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施設全部育ちは当事者意識は無いし、ともかく指示待ち人間が多いと感じる

メンタル整理

 当事者意識という発想

 最近施設当事者のグループが多いのでびっくりしている。わたしは「当事者って何?」というレベル・・・虐待って何?っていうレベルと似たり寄ったりかも。

 子どもの頃、言葉が遅れていた為の癖が今も抜けないらしい・・・。




 さてまあ、

 当事者意識という言葉を初めて聞いたのは働いている現場での事だった。上司がいつも「それぞれがこの企業の一員であるという当事者意識を持ち・・・云々」と。

 それまで当事者意識など一度も持った事は無かった。当事者という意識は、その環境を運営していく為の土台となる意識でもあり、とうてい受身では育っていかない意識だ。
 
 元施設育ちは「受身」で、ただ呆然とその環境の中を漂い、何とか生きているのがやっとという状態の子が多いので「指示待ち人間」と評されるところもあった。

 指示待ち人間と言われ
 
 「あなたはどうも周囲に配慮しているというよりは、単に自分の頭で何も考えられない指示待ち人間にしか思えない。自分で何をしたらいいか、どうすべきか考えて行動するべきじゃないか」と当時の上司から指摘された事がある。

 そして当時の会社の先輩に向かって「君は、この後輩の力をどう引き出すか、能力の制限内だけでしか動けない社員はいらないよ」と指示し、隣で消え入りたい気持ちになっていた。

 「当事者意識というのは、自らそこに参加している人間として、いかにこの企業(労働環境など)を良くしていくか、を問いながら実践的に行動する為の意識」と教わった。

 心のイバラのかんむり

 施設でも自ら考える事をしてなかったわけではないと思うが、何となく、施設であらかじめ許されている柵があり、その柵内での思考の範囲を超えたら痛い思いをする気がしてならないという変な癖があった。まるで心のイバラのかんむりを付けられていて、その範囲内で受身でしか生きられないと思っていた。

 道路を歩いていて、道の模様のパターンを知ったら、その通りにしか歩けないみたいに・・・。
 
 わたしは当事者意識が無いという事と、指示待ち人間である事はどこか繋がっていると思う。考えられない、思考レベルが低いというのではなく、柵を超えて思考をしてはいけないから、すべてについて受身でしか無かったように思う。そして、それはいつも無力である自分を必要以上に意識させる体験だったと思う。

 外から見ると思考レベルの低い人間、反応の低い人間、動作のかみ合わない人間、周囲に配慮できない人間と思われるだろうが・・・わたしは許された場所から勝手に動く事が出来なかったと感じている。

 施設時代わたしは、自らそこに参加してなかったし、当事者として環境整備に口を挟む立場になかった。ただ収容され、ただ施設だけで育った者でしかないのだ。

 施設生活が長い子が思考停止に見える事は、常に「考えずに命令に従え」さもなくば「痛い思いをする」というパターンが焼きついている為に起こっている現象だと思う。

 外から施設を見る必要性

 児童養護施設という世界が、施設の内部にいた頃に教えられていたものとどれ程違うか。ずっと企業で働き続けた事で、不思議と児童養護施設をある特定の職場として考える視点が身についたと思う。

 施設生活とは全く違う気付きを与えてくれる職場を確保できるように、親が育てられない子どもたちは里親委託され、最低でも高校に入ってきちんと卒業し、そして社会で働いて生きていけるようにしてほしい。

 脳が求めるままに触覚を伸ばせるように、知的好奇心の底上げを少しでもして欲しい、自分の生育環境を選べない子ども達に里親家庭・養子縁組をと望んでやまない。

 底上げされていれば、知的好奇心の呼び水になり、やがてこの世は知りたい事だらけになっていき、その活動の中でだんだん心理の発達もゆっくりと追いついてゆくと思う。
 
 イバラでがんじがらめになったような抑圧の気持ちを突破して、知りたい事が勝り、仕事にも好奇心いっぱいになり、止まらなくなると思う。

 好きで発達障害になったんじゃない、無愛着になったんじゃない、学習障害になったんじゃない、伸びていい環境が必要なだけなんだ!!!

