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「今できる事をしてあげたい」という言葉をスルーしている無愛着児童

ねこ

Maria(ケータイカメラ): すごいきれいな美猫(二重定義だぁ)

養護施設にいる間の問題

 施設では「今」というのは文字通り「今」だけ。過去から繋がる人じゃなく、将来も繋がる人じゃなく、今しか関われない保母の「今、できる事をしてあげたい」という言葉がとても、遠くて果てない。

 自分が持っている荷物の中身をとても見せる事ができない。言葉だけは受け取って「はいはい、ありがとう」と善意の気持ちは一応受け取っておく。でも内面ではスルーしている。

 一生関わるつもりじゃない人に、何を言えるだろう・・・。

 保母のブログなどで「一生関わるわけじゃないからこそ、今、出来る事を子ども達にしてあげたい」という風なメッセージを見かける。この「こそ」がけっこうやっかいなんだけれど、当人はやる気十分、気合が入っている。気合は入っていると思うが、愛着の観点から言えば無責任。

 一見素晴らしい、愛情に満ちたものと感じられるし、書いている当人も本当にそう思って書いているのだろう。でもそれは被虐待児や虞犯少年に対するものとしては、何となく理解できる。本来の親という固定された関係を壊されてきていても、修復の可能性を持っている子ども達でもある。(でもわたしの知る家庭育ちの方は修復よりも断絶に成功してる)

 すでに愛着の矛先は実親なのだから、指導員や保母は、一定の条件の範囲内で関わる事で、色んな問題に向かい合えると想う。

 でも要養護児童(養育放棄・遺棄・ネグレクト)された子ども達は、連続した関わりを持てない事が重要課題だから、一過性の関わりでは無愛着なまま放置されている事になる。

 誰も固定された大人がいないというのは、心情的なストリートチルドレンだ。(つい叫んだけど御幣があるね)

 子どもだから素直に保母に打ち明けたりする場合もあるだろうが、あまり気持ちを向けすぎると独り占め状態となり、結局のところ、A子のように問題行動と見なされ指導員から厳しく叱りつけられてしまう。

 子どもの方で関わりの為のさじ加減を常に調節しなければならないのに、どんどん目の前の大人に向ってしまう。わたしのように1人で考え、1人で結論を出せるタイプなら施設生活を乱す存在とはならないけれど、施設の子も様々だ。

 家庭で虐待を受けた子や虞犯少年たちならば、指導員や保母の仕事の枠内で関わってもある程度の効果はあるだろう。でも、要養護の児童だけは、期限もなく枠もない、条件なしの関わりを必要とする。

 無愛着という虚無は、本来は何でも飲み込むほどのスケールなのに、相手を探しあぐねて迷子になっている。生んだ親が居ないから迷子なのじゃなく、誰も大人が居ないから迷子なのに、生んだまま、好き勝手に生きる行方不明の血縁親をかばうあまり親権をはく奪できず、誰の子にもなれない。施設にいるという事は、親を得る事ができないという事・・・。

 児童養護施設に要養護の子が長期間いる必要性だけは、理解できない。

|  養護施設にいる間の問題 | 09時19分 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑

「なついちゃうわよ」と言ってた近所の人


 Maria、写真いつもありがとう。あまりに気にいったので記事で使ってる。

 わたしも近所のノラだったミーコという三毛猫に食べ物をあげていた。彼女はよく家に来るので、そろそろ飼おうかと思い始めていた。

 すると前の家のおばさんが

 「優しくするとなついちゃうわよ」と言った。

 だから、

 その場限りの優しさじゃなく正式にひきとろうという選択をする事になり、ミーコを飼い始めた。 

 なついても困らない人間関係を施設では作れない。 

| レイ | 2007/05/23 01:33 | URL | ≫ EDIT

あたしはのらねこにだってできることをしているわ

 Leiちゃん、

 あたしは、お昼休みに、お弁当をノラネコにわけて、写真を撮らせてもらっている。

 でもね、あたし以外にノラネコにえさをやっている人がいるの。キャットフードをいつも持ってきてあげているおじさんもいる。
 猫カンをもってくるおばさんもいる。

 その方たちも、「いまできることを」しているのよ。

 だけど、その子猫を自分の家に連れてかえって、大切に育てようとは思わないの。
 その保母も、猫のえさやりおばさんも、その場限りという点においては、まったく同じように、「いまできること」をしているのよ。

| Maria | 2007/05/23 01:20 | URL | ≫ EDIT

そっかぁ。。。そうなんだ。

レイさんコメントをありがとう。
今できること・・・に注目して考えると「後はないのか?」とかになるかもしれないですね。ずっとその感覚で施設にいたら、「そうか、これきりなのね」とか納得してしまうのかな。

いろいろ発見があり、かなり勉強できます。ありがとう。

| kasumi | 2007/05/22 23:47 | URL | ≫ EDIT

わたし個人は言われた事がないけど

 こんばんはKasumiさん。

 親記事はわたし個人の気持ちというよりは、施設の要養護の子の立場から語ったものですが・・・。

 わたし個人としてKasumiさんに答えるとしたら

 「~してあげたい」と言われてもピンとこないと思う。勘弁してよ~と思う感覚もちょっと浮かばない。体験した事がないので(又は覚えていない)、そのままスルーすると思います。

 でも何か押し付けがましいというのはわかります。少し話がズレるけど「里親さんを勝手に応援サイト」という題名も「勝手に」を付けて押し付けがましくないようにしたような気がする。こちらが勝手にやりたくてやってるわけだからピンとくる。Mariaはすっかり「勝手サイト」と言ってます。

 ・・・たぶん、わたしが反応したのは「今できる事を~」という表現に対してで、Kasumiさんは「~してあげる」という部分への反応のようですね。  

 家庭で虐待を受けて施設へ入ってきた子も一言で括れませんね、確かに。養護施設の能力ではどれも中途半端だなと感じています。

| レイ | 2007/05/21 18:41 | URL | ≫ EDIT

~してあげるという言葉。

レイさんこんにちは。

~してあげたいといわれると「いらん!」と言いたくなる私ですが、指導員が自分の社会的責任をはたすために(例えば職務としてそれは当然だと思う)その子どものために色んなことをするという姿勢は正しいと思うのですが、「子ども(あなた)のためにしてあげたい」と言われるとどうも押し付けがましくて「勘弁してくれ」と感じるのですが、どうですか?

| kasumi | 2007/05/21 17:43 | URL | ≫ EDIT














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