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間に合ううちに捨ててもらえなかった子ども達

きのこらしきもの


養護施設にいる間の問題

 養護施設の子たちの中で、親が生きていて、なおかつ親の影だけをチラつかせられる子ども達がいる。彼らの中には家庭での体験を持っていない、ひどい場合は乳児院に入れられ、全ての子ども時代を「親の影だけ」見せられ、施設で育ち切る子がいる。それなのに施設では「親の居る子」として扱われてしまう。職員の心無い言葉もあるだろう。

 このような要養護の子どもたちの魂は今も生霊のように彷徨っているような気がする。

 親のエゴの為に、子どもが自分は1人、自分は捨てられたと割り切って生きる事もできず、里親委託が決定しても実親がその存在を時折見せ続けるために、里親へ気持ちを向ける事ができない。里親も実親の手前、子どもに対して絶対的な存在を見せる事ができない。

 その結果、里親不調になり施設へ戻される。

 「鼻先ににんじんをぶら下げているようなもの」だとMariaが言ってたような気がするけれど、本当にひどい状況だ。これでは里親家庭へ行っても子どもになれない。子どもとして生きられない、子どもとして全うして生きられなかった結果、大人になれない。何のために里親家庭へ行くのか分からなくなる。

 大人になったとしても、この時を引きずったままになってしまう気がする。

 こうなるともう、わたしの目には大人の中の内なる子どもじゃなく、子どもそのものだ。しかも永久に親の影を求め続ける生霊のようになってしまっている。

 里親家庭に行く子どものうち、実親のこのような振る舞いに翻弄されている子がどれほどいるのだろう。愛着を正しく固定しなきゃいけない時期に、親の影に愛着を固定するなんて哀しすぎる。しかも育ててもらった事など一度もないのだ。

 生霊となった魂はやがて悪魔のようになる。愛されたくてたまらないのに愛してもらえない思いを持ち続ける人生を歩き続けている限り、大人になれない。施設の中の親の影を求める生霊の子どもの魂に「あなたを捨てたのよ」と伝えるのも、一度も育てた事のない親にできる唯一の事ではないかと思う。

 育てないのなら間に合ううちに子どもを捨ててあげてほしい。
 


|  養護施設にいる間の問題 | 01時33分 | comments:9 | trackbacks:0 | TOP↑

こんちわ

優しい言葉を頂いていたのに、お返事遅くなって御免なさいね。どうしようどうしようって思ってるうちに、あわわわって感じになってしまいました。

ありがとうございます、勉強と言うか成長の糧になりましたら幸せですね。

グラデーションですか、スペクトラムですね、そこまで極端なところに自分を位置づけ無ければならないのは辛そうですね。

何かに付けてずれてばかりの私ですがご容赦を

| でんでんむし | 2007/07/27 12:31 | URL | ≫ EDIT

少しずつよろしくお願いします


 でんでんむしさん、Mariaとは数年掛けないと信頼を得られないと思います。養護施設の子の陥りやすい、何でも受け入れてしまう性格を持つわたしの方が、外面が良いだけですが、この部分を修正中でもあります。
 
 でんでんむしさんの発信を通していろいろこちらも勉強させていただきたいと思います。ただ、あなたの情報はあなたのものだから、発信する時に明かしすぎないよう(基礎データを知りたいと言ったのはわたしですがe-263)に充分ご注意くださいね。

 愛着しょうがいにもいろいろグラデーションがあるのですが、わたしは無愛着という最も愛着のないパターンです。勉強の為ならばお互いにこれからも少しずつやりとりできればと思います、返事が遅くなってもどうか凹まないでね。

ありがとうございます。

| レイ@リンクさせていただきました | 2007/07/19 15:28 | URL | ≫ EDIT

ごめんなさい

愛着障害ってそれなりにポピュラーなことだったのですね、ネットで調べてたらそれなりに答えが出てきました、何だかかき乱しただけで御免なさい。
Mariaさんところへの私のコメント削除しました、こちらでのコメントも削除しようかと思ったのですが、僅かですがやり取りが有ったのが嬉しかったからこのままにして置きます。
目障りであれば削除して下さいな。
ただ勉強のためROMはさせて頂きます。
騒がしただけで本当に御免なさい。
愛着障害というキーワードを見つけたのは、このブログのおかげです、本当にありがとうございました。

| でんでんむし | 2007/07/19 14:56 | URL | ≫ EDIT

ありがとうございます。

お返事ありがとうございます、半年が一般論としては限界ですが思ったより厳しい感じがします。

愛着の概念がまだ理解し難いですもう少し勉強してみます、私のブログに自分のことを少し書きました読んでいただけると嬉しいです。
もっと楽に生きたかったと題した記事です。

ごめんなさいここのお二人の形を誤認しておりましたMariaさんの方にもお詫びに行ってきます。

| でんでんむし | 2007/07/19 01:02 | URL | ≫ EDIT

誕生から半年以内がMAXでしょうか


 でんでんむしさん、Mariaはあなたがどういう経緯で愛着に興味があるのかさえ知りません。わたしはある程度あなたのブログや多少のやりとりで知る事はできましたが、ここであなたが言わない事をわたしが勝手に書く事もできません。#こちらにもリンクを貼らせていただきますね。

 ですから、Mariaへの質問という事だったのでわたし自身答えずにいましたが(正しくは寝てしまった)、できる限り基礎データ程度でよいので彼女に伝え、もっと、返事があろうがなかろうが、気楽に構えて下さるとこちらも緊張が取れます。よろしくお願いします。