 以上

| ├ メンタル整理 | 09時15分 | comments:13 | trackbacks:0 | TOP↑

Leiちゃんへ

Leiちゃん、おはようございます♪

お返事をどうもありがとう。
今回は、私が『伝えたい』気持ちが先走って、Leiちゃんの前進のペースを乱したような気持ちでいました。

>わたし自身が整理がなかなか進まない為、気を使わせてしまった。

こちらこそ。。。

>でも又めげずに気になる記事があればコメントして下さいね。

どうもありがとう♪

>どうか、コメントを残す以上は、その自分の分身でもある大事なコメントを自ら「無駄な~」とか「不快だったら削除してね」とかを言わないでほしい。

了解です。( ^ー゜)b

この言葉は、私の行動パターンを変える為のものでした。
以前は、何かを伝えたい気持ちがあっても、相手がその情報を”今”必要なのかどうか?解らずに、なかなか意思を伝えられない自分が居ました。

相手が必要かどうか?私がいくら考えても解るハズもなく、それならばと、その情報が必要かどうかを相手に判断してもらい、不要なら聞き流してもらおうと思う事にしたんです。

私自身、自分の知らない世界からの情報や言葉の数々がどんどん入ってきた時は、最初聞いた時には違和感のあるような、なんとも心地の悪いものでした。
馴染めないというか。。。
そういうものを理解するのには、時間が掛かりましたから。。。

そして、『聞き流して』というのは、上記のような事もあると思うので、私の言葉を必要な時だけ、受け取って欲しいという私の願いです。
私は『自分の気持ちを伝える』という事は、とても贅沢な時間だと思っています。
この場所をお借りして、発信できる事にとても感謝しています。

そして、この場所は、Leiちゃんが、自身の課題を整理する場所であるという事を優先させて欲しいという私の気持ちがあります。
このサイトの目的を優先させる形で、私も繋がっていきたいと考えています。

そこを解ってもらえてるかどうか、解らなくて、つい何度も言ってたと思います。

人との繋がりは、煩わしい事もあって当然なんですよね。
自分の気持ちに正直になれば、色々なやり取りの中で口を聞きたくないと思う事だって、でてくるものだと思ってます。
そういう気持ちも表現できるLeiちゃんなら、OKです。

こうして、誤解がありながらも、互いに意見をする事が出来て、今とても嬉しく思っています。
本当にありがとう。
もちろん、誤解を招く発言については、これから気をつけますね。

>ご自分のせっかく書いたコメントを、自ら、低く見るような言葉を見るのは悲しい感覚を覚えます。
>意見が多少違っても、立場が違っても、それを超えて友人になれる人とはなって行けるんですから、コメントを書いた以上は簡単にその言葉を「無駄な~」などと低く表現しないで下さい。

了解です。
先ほどの気持ちをわかってもらえれば、もう言わないので大丈夫です!

>謝罪しすぎ

確かに。。。
ネットでのやり取りにまだ慣れてないのもあり、自分で読み返したら本当にそうね。
お互いに顔を見て話せれば、相手の反応がその場で確認できるけど、
その場で反応が無い状態で、話を続けるのは難しい作業だと感じました。

>あと、Mariaとも少し話したけれど、ミッキーさんの謝罪は、絵文字効果もあって、ものすごい謝罪しすぎです。

ほんとにそうね。

>時間というものは特定の人だけに大事なのではなく、有限の命を持つ全ての生物にとって等しく大事なもので、ミッキーさんにとっても大事なもの。その大事な時間を使って書き込んでくれたんでしょう?こういう謝罪は謝罪過多ですよぉ・・・。

Leiちゃん、どうもありがとうぉ♪(^-^ )/☆

>自分を高めるにはまずは自分のことばを奪われないように、大事に守り、育てていく事かもしれないと、今回思いました。自分のことばは自分の心から生まれてくるものだから、誰にも奪われちゃいけないと思う。

そうだよね♪
ただ、今回は自分の誤解を生む発言に対しての反省だけじゃなくて。。。
Leiちゃんの力になりたいと思いながら発言した事が、真逆の結果を生み、二人に心配と面倒をかけてしまった自分の不甲斐なさに対してと、そのあまりのギャップの大きさに、反省する気持ちが大きかった事を、どうか知っていてね。

