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施設育ちの視点で見る「家庭・家族という縛りと共犯意識」

家庭という世界に関する雑感

 家庭の事を語る時、結婚しているわたしはすでに部外者ではない。ただ施設生活しか知らない為、部外者の視点を持つ家庭を構成する一員という不思議な位置づけではある。
 
 家庭だけで培われた感覚を持つ夫の発言や行動指針を、わたしにとっての社会の窓口として、自分のブログに差し障りのない程度で書かせてもらっている。そして今自分が参加している家庭・家族についても、ようやく本腰をいれて感想を書き始めた。

 その時点でわたしはもはや○○家にとって立場的には外部者ではない。でも、とてもプライベートなゾーンについてその一例だけをもってこれが社会と断定するつもりもない。社会における「家庭」というコロニーはそれぞれに多様だし、多様でありながら家庭システムが陥りやすい共通の問題を考えてみたいと思い、記事を書いた。

 その小さな家庭という空間を地域という社会的ツールで繋いでいるのであれば、もっと有効にその機能が生かされてほしいと僭越ながら思った。

 でも、わたしは、しがらみを持たない故のフリーランスな視点も持っている。だから、例えばある1つの家庭が長い時代延々と一族郎党すべてが知っていても知らぬフリをしてきた様々な事態について、違和感を覚えると共に、明らかに虐待だと周囲も判っているにも関らず、その家族みんなが共有している問題だと称して、放置している事に、違和感を覚えた。

 そのため、何故このように秘匿しなくてはならないかを紐解く為に、人間の行動について考えざるを得なかったし、その心理についても考えざるを得なかった。その上で、皆が知っていてもその家族の問題と称して放置せずにすむように、地域社会の中で、その家族も取り込んで考えていけるようになればと思い、記事を書いてみた。

 わたしは夫という1つの窓口を通して社会を見るが、夫だけが社会の窓口じゃないと知っている。だから彼の思わぬ凝固した反応に少し驚いたし、わたしも生まれて初めて接した家庭とは、一体どういう家庭なのかと改めて考えた次第。

 その際「虐待的環境かもしれないが~毒を喰らわば皿まで」と言った彼に違和感を覚えたし、ようやくメンタル面を語り出せなかった彼のコダワリが透けて見えた気がしたので驚いた。

 「騒ぎ立てないでほしい」という言葉、そこにどうか意識を向けないでほしいという彼の懇願のような、共犯者のような思考が一瞬チラついたように思えた。無愛着なわたしから見れば、愛着に付随した驚くべき絡まり具合。捨てられない為に全ての虐待を受け入れさせられる子どもがいるのだろう。

 だからと言ってわたしは「虐待的環境は間違っている環境」だという視点をブレたくないので、趣旨をはっきりさせたいと思い、整理中の試行錯誤も語りながら、予定調和ではあるが、虐待環境に子どもを住まわせ、しかも共犯のような思いを持たせるのは何があっても虐待であると、締めくくろうと思っていた。

 スローガンになりやすいわたしの記事の最近の変化は、心理的なよろめきも、実際問題に対処すべくグローバル視点でサクサク進めていく事も、右脳と左脳を協力させて考えていくために必要だったし、この試行錯誤の時間を無駄にせずに、残しておこうと思った。

 大人たちが訳知り顔で論をぶってる間に、どこかで明らかに子どもが虐待されている。

 そこを常に考えていたい。だから家庭の事にも向かいたい、もし自分がこの地域社会で虐待されている子を知った時の為にも、大いに混乱し迷う必要を感じている。

  

|  整理中の課題&記事 | 02時31分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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