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気になる番組のCLIP10「motherというドラマを見て思ったこと」

気になる番組のCLIP10

 #このドラマ好きな人が多い事も知っているし、他の施設育ちもわたしと同じ意見だなどとけして言いません。ファンの方を不快にさせてしまうと思いますが、ご容赦下さい。


 施設だけで育ちきった12年と生物親

 レナちゃんは12年施設で育ったというわけか・・・と思った。愛着がある子の12年と愛着のない子の12年を比べてもしょうがないけれど、家庭で育った時間よりも施設生活の方が長くなった長期入所児童だと思う。その上、愛着がある子なので集団生活は大変だっただろうと思う。

 途中まで親子の関係があったレナちゃんは愛着力がある分、二十歳になった時に自分を誘拐した人を忘れずに、再会できるのだろうか。いや・・その前に自分を虐待した生物母との関係修復は出来なかったんだろうか。と考え込んでしまった。

 わたしの場合は愛着が全く育つ環境に無かったので、卒園後に福祉のケースワーカーを通して、自称親と名乗る人の事を聞かされた時、全く何の反応も出来ず、当時の福祉の人を「たった一人の親を粗末にするなんてひっどいい子ね」と驚かせた経緯がある。こういう点でレナちゃんと自分の反応の違いも強く感じた。

 このドラマを見ていると、当時無力だった児童が、大人の都合を何でも受容・理解しなくてはいけないような、追いつめられて行くカンジが見える・・・。

 それに、ドラマでは衝動的な誘拐が母性や愛情?と繋げられているように見えたので、ゆえに誘拐劇なのに、視聴者としても、この女性教師に対する共感が沸いて来て、誘拐する気持ちを理解してしまう人が出て来やすいのではないかと感じた。でも、それにしても戸籍を買うとか、別人格が生じやすい別名(つぐみ)が与えられたり、しっちゃかめっちゃか感があると思う。

 大前提にあるのは、気持ちが分かる(共感する)事と絶対にしてはならない事は別の話じゃないかと思う。

愛着の育った子は健気で愛しい

 子どもについては「親がどうであれ、その親の元で愛着の育った子なんだなあ」と思いながら見ていた。

 「施設全部育ちにない」大人に対する徹底的な共感性がある彼女の態度。その代わり、大人が子供に対して約束した事の責任取らされそうな場面が随所に見られるところは多少スリリングだったが、最終的には、関わった大人との絆も中途半端な感じで施設へ戻される事で、大人は逃げ切った感がある。

 施設だけで育てば、施設という囲いの中だけの話だから、誰に対しても求める事など一切ないのに、下手に他人から誘拐されたので、中途半端な感情になったのではないかと思う。

 単に優しいどっかのおばさんが過去にいたかもしれないが、だからと言って、法律的には虐待生物親との関わりが、まずは優先されて、他人はあくまで、それを維持しながらの関わりになるとおもう・・・。

 とはいえ、あのような、レナのような可愛さを乳児院だけ育ちの子は持っていないのだ・・・実は。人生の最初から誰もいないから、もし自分に興味を持った大人が目の前に現れても、その新しい関係性を維持する為に、殊更共感しようとする動機が見つからないのだ。

 又、ドラマでの女性教師について、わたしは、学校の先生であるにも関わらず、子どもの虐待からの保護や通報よりも、とにかく衝動的な態度しか見えず、見ていて疲れた。

 さらにレナをいたずらに期待させて、結局最後は12年施設に捨てられた事についても怒りがわく。その後の子どもの発達や心のケアや子どもにとっての12年の軽んじられ方が、妙に浮き彫りにされていたように思う。

 つぐみという名が与えられ、別人格のように生きねばならなかったり、レナが本名なのに、死んだ事になったり・・・その後、施設で何のケアも受けられないとしたら、考えるだけで苦しくなる。

 「ネロとパトラッシュ」の話

 さて・・・いきなり話は変わるが・・・

 昔、とあるサイトで、フランダースの犬の何が感動的なのか?と疑問を投げかけた事があった。何故なら、貧乏で両親がいないという事ゆえ、泥棒の嫌疑をかけられ、最期は教会で美しい宗教画を見て死ぬという話。リベンジ出来ず・・・。