>>お互い、課題の違いを持ちつつも、時々交流しながらがんばっていこうね。

うん。そうだね!!!ありがとう。
これからも、どうか宜しくね。(^-^ )/ ♪

| ミッキー | 2010/11/19 12:07 | URL | ≫ EDIT

ミッキーさん

 おはようございますミッキーさん。わたしは了解しました。家庭は本当に色々な形があって、それぞれが内面にその家庭の問題を持ちながら、家族として続けてゆく事、その苦しさのようなものが感じられました。

私が伝えたかった事は、、、

『家庭で育つ』事に関しての情報が入ってきた時に、Leiちゃんには事前に、知ってて欲しいと思ったんです。↓
家庭の形はそれぞれに違い、抱えている問題があるので、自分に入ってくる情報は、その中のほんの一部の形であることを。
これは、家庭で育つ事の情報を仕入れたいと思った時にしか必要ない話しなので、このまま聞き流して下さい。


わたしの育ちは施設の問題ですが、今は嫁として相手(夫)の家庭の問題にも向き合っている状態ですから、ミッキーさんのメッセージを受け取りました。生まれて初めて接した夫の家庭を全ての家庭の姿だと安易に考えないようにしますね、ありがとう。

わたし自身が整理がなかなか進まない為、気を使わせてしまった。でも又めげずに気になる記事があればコメントして下さいね。

あ・・・でも一つだけミッキーさんには言っておきたい事があるので、言わせて下さい。

どうか、コメントを残す以上は、その自分の分身でもある大事なコメントを自ら「無駄な~」とか「不快だったら削除してね」とかを言わないでほしい。管理人とはいえ、人(わたし)に自分(ミッキーさん自身)の大事なことばを、預けない(?)で下さい。それは見方を変えれば、自分の言葉を大事にできない事に繋がります。

わたしはミッキーさんが施設の問題に心を痛めて、STOPの活動に参加して下さってた事などを通して信頼を置いてます。顔も見た事ない人ならいざ知らず、知っている人なだけに、ご自分のせっかく書いたコメントを、自ら、低く見るような言葉を見るのは悲しい感覚を覚えます。

意見が多少違っても、立場が違っても、それを超えて友人になれる人とはなって行けるんですから、コメントを書いた以上は簡単にその言葉を「無駄な~」などと低く表現しないで下さい。

そして、

ブログの管理人だからというだけで、ちょっと意見が違うだけで勝手に削除できません。もし表現が気になり削除や編集をしたいなら、どうかミッキーさん自身でそれを行って下さい。練習してみてね、見てないから。

せっかくのミッキーさんの声なんだから、簡単に人に、あなたのことばの生殺与奪権を預けないで下さい。それだけは、言っておきたいです。

 謝罪しすぎ

Leiちゃんにとって大切なMariaさんの時間まで、使わせてしまい本当にごめんなさい。m(_ _)m

 あと、Mariaとも少し話したけれど、ミッキーさんの謝罪は、絵文字効果もあって、ものすごい謝罪しすぎです。

 時間というものは特定の人だけに大事なのではなく、有限の命を持つ全ての生物にとって等しく大事なもので、ミッキーさんにとっても大事なもの。その大事な時間を使って書き込んでくれたんでしょう?こういう謝罪は謝罪過多ですよぉ・・・。

 そこまでテキスト読むだけで土下座せんばかりの雰囲気は、施設で丁々発止で戦ってきたわたしやMariaには、ちょっと辛くなるんです。

 ミッキーさん、どうか、一言「ごめんね」ということばだけで通じるから、必要を超える程に謝りすぎないで下さい。逆にプレッシャーに(TT)なってしまうから。それもきっと練習だと思うけれど・・・。

 何よりミッキーさんにたぶん必要なのは、謝る姿勢を見せる事よりも、自分がこの内容に対して本当に謝罪するに値する内容かどうか冷静に考える事が大事な問題だと思います。そこをちゃんと考えれば、謝罪先にありきのような態度は少なくなっていくと思います。(まあ、これは参考程度に)

