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外から虐待に見えても家族みんながそう思わなければ虐待じゃない?

整理中の記事

 時々分からなくなる家庭育ちの一部の人の発想。虐待について一般論を語り合っていた時の事。夫が「外から見て虐待だと思われても家族みんながそう思ってなければ虐待にならない」「その家庭のやり方というのがあるし」と言う。

 そういうものだろうか。上記文章の【家族みんながそう思っていなければ】という部分に少し引っかかる・・・。

橋


 「外から指摘があっても本人達が虐待だと思っていない以上、その指摘で嫌な思いをする」との発言に唖然とした。彼は「施設のように白黒はっきりと分けられないのが家庭。灰色の部分があって、それはお互いに依存しあってる部分だから他人には理解できない」そうだ。

 この灰色の部分を信じたくて家族全員で墓まで背負っていくそうだ。抜き差しならない関係だから離れる事もないそうだ。でもそういう家庭に幼い子がいたらと思うと気が気じゃない。その家の背負ってきたものを家族全員で分担するという事は小さな子にまで背負わせるという事だから。

 離れなければ、捨てなければ、たとえ虐待的でもお互いにそれで納得していればいい、外へ知らせるものではないし、家庭内で長い時間掛けて処理していけばいい。

 養護施設も閉鎖空間でしばしば問題になるけれど、家庭の場合は家族みんなでその環境を共有しあい、ずっと繋げていく事で家庭を維持しているようなところがあって、子どもも捨てられるよりはずっと良いという考えに至るらしい。

 わたしはこの新しい発想に出会い、ここ数日驚いている。

|  整理中の課題&記事 | 18時47分 | comments:10 | trackbacks:0 | TOP↑

消さないで大丈夫です

おはようございます、坂井さん。

何度も同じことを繰り返しちゃってすいません。
このコメントは、明日あたり消しておきますね。


 わたしも今日、少し強制引取りに関する記事を書いてみました。

 同じような事でも表現を変えれば理解が深まる事もありますから、コメントを消さないでいて下さい、もしよかったらですが・・・。とはいえ、もちろんご自由に。わたしはよく色々勉強していきたいと思っています。

 今までこのアプローチで虐待と虐待親と保護について考えなかったので、坂井さんとのこの一連の話は馴れ合いではなく、真正面から話せるという点で、わたしにとっては新しい視点を与えられる事になり、感謝しています。わたしももっと学習していきたいと思います、亀の歩みだけど。

| レイ | 2007/07/10 15:49 | URL | ≫ EDIT

印象…

ご理解頂けたのなら良かった。
印象か……もし印象が違うのだとしたら、私の一連の思考の中のどこかが、Leiさんの思考と合わなかったんじゃないでしょうか?

私の方の最初のコメントは、kasumiさんの記事の中の
>虐待と認識したら虐待はとまる
と、Leiさんの記事の中の夫君の言葉
「指摘で嫌な思いをする」
の両方に対してのものです。

虐待親に「それは虐待だ」と告げる事は、
かえって虐待をひどくし、かつ
外部からの介入を難しくしてしまう、という話。
これはあくまでも、Leiさんの親記事で述べられている事情の場合に限ります。
「みんながそう思っていない」ような状況。
この場合は、親個人による虐待、という心理学の分野ではなくて、
家族という構造の問題、すなわち社会学の分野になってくるから、
思考を切り替えないといけないんです。

それが見えないと、例に挙げたような事が起こります。
過去の虐待死亡事件のうち、行政や外部機関が関わっておきながら救えなかった例がどれだけあることか。
それは、児相が「強い権力を持っていなかった」事もあるかもしれませんが、

「虐待親はひどい親だ、もし子供が虐待されているなら救い出さなければいけない」
という正義の元に親と関わった結果、親が外部からの介入に対して否定的になり、虐待が悪化し、最悪の事態を招いている例も少なくないんです。

そもそも私は、行政が必要以上に強い力を持って家庭に介入する事には、かなり懐疑的です。
力を持って歪みを抑えつけようとすると、その歪みは、結局、弱い方へと流れていきますから。
アメリカが凶悪犯罪に厳罰をもって対処しようとした結果がどうなったかを見れば、力で物事を解決しようとする事がどれだけ人を蝕むかは、わかるんじゃないでしょうか。
(※この辺は賛否両論あるところなので敢えて書かなかったんだけど、思考が透けて見えたのかな?)

