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「家庭生活のイメージを持たずに育ち、家庭を築くこと」についての心情の整理

 家庭生活がイメージできなかった

 わたしは里親家庭にも時には虐待問題が起こると知り、今ではもう、むやみと幻想を抱かなくなった。(とはいえ、現実的な家庭生活をイメージ出来ないが)しかし、あえて主張したい事は、虐待環境でない一般の里親家庭を通して、一度くらい自らが子どもの立場で体験してみたかったという事だった。

 今整理作業を経て、いくら考えても、子ども時代の全てを乳児院・児童養護施設、あるいは物心ついたら児童養護施設だけで十年以上育ち、いきなり社会に出されて、今度は一般家庭を自らの力で築かねばならないという現実は、乳児院・児童養護施設全部育ちや・児童養護施設長期入所(十年以上)の児童にとっては適応しきれない現実なのだ。

 わたしにとってトラップだったのは、児童養護施設で育った事そのものにあった。わたしはわたしが知らない生物親の問題により、行政により施設に保護された児童として扱われてしまったので、施設保護を持って行政の一定の役割を果たしたと、された事にあった。

 ・・・だから、わたしは自己責任だと言われ続けて生きねばならなかったのだと思う。あくまで衣食住足りて礼節を知る。保護(施設収容とも言う)それ以上はオプション。

 親が育てる能力がないと、ここまで子どもが課題を背負うという事になると知った。

 #不妊の治療などをされている方、この記事は表現として、おそらくとても不快な文章が並ぶと思いますので、どうぞ続きを読まないでくださいますよう、お願い申し上げます。これは間違った認識を自分でもテキスト化する事で、改めて考えるためのお砂場のような意味合いがありますが、表現に配慮し切れていないと思っています。



どうせ捨てる命を生む気にならない

 わたしは今、結婚して家庭を築いているのに、何故自分が子どもを欲しなかったかについて、自分自身でも説明出来ない。本当なら心配になり産婦人科に行き、子どもを得る為に様々努力すべきところを、わたしは、心の中で何となく・・・子どもがいる生活というものが感覚的にピンと来なかったのだ。

 もしそれを婦人科で説明しても叱られるのは目に見えてる気がして、どうせ捨てる命をわざわざ生まなくてもいいのでは?とまで思いつめて、子どもを生まない言い訳を深層で考えていたようだ。

 とはいえ、夫の了解を得て、絆づくりをしながら自分の育ちから受けたイメージを整理している途中で、大変時間が掛かる。もう10年以上整理している事柄は、もし家庭で育てば、無理なく構築されてゆく家庭像だった筈だが、わたしは児童養護施設しか知らない為、全てが全く新しく、全てを構築しなおす大工事となってしまったのだ。パソコンのOSの入れ替えみたいなものだとWolfはよく言っていたけれど、確かにそうだと思う・・・。 

 わたしは施設時代に、特別に重篤な虐待を施設で受けた覚えが無く(#今思うと、わたしは学習障害と思われる面があり、指づかいや、言葉、聞き取りなどに遅れがあるらしいので、昔の施設なので体罰を受ける事はあったが)家庭を作れない理由がいまも見えてこない・・・。


 子どもが親から育てられるイメージを持たない


 「結婚したら普通は子どもを生みたいでしょう?」と夫が言うのだけど、わたしは「ふぅ~ん、そうなんだ」としか答えられなかった。夫相手に、自分のイメージをうまく語れなかった。結婚したら子どもが欲しい、結婚して子どもが出来れば母性が生まれる・・・彼は、そうやって親からメッセージを受け取ってきたのかもしれないが、わたしは、そうではない。

 だから「母性が生まれるはず」と夫から言われることがプレッシャーだったようだ。その頃から、生まれ着いての母性なぞ、この世に本当にあるのだろうか?と考えるようになった。

 わたしにとっては子どもといえば施設の集団生活を送っている児童しかイメージ出来ず、夫の家庭像・子育て像を共感性を持って受け止める力量がぜんぜん無かった。日本語を聞いているのに別の言語で話されているみたいな、心もとなさだった。

 それと同時に子どもを生んでいないわたしが何を焦らせられているのか、理解できなかった。学習した事が無い事柄なので、何もヒントを得られなかったのだし、何が分からないのか分からなかった。


 施設の感覚へ戻ろうとしていた


 夫と話していると、夫が親に愛された話をすると回避してしまう癖があった。家庭の話はわたしに関係ないとぶった切っていた。

 それはsidoさんの里親のホームページを回避してしまうのと、似ていた。里親家庭はわたしは一度も体験した事がないのだから関係ないと逃げ出してしまう。

 夫が語る家庭の姿、子どもが愛されてる様子、それを聞くのが煩わしくて、家庭の会話をするのは苦手だった。家庭の話を夫がすればするほど、わたしは施設で頑丈に強くたくましく、時には色々ありながらも生きてきたんだと、主張したくてたまらなかった。そうしないと過去の自分が否定される気がしていた。

 Wolfに出会う前、わたしは上記のような感じだった。

 そしてWolfと出会い、Mariaと出会い、同じように施設で育った二人の話を通して、わたしの問題も見えてきた・・・。しかしわたしはまだ、その頃、施設の感覚へ戻ろうとしていた・・・。

 Wolfから指摘された無愛着という言葉を聞くと(本当は愛着障害なのだけど)わたしには内心でしっくりとしていたのに、何故そう感じるのかは伝えることが出来なかった。

 このブログでは施設内虐待の話や家庭虐待の話をメインに掲げては語らなかった。ここでは一貫して、虐待の有る無しよりも、無愛着児童という施設長期入所児の考えを書いてきた。

 何故かというと、それは「同じように虐待がないとするならば、家庭と施設では、どちらが子どもにとって成長に無理の無い育ちに必要な環境なのだろうか?」という選択を常に含んでいたので、施設育ちのマイノリティ感覚をとことん語りたかった。


 衣食住が整った家庭と、衣食住にありつける施設では、個人的には家庭を選びたかった。施設と家庭の虐待を比較しても仕方がなかった。答えは自ずと出てしまうのだ。一般の家庭で育つのが正しいと・・・。だから、わたしは里親家庭のサイトへ近づけなかった、逃げていたのだ。

 結局一番言いたいことは


 親が育てられない子どもを里親家庭へ!という事なのだ。


 わたしは長期入所児だが、乳児院から施設へ入ってきた子らは、もっとマイノリティだ。せっかく生まれてきたのだから里親家庭で育って欲しいと思っている。そのような強い思いが自分にあったとは、自分でも知らなかった。あんなに施設で生き抜いてきた自分を自分でほめていたのに・・・。


 なお、ただいまのところ、無愛着は少しずつ修正している。Wolfが時々おやじ的に色んな話をしてくれて、Mariahaはソウルシスターとして、一緒に色んな話をしてくれる。確かに時間は掛かるけどリアルの世界の友人とソウルメイトや夫と共に、諦めずに、伝えていきたいと思う。

 児童養護施設では衣食住があり、特別なプレゼントやご招待があろうとも、わたしは育てられた感覚を持つ事ができなかった。わたしは次のブログでは、もっと人間としての共感性を高めてゆきたいと思う。

 長々とありがとうございました。  
  

| ├ メンタル整理 | 05時06分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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