ここでは対等に、意見を言い合えればいいし、聞く時は聞くし、聞きたくない時は反論もするし・・・まずは、そこからだと思う。

自分を高めるにはまずは自分のことばを奪われないように、大事に守り、育てていく事かもしれないと、今回思いました。自分のことばは自分の心から生まれてくるものだから、誰にも奪われちゃいけないと思う。お互い、課題の違いを持ちつつも、時々交流しながらがんばっていこうね。

これからもよろしくね。

| Lei | 2010/11/19 06:54 | URL | ≫ EDIT

★エマさんへ

補足をありがとうございます。

★Mariaさんへ

Mariaさん、こんにちは。
この度は、ご心配とご面倒をかけてしまい本当にごめんなさい。

>施設と家庭はまったくの別物よ

本当にそうですよね。その部分について、私もそう思っています。
けれど、そのように伝わる発言をした事を、今、とても反省しています。
本当にごめんなさい。m(_ _)m

>>家庭であっても、施設であっても、同じ性質を持つ環境が作られれば、そこで育つ子供は同じ課題を抱える事になるような気がしました。

この文面について、同じ性質の環境というのは、部分的な表現のつもりでした。
『幼少期に自分の意思が無視される状態』と、
『条件付きでしか、存在を認めてもらえない状態』、
この2つだけに対してです。

確かに、後者については、Leiちゃんとは、その中身に関してかなりの違いがありますね。
それは、同じような課題とは言えないですね。

私の主人について多くは語れませんが、主人が抱えている問題について、Leiちゃんが抱える問題と似ていると感じた部分があり、それを表現した事で、Leiちゃんを深く混乱させてしまい、皆さんに不愉快な思いをさせてしまいました。。。本当にごめんなさい。m(_ _)m

これまで、施設での悲惨な状況を私もずっと追ってきて、その事実を忘れた事はありません。
そこは、解ってもらえていると思っていたので、文面を簡素化した上、整理を怠ったため、その結果として、誤解を招き、皆さんにご迷惑をおかけしました。m(_ _)m
今後は、忙しい中で、整理の出来てない発言は自粛しますね。( ^ー゜)b

今回、Mariaさんの大切な時間を割いて頂き、本当にありがとうございました。
m(_ _)m心から感謝します。

★そして、Leiちゃんへ…。

Leiちゃん、本当にごめんなさい。

Leiちゃんにとって大切なMariaさんの時間まで、使わせてしまい本当にごめんなさい。m(_ _)m

Leiちゃんがこれまで歩いてきた道のり全部を含めて、社会から背負わされた課題を思ったら、私の主人の問題と似ているなどとても言えません。
似ている所(部分)がある事を、余談として伝えたかっただけなんです。

私が伝えたかった事は、、、

『家庭で育つ』事に関しての情報が入ってきた時に、Leiちゃんには事前に、知ってて欲しいと思ったんです。↓
家庭の形はそれぞれに違い、抱えている問題があるので、自分に入ってくる情報は、その中のほんの一部の形であることを。
これは、家庭で育つ事の情報を仕入れたいと思った時にしか必要ない話しなので、このまま聞き流して下さい。

Leiちゃん、色々ありがとう。混乱させてしまって、本当にごめんね。。。
私を気遣ってのお返事はいらないので、何かある時は、またよろしくお願いします。m(_ _)m

| ミッキー | 2010/11/18 14:24 | URL | ≫ EDIT

絆についての別スレッド立てますね

 Maria、わたしの脳みそが混線しやすい為、訳わからなくなってしまいやすく、本当にお世話掛けます。わたしの整理の手法は主に、ごちゃごちゃになりやすいものを、一個ずつ分ける事なので、大量に色んな問題が詰まっていると、仕分けが難しくなりやすく、学習を途中で放り投げる小学生状態になってしまうんだなと気付きました。

 Maria、新しいスレッドにレスコメントくれるとうれしい。

 ミッキーさん、

 特に攻撃的なレスでもないのに、勝手に削除したりは出来ません。むしろ、自分の感じ方を書いた以上は、ご自分のレスを大事にして下さいませね。

>私の主人は、家庭育ちなのに、『絆』というものがあまり理解できませんでした。
表面上は優等生ですが、内面に別人格を持っていました…。
その上、自分で判断をする事があまりできませんでした。全て人任せです。

