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農家の嫁がネットでアサーティブな日々を送る時の覚書

養護施設を出てからの問題

 施設育ちの自分にとって初めての家庭生活が結婚生活だった。しかも初めての農家の長男の嫁という立場。田舎の風習が色濃く残る地を、家庭を知らない人間の目で見てみる。

 とにかくGWやお盆、正月になると、いつも嫁という立場については色々考え込んでしまう。「使えない嫁で困るよ」と嫁を表現するのが農家特有の謙譲の精神からくるものだとしたら、嫁の立場のわたしは

「やくに立たないダメ嫁です」
「大人しいだけが取り柄のどうしようもない嫁」
「使えない嫁」

 などという一定の評価に対しては大人的な対応をすべきだそうだ。大人的対応というのは、そっとほほえんで「本当にいつもご迷惑をおかけしています」と応じる形をとるべきだ。という事。しかし、お盆も他のイベントも奮闘している筈なんだが?と一瞬疑念が走る・・・だとしても、お姑が使えない嫁といえば使えない嫁なのだ。

 とくにこのシチュエーションは、近所の人が訪れた際に活用されるので、夫や姑の顔を立てて「全くわたしはダメな嫁です」と自分からもダメ押しする必要が生じる場合がある。そうでないと妙な間が空いてしまうのだ。

 来客の方も一呼吸置いて、これもお約束のようだが

 「そんなことありませんわよね、いい、大人しそうなお嫁さんじゃありませんか」となり、

 「いえいえ、大人しいだけが取り柄の使えない嫁ですんで困っていますよ」

 一同(明るい笑い)

 という一連の、時節のごあいさつのようにくりかえされるやりとりを、深く考えてはいけないと思うがどうもわたしには、このような一連のあいさつに慣れる事ができない。日々の整理作業ではダメな人間、使えない人間と自らを評価する事をやめているのに、かたや、嫁になったとたんにダメ嫁ですと自らを表現することは、アンビバレントな思考になり、頭と気持ちが離れてしまう。常に統一感を持ちたいのだ。

 施設で職員が「ダメな奴だ」という時は常に本気だし、子ども達も捨てられた自分が施設にいるのはダメな為だと何度も言われているため、いつの間にか馴染んでいた。これで自分に自信を持つことなど不可能に近かった。

 でも今はアサーティブな日々の中で過去の悪い癖を直すという作業をしている。過去の育てられ方の整理をし、少しでも自分は生きている事に多少の誇りを持てるように方向付けをしている。

 でも、GWなどで夫の生家に帰ったとたんに、自分個人のメンタル作業はほとんど意味をなさなくなる。嫁が牛一頭の時代を生きた姑を前にすると、不思議と何も言えなくなる。

 嫁の立場という落とし穴。

 これはうっかり嫁モードで生きていると、いつの間にか馴染んだ感覚(ダメな人間モード)へ逆戻り。しかもこれは機能不全家庭なのではなく普通の家庭の中の嫁の立場。どこの家にもありそうなこと。

 だからなかなか整理作業が進まない。
 これは覚書として書いておこう。

|  養護施設を出てからの問題 | 21時35分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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