PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --時--分 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

ライフストーリーワークに疲れて、今度は、将来を少し見据えて考えようとしてみて分かった事

めんたる整理

 そのうち読みたい本

ライフストーリーブック―生まれた家族から離れて暮らす子どもたちのためのライフストーリーブック―生まれた家族から離れて暮らす子どもたちのための
(2009/12)
才村 眞理

商品詳細を見る


 親がいない事と子どもがいない事

 個人的な過去のライフストーリーは少し休んで、今度は未来を考えてみると、施設育ちにとっては、人生設計が全く見えない問題があると最近思うようになった。
 
 二歳くらいの子が入ってきて、十五ぐらいになれば施設から消える、長くても十八歳。その子達は目の前を流れてゆき、卒園して去っていく。まるで時間の流れが無いかのように、自分はいつも施設にいる。

 子どもを産むべき年齢のわたしなのに、養育者の誰もいない世界観の続きが、子どもを育てられない事につながっている気がして仕方ない。自分としては、その感覚に不思議さを覚えない、誰もいた事がない人生の未来は誰もいない・・・というべきか。


 家庭で育った事がないという事の意味

 ライフストーリーはさることながら、自分が今、どういう状況であるかも見えず、人生をどのように歩くのが効率的かも知らず、かといって効率だけでなく、めんたる的にも固定された相手がいて、そして、どのようにこの世から旅立っていけばいいのか見えない。

 発達障害のように見えてしまう施設そだちだけど、一般家庭で育った子どもたちの発達障害とも、少し違うように思う。施設の場合は、未来が見えない、今しか見えない。でもそれには理由がある。家庭を全く体験した事がないので、将来の自分像が全く見えない、出来上がり図が想像できないのではないかと・・・。

 それを問題視する人はだれもいなかったので、今を一生懸命生きてきた。それはある面ただしい。今を真面目に必死に生きる事は間違いではない。

 しかし、家庭を知らないという事は乱暴な表現だと最近思う。本人のせいではなく、里親家庭へ行けない子がほとんど。そしてその理由は「親がいるから」と。

 それは置いといて・・・。

 実は、反面教師の家庭も親像もないということは、情報が圧倒的に不足している故、人生設計を立てる事が困難な事にも通じる事だと思った。この場合、良い家庭、悪い家庭という事は置いて「家庭という情報」として考えていきたい。施設だけで育つというのは、その情報が欠損している事だから。

 そりゃ今のご時世、いつ就職にありつけず、無縁社会といわれている中、無縁の専売特許は施設育ちだけのモノじゃないという声も聞こえそうだが、

 でもやはり、無縁は施設育ちだけが負わされたものだと思う。だって家庭で育った事がないから、未来がない事など、なんの心配事でもなかったのだから。

 料理を作っていて考えた事

 でも、料理が好きになってくるにつれ、出来上がり図のない人生を生きているのが、今の無自覚施設全部育ちのような気がしてならなくなった。

 料理を作るのに設計図もないのに、何を作れと?材料は、それぞれの量と配分は、素材の扱い(料理の仕方)による栄養の喪失は、ムダの無い動きのタメの時間配分は、リスク管理は(焦げたとか・・・凹)

 わたしは料理を作っているうちに、これはどうも人生に似ているんじゃないかと思うようになってきた。施設はその性質上、対処療法しかなく、家庭だけが様々な要因を予防出来る場所と思う。

 美味しいものを知るために

 わたしは美味しいものを知るために、外食を躊躇わない、もちろん贅沢をしたいのではなく。そうすることで、美味しいもののモデルを描く。

 でも夫は「贅沢を覚えるといけない」と言い、彼といる時は炭水化物ばかりだった。ソウルメイトは反対で、自分が料理を作るなら、美味しいものを覚えていかなくてはと思っている。