>Leiちゃんの抱える課題に似ている所があるような気がしています。


 そうですか、わたしの問題と似てるように思うんですね。血縁親に養育されているのに「良い子」でなくては認めてもらえない条件付の愛に対して、疑念を抱いているようですね。絆相手がいても絆として認識出来ない・・・。
 
 その結果、表面上いい子となり、内面に本音を抱えているという風に受け取りました。夫もそうなんです、同じ事を別の表現で伝えてくれましたが、彼は施設育ちのわたしに理解を求める事が出来なくなったそうです。

 これは固定された相手に責任を問える問題ですからね・・・

 わたしはこのコメントを読み、益々違いを感じたのだけど、このスレッドは、別の問題(思考停止の羊の群れ)を扱っているので、新しくスレッドを立てて考え込んでみます。(引用した部分を使わせて下さいませ。夫も似たような事をわたしに言っていたんですよ)

 このブログは思考のお砂場ブログなだけに、すぐに思考が混乱してしまいます。丁度絆について考えてたので、考える事が増える事については気にしないで下さいね。

 又ミッキーさんに不快感を個人的には持っていませんが、ただ、答え方が難しいのと、やっぱり施設と家庭は違うという事を整理しようと思いました。 

 本当に・・・施設全部育ちの問題は問題としては浮上しにくいなあ・・・と思いました。

| Lei | 2010/11/18 05:08 | URL | ≫ EDIT

施設と家庭はまったくの別物よ

ミッキーさん、こんにちは。

LeiちゃんのソウルメイトのMariaです。
この話し合いが長くなるにつれ、Leiちゃんの精神衛生が悪くなっているので出てきました。


>家庭であっても、施設であっても、同じ性質を持つ環境が作られれば、そこで育つ子供は同じ課題を抱える事になるような気がしました。

 このコメントだけではありませんが、家庭と施設をいっしょくたにするようなコメントは、あたしは不愉快になりますし、Leiちゃんも、だんだんとおかしくなってきます。
 面と向かって人を批判できないLeiちゃんなので、話が悪滑りし、それが、さらに精神衛生を悪化させています。

 平均60人の子どもが集団で暮らし、その子どもが平均4.4年で入れ替わっていく。親が10人以上いて、平均4年で辞めていなくなる。
 毎年、部屋替えをし、大部屋のメンバーが入れ替わっていく。

 そんな家庭が、どこにあるのかしら?

 あたしも結婚して半年経つけど、家庭と施設は、まったくの別物だと思います。どんな虐待家庭であっても、それは家庭という特質の中でおこるものであって、施設で起きる暴力や性暴力とは、まったく違うものです。

 施設を知らないのは当然ですが、だったら、「施設も家庭も一緒」みたいな論調は避けていただきたいと思います。

| Maria | 2010/11/18 03:02 | URL | ≫ EDIT

ミッキーさんへ

ミッキーさんへ

Leiさんの説明で、もう解決してしまった感じですが、
他の人も見ることもあると思いますのから、
書き込んだ本人である私からも補足しておきますね。

11/09 の私の書き込みは

施設での子どもも、私達と同じ人間なのに、
施設管理の都合のために『問題を起こさないのが良い子ども』
として、不当に扱われている。

という趣旨なんです。

施設にいる十数年、職員に従うことで問題なく過ごせるかも知れない、
でも、残り数十年の人生を職員に従って生きることはできない。
突然自由を与えられてもうまく使うことはできないです。

---------------------

そして、こちらについて

>家庭育ちであっても、必ず、その家系の抱えている課題があるばずです。

そのとおりなんです。
『家庭育ち』といっても、
欧州の教育システムが、子どもの自尊感情を上げるシステムを実現したのに対し、
日本の教育や社会のシステムが、子どもの自尊感情を下げるシステムになっているという問題もあります。

『子どもは施設の言うとおりにすれば幸せになれる』も間違いだし、
『子どもは親の言うとおりにすれば幸せになれる』も誤りです。
条件付きの愛情を、愛情とは感じられないですから・・・


Leiさんへ

知らない間にフォローいただいてましたね。ありがとう。

| エマ | 2010/11/17 22:23 | URL | ≫ EDIT

つい、つい…。Σ( ̄口 ̄;;

