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孤児院を脱走して確かめる現実 



You Tube  

映画の予告 「アイ・アム / Jestem」 


 上記サイトより引用

 11歳の家出少年の物語。彼は詩人を夢見る多感な少年で、何よりも母親の愛を渇望していた。孤児院を脱走して家に戻ると若い母親は町の男たちと乱れた生活を送っていた。

 純粋な彼にはそんな母親が許せない。一人で生きて行く決意をし、町はずれの川べりに打ち捨てられた艀舟に住み着いた。集めたあき缶や屑鉄を売って逞しく生きていく。町の大人たちは、彼が家に帰れずにいることにうすうす気付き同情的なまなざしを注いでいる。

 同世代の不良少年たちに迎合せず、ほどこしも受けず、孤独だが毅然と暮らす彼は、彼と同い年くらいの姉妹がいる裕福な家族の様子を艀舟の小窓から眺めるのが日課になっていた。

 ある日その妹が艀舟を覗きに来て、二人は親しくなる。おてんばな妹は美しく賢い姉に対する劣等感や、誰にも愛されないと思う気持ちをアルコールで紛らわせいた。少年は再び家に戻って母親に会うが拒絶され、深く傷つく。幼い心に癒やされない寂しさを抱える二人はお互いを気遣いあって絆を深めていった。



 脱走と現実と学びを経てひとり生き、そして・・・

 このストーリー(予告編)を見て思う事は、確かに誰かが心にいるという事は孤児院の中での心の保持の為に役立つのかもしれない。でも更なる心と自我の確立の為には「現状を把握し、どう生きるか意思決定していく事」が必要なのだと思った。それは孤児院に捨てられたという現実を確実に自分の中に受け入れ、1人で生きてゆくという決意へ至らせる。(この主人公の場合は決意が必要だったらしい)たとえ子どもでも事実を事実として心に持たなくては、その先へゆけない。

 親から捨てられた子は幻の絆をいつまでも夢見ているわけにはいかない・・・。いつか誰かが迎えに来ないことは、施設にいる入所年月が重なるごとに確かなものになり、卒園をもって捨てられた事実は完了する。

 でもその後・・・結婚後、捨てない親になるという課題へ向わねばならない。これほど捨てられても放置されても、施設の子は捨てる大人にならない道を歩く事を考える必要がある。

 この少年の、親から捨てられた現実を受け入れ1人で生きてゆく決意は、ともすれば、自分が親になった時に色んな意味で彼を苦しめるだろうなと予測できる・・・。

 でも無愛着のわたしの場合は決意もいらなかった。育てられた通りに生きていれば1人で生きてしまう事が問題で、捨てない事が課題だ。何度も自分に言わないと忘れちゃう・・・。

|  興味の対象 | 08時32分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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