 わたしはこの問題と人生設計をどこか似ていると感じるようになった。しかし残念ながら施設時代は、厨房は入れなかったし料理も作った事もなかった。

 子どもは別に、施設内の家庭的処遇だけで家庭らしきものを得るのではなく、やはりどうしても、家庭で過ごしている中で、自分の中に浸透してゆくようなゆっくりした学習だと思う。


 概念というのは、付け焼刃では足りない。施設に養育の部分を求める事は出来ないと改めて思った。(かといって治療施設にもなれてない)

| ├ メンタル整理 | 05時43分 | comments:7 | trackbacks:0 | TOP↑

出来ること

 ヤフー時代、わたしは今よりもっと語りにくい世界で語っていたけれど、あなたはわたしの書く記事を信じてくれたので、名前を覚えておこうと思って、あなたのブログはリンクしておいた覚えがあります。
 
 バッシングとまでは言わないけれど、施設の話は当時誰も信じる事が出来ない世界なので、わたし自身も記憶が全くない時期もあり、語る内容を保証できませんでした。

 記事を置いて下さるだけでも励ましになります、小さな声を辿っているうちに、あの頃、わたしは本当に施設で生き延びる事を語る事自体が、世間に認知されてなかったと知りました。

 ありがとうございます、弱いひとりひとり、無力なひとりひとりがいろいろな事を知っていけば、それはもう無力というよりは、ひとつの市民のエネルギーになると思います。

 イデオロギーについては詳しくありませんが、わたしは飼い慣らされて生きるより他になかった時代があったと感じています。

 miwabomさんには、ずっとわたしの語りの様子、あの頃とは違う表現、意識、考え方、それら変遷を見てらして、それでもここに書き込んで下さったのだと知り、心から感謝しています。

 初心を思い出しました。

 でも、記憶が続くようになったのには、ソウルメイトが職員のように変わっていかない人であり、そしてヤフー時代からの共通の体験があったからだと思います。

 ある、ひとりの人間の記憶の脆弱さのそばに、固定された人が居続ければ、その人の記憶や語りを支えにして他の人への事もすこしずつ残るようになれると思いました。
 
 記憶も、たった一人では残り切れないと思いました。


| Lei | 2010/06/04 10:50 | URL | ≫ EDIT

leiさん、ヤフー時代からを覚えていて下さって、とても嬉しいです。
有難うございます。
しかし、この件について子どもの役に立てる事と言ったら本当に僅かしかしかなく、
なんとも情けない気持ちでもあります。
力が無いとはこういう事かと…。

せめてwebで記録を残しておく事が、今の私にできる精一杯です。
毎日はここへ来られませんが、相変わらず読んでいます。

それにしても、このような記事が出てくる事自体が、
大きな進歩だなあと、しみじみ致しました。

Leiさん達の長年にわたるWeb活動に、敬意を表します。

| miwabom | 2010/06/02 21:23 | URL | ≫ EDIT

Larkさん

 コメントをありがとうございます。このニュース記事で思い出してしまったのですね。

 わたしもこの記事で、自分よりも小さな子の雰囲気が浮かんできました。名前も顔もはっきりしないけど、涙の跡とか夜泣きとか・・・。

 たぶん一週間~二週間だったとしても、不安でいっぱいだったと思います。過去を受け入れるとはいえ、かなり大変な作業だと思います。

 そして今も施設は満杯で・・・。

| Lei | 2010/06/02 05:41 | URL | ≫ EDIT

追記

 黒田さんは

>都内の児童養護施設で施設長を務める黒田邦夫さん(57)は「かつて孤児院と呼ばれた児童養護施設はそもそも虐待の傷を癒やす専門施設ではない。その矛盾が今、さまざまな面で噴き出している」と話す。

 確かにそうなのだけど、それだけでなく”孤児院”として親代わりの養育施設にもなれてない事だけは出身者として言わせてもらいたい。里親家庭へもいけない。

 それだけでなく、虐待の傷をいやす専門施設ではなく、その虐待の傷を他の児童に連鎖しまくっているお狩場状態だって事も。

 miwabomさんが紹介してくれたページの次のページでは、施設内虐待の現状に触れている。

 http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100525/crm1005251745028-n3.htm

