ちになる。

 彼もエドワードさんに負けずいろいろな活動をリアル社会でやっているので、ネットには書き込まないけれど、わたしとMariaと三人で定期的に会い、絆づくりをしている。

 でも彼はわたしの無愛着を問題視し、絆づくりも集中的に矢面に立たされている気持ちがする。それに彼は活動もあり自分ばかりに時間を割く時間はなく、何しろ虐待を受けたわけでもない単に力強い自分ばかりに関わっている事自体が、どこか、何か、(施設的に)間違っているように感じられてならず、なかなか彼に向き合い切れない。
 
 根深い集団の中のわたし

 わたしは誰もいない事でパワーバランスを保っていた、そのバランスを自ら壊して、たったひとりの絆相手を求めて、走り出す事が出来るか、否かが問題だと思う。

 わたしが裁くその裁きで自分を裁くだろう、わたしが量るその秤で自分を量るだろう、わたしはいつまで、他人を見るその冷たい目で自分をも見るのだろう。

 まだわたしは勇気が無いのかもしれない、集団から個へなる事がとてもおぞましく、エゴイストで間違いだらけで神に背く事で、とうてい許されないものだと・・・。人はすべて神のもので、自分で自分を自由にしてはならない、もちろん自殺もそのうちの一つ。

 神が「それでよし」とした世界をわたしは、問題なしと受け取るべきで、わたしももちろん問題なしで、わたしは・・・このワダチにはまる。
 
 そして施設的には

 「みんなのお姉さんであるLeiはみんなに誰もいないのに、ひとりだけ、それを求めるのは間違っている」と思うのかもしれない・・・。

 わたしには集団がある、思考停止の羊の群という一言では語りきれない、わたしには誰も求める事のできない立場が常にあり続けた。

 小さい頃にはさらに小さい子が見え、弱いときにはさらに弱い子が見え、常に常に、わたしは自分にエゴを認めなかった、エゴを押さえ込む、ある意味スーパーエゴのような存在があり続け、その存在が強すぎて、

 今、わたしは、ひとりでこの人生をまだ生きている事を持って、自分の生き方を証明しようとしているように感じる。

 施設において不幸な児童の態度は、施設でマジメであればばるほど、その後の人生に甚だしく影響を与えるという事。

 わたしは真面目だったけれど、その態度が自分のその後の人生すべての首を締めていると感じる。そのくびきから、逃れる為のひとつの方法が、「思考」、なのだ。

| ├ メンタル整理 | 11時28分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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