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施設全部育ちにとってのライフストーリー・ワークについて

SOUL FAMILY-project・別館

 参照記事児童養護施設におけるライフストーリーワーク (pdf資料)


 絆づくりとライフストーリー・ワーク

 考えてみたらこの絆づくりは、何をしているかというと、三人それぞれのライフストーリーワークの大人版をやってるのだと、今頃になって合点がいった。今まで知らずに過去探しをやっていたらしい。(気づくの遅い・・・)
 
 三人の施設全部育ちの絆づくりの日々の中で、それぞれの自分の過去を整理する作業がある。それは、里親家庭でのライフストーリー・ワークに近い作業だが、施設全部育ちは家庭で育った事がないので(捨てられたままの子ども時代を確認する事なので)里親家庭などでは安全を確保した上で過去へ向かう作業でも、誰もいないままの施設全部育ちにとっては、心理的には危険極まりないのだと、Wolfが教えてくれた。

 また虐待された元児童と捨てられた元児童でもそれぞれに違う配慮が必要だと感じる今日この頃である。


 彼は、わたしが自分がいかに捨てられていたかを認知した時に、誰か固定された相手がいる必要があるとも言っていた。・・・でも最初は、彼の言葉を大げさすぎると感じて、笑っていた。今思うと、彼の言葉が、何を表すのか作業を始めた当初は意味がわからなかったに過ぎなかった。

 お互いの施設へ一緒に行ったり、お互いの感じ方を「うそ」とか「幻想」と言わない、安心して気持ちを吐き出し、感情も吐き出し、そして、大いに喧嘩もし、時には泣く練習もし、そして仲直りし、喜怒哀楽を学んでいく作業を通して、最近、子を生む、生まないという事で夫と不毛ないい争いをしている自分が、まだ、そこへ至れる段階じゃない、そこまで精神が育ってないような思いに囚われている。

 これは明らかに、大人の発達障害を呈していると自分ながらに思えて、それなりに衝撃を受けた。

 でも一方では、わたしはソウルメイト達と出会ったからこそ、自分の心理の根幹を成しているのは、捨てられた事実よりも、実は、それを施設にずっと放置されていた社会的なネグレクトなのだという事に気づき、さすがに、さすがに消耗してしまった。

 三人のそれぞれの過去への静かなる向かい方。わたし以外のWolfとMariaはカソリック施設、そしてわたしはプロテスタント施設の違いはあれど、偶然ながらわたしは、乳幼児時代にカソリックの影響を受けたらしい(カソリックの二人が、そう言う)ので、それが分かった後は、彼らとは心理的に共感性が強い事に気づいた。

 そんなわたし達は、遅ればせながらもお互いに出会えたからこそ、ライフストーリー・ワークへ取り掛かる事が出来るのだと思う。三人三様に全く違う性格だが、不思議と目指す方向が同じ、それは「親が育てられない子を里親家庭へ」という思い。里親さんを勝手ながら応援するのも、捨てられ続けていた過去からの思いなのだ。

 里親家庭では、過去のない(遺棄されていた乳児などが多い)里子と、里親との出会いを果たし、自らそれを認知して、これからを生きる為の整理をする作業を里親子で行う事が、イギリスを発端にして、日本でも認知されつつある。

 わたしは、施設全部育ちであるにも関わらずソウルメイトの生暖かい目に守られ、過去の整理をしてきた。

 ライフストーリーワークを行う時、施設全部育ちの場合、十分なケア体制がなくては、トドメを刺されるような心が壊れ切るような気がする、おそろしい作業だと感じている。

 だってこの作業は、過去を繋ぐ作業だから、現在里親家庭の元で行えないなら、捨てられていたとしても、今は里親や養親と会えた喜びにつなぐ作業にならなければ、単に自分には今も誰もいない事を確かめる作業にしかならない。

 今、相手に会えた人しか、この作業は捨てられた自分を受け入れる作業になれない・・・出あえてないのだから、これは、さすがに前向き発言のわたしでも、ほかの施設全部育ちに勧める気持ちになれない・・・ほんとに壊れる、下手すると。

