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施設で真面目に生きるという事は自分にとって自分を自分で育てる事に等しかった

めんたる整理

 #この記事の場合のエネルギーというのは主に心や衝動などについての心的な事であって、たとえば太陽熱エネルギーとかの事ではなく・・・。





 方程式を覚えられなくても

 根性とか一生懸命とか必死とかひたすらというのは、それはエネルギーを点火する時に、行動の時に必要だと思う、確かに。

 でも継続して頑張る為には、自分の考え方の方向性・法則が自分の得たい答えへ向かえているのを考える為の時間が絶対にふだんから必要だと思う。その歩みはノロノロしていたとしても、自分が納得しなければ、答えへ向かう事が出来ないと感じてる。

 「勉強して何の意味がある、方程式を覚えて将来役に立つの?」と言っている子も多かったが、わたしは勉強というのは考え方そのものを学ぶ事でもあると思っていた。だからどんなに成績が悪くても考える事はやめられなかった。記憶が乏しい脳の問題があるとしても、考え方を間違わないなら、方程式を覚えられなくても答えへ向かう事が出来るかもしれないと思っていた。

 エネルギーと効率

 もちろん、この答えを求める為にはこの方程式を使うという法則があるから、答えへ至れると思う。でも、ただ単にやみくもでは時間ばかり浪費して、結果的に答えから遠のいてしまうとしたら、人生にとって効率が大変悪いと思う。

 何故効率を考えるかというと、人間の人生には限りがあり、その年齢でしか出来ない事が多く、時間は無限ではないからだ。パソコンのデータのように復元ポイントなんて人生にはないから、たった一度の人生を、限られた時間なりに有効に使う為には、どうしても時間を無駄には使わない方がいい、無駄に見えた使い方をしても、将来に繋がってほしい。きっとその方がたぶん良い。

 施設時代、延々と虚しく捨てられていた期間が、はっきりいって勿体無かった。もっとエネルギーを別の課題に使いたかった。本当はわたしは、勉強したかった。方程式は覚えられなかったけど、方程式を作るための法則を考えたかった。

  効率よくエネルギーを使う為には、やみくもに生きる生き方ばかりでは、自分の虚しさばかりが浮き上がる。

 前向きについて




 でも・・・昔がむしゃらに一生懸命真面目だった頃があったので、今の自分を自分でも受け入れる気持ちになれる。あの頃、育ての親がいないから、自分で自分の心を育てて生き抜いた気がする。

 だから、マジメである事も勉強を好きな事も、きちんと施設のルールを守る事もけして思考停止な羊の群れなどではなかった。捨てられた事をナジる相手もいないわたし達に残された道は、自ら思考する事しかなかった。

 あの頃の真面目だった施設っ子達をわたしは思考停止だなんて口が裂けても言えない。そして、だからこそ、前向きに歩き出せるんだと思う。

元虞犯の子たちを傷つけるわたしの記事
 
 時に、このブログで出会ったものの共感できなかった施設育ちとわたしは違うところがある。わたしは施設時代、真面目だったがけして職員から目をかけられた事などなかった。ひとりで淡々と頑張っただけ。見返りのない頑張りしかなかった。

 ネットで語るわたしを揶揄する他の施設育ちもいる事だろう。でも、それは当然だと思う。彼らとわたしはもともと課題が違うと感じている。わたしは、対象者のいない人生をどうやって自分で自分を育てて生きるかに掛かっていた。いちいち不良行為を起こして、施設をかき回して、自分の存在価値を確認しようとしていた彼らとは違った。

 わたしは、彼らとは違う問題・課題を持っていたのに、同じ施設に乱暴に詰め込まれて集団で生活させられたいた。わたしは、静かにひとりで、里親家庭で里子として思いっきり本を読んで勉強したかった。

 それだけだった、望みは。

 だから虞犯だった人の気持に共感できるはずもない、たとえわたしの言葉で傷つく元虞犯少年がいたとしても、このブログはわたしが安心して、真面目だった頃の気持ちを吐き出す場所だから。わたしだって、あなたから「思考停止の羊の群れ」と言われて、何とも無かったと思うの?
 
