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リアリティのない現実を歩く施設育ち

コラム 

 わたしは施設で育った事を知らない父親からの手紙を読み返している。彼の手紙の消印は、その頃結婚したばかりの時期を示していた。自分の家に役所から扶養義務履行の書類が届いていたので、その事に触れた内容だった。

 「自分は離婚したので、子ども達とは関係がないと福祉に言ったが、福祉からは『そういうわけにはいかないと言われ、この手紙を書いている』という趣旨に基づいた文面は、途中から「片親で子どもを育てたあなたの母親がいちばんこの結婚を喜んでいるでしょう」と綴られていた。

 でも「それぞれの人にそれぞれの母あり、しかし我が母に勝る母はなし」という文面が相変わらずピンとこない。父親と名乗る人からの手紙を捨てる前に読んでおこうと思いながら、あまりにピンとこない一文に、何とか焦点をあわせようとするが、何をいっているのか理解しづらい。

 でも「彼自身はきっと”かけがえのない母親”に育てられたのだろうな」と思わせる文面でもある。こんな風な言葉を読むと、わたしは施設全部育ちだとしても、父親や母親自体は家庭で育った人たちである事をつくづく感じる。

 シュールというか、たんに情報の共有ができる程、接点がなかったというべきか、この手紙を読んでからどうも思考の動きが鈍くて、新しい記事を書いてもどこか気持ちが入らない・・・。仕方ないからこの話を整理しておこう。

 ただ理解していることは、

 育てられてもいない顔も知らない父親(親権なし)からの生まれてはじめての手紙が、育てられてもいない顔も覚えていない母親(親権あり)を大事にしなさいと児童養護施設全部育ちの子へ説く内容であるという把握をしていたら、だんだん頭が迷路へはまり込んでしまった。

 という事。

 彼の手紙を読むと、まるで世界の全てが作り話の上に成り立っているかのような気分になってくる。もしかしたら、わたしは本当は養護施設なんて一度も預けられてなくて、苦労しながら母親から育ててもらい、結婚する時には、離婚して遠くにいる父親からお祝いの手紙が送られてきた
 
 という、幻の話にのめりそうになる。それほど彼の文章が確信に満ちているから自分の今までの人生の方が真実ではないように感じられ、世界が逆転しそうになる。

 子ども時代の全てを児童養護施設で育つ人がいるなんて彼の人生からは発想できない。リアリティのない現実を歩く施設出身者としては、時々、どちらがリアルなのか立ち止まらなくてはいけない。

 自分の育てられ方をきちんと整理しておく事は、社会的マイノリティとしては致し方ない現実だと再認識した。多数の人々は、当然こうあるべき という考えを示してくる。
 
 その当然を当然として生きられなかった過去を持つ者にとっては、べき論は、時々悪気のない刃のように感じられる。

| └ コラム | 23時12分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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