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施設入所時代から「いっそ捨てられた方がマシ」と何度も聞かされてきた

メンタル整理

 #でも、捨てられている事と自由はそもそも違うという事のようです。だって捨てられたり養育放棄されて施設だけで育つ事は隔離や収容であり、およそ自由とは違うから。

 本当に捨てられている子たちの問題も知らず
 
 捨てられてしまった気分の被虐待児はいっそ捨てられた方がマシと言い、捨てられて生きざるを得なかった子たちは「里親家庭へ行きたい、たった一人の育て親に巡り会いたい」と望む。その気持ちの何が間違い?

 被虐待児は施設に保護されるけれど、施設で捨てられている子は里親家庭へ保護されないの??

 時々・・・いや、何度もこの夢「いっそ捨てられた方がマシ」を聞かされてきた。施設に「預ける」なんて一見キレイな言い訳がましい言葉より、児童養護施設に置き去りにされてる児童は、迎えに来ない大人、いつか現れるカモシレナイ誰かを待たされ続けてきたというのに、誰も居ない事ゆえの問題を知りもしないで「自由でいいな」と言われてしまう。

 施設職員になった人も元々育った家庭に怒りを持ち、整理してない人が多く、時々、家庭の無い子ども達を見て、色々な事を言っていた。

 児童養護施設の内では、施設職員も、家庭で虐待を受けて傷ついた子も、今思うと彼らは同じ立場の目線を持っていた。彼らは施設にいても家庭から逃れられないという怒りを持ちながらも愛着があるから、苦しんでいた・・・。

 同時に、誰もいない無愛着児ではあるが、捨てられたり養育放棄の末、児童養護施設に長期入所している子ども達が自由に見え、どうしても「うらやましさ」を覚えていたようだ。

 彼らは自分の虐待を認知しつつ、一方では、捨てられている子ども達をも見ていて、その自由に見える様子に怒りを覚え、体罰やリンチも、そのような子達へ向かう時は、心にブレーキが掛からなくなりやすかった。


 被虐待児のアンビバレントな心を見て・・・

 彼らは捨てられている子達を前に思っていたらしい。「俺はこんなに傷ついた」「お前にその気持ちがわかるか!」と。#実際にメールでやり取りした人もいた。

 もちろん、わたしとて、自分の腹が痛い事も分からないのに、その子の腹痛を知るよしもない。

 やがて彼らは気付く・・・。

 「そうか・・・俺はこんなに傷つけられた、親から家庭からこんなに傷つけられた・・・でも、お前に比べればマシだ。俺は少なくとも捨てられた事はなかったからな」

 ここからはよく見る夢の中身(実際の体験では無い) →

 親の居ない子はその時、暴力がやむ予感を知りえる。もう、これ以上は無いな・・・と分析(感じる)する。

 彼らが「虐待を受けたけど、けして捨てられているわけじゃない、俺は捨てられたんじゃない」と納得した時の、あどけない微笑みさえ浮かべて離れて行くまでの僅かな時間を持ちこたえればいいのだ。(どうせ捨てられてる気分の彼と捨てられてる自分のパワーゲームの嫌な答えを得る)

 下級生は上級生の滲んだ涙やホッと安心の笑みを見て「自分への暴力がとりあえずやめば、何でもいい」という感覚しか持ってなかったと思う。相手が自分勝手に納得して癒されようが、捨てられた気分と実際に捨てられてる現実の比較に用いられようが・・・。

 そして立ち去り際に

 「ゴミなんてよ・・・捨てられた後は誰も関知しないんだな、ひでえよな」と同情を示すような態度を一瞬見せて去っていった。何よりもこのセリフは残り続けた・・・。

← ここまで

 上記のシーンは夢として何度も見るが、現実的にも言われてきた言葉なので内容が混濁しているので、なるべく書くのを控えてきた部分。本当かどうか分からない為。

 でも考えてしまう・・・。

 確かに施設で虐待が発覚した時、裁判を起せる親がいる子だけが裁判を起せる。誰も居ない子は、自分に何があったのかもしらない。ただそれだけ。

 出来るなら家庭の子も整理をしてほしい

 家庭の子は家庭で虐待を受けていても、心のどこかで生物的家族との修復の余地を残している。だから彼らは、里親制度など考える事は出来ない。

 Mariaが教えてくれた「忠誠葛藤」の話だけど、誰に忠誠する心を持っているかというと、子どもは愛着(ボンド)による親への忠誠心が幼い頃にあるから、里親制度という彼らにとって水を差すような制度を受け入れる事が出来ないのだと思う。

