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気になる記事のCLIP10「当事者の視点で児童福祉考える 宇都宮でセミナー、実態や課題発信へ」

気になる記事のCLIP10


当事者の視点で児童福祉考える 宇都宮でセミナー、実態や課題発信へ
(10月18日 05:00)

http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/local/news/20101018/398622 

 児童養護施設や乳児院などの社会的養護を、子どもたちや退所者ら当事者の視点で考えるセミナー(特定非営利活動法人人権センターとちぎ主催)が、宇都宮市内で開かれた。県内では今年、社会的養護の下で暮らした当事者グループ「だいじ家」が発足。当事者の視点で児童福祉を考える流れが、生まれつつある。

 「社会に出て大人になっても『施設にいた』と言いづらい現実がある」。セミナーで、宇都宮市の認定特定非営利活動法人(NPO法人)「青少年の自立を支える会」の福田雅章理事長は指摘した。

 「家庭で育つことと施設で育つこととの間に、大きな垣根がある。それを取り払わねばならない」。福田理事長はさくら市内の児童養護施設長で、その施設で小学生時代を過ごした当事者でもある。

 東京都内で活動する社会的養護の当事者参加推進団体、NPO法人「日向ぼっこ」の渡井さゆり理事長も施設退所後、孤立感から社会で生きづらさを感じ、当事者同士が支え合える場として同法人をつくったことを説明。その上で、社会的養護の課題として「同じ行政の措置で入所するのに施設間格差がある。第三者評価を入れて、各施設が改善していくようにする必要がある」と強調した。

 2人のような当事者の声はこれまで社会に発信される機会が少なかった。入所者は社会的に力の弱い子どもたちで、退所後も福田理事長が指摘するような実情があったからだ。

 だが近年、各地で当事者たちがお互い支え合い、自分たちの声を社会に発信する活動が見られるようになった。「だいじ家」は今年1月、「青少年の自立を支える会」がつくった。宇都宮市内の自立援助ホーム「星の家」に当事者たちの居場所となるサロンを開設。食事会やハイキングなどを通じた交流活動を行っている。

 「だいじ家」によると、社会的養護の当事者グループは全国でまだ6団体。セミナーで福田理事長は当事者の切実な思いを訴えた。「社会的養護は行政の責任において行われている。なのにこの分野は長く日が当てられてこなかった」




 わたしは当事者意識が育たなかった 

 施設出身者には施設措置された理由が様々にあるので、一枚岩とはいかない。わたし個人は他の施設出身者ほどには当事者意識が育たなかったらしい。かといって施設利用者という発想もなかったが。

 ただ大舎制施設に収容されていただけの元施設育ちだ。他の施設育ちと仲間意識を持つ事もない。あくまで一般社会の中で、普通に生きられる感覚を手に入れる事が課題なのだが、日々伸び悩んでいる。

 わたしは施設の中でもマイノリティなので、親が育てられない子どもを乳児院・児童養護施設から解放してもらえるよう、出来る範囲で、そういう意志を持つ里親さんたちとコンタクトを取っていきたい。

 施設間格差という言葉は初めて聞いたが、確かに地域の施設と都心の施設では人権意識の違いがあると感じる。しかしわたしは、どの施設を出ても、一度も家庭を体験した事がない者が置かれてる立場は常にどの施設にも共通している問題だと思う。

 親が育てられない子どもを里親家庭へ!

 という答えしか浮んでこない。

 もちろんそれは、家庭で虐待を受けている子が家庭から密室の家庭から救われてほしいという発信と同時進行の課題だと思っている。家庭から救われてほしい子どもがいるのと同じ様に、暴力環境しか知らない親が育てられない施設の子も、施設から解放されてほしいと思っている。
 
 #念の為、施設批判でも施設当事者たちへの批判でもありませんが、優しく表現できません。

| 気になる記事のCLIP10 | 22時12分 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

カオナシさんへ

 はじめまして、再投稿ありがとうございます。

これは施設にいた時から、衣食住足りて礼節を知る と教育されてましたし、卒園時も 飛ぶ鳥後を濁さず 

 これはわたしも聞きなれている言葉です。でも本当はもっと美しい言葉で、礼節と尊敬の念を持った言葉だと思います。

 親のない子を収容した児童養護施設で屋根があれば充分とばかりに「衣食住足りて」の重い言葉を使うのは、使い場所を間違ってる気がします。

 うまく言えませんが、カオナシさんの感覚はわたしにも理解できるものでしたので、レスさせていただきました。

| Lei | 2010/10/21 15:18 | URL | ≫ EDIT

Mariaへ

 最近、数日間話さなくてもMariaの事を記憶できるようになってうれしい。その代わり、憂いを知ったように思う。昔は単なる野生児だったのに・・・。

 ねえ、だからなの?施設のひも付きだから、養護施設がバックにある当事者グループだから語れないの?里親制度の事も、施設内の虐待環境の事も。

 わたしだったら、とてもムリだ・・・。そのようなグループに居られない、わたしの居場所にはならないと思う。

 

| Lei | 2010/10/21 14:35 | URL | ≫ EDIT

再投稿です

初めまして、乳児院は行かなかったですが施設全部育ちのカオナシという名でお願いします。

「親や家を失った子どもには「衣食住そして教育」を保障すれば事足りたが、親や家を失ったわけではない被虐待児には「大人との関係性の回復」を保障しなければ、彼らの社会的自立は困難」と書いた方ね。

これは施設にいた時から、衣食住足りて礼節を知る と教育されてましたし、卒園時も 飛ぶ鳥後を濁さず と教育されていたから、ごく当たり前だと思ってました。

施設って保護場所なのか強制収容施設なのかどっちなのか混乱してしまう面があります。家庭から来た子には保護施設でも家庭を知らない子にとっては大型収容施設でしかありませんよね。

施設育ちと言っても立場が違うと感覚も違うという感じがしてなりません。 

| カオナシ | 2010/10/21 02:23 | URL | ≫ EDIT

猫も杓子も…

Leiちゃん、

>「家庭で育つことと施設で育つこととの間に、大きな垣根がある。
>それを取り払わねばならない」。福田理事長はさくら市内の児童養護
>施設長で、その施設で小学生時代を過ごした当事者でもある。

この方って、
「親や家を失った子どもには「衣食住そして教育」を保障すれば事足りたが、親や家を失ったわけではない被虐待児には「大人との関係性の回復」を保障しなければ、彼らの社会的自立は困難」と書いた方ね。
http://prayermaria.blog74.fc2.com/blog-entry-459.html

 発言の全文が紹介されているわけではないから、どのような趣旨で「家庭で育つことと施設で育つこととの間の大きな垣根を、どのように取り払う」のかわからないけど、「親や家を失った子どもには「衣食住そして教育」を保障すれば事足りた」と思っている方だから、胡散臭さを感じるわ。

それにしても、

>県内では今年、社会的養護の下で暮らした当事者グループ「だいじ家」が発足

猫も杓子も「当事者グループ」なのね。
施設がバックについている「当事者グループ」は、施設内の暴力・性暴力への声を上げることもできないし、施設のひも付きの活動は、「子どもたちを里親へ」とはならずに、養護施設を温存し続けることになるのがわからないのかしら。もっとも、施設側はそれが狙いなのだろうけど…

| Maria | 2010/10/21 01:28 | URL | ≫ EDIT














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