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自分の思考の整理を語る(テキスト化含む)事は自分に嘘を付かない最低限のルールの上に立っている

わたしのブログ・スタンス

 #無愛着なわたしも最近は、少し根に持つようになりましたので、さっそく整理・・・テーマは、うそつき。


 わたしには嘘を付く動機がない

 わたしは、自分の考え方を整理する人は嘘を付いていては整理が出来ないと思っている。

 なぜなら、自分の心と対峙しているのを文章化しているわけだから、わたしのベクトルは自分に向かっているのだから、語る内容について嘘を付いてしまったら、自分の心と向かい合えないからという単純な理由の為だ。


 
 わたしは結構単純なのだと思うし、単純でなくては整理出来ない事が多い。

 ただ、わたしがテキストにのめり込む所があるのは、施設の集団生活の中のエアポケットのように静かな図書室で本を読んでたからでは?と思っている。

 忙しい職員とのコミュニケーションが取れない世界で、やらなくちゃいけない事は、セルフケアだったと思うし、セルフメンタルトレーニングだったと思う。児童養護施設で生きるうちに、自分の心と向かい合うのも自分の作業だと気づき始めていたと思う。

 自分と向かい合う、セルフケアの方法を考えているタイプの人は、嘘を付いていたら話が進まないので、嘘を付く動機がないと言いたい。

 その思考の続きのように、今もブログで記事を書いている。わたしは施設時代、色んな子の話を本人、あるいは、迂闊な職員からリークされたりして、一般の社会で、ごく普通に生きていたらとても信じられないような話を知っている。

 きっと彼らも、世界のどこかで「うそつき」と言われてしまっているかも知れない。事実施設でも、あまりに信じられない話をする子は、そのように扱われ、数年後、その施設での虐待などが判明する事もあった。

 断片的に生きている為、断片的な記憶しかない施設全部育ちの子ども達。しかも発達障害を抱えていたり、当人のライフストーリーを確証してくれる人もいない・・・。わたしがどれほど子ども時代真面目で、嘘を付けない人物だった事を、当時の人で証明出来る人がいないから、わたしは自分で自分の事を説明するしかないのだ。
 
 そんな状況で、何が嘘で何が真実かのテーマを一番追い求めているのは、捨てられた子ども達であると、わたしは思う。

 今回、うそつき問題で、色々考えさせられたけれど、わたしも知らない事は知らないと素直にいい、知ってる事は知ってるといい、素直な記事を書いてまいります。

 これからもよろしくお願いします。

| └ スタンス | 08時55分 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

電源入れたよ

 ごめんね、ちょっと夏バテしちゃった。詳しいことは、あまりにしょうもない内容なので、ちょっと此処では言いづらいの(ため息)、でも電話だけは繋がっておかないとね・・・アホらしくて説明する気にならなくても(TT)。

 干物女かも・・・。

| Lei | 2010/07/27 13:09 | URL | ≫ EDIT

電話の電源が切れているわよ

Lei ちゃん、朝からずっとつながらない…

| Maria | 2010/07/26 17:48 | URL | ≫ EDIT

喜びと苦しみ

 わたしが広い空さんの言葉から感じたのは、命の誕生に対する受け止め方に喜びの要素があった為、応援したくなったのがあります。

 わたしが施設ですべて育ったのは、生物親から「命の誕生を無かった事にしたい」という結果だと思っています。彼女は自分の心と全く戦った形跡がありませんでした。不思議となぜか、そうなのだろうと思いました。

 同時に広い空さんは諦めてないと思いましたし、自分の子を守ろうとしているし、でも、だからこそ苦しんでいるしというアンビバレント状態の中でも、何とかもがいていると・・・。

 そう思ったのです。

 だから・・・心を整えて、自分が生きぬいてこそ、その子ども達も、生きるという線で繋げればと思います。子どもたちに対し、背中を見せるのは何も父親だけの仕事じゃなく、母親もその背中を見せていくものだと、最近知りました。
 
 ただ・・・命の誕生とは、真に喜びと苦しみの合わせ持った存在かもしれませんね。

 命への喜びばかりがもてはやされる気がして、命を産んだ自分の心が、どこか、置いてけぼりかもしれないですね・・・。

 しかし最後は、自分が生んだ子に「産んで良かった、産まれてくれてありがとう」という言葉を伝えてあげられれば、とても子どもは嬉しいのではないかと思いました。
 
 育ちは違うし、抱えている課題も違いますが、育てられ方を整理している者同士として、心を整えて歩いていければと思いました。

 
 追記

 赤ちゃんポストの記事を、後で書いてみたいです。病院の方の講演をテープ起こしした事があって、 その時に受けた気持ちを、まだうまくアウトプット出来ないけれど、心にはずっと残っているんです。

| Lei | 2010/07/26 08:36 | URL | ≫ EDIT

こんにちは。先日は私の発言にコメントありがとうございます。苦しいという言葉は出したものの、今の自分の気持ちをそんなに具体的に書いたわけではないのに、思っていることがどうしてわかるのかと驚きました。それと同時にいいようのない温かさに包まれたように感じて…とても励まされました。今まで受けてきた虐待や自分の犯してしまった過ちなど、誰にも話したこともなく、また話したところで理解などされるはずもないし私自身の人間性を疑われたり、自分のもとから去って行きそうで言えませんでした。それに、なぜかわからないのですが、泣きながら自分の感情を出すと呼吸が出来なくなるので(多分過呼吸だと思います)泣けないというのもあるのと、一度自分の思っていることを母に話しているうちにハサミで母を刺しそうになって止めようとした父に怪我をさせてしまい、それから自分が怖くなってもう誰にも怒りや悲しみの感情は出すまいと決めていました。だから、先日の発言が今まで生きてきて初めて打ち明けた場所で、理解を示していただいた上に、これから先のわたしに対する理解と助言を頂いて、とても嬉しかったです。ありがとうございます。
私は児童養護施設や熊本の「こうのとりのゆりかご」について書かれた本を読んでいます。でも施設を出た後の彼らがどうしているのか、何を思い生きているのか、何を必要としているのかに関しては殆ど触れられていないです。私は彼らの声をたくさん聞きたいです。長々とすみませんでした。

| 広い空 | 2010/07/25 12:29 | URL |














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