「虐待親=悪」というのは、感情としては正しいけれど、
その感情を殺した方がこどもの為になることも多いんです。
虐待が構造上の問題なのであれば、
歪みさえ取り除いてやれば普通の親子として愛し合えるようになります。
だから一面的な見方はできるだけ避けた方がいいんです。

というのが私の一連の思考です。
でも、私自身は児童福祉関係の職に就いている訳でもないし、結局、卓上の論でしかありません。
そのあたりが、不愉快に感じられたのかもしれません。
であれば謝罪いたします。


何度も同じことを繰り返しちゃってすいません。
このコメントは、明日あたり消しておきますね。
では、残しておきます。
私も今ふと思ったのですが、印象の違いは、
・最初のコメント=考え方についての話
・二度目のコメント=その考えに基づいて(周囲が)どう行動するかの話
だから印象が違うのかもしれません。
二度目のコメントの方は、「結論=どうするか」を念頭に置いて書いたので……

Leiさんの新しい記事については、読ませて頂きました。
私も、できるだけ深く考えてみます。
Leiさんの文章は私に、色々なことを考えさせてくれます。ありがとうございます。

| 坂井 | 2007/07/10 05:39 | URL | ≫ EDIT

了解しました

 坂井さん、

また、
親に共感を示す方がこどもの利益になると判っていて
なお、虐待親への怒りや処罰感情が拭えないのなら
それはもうすでに
「こどものための怒り」ではなく
「自分のための怒り」になっているんじゃないでしょうか。


 保護するその瞬間に虐待親への怒りの為に、全てが台無しになることはわたしも望んでいません。一番優先されるのは子どもの安全な引き離しだと思いますから。

 わたしも職員から怒りを向けられた事があるので、この「虐待親への怒り」に取り込まれない事は大事な事ですね。わたしも言葉が足りなかったようです、すみません。昨日の文章から受けた印象と今朝の文章の印象が違うように感じますが、虐待からの保護の際の話だったのですね。

| レイ@保護のあり方 | 2007/07/09 17:20 | URL | ≫ EDIT

うーん、言葉が足りなかったかな

>結論は

つまり、即効性のある救出の為には、
「虐待親を非難する事」よりも
「虐待親の感情を理解し、その感情を利用する方が早い」
ということなんです。

親の持つ権限はとても強いので
親の反発を受けてしまうと、逆に子供を親から引き離す事が困難になるんですよ。

人間というのは「認められたがり」の生き物なので
否定される事よりも、
認めて貰う事によって
相手に共感を得、相手の言葉を受け容れやすくなります。
そこで、
相手の置かれている構造に理解を示した上で

「問題のある部分だけ」を「切り離す」事が重要なんです。

その為には、親に理解を示す事も必要です。

ぶっちゃけ私は、最終的に子供が救えればいいので
親を糾弾したいとは思わないんです。
構造上の問題なら、それが解決すれば
望ましい形で親子関係を再構築できますし

であればむしろ、非難を受ける事によって
親の(子供に対する)感情が拗れる事を避けた方が
こどものためにもなるんじゃないかと思います。

また、
親に共感を示す方がこどもの利益になると判っていて
なお、虐待親への怒りや処罰感情が拭えないのなら
それはもうすでに
「こどものための怒り」ではなく
「自分のための怒り」になっているんじゃないでしょうか。

個別の感情にだけ視点を向けると
全体的な構造を見落とします。
そして結果的にこどもの不利になってしまった例は多いんですよ。
だから、一方的な見方だけでなく
できるだけ広い視点から物事を見るようにしないと。

というのが、結論。
ことばが足りなかったみたいでスイマセン。
出勤前なのでMariaさんの記事は後ほど読ませて貰いますね。

| 坂井 | 2007/07/09 07:20 | URL | ≫ EDIT

社会が出した結果が「児童虐待防止法」でしょう?

坂井さん、こんにちは。

論旨がはっきりしないのですけど、結論は何ですの?

 家庭内虐待が「心理学」か「社会学」かの問題はどうでもいいんですけど、というか、虐待されている子どもには関係ないんですが社会が家庭内虐待に出した結論が、児童虐待防止法でしょう?

 子どもに皿まで食べさせないように、家庭虐待に介入することを、この社会が「法的」に定めたのではないのかしら?

 あなたのいう「社会学」では、「児童虐待防止法」の制定は、どう位置づけられるのかしら?

 あたしなりに、思うところを書いてトラバしたので、読んでくださると嬉しいわ。
http://prayermaria.blog74.fc2.com/blog-entry-110.html

| Maria | 2007/07/08 21:51 | URL | ≫ EDIT

しつけと指導は似てますね

 Kasumiさん、こんにちは。

「しつけ」をしていたという親がほとんどなのです。
(だれがみても暴力だし、虐待でしょう?というケースでも当事者は「しつけ」だったと言う認識が多い)


 そうですね、少しでも疑わしいと思われるのに放置されてきている結果、いつも取りざたされるのは児童相談所の弱腰な対応と地域の住民の事なかれ主義。

 施設では「指導」と言い換えますが、家庭では「しつけのつもりでやった」と確かに言います。 

 誰が見ても尚更、その家族みんなが納得していても、子どもが親から無理に納得させられていたとしても(大抵は間違った根拠を根底にした認識)普通に外の目を注がれる必要を感じています。・・・口で言うのは簡単ですが「余計なお世話感」を生じさせるような関り方だと、態度が硬化するのかもしれませんね。
 