 わたしはムカツイて仕方なかった。やってもいない事でいじめられ、死んでしまった話を感動的とは思えなかった。でも分類としては感動や泣ける話として位置づけられてる。それ以来、感動的の意味が分からない。

 当時は、施設の掲示板なのに、フランダースの犬に感動できない無愛着女の意見など冷たい印象しかなくて嫌われた覚えがある。

 motherと名乗っただけでは・・
 
 今回も感動的ドラマという位置づけのmotherを見ても、やはり、よく伝えたいメッセージがわからなかった。単にひとりの女に振り回されたあげく、二つの名前を貼り付けられた女の子はその後、心のケアも受けずに施設だけで育ち、大人になったら再会出来るというご都合な話に思えて仕方なかった。

 さらに、その後の生物親である虐待母についても語られてなかった・・・もしわたしがレナなら、二つの名前を持ってしまった自分がどっちに重心おいていいか分からないんじゃないかと感じた。

 死んだ事になっているレナという名を使うのは本名に戻ったという事でしょうが、一度死んでいる事にされている名前でもあるので、亡霊のような感覚にならないだろうか。この子に心のケアがなされているか自信もない。

 親というのは育ててこそ親と、ある里親さんが教えてくれて、納得している。

 運動会、学校祭、テストの点数、授業参観、進学・・・子どもの12年に一切かかわらず、子どもは施設でひとり育ち抜き、子どもが大人になった時に親として認めてもらおうとするその感覚には、わたしはついていけない。

 最終的に・・・シンプルなわたしの感想は

 なので感想を編集しまくり、長文になったのでもう終わる。言いたい事は、責任取れないなら、通報だけして、きちんと児童相談所に保護して欲しいし(ドラマでは通報したし、連絡したというシーンもあるらしいが)、真に親になりたいなら誘拐するのでなく、きちんと大人として責任とってほしい話だという感想しか浮かばない。そうそう、児童相談所が役に立たないと思うなら、ゴミ袋の女の子を見つけた時点で、警察へ通報して欲しかった。ぼんやりした女教師よりも、ゴミ袋の女の子の件で動いた警察経由なら、児童相談所もすぐに反応すると思う。
 

| 気になる番組のCLIP10 | 12時36分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

ありがとうございます

 アムリタさん、こんなふうな感想文しか出て来ませんでしたが、最終回は、本当に残念な気持ちになりました。

 施設に入れられた事が物語の主題ではない事を知っていても、それでも、施設という場所が物語のツールとして、どういう位置づけなのか、考えさせられました。

 個人的には名前が二つあること、別の人格を使い分けること、そこの問題がとても気になってしまいました。ヒロインの女の子は、連れまわされている時の、つぐみ、という名をどのように解釈しているのか。渡り鳥のイメージだった名前が、施設に入れられる事で、その意味を無くしていくと個人的には思いましたが・・・。

 一方で、レナという本名は彼女の中では「死んでしまった」のだから、実母との関係性も死んでしまっているという解釈なのか、とか、色んな事を考えてしまった、答えのうまく出ないドラマだと思いました。実母とのその後の関係をどのように扱うのかも、気になるところでしたが、ドラマではその後、見えてきませんでした。

 施設という場所で、今までの経緯を子どもがひとりで整理するには非常に難しい課題だと感じています。 

| Lei | 2010/07/27 13:47 | URL | ≫ EDIT

全部ご覧になったのですね。
最終話まで見て私も同じように、この子は12年も施設にいるのかと思いました。
ドラマには感動したし、観てよかったと思いますが最終話は残念でした。
里親制度が改正されてから、里親関連のドラマがちらほらしています。
きっとこのドラマを観て、里親に興味を持って調べる人いるんじゃないかな。
そうなれば良いですね。

今期のドラマでGOLDというドラマも、良いです。

| アムリタ | 2010/07/26 20:02 | URL | ≫ EDIT














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