 そして、この作業は、里子や養子とはちがい、誰との出会いも果たせなかった施設全部育ちにとっては、自分を追い詰める、あとが無いキツイ心理的な作業になると知った。
 
 一部の人が、施設にもライフストリー・ワークを取り入れては?と言っているが、それは捨てられた事を確かなモノにする作業でしかなく、里親家庭も、養親も現れず、捨てられたままの児童にとっては、心をえぐる作業になり、その心を受け止める大人がいない状況では、自殺行為に等しいと思った。

 わたしが過去の自分探しに向かう事が出来たのは、夫というよりも、わたしの問題を正しく把握していたソウルメイト二人が支えてくれたから。

 感謝している、ありがとう。

|  Soul-Family-projct・別館 | 23時18分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

ありがとうございます

 アムリタさん、こんにちは。きっとアムリタさんは今、いろんなブログをお読みになっている事でしょう。わたしやMariaだけでなく、施設出身者、当事者、施設職員、乳児院、社会福祉士、里親、里親を応援する人、又はそうでない人も・・・子どもの問題に関わる記事を読み始めると、芋づる式?に、次々につながってゆきます。

 わたしとMariaとWolfが目指した道は、ある意味、異質に見えるかもしれません。Wolfは、ネットにあまり顔を出さない方が良いと考えています。彼は自分が男性なので、女性に関連する虐待やトラウマの場所で自分が何かを強く主張する事については、距離を置いています。

 Mariaの場合はどっちかっていうと、わたしが弱々に見えるので(実際はパニくってるだけ)気づいたらすでにブチ切れてるので、ひやひやする事もありますが、わたしも冷静になれます・・・。

 ただ、わたしのブログに関することの決定や問題解決の責任はやっぱりわたしにあると思います。彼らはわたしをそういう距離感で見守ってくれています、ネットに於いては特に。

 でも虐待家庭から施設へ保護される事が強く必要とされる反面、虐待どころか、家庭で育った事さえない子ども達はどこへゆけばいいの?という問題にぶつかっています。

 三人とも、家庭で育った事が無いという共通点がありました。他の施設出身者は、虐待家庭での傷が癒えていないのです。

 家庭で虐待を受けて施設保護された施設出身者は、わたしの「電車乗れない」「買い物した事ない」「家庭を知らない」という言葉は「思考停止な羊」としてしか認識出来ないと思います。彼らは家庭で、それくらいのレベルは知っていたから・・・。

 むしろ家庭で虐待を受けた彼らはそれどころじゃない、家庭の問題が癒えてないのだから・・・。わたしは他の施設育ちの怒りについては、そう考えました。

 そして今、

 施設全部育ちの、電車に乗れない問題は、氷山の一角だと知らされましたが、電車に乗れないと語る事が単なるお馬鹿なのか、無知ゆえか、施設という環境が影響している事と関連付けていいのか・・・その辺りで、語りづらくなっています。

 でも、家庭の日常は、すべてが学びですよね、予備練習ですよね・・・それすら無かったわたし達は社会的に発達する為のお勉強が出来なかったのだと思っております。

 長くなり、失礼しました、ありがとうございます。

 >そして私も里親としての姿を見守って欲しいです^^
まだ研修中ですが。


 今丁度大変な時ですね、でも、アムリタさんの率直な感想はすごく、わたしも頷けるものが多かったです。里親ライフが基本は明るいものであるというイメージを持てるような、里親さん自身の明るさって必要だとわたしも思います。

| Lei | 2010/05/16 14:40 | URL | ≫ EDIT

私がReiさんの記事に出会うきっかけになったのは、Mariaさんのブログからでした。
Mariaさんのブログも、里親関係の検索でヒットして出会えたのですが、2人の関係が、私には、姉妹のような、母娘のような、安心できる関係として見えていました。
Wolfさんのことは2人のブログ情報でしか知りませんが、深い人間関係は、人を救うと思います。
しっかりとした繋がりが持てる人と、1人、また1人と繋がることで、人は自分自信を見つけることが出来るのだと思います。
Reiさんやその周りの人たちが、今よりももっともっとより良い未来へ向かわれる姿を、見守りたいです。

そして私も里親としての姿を見守って欲しいです^^
まだ研修中ですが。

| アムリタ | 2010/05/15 19:24 | URL | ≫ EDIT














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