Leiちゃん、無駄な時間を使わせてしまって、本当にごめんなさい。m(_ _)m
こちらこそ、気を使わせてしまって、ホント面目ないです…。。。

何より、Leiちゃんのたくましさに、嬉しくなりました♪
私のコメントは、今後も不要と思えば、Leiちゃんの判断で遠慮なく消して下さいね!!!ほんとにそれで、大丈夫ですよ♪(^-^)/

と言いながら。。。
Leiちゃんが、これからの心の整理をする時に、より解りやすくなる事を願い、書かせて下さいね。

『家庭育ち』という枠組についてです。

私は以前、『子育てサロン』を毎月開催し、10人位の母親達を招き、勉強会を
していた時期がありました。(4年間位)
そこで、話し合うテーマは、子供の育ちについてでしたが、話しているうちに、それが次第に、親の問題、家庭の問題へと繋がっていきました。

そこで、驚いたのが、最初は、どこの家庭も自分の家庭環境が当たり前だと思っていたこと。
話していけば、どの家庭も、全くちがう家庭のルール、問題点、特徴、親の態度、愛情の伝わり、生活習慣等、ものすごい違いがありました。

そんなに沢山の家庭の文化がある事を、その時、初めて知り、その場にいる誰もが驚きました。
家庭の数だけ、独特の文化があるのだと。
どの家庭においても、そこは閉鎖された環境となります。
そこは、内側からしか開ける事のできない場所です。
だからこそ、本来安全なはずなのですよね。

けれど、日本の文化の特徴で、周りの人達と仲良くする為に、建前で(表向き)話をあわせたり、”周りと同じ”である事を求める傾向にあり、自分の家庭の問題点は、隠そうとする心理が働くようです。
サロンに来る人が皆、口にするのは、『悩んでいても、友達には話せない』という言葉。
家庭の秘密をもらすのは、不安に感じるのが共通の心理でした。

本人が悩むほど、大きな問題なら自覚できますが、小さな問題の場合、気づかない事が多いようです。

誰もが、他の家庭像を知らなければ、自分が育った環境をもとに、それを再現してしまう事が多いようですね。

私の主人は、家庭育ちなのに、『絆』というものがあまり理解できませんでした。
表面上は優等生ですが、内面に別人格を持っていました…。
その上、自分で判断をする事があまりできませんでした。全て人任せです。

Leiちゃんの抱える課題に似ている所があるような気がしています。

主人の場合は…。
色々調べて、子供の発達心理学の中で、『自発の芽』が育つ時期があると知りました。
幼少期に、自分の『~したい』という気持ちが受け入れられて、育つ芽なのだと。

主人の場合は、幼少期に全ての事柄を親の都合で行われ、彼の要望が受け入れてもらえなかった事が関係していると思います。

内面と表面が違う部分については、主人の親は、『親の望む通りの事』をした時だけしか、彼を愛しませんでした。

家庭であっても、施設であっても、同じ性質を持つ環境が作られれば、そこで育つ子供は同じ課題を抱える事になるような気がしました。

最近は、身勝手な親が少しずつ増えているように感じます。
それは、良い手本となる家庭の伝達(愛情の伝達)が出来ていないからだと思います。

『家族のあり方』みたいなテーマで、どこの家庭も自分の課題と向き合いながら、学ぶ必要がある時代へと来ているように思います。

そして、エマさんへ。
失礼な発言、どうかお許し下さい。m(_ _)m

Leiちゃんへ。
Leiちゃんの抱えるテーマからそれてしまったけど、知って欲しいと思い書きました。
また考える事を増やしてしまってゴメンね。
今、必要な情報かどうかわからなくて、発言に躊躇したけど、必要ない時は、聞き流してもらえたら嬉しいです。

長文、ごめんね。本当にお疲れ様でした!!!

| ミッキー | 2010/11/17 10:39 | URL | ≫ EDIT

ミッキーさん、大丈夫です

 ミッキーさん、過去の育ちから、今子育て中でもあり、親である自分自身の気持ちを高める作業をしている最中のミッキーさんにとっては、わたしとエマさんの会話は少し厳しいものがるかもしれません。本当に心配掛けてしまってごめんなさい。

>>施設での養育は『良い家畜』として育てる教育…

>この発言になんだかとても心が痛みます。
施設の話しを色々聞く中で、「本当にひどい!」と憤りを感じる施設もあります。
仮にそういう施設を例える発言だとしても、子供達を代替する部分にそういった言葉を使うことに、エマさんは、躊躇を覚える感覚が無いのでしょうか?


