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「加害をしてなきゃ何でもOKか?」という問題が浮上

養護施設を出てからの問題

関連記事 Mariaの戦いと祈り

 昨日Mariaが、悔しそうに悲しそうに打ち明けてくれた。なみだ目・・・。

「あたしは女では解決できない事、男の人が出てきた事で解決へ至るっていう事が、とっても悔しい。あたし達は女だからって、あの子たち呼ばわりされなきゃいけないの?」「Edwardさんは用心棒じゃない、彼をそんな風に扱いたくない」と。

 わたしは普段の自分の感情の動きを振り返る。女であるだけでもう常に上から見下ろされやすいのに、そこへ養護施設育ち=親なしであるという事が、さらに相手の何かを刺激する。

 今回の事で、Mariaの悔しさと悲しさを目の前にして、自分のすでにあきらめ切った何かにちょっと火が点いた。わたしは男の人を今までコントロールもしなかったし、利用もしなかった。利用される事はあっても利用する方法を知らないし、愛着もないし、怒りも長続きしない。自分が女である事に甘えてきた事はなかった。でも問題は、やらなかったからといって、自分のプライドや誇りを考えなくていいのか?という事だと思う。

 施設で職員は近隣の子に何か加害を加えてないかとハラハラしている。なのに近隣の子から苛められたり加害を加えられても子どもの為に怒る職員はいなかった。むしろ「苛めた方でなくて良かった」と安心する。

 そういう子ども時代の扱われ方は自分の内面にコピーされて、やられてもやらないよりはマシという考えへ繋がりやすかったのではないかと自己分析。相手から叩き潰す人だと言われたのでショックを受け、自分は意見の違う人を叩き潰す人間なのだろうか?と実はとても悩んでいた。相手の言葉をそのまま受け止めるのは、わたしの特殊なものの考え方、受け止め方だろうと思った。

 たとえ叩き潰したつもりはなくとも、言い訳するのがおっくうで、そのまま川に流すようにこの件を事実であるかのように受け止め流してしまおうとしてなかったか。Mariaが怒る理由が理解できなくて「やらないよりは良いでしょう?」と言い、それを聞いた彼女をよけい激怒させた事、悲しませた事を整理すべきだ。

 相手から何か言われても、真実と違うのなら、

 「NO!と言うのは相手の為でもあるのよ」と。
 
 愛着がないという事は自分の心の動きにさえ愛着が持てない、すぐに過去の事を忘れてしまうという事だと思った。

 とくに白紙に戻したら、すぐに白紙に戻ってしまう。暗示に掛かりやすいのだ。でもEdwardさんは無かった事にするつもりで白紙に戻すと言ったのではない。不問にするというのではなく、ここから先はLeiとMariaの問題だという事。

 心の癖は今出来たわけじゃなく、育ちの中で身に付いてしまったものだけど、わたしは毎日のように整理作業と自己分析を重ねて認知療法をしているのに、それなのに、思わぬ角度から自分の未整理なジャンルを教えられる事になった。

 わたしの、ウィーク・ポイントは

 加害をしなけりゃなんでもOK という部分ではないかとやや気付きつつある。

 >結局あの子達にはわからないままなんだろうな…。

 わかんねえよ、わからないままだろうなとごねてる奴の気持ちなんか。(Lei心の声)

 Mariaの逆鱗に特にふれたこの言葉。叩き潰す癖があるようですねと言いながら、わたしとMariaをあの子と表現する事に違和感もある。
 
 自分よりも目下の無知な女の子達呼ばわりされたわたしとMariaが、目上の彼を叩き潰せると思っているのだろうか。

 こうなると、彼が言う「叩き潰される」という受動的意味があやふやになる。本当は「叩き潰したかった」という気持ちを受身的表現に変換しただけではないかと邪推する。

 屈折した表現すんじゃないっつぅ~の!