 虞犯の子の気持ちに共感は出来ない、今は。でも、すべての子どものおかれている状況を勉強したいので、いつかもっと真正面から勉強できる日が来る事を願っている、でも・・・今はまだ生々しくてむりだ。

| ├ メンタル整理 | 13時08分 | comments:14 | trackbacks:0 | TOP↑

念の為他の施設出身者の記事も

 >この記事をお読みになっている皆様へ

 施設育ちと一口に言っても、わたしの個人的な整理をブログに書いている為、とても個人的な意見となっていますので、記事などを参考にする時は、他の・・・たとえばわたしとは全く考えが違う施設育ちの意見なども、検索すると色々ヒットすると思いますので、お読みになり、最終的に自分の中で情報処理をしていただけると、うれしく思います。

 施設は全国にあり、施設出身者は、地域や時代や宗教かそうでないかなどの影響を大変受けて社会でなんとか生きています。だから、一口に「施設とはこのような世界である」と言ってしまうわたしは、他の施設出身者からもあまり理解される存在ではないようですので、どうか、多様な意見をお読み下さいませね。

 でも
 
 個人的にやりとりがあった方々については自分なりに答えていきたいと思っています。その方々をわたしも大事にしていけたらとおもいます。


| Lei | 2010/05/06 22:06 | URL | ≫ EDIT

いつも丁寧にコメントの返事を下さって、とても嬉しいです。

リンク先の記事もすべて読ませていただきました。
私も訪問の日までに、そこにいる自分や出会うだろう子ども達が楽しめるように、Leiさんの記事も沢山参考にさせてもらって、色々策を練ってみますね。

ゆくゆく、近い将来子どもが我が家に来たら、戸惑うこともあるかもしれません。その時は知恵を貸して頂けたら凄く助かります。

これからも、よろしくお願いします。
ありがとう。

| アムリタ | 2010/05/06 19:55 | URL |

参考になるか分かりませんが

 おはようございますアムリタさん、コメントありがとうございます、アムリタさんについて、理解が進んだように思います。
 
 施設に見学者が来る事についての過去記事がありましたので、2つの記事を、もし良かったらお読みくださいませ。児童だった頃はあまり気にしてなかった問題を、大人になり、家庭というプライベートな空間を知る事で、感じた事を書いています。

 しかし、これらの記事は主に当時の、そして大人になってから気づいた施設児童としての心象的なモノなので、里親さんが施設見学をするのは、どうしても必要な流れである事を理解しています。まだアムリタさんがこのブログをお読みになってない時期の記事ではないかと思っています。

 施設に見学者が来て嫌がる子は家庭から来た子の方が敏感だったように思います。施設しか知らない、乳児院からの子や物心ついたら施設の子は、むしろ、挨拶をしてくれると思います。

 どうしても踏み込めみづらいと、夫もわたしのいた施設見学をした時思ったそうです。どうしても他人のプライベートな空間に足を踏み入れる躊躇があると・・・。

 わたし自身は当時は夫が何を言ってるのか意味がわかりませんでした。でも今では、家庭はプライベートな場である事と、施設児童が施設に住んでいる状態を見学をしなければならない職種の人達や、里親さんの研修の一貫などについて、今ではもう理解しています。

 ただ夫との何気ない会話の中で、わたしが育った施設という場所は、そういう場所なんだ、公共の場にわたし達は住んでいたのだと思う事で、なんとか思考を整える事ができました。

 ご参考になるか分かりませんが・・・。

 又、アムリタさんが施設児童の気持ちや施設の事を知りたい動機が明確に分かりましたので、出来る限り率直に答えていきたいと思いますので、心配せずに質問をしてください。
 
 資料が必要だったり、分からない事などは里親のシドさんなどに応援を頼む(質問してみたり)と思いますので。まだまだよく分からない里親さんが知りたい事は、資料だけでなく、表に現れる事のない児童の心情などもあると思いますが、リアル世界では確かに踏み込みずらいですよね。