 エマさんは、わたしの元記事への反応をしたのですが、わたし自身も、良い家畜というか、羊の群れとして自分を例えていたので、そう思う理由を整理しなくちゃなりませんので、彼女のレスに対しては概ね納得していて、その考えの基礎固めをしてくれた事について感謝してます。

 不快でしたら、絶対にわたしは「不快なのでコメントしないで」と今では言えますから、そう言わないという事は、わたしが整理を必要としている事だと捉えて下さい。

 施設の虐待の環境はミッキーさんもSTOP関連でご存知ですから端折りますが、何よりも情報が外界から遮断されています。図書室にこもっていたとしても、歴史のある書物ばかりです。

 その上、宗教的な縛りもあり、聖書を読む日々の中で自ら何かを考える事が出来ませんでした。施設全部育ちは施設の環境の中で何の疑いもなく、生きてしまいました。

 社会で企業で働く時に、その問題が表面化して上司から「自分の脳で考える必要性」を諭されました。

 エマさんは本気でわたしたち施設児童を『良い家畜』と捉えて蔑んで例えたのではなく、わたしの元記事のメッセージを端的に表わしてくれたと感じています。

 今はもうもちろん、わたしは人間だし、自分の脳で考える事に喜びを感じています。だからどうか、エマさんの表現についてはわたしは安心している事を理解して下さい。

 ミッキーさんががんばって車の免許を取ったように、わたしもしっかりと、自分がどういう世界で育ったかを言語化していきたいし、何よりも一般の家庭育ちの人に伝わる、分かりやすい言葉を会得したいと思ってます。

 大丈夫です、ミッキーさん。施設全部育ちが自分の問題をきちんと把握できるように、わたしは今、なんとか考えている最中なのです。わたしは、子どもが宝であるという言葉をきちんと乳児院の子たちが考えられるようにしていく手法を、いろいろと学ばせてもらっています。

 本当にありがとう。

| Lei | 2010/11/16 13:30 | URL | ≫ EDIT

Leiちゃん、遅ればせながら、少しだけコメントを…。

>伸びていい環境が必要なだけなんだ!!!

本当にその通り!!!
よくぞ言った♪
嬉しいです。

そういうLeiちゃんの心の叫びが多くの人達に届き、社会が少しずつ動いていく事を信じ、願っています。

そして、エマさんへ。

エマさんの下記の言葉の表現についてですが、一言言わせて下さい。

>施設での養育は『良い家畜』として育てる教育…

この発言になんだかとても心が痛みます。
施設の話しを色々聞く中で、「本当にひどい!」と憤りを感じる施設もあります。
仮にそういう施設を例える発言だとしても、子供達を代替する部分にそういった言葉を使うことに、エマさんは、躊躇を覚える感覚が無いのでしょうか?

私は、施設や家庭という枠組関係なく、子供達は皆、社会の宝だと思っています。
ですから、その宝である子供達を、そういう言葉で例える発言を、とても不快に感じます。

施設でも、家庭でも、大人が子供を宝物だと感じて見守る視線や環境が、子供達にとって、何より必要なのだと思っています。

今後、エマさんが、ご自身の考えを主張する事が目的になる発言や、興味を持つ感覚だけで、発言する事がないように願っています。
ここは、Leiちゃんが苦労して築いてきた居場所です。

会話はキャッチボールと同じです。
訪問した先では、相手のボールを受け取らずに話すのではなく、相手のボールを受け取ってから話す方が、会話が楽しくなると思います。

ですが、生きてきた環境の違いの幅が広ければ、相手のボールが受け取れない事や、自分のボールを受け取ってもらえない事もあります。
それは仕方のない事です。
相手が、受け取れないのに、どんどん自分のボールを投げてしまうと、相手は
疲れてしまうように思います。