 そういう意味では確かに過剰な反応で追い詰めるという事も一利あるけれど、対応が成されずに命を落としてしまったり子どもがしょうがいを持ったりするのも確かですから、「やってはいけない行為はやってはいけない」のだという中心をブレないようにしたいです。

 
 

| レイ@Kasumiさん | 2007/07/08 12:42 | URL | ≫ EDIT

「毒を喰らわば皿まで」だそうです


 色々勉強させていただき感謝します。生意気にも断定的な口調で書いてきましたが、こと家庭の話になると、そこに身を置き、賢く切り回せなくては(心情に配慮をするという事)いけないのですが、グレーゾーンの部分にひっかかり、よく知らないのに考えが足りない意見を言ってしまい、大変失礼しました。

 夫が言うには家庭の事については、その家庭における構成員が外と内を使い分ける事で守ってきたものがあるそうです。ただしやはり明らかな虐待の事実があったとしてもと、表現されてしまった事で、それも皆が納得しているなら仕方ないという捉え方をする事への危惧は持っています。とくにその家庭の中で家庭の一員だからというだけで自己判断もできない状況で、結果的に虐待を放置されたままになるのなら、地域住民の1人として、常に気に掛けていたいと思います。

 とはいえ、確かに外から来たわたしから色々言われるのも難色を示しているようですので性急に結果だけを乱発しないように気をつけようと思います。
 
 そしてそうですね、社会学と思いますが、同時に深く心の部分で複雑に絡まっているようにも思われ、その見極めは確かに大事と思います。ある傾向のメンタルを持った似ている家族が外の地域社会とどのように関って行くのが良いのかにも意識が向います。

 すでに○○家の構成員となり、他人事の興味本位ではすまなくなっている事もあり、熟考が必要と感じます。

 ちなみに親記事は、嫁いだ家が機能不全家庭だという意味ではなく、夫と一般論を語り合っていた際の、互いのスタンダードにかなりの認識の違いがあるなあと感じ、多少なりとも驚いたという事です。

 彼の考える家庭の虐待への納得感とは「家族というのは毒を喰らわば皿までのごとし、互いに離れる事の叶わぬ共犯のようなもの」だそうです。

 確かにわたしには無い発想でした。でも考えるきっかけになりました。

 
 

| レイ@坂井さん | 2007/07/08 11:25 | URL | ≫ EDIT

一方からだけ見ても状況は理解できないものです

「電脳的Aさんの…」へのコメントでも書きましたが、
それは心理学ではなくて社会学の問題ですね。

それが苛酷な環境を生み出すルールであっても、
「家」(または邑や国など)が「安定」しているなら
中の人は「安心」するんです。
「自分の居場所」は守られているわけですから。

その「居場所を守る」為に
中の人は、それぞれに役割を果たしていて
(方法が間違っているとしても)努力しているんですよ。

その感情や努力を理解しないで
一方的に「それは間違っている」と非難すれば
当然、「よく知りもしないくせに!」と反発します。
そして、いっそう、外部の声を遮断するようになります。
自分の居場所を守る為に、戦闘態勢に入っちゃうんです。
ある意味それは「保護者として」正しい感情ではあります。
方法は間違っていますが。

だから、
被虐待児を強制的に施設や病院に移したはいいけれど
怒り狂った親が(力ずくで)取り戻しに来て
そのまま行方をくらます……なんて事になるわけです。

個別の感情だけを見ても、問題は解決しません。
全体の構造を見渡して、
どこから歪んでしまっているのかを見極め
絡んでしまった糸を解きほぐさないといけないんです。

故に心理学じゃなくて社会学なんですよ。

| 坂井 | 2007/07/08 10:46 | URL | ≫ EDIT

Leiは家庭育ち

Leiは家庭育ちを語り合う…

| BlogPetのお勉強中のちび | 2007/07/08 10:10 | URL |

家族はみんな虐待だなんて認めない。

レイさん こんばんわ (=^^=)

家族が自分で虐待をしていると理解している人は少ないですから・・・。

「しつけ」をしていたという親がほとんどなのです。
(だれがみても暴力だし、虐待でしょう?というケースでも当事者は「しつけ」だったと言う認識が多い)


なので、当事者が子どもの場合は、子どもも大人もこれが(家庭が)虐待だとは思っていないでしょう。
でも、今は介入できる範囲が広くなりましたし・・・・。


よその家庭の事には口を出さないという習慣で子どもの虐待は表に出ないし、死亡例が減らないし・・・。

認識していたらきっと虐待はとまる??
もう少ししたら、快復プログラムのことを書きますね。

| kasumi | 2007/07/08 01:31 | URL | ≫ EDIT














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