 だから、疑問について等ゆっくりとお話しできればと思います。施設職員の語る話とはまた、違う側面があるかと思います。

 ありがとうございました。


ガラス張りの児童養護施設
http://escapeorgoodfight.blog85.fc2.com/blog-entry-249.html

「家には知らない人を入れてはいけません」と教えられずに育つシセツっ子
http://escapeorgoodfight.blog85.fc2.com/blog-entry-1021.html

| Lei | 2010/05/06 08:41 | URL | ≫ EDIT

追記・・・・

朝方コメントした自分の文章を読み返して、誤解があればいけないと思い、書き足します。

研修の施設訪問は、20組弱ほどの里親候補の人たちが、一度にひとつの施設を訪問見学するというものです。
施設の大きさにもよるのかもしれませんが、そこで暮らす子ども達にとって好いことではないのは解るので、今からもやもやした気持ちになっています。

| アムリタ | 2010/05/05 15:16 | URL |

ことの前後を省いて、質問がシンプルすぎる内容になってしまってすみませんでした。
質問の内容は、本当に純粋に疑問に思ったことです。
批判などではないです。

『不愉快な~』というのは、文化や習慣の違いで、自分に悪意がなくても、相手に不快感を与えてしまうかもしれないという可能性を考えてのことでした。

質問に対しての答え、凄く解りやすかったです。ありがとう^^
施設でのことは、聞きたいことが沢山ありますが、聞いていいのか解らないんです。

今、里親になるための研修に夫婦で参加しています。
次回が、施設見学というスケジュールになっているのですが、何もかも初めての経験で、見学する中で施設の子ども達のことを考えると、知らない人がズカズカと自分達の住んでいる場所に入ってくる事自体『どうなんだろう?』と思ったりします。

ここへのコメントも『コメントしたい』という思いと『良いのかな?』っていう思いがずっと交差していました。
児童養護施設のことも、『知りたい』という思いは沢山あっても『聞いて良いのかな?』とやっぱり思います。

私は、『自分で自分を育てる』って、あるとおもいますよ。
応援してます。

| アムリタ | 2010/05/05 11:35 | URL |

大切な幼児形成期、そして青年期、大切にしてくれる、その人のことだけを思い、愛してくれる人のもとで育ちたかったと言って何が悪い。

「求めよ、さらば与えられん」という言葉は「現状に満足せよ」という意味では決してない。

レイさん、マリアさん、ウルフさん、応援しています!!

| akari | 2010/05/04 16:54 | URL | ≫ EDIT

serendipityさん

 ちょっと頭を冷やしました、ありがとう。

 そうですね、おこがましいですね、自分で自分を育てるだなんて、自分の命を粗野に扱っているくせに・・・。

 愛される事で、大事にされる事で、慈しまれる事で、自分の命を大切と感じる事が出来なかったので、全て、書物から、命とは大切なものであると知ったに過ぎない・・・。

 でも、その生命の中に、わたしが入っているかどうかは考えた事もなかったです・・・。理屈だけが、わたしに真実をもたらせてくれる気がして、しがみついていました。

| Lei | 2010/05/04 16:18 | URL | ≫ EDIT

批判されたくないのではありません

akariさん、

レイさんを批判する意図なんてないと思います。

 批判を目的にした人は勝手にやっとけばいいと思いますし、そんな人に付き合ってる暇はさすがにありません。そして批判されるのは仕方ない言葉を書いてしまったら、その事実を自分で考え、その度に、検証して反省するだけです。

