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施設長期入所児童のほとんどが「親がいる子で、孤児ではありません」と言われる事

めんたる整理

 #児童当人は事実上天涯孤独状態で生きねばならないのに「親がいる子」とされ、その親は責任能力の全くない「精神病の患者」であり、そんな責任能力の無い(無い=責任とらなくていいというのではなく、病気により判断能力が無いという状態)生物親と「家族統合を目指して」施設だけで育つ子ども達もいる。長期入所児童の多くがそうであろうと思う(現時点で数値が示せないが)



 判断能力のない生物親たちと施設に留まり続ける子どもたち

 自分の場合は精神病の生物親が生きていた為、孤児でも遺棄児童でもなく、かえってどんな生物親でも「親が居る(生存確認している)児童」として施設だけで育った。

 生物親当人については、当然ながら精神を病んでいる人と付き合う親戚はおらず、生物親自身、親戚縁者一切との縁が無い。その余波を受けた形でそのような人間の子どもの存在を知ってる親戚縁者はいない事も、後に理解した。

 施設長期入所児童のほとんどが「親がいる子で、孤児ではありません」と言われるが、本当に事実上育てる能力のない精神病や、犯罪などで留置されている親などの子は、親がいる子としてカウントしていいのか?

 と問いたい気分だ。

 このような判断能力のない生物学的な親のサインがなければ、里親委託が出来ないという理屈は、児童養護施設措置先にありきの理由付けとして、もっとも「一見まともに見える理屈」ではあるけれど、


 でも・・・冷静に考えれば「精神病などにより判断能力が全くない親の状況」を知っていながら「生物親の病気が良くなる事」を信じて、いつか「病気が良くなって迎えにくるよ」と言い続け、子どもを施設から解放しなかったのだと思う。

 大人になったわたしは、騙されて搾取されて使い終わって社会にほっぽり出されただけの気分。潤ったのはだれ?子どもの最善の利益を得られたのは、誰の子ども?
 
 児童福祉の世界での言葉の使い方
 親が未詳、行方不明の乳児が里親委託されない現実が悲惨なのは火を見るよりも明らか。さらにもう一つのジャンルの児童についても、親がとりあえず生存している事をもって「親がいる子」とされている児童も、確実に施設長期入所になっていくという皮肉な現実がある。

 「家族・家庭統合」という言葉も、現実を生きたわたしの目には「うまい用語を次から次へと考えるなあ」という印象があって仕方ない。

 施設全部・長期入所児童は、親がいる子という理由で、結局施設だけで全部育ったので、大人になっても血縁の人と繋がる事は出来ず、大人になっても結局行くところが無いという状況があり続ける。
 
 施設全部育ちは、常に行くところがないという事を弱みにしてしまった育ちの問題が今もあり続ける。児童養護施設を出たら、その問題がさらに強く影響する。

 身を寄せる場所、それぞれ

 施設全部育ちにとっての社会的自立の実際は、言葉ばかりが奏でられるが、実は放置されて停滞したままである。元児童たち、各々が社会的自立について力をつけなくてはいけないと思うし、施設出身者同士で固まっても仕方ないが、一方では、そうならざるを得ない側面の方が強い。

 行く場所がないという問題が、全く解決されていないのだ、施設時代から。

 わたしは結婚した家庭を「身を寄せる場所」としてしか扱っていない気がする。嫁としての働きというよりも、他に行くところがない人としてのメンタリティを持った状態で、この家にいるのではないかと、ふと、考え込んでしまう。

 身を寄せる場所と行く場所がない状況の諸刃ぶり

 昔は(施設時代は)今いる状況に質を求めなかったが、今はかなり贅沢になり、上記のような事柄を考えるようになった。それだけに、今乳児院・施設にいる子たちが何も感じないままに放置されている事を知る。

 意見が衝突しても、いわゆる「実家に帰らせていただきます」と言えない。夫からも「君はどこにも行くところがないでしょう?」と言われると、あの頃の「おまえらには行くところがないんだ」という言葉と重なる・・・。

 さて、行くところがないのは事実だが・・・。

 行く所がないから、居続けなきゃいけないのか、それとも・・・

 自立できない施設育ちは多いが、自立するにも「ホーム」が無ければ、たった一度の失敗が命取りになる。施設育ちは冒険もチャレンジも出来ないのが実情なのだと思う。それが就職や結婚の失敗ならば、なおさら即ドロップアウトなのだ・・・厳しいが自分の現実だ。いつでも帰る実家のある夫とは問題が違うのだ。