 虐待への怒り、機能不全への怒りを持っていても、切っても切れない関係が家庭・家族の関係だと夫も言うので、わたしも勉強した。かつての彼らはさぞ、痛む思いを持っているのだろう。

 わたしには、そんな関係者は居ないので自由に生きているように見えるのかな・・・その自由は自己責任なのだけどね。ただ、施設職員も家庭虐待の子も、無愛着に生きているわたしを、羨ましいと言う事が多かった。

 だから、わたし達長期入所児や乳児院・児童養護施設全部育ちは、マイノリティなのだと思う。マイノリティの声無き声は、家庭で虐待を受けて施設に入った子達の声の大きさの為に、抽出しづらい。

 マイノリティは声なき声しか発せ無いのではなく、発しても別のテーマを持った子達の大声にかき消されてしまうのだ。里親制度は家庭に忠誠心を持っている子には不必要な制度だと思う。彼らは自分の親と修復する可能性がある事を心のどこかで知ってるから、里親制度は必要ないという立場でも良いのに。彼らには、虐待しない親との修復をしたい、という、その表現が許されないのだろうか・・・。

 わたしは「いっそ捨てられた方がマシ」と言った事がある子たちに問いたかった。本当に捨てられた方がマシなのか?、わたしの眼には彼らは「虐待しない親が欲しかった」のであって、たとえば捨てられたかったわけではない筈だ。

 ・・・と。

| ├ メンタル整理 | 08時25分 | comments:7 | trackbacks:0 | TOP↑

虐待のある○○と、虐待のない△△と…

「彼ら」に限らず、往々にして「○○で虐待されるより、△△のほうがいい」と、一方に虐待があることを前提に、他方にはあたかも虐待がないかのように論を立てる人たちがいる。

 でもね、養護施設、里親家庭、養子縁組家庭、すべてにおいて虐待があってはならないの。
 そして、虐待がない場合を前提として議論しなければ、正しい議論は出来ないの。もちろん、虐待の起こりうる可能性は否定する気はないし、そのリスクをどう減らしていくのか考えることも必要なの。

 あたしたちは、施設にも里親家庭にも、養子縁組家庭にも虐待がない場合、どの環境が親が育てられない子どもの最善の利益となるかを議論したい。

で、

実親家庭…家庭復帰できるのであれば、これがベスト

家庭復帰がダメな場合は

養子縁組…遺棄児童、親が行方不明の乳幼児、小学生
養育里親…それ以外のすべての子ども
養護施設…短期入所のみ、または虐待の治療等で里親家庭で育つことが難しい子ども
乳児院…廃止、または、里親・養子縁組の委託・支援センターに移行

と思っているの。

 ほかにも、情緒短期治療施設や母子寮、自立援助ホーム、自立支援施設などいろいろあるけど、省略するわ。
 ひとつの制度だけで、すべての子どもの必要性を満たせると思うほど単純な考えは持っていないのよ。
 あれかこれか、みたいな単純な二者択一論はやめてほしいわ。

| Maria | 2010/12/14 17:58 | URL | ≫ EDIT

虐待&ネグレクトは違う問題

 Maria、どうもありがとう。

 わたしもMariaと同じ考えです。養親についてはさらに勉強して無くってすまんです。

 メリーアンさん。

 わたしは「仮に虐待のない児童養護施設があったとしても、子ども時代の全てを乳児院・児童養護施設だけで育ってはいけない」と言い続けるしかない。自分としては、仮に虐待が無くても施設だけで育つ事は社会的なネグレクトと位置づけている。

 虐待のない里親家庭なら、子ども時代に受け取る家庭の情報は計り知れない。とうてい施設での「家庭的なイベント」などとは比べるべくもない。

 里親家庭で育つ事は、将来一般社会で家庭生活を送る為には必要な事なのだとしか、いいようがない。

 それぞれの養育環境毎における虐待の問題は、このブログでは捨てられきっている子どもの問題とは分けて考えている。虐待とネグレクトを、一緒くたにされると整理がしにくいからです。

| Lei | 2010/12/14 16:01 | URL | ≫ EDIT

勉強してくださいね

メリーアンさん、

 実親が、精神病院に入っていたり、刑務所に入っているような子どもは、養子縁組の対象にはなりませんのよ。

 親の育てられないすべての子どもが、「彼ら」の言うとおりに養親縁組出来るものでもないのに、無知で無責任なコメントはいかがなものかしら?