 ですが、今回のアムリタさんのシンプルな質問を、批判とまでは捉えませんでしたが、正直驚きました。

 地域の会館にゆく、そんな程度の自由も無いと言っている自分がおかしいんじゃないか?と・・・。

 わたしやエータカリーナさんが受けた小さな衝撃は、地域に図書館があった事すら知らなかったという事でした。

 この言葉を書いたあと、後で個人的に、地域の市民会館に足を運びました。きちんとお行儀よく挨拶してくれる子たちに、ホッとしました。何かを覚悟しなくても本を読んでいい場所があるなんて・・・。
 
 家庭の子が日常として、使用できる施設など、施設の子は使う事がわたしの時代、わたしの場合、わたしの施設では無かったから、その現実にショックを受けました。

 特に、批判されたくないワケじゃないですが、不愉快になるのでは?というご配慮に慣れなくて、かえって、ああだこーだと考えすぎて、ワケが分からなくなっちゃいました。

 シンプルな、ある意味素朴すぎて衝撃的な質問に驚きすぎる事はあります。

 アムリタさんにも、akariさんにも、エータカリーナさんにも、ごちゃごちゃになってしまってすみませんでした。

| Lei | 2010/05/04 16:12 | URL | ≫ EDIT

「図書館に行く機会がなかったのですか」、「本を読む時間が与えれらなかったのですか」と聞いたのは、そんな立ち入ったことを聞いちゃ悪いって思ったんだと思いますよ。レイさんを批判する意図なんてないと思います。

| akari | 2010/05/04 15:58 | URL | ≫ EDIT

自分で自分を育てるとはおこがましい

自分を自分で育てる事が可能な子供なぞいない。子供は全て養育者・親権者から育てられる、又、もっとも影響を与える人間として影響を受け続ける。

自分で自分を育てると言うには混乱だらけなのが児童養護施設全部育ちの現状だと思う。それでも一人で生き延びて来た感覚が強いので、そのように表現するのだろうが、ひとりで勝手に施設集団の中で放置に慣れて生きているのと、大人から大事に育てられ、たったひとりの命として育まれて来たのでは全く意味が違う。

なので、自分で自分を育てるというよりも、ひとりで勝手に放置を良い事に何も考えず、捨てられるままに生きてきて、大人もその児童が捨てられている事はわかっていながらも、施設の集団生活を乱す児童ではないので、卒業までやりたい放題させといたのだろう。

そんな施設内放置状態、半野放し状態に付加価値を付けても、外の家庭で慈しまれて、育まれて来た世間の子どもたちには、理解を求める事が難しいと思う。

それでも、一般家庭の人から理解されたければそれでいいが、どんな質問が飛んでくるかも覚悟の上、さらに施設に保護された家庭の子の冷ややかな態度もある、それをいちいち気にしててはやっていけない。

虐待家庭しか知らない機能不全家庭の施設出身者と、そもそも、誰もいなかった乳児院・施設全部育ちは持っている課題が違うと言ってるのは、私が知る範囲においてはあなたとMariaさんで、他にそのような表現を使う施設育ちはいない。

私はLeiさんが振り子のように揺れるようになった事は人間らしくなった証と思うが、同時に、秤というのは、人を測る秤で自分をも測る事になるのだから、常に、自分の思考のバランスを確認して置く必要はあると思う。

| serendipity | 2010/05/04 11:57 | URL | ≫ EDIT

アムリタさんへ

 
>アムリタさん
 
 出来る限り率直に答えます。

 ただし、わたしも他の施設の事は知りませんと念の為にいっておきます。さらに最近は、地域の図書館など公共の場所を施設の子が利用できるのかどうかも把握しておりません。

>>児童養護施設の子ども達は、図書館などに行くことが無いのですか?

 ありませんでした。それ以前に地域との交流もなく、地域に図書館がある事すら知りませんでしたし、仮に知っていたとして施設のスケジュールが何事にも優先されるので不可能でした。 

>>それに、静かにゆっくり本を読む時間が与えられなかったのですか?