 #ちなみに、この記事は夫婦関係が悪いと言ってるのではなく、現実問題を語っているだけなので誤解なきようお願いします。

| ├ メンタル整理 | 10時18分 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

はじめまして、ありがとう

 はじめまして、広い空さん、とても素敵なHNですね。

 >私は親に虐待されて育ちました。半年前に出産するまでその事実について考えることをしませんでしたし、生きることに必死で考える暇がなかったのと、その事実を認めたくなかったから避けていたように思います。だから今我が子を前にしてとても幸せなのに、とても苦しいです。。


 ご自分が虐待されて育った事に気づいていた事と、親との対峙が現在まで叶わなった事、そして、ご自分は虐待を受けて育ったのに、わが子を虐待してはならないという問題に向かっている日々だと思いました。

 ご自分は愛されなかったし、虐待を受けたのですから、小さな目の前の命が自分に求める、虐待されない普通の母の愛を与えられるだろうか・・・。

 日々苦しんでおられると感じました。そのような状況でコメントしてくださり、ありがとうございます。

>失礼な発言や質問などがあるかもしれません。どうかよろしくお願いします。

 はい、そう感じたら言いますから安心して下さいませ。
 
 追記として、

 まずは、ご自分のお子さんとご自分の過去に向きあう日々はとても凄まじい苦しみを与えてくると思います。

 いつか、施設出身の子どもたちの支援をとお考えになるなら、今、目の前のご自分の日々を大事にしてくださいませね。それがやがて、力になっていくと思いますし、何を支援したいのかみえてくると思いますから。

| Lei | 2010/07/22 09:38 | URL | ≫ EDIT

はじめまして

最近児童養護と虐待問題、親子の関係や子どもの心理などについて勉強を始めたばかりの35歳主婦です。先日愛着障害や児童養護施設について検索していてLei様のブログにたどり着きました。私は親に虐待されて育ちました。半年前に出産するまでその事実について考えることをしませんでしたし、生きることに必死で考える暇がなかったのと、その事実を認めたくなかったから避けていたように思います。だから今我が子を前にしてとても幸せなのに、とても苦しいです。いろんな感情がどんどん溢れてきて、それと同時に児童養護や虐待などについて調べずにいられなくなっていて、将来必ず何かしら行動したいと考えています。今施設で暮らしている子どもたちの卒園した後のための支援をできればと思っています。そのために、Lei様のブログを読ませて頂きたいです。よろしくお願いします。また、無知の上コミュニケーションの取り方も下手なために、失礼な発言や質問などがあるかもしれません。どうかよろしくお願いします。

| 広い空 | 2010/07/22 07:25 | URL |

変な話の流れに・・・

 はじめましてヘラジカさん。
 
 わたしにとって「子どもの最善の利益」が「どの子ども」かという発想を持った事がありません。

 でもいま、大人になってから、一億近く掛けられて育った割には何の成果もあげられなかった気がします。

 職員の子どもが流行りの絵本をすぐにゲット出来ても親が仕事で忙してくて相手してくれない事と、
 
 施設しかしらなくて、エアフォースのベースの絵本に必死にしがみついている子どもたちの事と、

 同列になど、並べる必要もありません。

 親が仕事で忙しくて会えない事と、捨てられて親がいない事と、両方の状況の子どもを目の前にしている施設職員の状況でしかありません。

 施設職員の子どもの最善の利益という考え方はした事がありません。本来、児童福祉は、係る児童の最善の利益と思いました・・・。
 
 でも実際は、全くそうではない事は自分の身を持って確認しています。

 ただ、それだけのことです。

 ところで、わたしは最近わがままです。

 この元記事を読んだ感想をお願いします。わたしが語ってるのは、今回は生きてる事が把握されているけど育てられない親の問題です。

 出来る限り、元記事に沿った感想をいただけると嬉しいです。その後で、独自のご意見を聞かせてもらえば、順番として容易に考えやすいのです。

| Lei | 2010/07/20 10:14 | URL | ≫ EDIT

施設職員さんの御令息の最善の利益では

はじめまして、福祉に興味のある一介の人間です。

>大人になったわたしは、騙されて搾取されて使い終わって社会にほっぽり出されただけの気分。潤ったのはだれ?子どもの最善の利益を得られたのは、誰の子ども?

潤ったのは児童養護施設でご自分の家庭を省みる暇もなくがむしゃらに働いた施設職員などの、御令息、ご息女じゃないでしょうか。

施設で育った子ども達は年齢が上がれば出涸らし状態で社会へ出ていくでしょうね。

しかし児童養護施設職員は家庭を省みる暇もなく、ご自分の子供を遊園地に連れていく事も出来ないなんてザラです。

 それも、お仕事をきちんとしたのであれば、当然受け取るべき給料だと思います。職員は職員の仕事を果たしたのではないでしょうか。

| ヘラジカ | 2010/07/20 08:55 | URL | ≫ EDIT














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