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自立は人生の初めから捨てられた事を受け入れ孤独なまま生きる事じゃない

めんたる整理

 過去の自分の記事は穴掘って埋めたい・・・

 二年前の記事を読み、あの頃のわたしはガッチガチな人間だなと感じた。嫁として受け入れてもらっているのに、絆、愛着を持つ夫の家族関係をただただ、不気味な依存状態にしか見えず、一方的で決め付ける印象の記事を書いていた事を知った。

 でも実は、相手の事を「あんたは自立できない」等と言える立場じゃなかった 


 今は絆というもの、縁というものについて、ゆっくりと考えられるようになってきた。最初はWolfから「絆が無ければ始まらないよ」と声を掛けられ、Mariaから「一緒に絆づくりしましょう」と声を掛けられ、夫から「離婚はいつでも出来るけど、君は帰る場所がないでしょう?」と言われた。

 わたしはあの頃、夫に対して自立できない息子イメージがあり、彼を責める意識が強かった。しかし、今、ソウルメイトへの愛着心が芽生えてくると共に、少しだけ夫の気持ちも分かるような気がしてきた。
 
 過去の記事を読み直すと「単に小さい頃捨てられた女が、家族のある人を責めてるだけじゃん」という風にしか見えなくなっている。
 
 わたしは、家族から愛された事もなく、集団生活しか知らず生きてきて、措置解除で社会へ自立&自己責任の美名の元、”卒業”させられただけの、絆のない人間でしかなかった。

 あれから二年経ち、実は今は、過去の記事を改めて読むのは恥ずかしい、わたしは自立自立と連呼している割には、自立に至る前の、愛着と守りの環境を知らなかった。

 乳児院には「自立哺乳」という言葉があるらしい。わたしはこの言葉を初めてある里親さんから聞いた時、大して驚かなかったが、数日経ってから、ジワジワと何かが感じられるようになった。

 自立というのは、孤立して社会の中で排除される事を覚悟して生きる事じゃない。相互依存出来る事も含めて自立と言えるのではないかと思うようになってきた。 

 わたしはとても変幻自在なところがあり、変容するし、その時代にマッチングした考えを持つ事に躊躇がない、それはおそらく、家庭で育った事がなく、いつも、いつでもどのような変化にも自分を合わせる事ができるから。

 多くの家庭育ちも施設育ちも、自分らしさを維持したいから、相手を受け入れる事が出来ないように見える。わたしは、誰もいなかった子ども時代、自己責任、連帯責任、集団養育、自立という言葉しか知らないまま生きてきた。

 でも、舫いがあるならいいじゃないか、どんんどん活用し、どんんどん人の為に自分も何か出来れば、そうやって少しでもこの国が、お互いに持ちつ持たれつ、お互い様になっていければ、とても良いなと最近は思う。

 

| ├ メンタル整理 | 11時42分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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