 自由時間というのも施設にありました(たぶん)、学習時間や施設で決められた時間外は、自由時間である筈でした。その時に図書室を利用する事は可能でした、建前は。

 でも、いざ、図書室で本を読んでいると「真面目ぶるなよ」などと、他の児童から、からかいやイジメの対象にされやすく、真面目な子でも図書室を利用する子は、当時は、自分以外にいませんでした。ある意味、本を読む子は変わり者扱いをされ、イジメを受ける事を覚悟して生活しなくてはいけませんでした。

不愉快な質問になってしまったらすみません。
何かの比喩だったのかも知れませんが、記事中で凄く気になったもので。


 いいえ、どういたしまして。うぅ~ん、ところで、なぜ不愉快と感じるのか理解しづらかったです。何について不愉快とわたしが思う可能性があったのかも分かりません。アムリタさんは、ただ分からないことがあったから質問しただけでしょう?

 ならばどうぞ気になさらないで下さい。不愉快にさせるつもりでレスを下さったわけではないと思いますし・・・。

 又、わたしは根が単純な人間なので基本的には比喩や例えなんて複雑な手法は使えません。特に家庭の人に向けては、わたしの言葉は誤解されやすいので気を付けてるつもりです。

 #ただし、他の、児童養護施設出身者には、施設を出た人間に通じやすい独特の言い回しをする事がありますが、それは一般家庭の人が読んでもよく分からないと思います。
 
 今日は、何度も答えを編集してしまって、すみませんでした。何度もアムリタさんの文章を読み、何を言ってらっしゃるのかちょっと判断が難しかったので、何となく理解出来るようになるまで、時間が必要でした。(読解力が皆無です)

 >エータカリーナさん、コメ、削除しましたのでご安心を。言い過ぎた時などはご自分で削除編集をしてください。出来る限りご自分のブログを作ったりして下さいませ。

| Lei | 2010/05/02 14:09 | URL | ≫ EDIT

Larkさん、お疲れ様

 本のご紹介をありがとうございます。

出張続きのせいか、体調が良くないので
この連休中は、部屋でおとなしく本を読んでいます。
今読んでいるのは“無限と連続(遠山啓著)”という本です。
古い本ですが、復刊本として出ています。


 すごく読みがいのありそうなタイトルですね。宇宙的な時間の流れか、もしくは哲学的なものか・・・。

 出張が多いのは何度かコメントをいただき、わかっていたつもりですが、体調管理が大変ですね。

 Larkさんの静かな語りに、気持ちが落ち着きます。最近わたしは深呼吸・・・というか、呼吸を意識しています。すると圧迫感が少し和らぎます。

 自分を癒す事は周囲の人をも癒す事に繋がると思いますので、どうか、このお休みに心身のバランスを整えて下さいませね。

 本を読みましたら、感想を書きますね。

| Lei | 2010/05/02 13:58 | URL | ≫ EDIT

児童養護施設の子ども達は、図書館などに行くことが無いのですか?
それに、静かにゆっくり本を読む時間が与えられなかったのですか?
不愉快な質問になってしまったらすみません。
何かの比喩だったのかも知れませんが、記事中で凄く気になったもので。

| アムリタ | 2010/05/02 13:14 | URL |

Leiさん、こんにちは。

大人になっても勉強を続けるということは
なかなかできない事だと思います。
その事は誇りにしていいと思います。

出張続きのせいか、体調が良くないので
この連休中は、部屋でおとなしく本を読んでいます。
今読んでいるのは“無限と連続(遠山啓著)”という本です。
古い本ですが、復刊本として出ています。

Leiさんの興味からは外れてしまうかもしれませんが
たまには普段読まないような本を読むのも
考え方を広めてくれていいものです。
私もLeiさんのブログを読むようになってから
だいぶ考え方が変わりました。

簡単に読み通せる本ではありませんが
考えることが好きなLeiさんなら
きっと得るものがあるんじゃないだろうか、
と思い紹介させていただきました。

| Lark | 2010/05/02 13:04 | URL | ≫ EDIT














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