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「家庭から持ち込まれた施設内での虐待の連鎖」と「施設内暴力環境」と子どもたち

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記事

引用部分

 さて,一番多い被虐待処遇先は児童養護施設ですから児童養護施設内での対応が大きな課題となっています。この問題は法的整備の進行で多くの子ども達が発見され,施設での生活を支えられようにはなっていますが,彼らがそれまでに受けてきた「心の」を何とかしなければというところから生じているのです。

 これまで私の専門的立場である「臨床心理学」では「施設内ケアの臨床的方法」としての蓄積がほとんどないところにも問題があります。幾人かの専門家によって細々と取り組まれてきたに過ぎませんでした。暴力によってつくられた心身のに対しての対応への本格的な関心はつい近年向けられ始めたもののようです。

 しかも,児童虐待という小さな子ども達の心身に与えられた「歪み」や「痛み」が成長過程においてどのように持ち越されるのか,巷間伝えられている「世代間伝達」はどのようにして子ども達の心に持ち込まれるのか,はたまた彼らの人間関係形成上のどこに,どのようなトラブルとして現れやすいのか,彼らが「愛」や「依存」といった感覚をどのようにして取り戻し,回復せしめることができるのか。

 近年では「愛着障害」という概念が提唱されていますが,「愛着する力」そのものに障害があるのか,「愛着の方法や表現」に障害があるのか未だ明確にはなっていません。



施設内暴力の連鎖という現実



 養護施設の場合の暴力の性質とその環境を「DV」とはあまり感じられないので、たんに「施設内暴力環境」と呼びたい。親が育てられない子という言い方を適切とは感じられなかったように、施設は大きな家庭という表現に違和感があったように、出来る限り自分の本音にそった表現をしていこうと思った。

 この引用部分は2005年の文書らしい。大学には個人的な恨みはないので申し訳ないけれど「はぁ~」とため息しか出て来なかった。今年が2007年である事を考えればけして古すぎない文書なのにとも思う。

 しかも,児童虐待という小さな子ども達の心身に与えられた「歪み」や「痛み」が成長過程においてどのように持ち越されるのか,巷間伝えられている「世代間伝達」はどのようにして子ども達の心に持ち込まれるのか,


 引用した部分が「どのように持ち越されるのか」「世代間伝達」」という部分を含んでいるので、書かずにいられない。世代間を待つまでもなく施設内で彼らは怒りを吐き出しまくる。虐待を受けて施設へ入所している彼らが大人しいわけない。すぐに伝達・連鎖を始める。

 施設では誰もその「家庭内虐待の子の施設内虐待連鎖」「年長児童による年少児童への世代間虐待」についてはっきり言及しない。施設は保護先だという表現だけをして、そこにある年長児童の暴力の問題、暴力職員について言及を控えている。保護したもののその後どうしたら良いか困っているという報告書を読まされてても仕方ないけれど、時にはこういう資料も紹介しないと気がすまない。

 わたしはやはり「所謂家庭虐待ついた子らが施設内で家庭から持ち込んだ虐待の連鎖」をしている事を伝えたい。「ついたついた」と何かすごく耳障りに感じられる。そのついた彼らが虐待されたからといって、施設内でどれほどの嵐と暴力を年少児童にもたらすか伝わっていない。

 彼らが傷ついたと受身的表現だけをされているかぎり、彼らの怒りの衝動は見えて来ないし施設内での隠された虐待の問題も見えてこない。家庭で虐待された彼らが本当にケアを受ける為の本質が見えてこない。

 「俺、今なら少年A」と言ってる子がいた。彼はその頃は意味が分からなかったが、今なら怒りの吐き出し相手である年少児童を物色していたのだと思う。

 彼らに必要なのは怒りのスケープゴートじゃない筈なのに、現実は職員の数や質が伴わない為、自然そうなってしまう。

 家庭でのDV環境が虐待にあたるように、施設内暴力環境も同じように虐待にあたる。という認識に立てば、虐待の連鎖をやめさせる事も、連鎖の断ち切りを教える事も家庭虐待の傷のケアと共にこれからの課題となっている。

 そして

 近年では「愛着障害」という概念が提唱されていますが,「愛着する力」そのものに障害があるのか,「愛着の方法や表現」に障害があるのか未だ明確にはなっていません。

 そう、このあたりの研究の進まなさが本人(児童)の資質扱いへ逃げ込ませてるのは理解できる。それにしてもすごい表現・・・。施設特有の愛着を作らせない環境に入所させ続ける問題にはやはり触れてない。児童養護施設の環境ではその力が育っても問題行動になる。とくに要養護児童の愛着障害は養護施設で育てられる事によってつくられた症状なのだから。

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 以上、ラフな感想でした。

|  気になる記事のCLIP2007 | 17時48分 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

Leiしあわせそ

Leiしあわせそう♪

| BlogPetのお勉強中のちび | 2007/06/24 10:13 | URL |

Maria,いい記事書いたね


 Mariaのトラバ先の記事、とっても理解しやすい。

>臨床心理学の関心は、被虐待児なのね…

 そう思う。いや、実感したよ改めて。孤児としての要養護児童の存在は見えていない。見えていても見えない。

 彼らは家庭虐待の子がいかに施設でケアされるかに関心を持っていて、そこにしか関心がない印象を持った。何か日本人ならでは?のベタベタ感が感じられる、客観性を持ったクールな観察眼がどこにもないと感じる。とはいえ、わたしも要養護児童の立場でモノを言うから同じようなもんか。

 Mariaの記事を読むと又何かムズムズ書きたくなるよe-403

 

| レイ@そうね | 2007/06/24 07:16 | URL | ≫ EDIT

臨床心理学の関心は、被虐待児なのね…

Leiちゃん、
コメントには長すぎるから、記事をトラパしたわ。

 それにしても、養護施設でも、捨てられた子どもは少数派だけど、社会の関心もないわね。

 ま、養護施設への関心が高まったのも、虐待が社会問題化し、その行き先としての養護施設がclose-upされたからよね。

 それ以前は、養護施設で虐待があっても、マスコミは取り上げなかったものね。養護施設に関心が集まるのも複雑な心境だわ…

 養護施設は、被虐待児の専用施設にして、捨てられた子は里親家庭にいかせて欲しいわ。

| Maria | 2007/06/23 23:00 | URL | ≫ EDIT














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