そして、ここから先は、聞きたくなければ聞き流して下さい。

家庭育ちであっても、必ず、その家系の抱えている課題があるばずです。

それに自身が気付き、解決していく智恵を探し、より良い家庭作りへと進化させていく事に、エマさんが挑戦していけるよう、応援していますね。

| ミッキー | 2010/11/16 11:46 | URL | ≫ EDIT

エマさん、ありがとう

 エマさん、ありがとうございます。言いたい事と言語化能力に隔たりがあり、なかなか文章としては形にならない状態です。

 最初、返事してたんですが、文章が長くなりすぎたので

 今回は、

 施設育ちをラフに分けてみて、おおよそ、どんな感じかを自分なりに整理してみましたので、新しい記事をお読みくださると嬉しいです。
 
 施設全部育ちと、家庭虐待からの措置児童との、埋められないギャップ、あるいは、措置理由からの感覚の違い(当然、その先も枝分かれしていると思うのですが・・・)

 それは同じ施設育ち同士の筈なのに、ネットでの意見の違いに至った、おそらく、施設時代から持ち越してきた互いの課題ではないかと思いまして、つらつら書いてみました。

 相変わらず抽象的ですが、ボーっと書いたのでご了承ください。

| Lei | 2010/11/12 06:05 | URL | ≫ EDIT

Lei さんへ

レスありがとうございます。

> 全て施設出身者がわたしのような問題を抱えているわけではありません。
>ここで執拗に書いてきた通り、施設育ちと言っても多様な措置理由の背景があり、
>全てが、羊ではないのです。

そうですね。繰り返し書かれているとおり、

『全部施設育ち』←→『一時滞在者』

の違いが、ハッキリあるということなんですね。


そして…『全部施設育ち』で家畜のような群れのなかに、
いわば野生動物である『一時滞在者』が投入されたりする(入所する)
ということは…かなり無茶なことをやってきたんだなだとも感じています。


>あと、施設が宗教系、一般の施設でも養育環境ゆえの、
>考え方のスリコミの違いはあると思います。
>それをまだ言語化できませんが・・・。

私のような家庭全部育ちとしては、宗教系といっても
ファッション的なものしかイメージできないんですが、(十字架や数珠など)
内面に踏み込んだ干渉があるのでしょうか・・・


>良き羊飼いを、施設職員だとは思えませんが・・・。
>会社の上司は今思うと、とても深い洞察力を持っていたように感じています。

やはり、その会社に入ったことも、
Leiさんにとって大きな転機のひとつになっているのですね。

| エマ | 2010/11/11 20:08 | URL | ≫ EDIT

良き羊飼い

 エマさん、おひさしぶりです。
 
施設での養育は『良い家畜』として育てる教育であって、
上司の方は家畜ではなく人間を必要としていたんですね…


 全て施設出身者がわたしのような問題を抱えているわけではありません。ここで執拗に書いてきた通り、施設育ちと言っても多様な措置理由の背景があり、全てが、羊ではないのです。

 あと、施設が宗教系、一般の施設でも養育環境ゆえの、考え方のスリコミの違いはあると思います。それをまだ言語化できませんが・・・。

 ただ、乳児院からの子や、わたしのようにいつから施設に居たのか分からないまま、気付いたら施設だった児童に、この、受身的な傾向がとても強く、考える事をせず、自らで開拓するモチベーションを持ってないと感じてます。

 家畜とエマさんが感じたように、わたしは、施設を知らないあなたに、言外に伝わる、羊の群の一頭としての意識を持ち、語る事が出来たと思いました。

 良き羊飼いを、施設職員だとは思えませんが・・・。会社の上司は今思うと、とても深い洞察力を持っていたように感じています。
 
 コメントを感謝します。

| Lei | 2010/11/10 05:54 | URL | ≫ EDIT

おひさしぶりです

施設での養育は『良い家畜』として育てる教育であって、
上司の方は家畜ではなく人間を必要としていたんですね…
先輩にあたる人には家畜をどう人間にするか?
と問いかけていたようですが、
それは別のところにも向けられるもの…
つまり施設での養育が、結局は人間を育てるための
ものになっていない、ということを指しているのですね…

| エマ | 2010/11/09 07:46 | URL | ≫ EDIT














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