 その上で、

 あなたのレスコメントの背景には、3歳児神話などの、3歳までの育ちの質がその後のその人の人生全てに影響するという考えがあると思います。

 ある方は、乳児院から迎えた子の例で、誕生から2年ですでに愛着障害児になっていたそうです。誕生から1年、2年、3年と乳児院で複数の職員の手を渡り続ける事は愛着を固定する相手を定められない事に直結します。数値的には個人差もあるのでしょうが、生まれてからすぐに養親に託されてほしいです、待ったなしなので、数ヶ月以内にと思います。

 ボウルビィの資料を昔読んだ記憶をたぐると、誕生から半年の間に愛着の発達の第一段階~第二段階まで一気に上りつめ?るそうです。

 乳児にとっての対象者の未分化の時期の第二段階までの期間は生後半年までです。その頃は愛着の対象者を固定していない状況で、誰の手からも全てを受け取ります。誰が親か分からないまま受け取る時期です。固有の人の不在を不安に思わない、所謂人見知りのない時期です。

 乳児院でそれの時期を過ごすと複数の養育者がいる世界をインプリンティングしてしまいます。これがたぶん第三段階かな。

 第四が最終段階だけど、それが3歳の頃に完了すると定義しています。完了時には、必ずしも対象者に対して密着やふれあいやなどを欲求しなくなっているようです。第一段階の1人立ちかもしれません。

 それのボウルビィの愛着理論がきっと3歳児神話に影響しているんじゃないかと思います。(わからんけど)もう40年以上前の理論だから古いですね・・・。#今度、そこら辺の資料を探して親記事にしてみますね。

 生後すぐに赤ん坊ができる事は、欲求を伝える事と欲求の充足を何度も体験する事です。養育者が変わり続ける環境では、赤ん坊の欲求に気付くタイムリミットが定まらないし、手のぬくもりも見詰め合うことも、全てが定まらない状況が延々と続くという事です。

 生まれてすぐ迷子になる、愛着の行方が定まらない事、その世界観をインプリンティングして養護施設へ措置される。このような発達を促す養育環境をわたしは不幸な事と捉えています。

 生霊というのは又別のカテゴリの問題だと思うのでこのレスコメントでは触れません。あと、あなたに固有のことが分からないので一般論的なレスコメントしか返せません。それでも大丈夫でしょうか。v-73


| レイ@寝てしまった | 2007/07/18 06:12 | URL | ≫ EDIT

スルーさせてくれないわけね…

でんでん虫さん、

いくら、あたしとLeiちゃんが親しかろうと、ここはLeiちゃんのブログなの。

そこで、「Mariaさん始めまして、宜しくお願いします。」はないと思うのよ。

あたしに挨拶したかったら、あたしのブログですべきではないかしら?

もっとも、あたしは、返事するかどうかは気まぐれだから、ずっと放置されてあきれてこなくなった人もいるみたいだけど…

あたしは、Leiちゃん程、社交辞令は上手ではない。どこの誰だか判らない相手に、おべんちゃらを言う気もない。

数年間かけて、この人は信頼できそうだと思わなければ、話す気もない。

なので、あまり、あたしに話しかけないで欲しいの。返事してもいいと思うほどのコメントがあれば別だけど…

あなたの想いが伝わり、それがあたしの心に響くのであれば、あたしも返事をするけど、そうでなければ御免なさいなの。
あたしは、心理的にも不感症なの。

| Maria | 2007/07/18 00:48 | URL | ≫ EDIT

教えて欲しい

生霊って何だかすごく分かりやすかった、私には。

Mariaさん始めまして、宜しくお願いします。

”愛着を形成する期限を越えてしまい、”の期限ってどのくらいなのだろうか、三歳程度のまだ言語でコミュニュケーションを図れない年端の幼児はまだまだ期限内なのでしょうか?

愛着と言う概念がいまいち把握しきれていないんだけど、例えば3歳児程度で施設から里子(養子)に出されたとしたら、その形成できなかった愛着は容易に養親に対して構築出来るものなのかな?
平たく言えばその3歳児はまず新しい親になつこうと寄り添いに行こうとすることが多いのかな?
それとも新しい関係をまず拒否するのだろうか?
3歳児程度の場合里親不調と言うことがより低年齢の子に比べ多くなるのでしょうか?

| でんでんむし | 2007/07/17 12:48 | URL | ≫ EDIT

短い言葉でシンプルだなあ、すてき。


 文句なく、以下同文。

| レイ@うん | 2007/07/17 11:40 | URL | ≫ EDIT

 職員の話だと、ほとんどの子どもに親はいるのね。だけど、再婚していたり、精神病院や刑務所に入っていたりして、引き取るあてのない子どもが少なくないの。

 子どもは迎えに来ないけど、影がちらつく親を求めさせられる。

 親が迎えに来ないと判ったときには、愛着を形成する期限を越えてしまい、幻想の親への漠然とした愛着(?)を作ってしまう。これを、ファンタジーボンドというの。

 新しい養育者との愛着を構築するのは、このファンジーボンドが邪魔をする。幻想の親に申し訳ないという気持ちから、里親や養親に懐こうとしない。職員は、下手に懐かれると仕事に支障をきたすから、懐かせようとしないし…

 こうして、幻想の絆を心に持ったまま、施設で子ども時代のすべてを生活する。

 施設を出るときになって、ようやく「捨てられた」と判るけど、今度は、「捨てた理由」を求める。「なにか迎えにこれない重大な理由があるに違いない」と、親を捜す子もいる。

 捨てる理由はひとつだけ。

 育てる気がない

 それだけ。

| Maria | 2007/07/16 11:15 | URL | ≫ EDIT














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