 養護施設出身者はよく蔑視・偏見の対象だから今に始まった事ではないけれど、せめて堂々とあなた方を叩き潰したいと表現してくれれば分かりやすかった。だってわたしは、あなたとわたしはカテゴリが違うと言っただけであり、叩き潰し合いという発想自体なかったのだから。

 #この記事も少し時間が経てばMariaの記事と同様下書きにするつもりです。


|  養護施設を出てからの問題 | 09時39分 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑

なるほど・・・


 Kasumiさん、早く目が覚めたのでレスしてます。
 
比較したり、見下していないと「自分を保てない」のだと思います。

 ↑ そうなんですか・・・。ここがやはり分からない部分です。比較しても自分の問題は自分の問題だから・・・。とは思えないのですね、こういう方は。

 わたしはこの育ちゆえに、世間では施設の子という理由で、施設内では女である事、親が精神病などで、最下層に位置づけられていました。

 だからわたしは比較する相手もなければ、比較して心の安定を図る方法も知りませんでした。その上施設は対等ではないけれど、平等を唱えてましたから。

 だから自分の発想には、他者との比較をする発想はなかった、ましてや資料的な比較じゃなく、心の安定を図る為の比較はなかったのだと、思います。
 
 Mariaのところのレスでも書いたように、かわいそうな人だと思う事で、納得感を引き出す事もありませんでした。

 でも知り合いの家庭の人も何人かはよく「あの人はかわいそうな人だから」という言い方をしているのは聞いた事があります。ずっと不思議な事を言うなあ・・・と思っていました。

今回のやりとりは個人的には興味深いです。Kasumiさんとのやりとりとは直接関係ないけれど、過去にもこういう言葉を聞いていたのを少し思い出しました。あとで記事を書くかもしれません。

 

| レイ | 2007/08/09 05:37 | URL | ≫ EDIT

そうよ。

 あなたが爆発すると、4キロ四方が吹き飛ぶ程、すさまじいエネルギーを持っているの。

 あたしは、弾薬庫の管理人ではないけど、侵入者が現れるたびに、アラートがなり、非常配備体制に入るの。
 あなたより先にあたしが爆発すれば、機先を制して爆発させずにすむ。

>わたしが怒ると手が付けられないから。でも全く怒らないか、暴走するかじゃなく、コントロールしないね。

 だから、ため込まないで小刻みに怒ろうね。小出しに怒れば、ため込まないですむんだから…
 あなたは、大きな震源を抱えているのよ。自覚していないけど…

| Maria | 2007/08/08 22:57 | URL | ≫ EDIT

消しちゃったよ・・・


 ・・・ごめん、Maria。心の声のとこですな

 Leiちゃんの「ざけんな」という言葉、生まれて初めて聞いたわ。

 なんか、言い過ぎたかな?と思い消したけどありがとう。怒るっていうのはさじ加減が大変なんだ・・・。

 わたしが怒ると手が付けられないから。でも全く怒らないか、暴走するかじゃなく、コントロールしないとね。

| レイ | 2007/08/08 19:21 | URL | ≫ EDIT

 Leiちゃんの「ざけんな」という言葉、生まれて初めて聞いたわ。

 怒ることも覚えようね。Leiちゃんがあまりにも怒らなすぎるから、ストッパーを持たない相手は、自分を止められないのよ。

 「止めてといわないお前が悪いんだ」と、どこまでも侵入するの。

 猛獣同士の争いは、「キャン」と鳴いたら、それで終わり。ところが、草食動物どうしは、制御機能がないから、とことんやって殺してしまうって、本で読んだことがある。

 自分を止めることができない人には、「止めて」と止めてあげることが、相手のためにも必要だと思うの。自己制御できないことが一番の問題であるけど…

 今後は、もっと怒ろうね。相手を壊さないためにも。

| Maria | 2007/08/08 17:25 | URL | ≫ EDIT

あの一連というか、ずっと何年もここに来ていて思うことは、「相手の側」の問題だと言うことです。
LeiさんもMariaさんにも「非(否)」があるわけじゃなくて、侵入してくる、女性を女の子扱いをしていないと落ち着かないその人自身になにかしら問題があるんだと私は思うのです。

比較したり、見下していないと「自分を保てない」のだと思います。

そんな人には、かまっている必要はないし、わかろうとしなくてもいいのです。

こちらの方が「キャパ」が広いから、侵入したいというか、かまって欲しいと「相手」が思うだけです。

嫌な相手には「NO!」(やめろということ)で次はGO!(出入り禁止)℡(それでもしつこければ、誰かに助けてもらう)がいいと思います。

エドワードさんやウルフさんは、お二人の仲間なのだから。時々助けてもらうことは、孤立していないという合図にもなるのではないですか?

| kasumi | 2007/08/08 12:10 | URL | ≫ EDIT














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