 養子縁組家庭で虐待され、施設に入所した方が、養子縁組家庭の非難ではなく、また、虐待されたと主張する施設の批判でもなく、なぜか里親制度を批判する屈折したブログも有りますけど…
 あたしは、「虐待した養親に向き合えよ」と思いますけど…

 養子縁組家庭で虐待された方は、どうすればいいのかしら?

| Maria | 2010/12/14 09:12 | URL | ≫ EDIT

里親家庭で虐待された子供たちは、「里親家庭の安全が保障されないのであれば、そんな制度はいらない」と主張されてるのでは?
彼らは、家庭復帰が絶望的な子供(親に捨てられた子供)は、養子縁組で養父母家庭に引き取られて欲しいとも主張されてます。
私も、里親より、養子縁組の方が、子供の為になると思います。

| メリーアン | 2010/12/14 07:49 | URL | ≫ EDIT

大人には大人にできる事が・・・

 初めまして明さん。おはようございますserendipityさん。アドバイスやコメントを感謝します。お2人まとめてお返事します。

 serendipityさんのおっしゃる通りと感じております。わたしは元々学習に遅れのある児童でした。特に読解力については劣っています、今もその影響が残っています。

 だから言葉にこだわるのですが、違う視点をお持ちの方からは、このこだわりが何か、勉学に励んでいるように見えるかもしれません。でもわたしは遅れを取り戻そうとあがいているに過ぎず、serenさんの言うように

 本当は施設全部育ちの子はわたしくらいの気持ちを持っているのです。だが、自分の思いを表現する機会を得られなかった為、捨てられている人生をわざわざ言語化する事は無かったのだと思います。

 わたしもserenさんの言うように、もし何か考えて下さるのでしたら、乳児院の子ども達の事、彼らのみらい、学習する機会、何よりも、里親という道についてなどをご一考下さったり、お知り合いの方と話すなどして下さい。

 わたしはすでに大人で主婦ですから、機会を得られなかったものを新たに作る力はありません。でも、生まれたばかりの子ども達には機会さえあれば、高校、大学、大学院も射程内に入るでしょう。

 本当に読んで下さり、感謝します。ありがとうございました。serendipityさん、できたら文章化してみたらいかがですか?ムリにとは申しませんし、わざわざ施設出身を名乗らなくても、主婦としての日々などをテキスト化すると、自分の考えに驚くと思います。

 頭の中だけで考えるのと、アウトプットされた表現を実際に目の当たりにするのでは、本当に衝撃の度合いが違いますから。

 では。

| Lei | 2010/12/14 06:15 | URL | ≫ EDIT

いい気分にはなれません

今日はLeiさんっていうより明さんの言葉に反応しました。私も児童養護施設を出て今まで自分がどうして他の子と違うんだろうと悩んでいる時、このブログ見つけました。
施設育ちだけどMariaさんやLeiさんは随分考えて来られたんだとは思います。でもそれで大学に行けばいいという風にはいいづらいです。施設の子は中卒で施設出されて、もし高校行っても中退する子が多かったです。
でもLeiさんが書いているような事は考えてると思います。ただそれを表現しても理解されなかったから言わなくなっただけだと思います。
この程度と言ったらLeiさんに失礼ですけど、本音をブログで書いたのが家庭の子だったら、深い考察とか大学進学とかこういう事言われないと思うんです。
それって別の意味で施設の子が特別な目で見られてるように見えて、何となく不愉快に思えました。ここはLeiさんの場所だから勝手な意見を向けるのはどうかな?と思いましたけれど、大学行くように進めるなら乳児院の見学に行って将来里親になってくれた方があり難いのになぁーと、個人としては思いました。

| serendipity | 2010/12/14 03:34 | URL | ≫ EDIT

初めまして

 レイさん、初めまして、私は明と言います。ブログをよく読ませてもらっています。
 日常のこと、過去の整理など非常に深い考察をされていると思いました。
 大学に行かれて、そして大学院にも進まれて、その考察を活かせる現場を目指すことはできませんか?深い思考を社会に生かせないのはもったいない気がします。
 経済的にも、時間もかかると思います。ですが、人生は長いです。放送大学でも単位は取れますし、編入もできるでしょうし、通信制の大学もありますし、今は昔と違い学位をとる手段はたくさんあります。
 無責任なことを言っているとは思います。
 でも、なんだかもったいないです。宝の持ちぐされのようですよね。
 安全地帯にいる今、飛躍して欲しいです。

| | 2010/12/13 11:26 | URL | ≫ EDIT














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