 >中規模の児童養護施設で数年前、子供同士の性的虐待があった。調査したところ、35人ほどの入所児童で被害も加害もなかったのは2人だけだった。

 医師は「相関図を作ると男児から男児、男児から女児、女児から女児、女児から男児とすべての組み合わせの加害行為があった」。性的虐待を受けた子供が適切なケアを受けないまま入所してきて、その子供から加害が連鎖したという。


  と書いてあるような状況がまず日常だったし、すべての組み合わせで虐待があるというのは感覚として信ぴょう性がある。わたしは少なくとも上級生女子から性的な交渉があり。でもそういう事が、あれが連鎖だったんだと知った訳だし。すべての組み合わせという言葉を読むだけで、頭がぼーっとします。

 あ、そうそう。職員からの性的虐待もある事は忘れないで欲しい。

 孤児院要素を持つ、親が育てられない子には衣食住与えてやれば事足りるわけじゃない。でも、マイノリティの児童の問題は誰の耳にも届かない・・・。

 虐待のケアの専門施設としても、親から捨てられた子どもの養育施設としても機能していない。

 だから、せめて親が育てられない(捨てられた子も)養育の専門の場所でもある養育里親の家庭へ迎えられて欲しい。施設で虐待を受けまくる前に・・・。

| Lei | 2010/06/02 05:32 | URL | ≫ EDIT

思い出しました。

記事を読んで、思い出しました。
そういえば、私も小学校に入る前、施設に預けられた事を。
と、言っても母親が出産入院する1~2週間だったと思いますが。。
ずっと昔のことなので、忘却の彼方に沈んでいました。

断片的に残っている記憶といえば、
・夜中に同じ部屋の女の子が泣き出して、
 職員の方にあやされていたこと。
・頭を洗ったあとのシャワーをやたら適当にされたこと。
 (みんな一列に並んで順番待ちしてたような。。)
・施設にずっといるらしい男の子から
 やたらと、おもちゃを自慢されたこと。

思い出すと、なんだか悲しくなってしまいます。
本当に、帰る場所がないんですね。

今、この時も
哀しい想いをしている子がいると思うと
自分の無力さもあいまって
やりきれない気分になります。


| Lark | 2010/06/01 23:20 | URL | ≫ EDIT

ひさしぶり

 miwabomさんだ・・・こんにちは、久しぶりです。ヤフー時代から覚えています。そして生存報告もありがとう。「小さい声」勝手にリンクしてしまってます。

 小さい頃、いつも夜中に誰かが泣いてたり、朝起きたとき、涙の跡がくっきりついた顔で、小さい子が「おはよ!」とか声をかけてきたっけ。

 乾いた涙というのはぬぐったあとがないという事で、泣き疲れてひとりで自分の気持抱えて寝ている事だという事も知りました。

 ただ、いつも当然の施設の風景だったように思います。みな布団の中、ベッドの中でこっそり泣ける様になっていく。さらに、そのうち泣かなくなっていき、感情が鈍麻していくようでした。

 小さい頃に受けた虐待の痛みはできる限り早くケアされてほしいけれど、施設は子どもたちを受け入れる小さな皿でしかなく、すぐに一杯になってしまうのです。

 紹介して下さった記事、施設の真夜中の廊下を少し思い出しました。泣く事がままならない施設環境だから、怒りしか出て来ないのかもしれません。

 ありがとう。

| Lei | 2010/06/01 16:55 | URL | ≫ EDIT

すみません

すみません。
ここの記事とはまったく関係ないのですが、
産経で、下記のような連載が始まっていました。
ご参考までに、お知らせ致します。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100525/crm1005251745028-n2.htm

| miwabom | 2010/06/01 16:26 | URL | ≫ EDIT














http://escapeorgoodfight.blog85.fc2.com/tb.php/1181-c6219316

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。