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児童の感覚では子どものイメージが掴みにくい

とめいと~♪


コラム
 
 関連記事:Mariaの戦いと祈り インナーチャイルドって何?

 
 「児童って何?」と考えれば、子ども児童=二十歳以下の未成年。それ以上の情報を求めようとすると、養護的に表現するなら15歳・18歳で措置期限が切れる要養護児童

 これがわたしが捉え得る「児童」「未成年」

 でも、チャイルド、子ども、インチャイという語句にあたると全くわけ分からなくなる。
 
 それは「子ども返り療法」みたいなものだろうか。カウンセリングを受けた事がないから、人々の間で当たり前のように語られている「インナーチャイルド」のイメージが掴みにくい。又、児童でイメージすると子ども集団しか見えないので個別化できない。

 児童養護施設で育つという事は所謂児童ではあるだろうけれど子どもとも微妙に違うように感じる。その違いは「公と私の違い」だろうか。

 養護施設でも学校でも常に児童なのだ、ともかく。措置児童、要養護児童、生徒という児童。養護施設の児童を「生徒さん」という人もかなりいる。

 児童養護施設の中で多くの子ども達にまみれて生きていたので、殊更自分を大人と比べて相対的に子どもと思う為の機会を持った事がない。

 大人になって、ああ、養護施設にいた頃は確かに理屈で考えれば児童だったけれど、世間では「子ども」「チャイルド」だったんだと凄く驚いた。そして子どもの権利条約という言葉は家庭の子のものじゃないかと(勝手に)感じていた理由も何となく理解できた。

 「児童と子どもの違いについて」は夫が不思議な事を言っていた。

 彼は学校のクラスメートの中にいるときは、自分を殊更子どもとは感じられなかったそうだ。でも今思うと彼は、家に帰ると児童から子どもへと戻っていった。まるで仕事を終えて帰るような気分だったと言う。

 「児童と子ども」は明らかに違うと・・・。
 
 夫は「子どもこそ感じる醍醐味をたくさん味わった」そうだ。それは家の中で大人の視線が注がれ続ける空間で、自分はまだまだ子どもなんだなあと思う味わい方だったと振り返っている。気付けばたっぷり甘え、たっぷり安らいだそうだ。

 養護施設出身者は子どもがどこにもいない。大人気ないと悩んだ末、それでは良い大人、理想の大人とは何?と考え始める方がずっと早い。

 かえって施設で生き抜いた人が、子どもの心を持っているという事を不自然に感じる。Aさんなどについて特に子どもごっこと表現させてもらった。彼女の場合、本当は子ども時代に子どもとして存在すべきだった話なのだと思う。

 里親さんなどから「子どもらしい子どもの態度を要求され続けると」、まるで役のように子どものフリをする子どもになりはしないだろうか。とAさんの文章を読み思った。インナーチャイルドだって、子ども時代に子どもとして虐待を受けた体験を持っていなければ、心の中に傷を受けた子どもなんて存在できない気がする。(極端かもしれないけど)

 養護施設全部育ちは色々な定義が本当におかしくなっている筈と思っておいて調度いい。わたしに関してはインナーチャイルドという感覚が分からないので、その言葉を語るという整理方法は大変難しい。少し分かりにくい話だと思うが、思うままに筆記してみた。

 ・・・んぅ。まだ言い足りないので続くかもしれない。

| └ コラム | 17時54分 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

一口に言い切れないんですね、勉強になります


 Kasumiさん、ウサギさん。レスコメントをどうもありがとうございます。

 子ども返りとは違う、子どもになるのでもない。ワーク、療法としての捉え方。

 という点が大事なのかもしれませんね。

 まだ少しイメージが掴みにくいけれど、そんなに「出す」とか「出さない」というものじゃないというのはわあkる気がします。


| レイ@それぞれのイメージ | 2007/07/18 13:18 | URL | ≫ EDIT

私にとってのインナーチャイルドは、
「知らず知らずのうちに自分の中に閉じこめてしまった
子ども時代の私の感情」といった感じです。

私も、Aさんのブログ拝見させていただきましたが、
どうも、私のインナーチャイルドと、
彼女の使っているインナーチャイルドとは
なんか違うような気がしています。
私は、「こども返り」とは別物だと思っています。

私自身は、心理治療の研修を受けている時に、
インナーチャイルドワークをしました。
それは、相談業務を行う上で、
自分自身の育ちの中での「傷つき体験」を
自覚して整理することが必要だと思ったからです。

顕在化された記憶の中に残っていない出来事で
知らず知らずに傷つく体験は誰もが持っています。
だって、どんなにいい親であっても、
完璧ではあり得ないから。
故意に傷つけようとしたことでなくても、
ちょっとした言葉やタイミングで傷ついています。
そして、ケアされないまま放置された感情は
心に蓋をして忘れ去られた後も、いろいろな形で、
今の自分のありように影響を与えているのだと思います。

私の場合は、「姉」という立場で
自分が大人からの賞賛を得るために頑張ってきたことが
大人になってからも自分の生き方に大きな影響を与えていたことに気づきました。
また、すっかり忘れていた(忘れることで防衛していた)
小学生時代のとてもショッキングな出来事も甦りました。
その時に傷ついた小さな子どもが、
その後の人間関係のあり方や、
私自身の不安を引き起こしていたのだと分かりました。

同時に、大好きな父ではありましたが、
幼い私にとっては厳しい父で、
子どもの私には、
父に認められたいと思う気持ちと、
父からの重圧を感じる気持ちの両方があったこと。
だから、父に似たような男性に対して
心から共感できず、反発したくなっていた自分にも気づきました。

| ウサギ | 2007/07/18 02:45 | URL |

私のイメージ

いろいろ意味があると思うんだけど。

私が使っているのは
子ども時代の自分の気持ちを聴くということだった。

自分から子どもに返るのか?と聞かれると違う。

私の場合人格が入れ替わっていると感じるのと、その人たちを統合してると感じるときと、あら??バラバラだわと感じるときあるので、ほかの人とは違うだろうと思う。

カウンセラーがいなくても自分で出来るし。
(・・・とその方法を教わった)

私の場合、インナーチャイルドが人格になっている人もいるんだよ。
(それって解離性人格障害かどうかはDrにかかっていないから、はっきりわからない)(笑)

同じ言葉でも定義が違うから。
Aさんのインチャイの意味とσ(-_-)ワタシが使っているのとは、多分別のものだと思います。

| kasumi | 2007/07/17 19:51 | URL | ≫ EDIT














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