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施設を出て行く用意をしながら高校受験に挑む子たち

nyanko

コラム

 ふと、思い出したというか、あまりに当たり前なので覚えていたにも関わらず気にも留めなかった光景をここへ書いておこう。

 わたしは高校生だった。

 中学3年のその子も成績が悪く到底高校へ受かるレベルではなかった。しかしその子は高校受験に挑む事にしたようだ。

 その子は少ない荷物をダンボールに詰めながら「落ちてもいいように引越し準備する」と言っていた。施設を出るその日まで、ダンボールから物を少しずつ取り出しながら生活するのだ。この頃からその子はすでに宿泊所にいるような気分で日々を過ごす。

 自分も含め誰も何とも思わなかった。中学という区切りは施設退所を意識する時。誰でも荷物を整理する。より小さい子は上級生のそのような姿を目にしながら成長する。

 もちろん受験をしないで中学を出ていく子の荷物整理も慌しい。みんな、周囲に迷惑を掛ける事もなく、前もって用意していたダンボールを部屋の隅っこに各々1つずつ置いておく。
 
 その事を何とも思わなかった。

 中学を出て施設を出て行く事は当たり前だから、その先の高校受験はあまりに驚くべき幸運なのだ。そして高校に入っても、中退すればすぐに施設退所が待っている。だから今度は卒業までを戦い抜かなくてはならない。

 いつもの光景だったので何とも思わなかった。その事を誰かが「大変だね、がんばってるね」という人はいなかった。いや、もしそんな言葉を掛けられても困る。現実を生きているのは本人だから、優しい言葉ではとても癒されない、そんな厳しさが子ども達の心には常にあった。

 部屋の片隅にダンボールを1つ用意して高校受験へ挑む子にとって、受験はそのまま施設を出て1人働くかどうかの分かれ目だった。

 親がない子にとって中学で働きに出るという現実はあまりに厳しいものだった。ほんの3年でも引き伸ばせれば、やはり違う。高校さえ出れば事務職の募集も増える。

 それでも落ちてしまったら施設を出ていくのは当然だから、荷造りした箱をチラチラ見ながら受験勉強をする。養護施設の子にとっての高校受験とはそのようなものだったと今頃になって、その意味する事が腑に落ちた気がする。

 #この記事の体験の部分は実際にあった光景です。違う光景の施設もあると思います。


| └ コラム | 19時28分 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

詳細にありがとうございます

 
 読者Aさん、

今回のコメントは、なんとなく役所側っぽくてLeiさんの意に反するかもしれません。

 いえいえ、レジュメ的というよりは、おそらくわたしに分かりやすいようにとご配慮してくださり、このような文書構成にして下さったのだと思います、ありがとうございました。
 
 又、内容についても、自分がもし何かあった際にいろいろな条件を提示するにしてもやはり、役所サイドの考えを判っていないとなかなか相手にすらしてもらえない部分がありますから、このような話に慣れていきたいと考えていますので大変勉強になりました。

 もう最近はブログのレスが資料に感じられるので、大事にしていきたいとおもいました。

 

| レイ@読者Aさん | 2007/09/03 17:00 | URL | ≫ EDIT

生活保護のお話が出てきました。
生活保護といえば国民の最低限の生活を保障する役割を負っていますが、実際に受けられるかどうかは、自治体によって差があるような気がします。
生活保護は国の仕事ですが、国の委託を受けて自治体が事務をやっています。申請があれば、福祉事務所は申請者の収入、財産、扶養義務者などを調べます。
その人(正確には世帯)に、国の定めた「最低生活費」を超える収入があれば却下されます。また、収入がなくとも、生活に必要最低限と思われる財産(住居など)を超える財産があれば、それを処分して生活費に充てるように言い、財産がなくなるまでは保護の対象外となります。
そういった財産も何もない場合、次に扶養義務者に対して扶養するように通知を出します。扶養まではできなくともいくらかの援助をするようにと伝えます。それで援助があろうとなかろうと、結果としてその世帯の収入が最低生活費を下回っていた場合に、最低生活費との差額が支給されます。生活保護は「最低限」を保障するものなので、最低生活費との差額しか支給されません。
それから、その世帯の人に勤労能力があるかどうか。要は、「働けるのに働かない人には支給しない」という考え方ですが、「働けない」のであれば「働けない」という医師の診断書をもって認められます。診断書がなければ「働ける」と判断します。ただし高齢者の場合は能力に関係なく受給対象と認められます。
働ける場合でも、実際に職につけるかどうかは別問題です。そこで、働けるのに無職の場合は、「求職活動を行っているかどうか」が判断基準になります。とりあえず生活に困窮していれば受給対象になりますが、それには求職活動をすることが条件になります。働けるのに職を探さない場合は、保護を打ち切られることがあります。
ちなみに生活保護法は「他法優先」で、他の法律(身体障害者福祉法など)でもカバーしきれない場合に限って適用されます。

…と、通り一遍の説明はしましたが、こういう基準はすでにご存知かと思います。

最低生活費は国の基準によって定められているので自治体の判断は含まれません。一番問題になるのが、身体的精神的に勤労能力があるかどうか、そして求職活動をしているかどうか、の部分でしょう。
勤労能力の有無は医師の診断によるもので、その受診費用、診断書料は本人に支払い能力がなければ支給されます。あとは求職活動の部分ですが、ここが最も基準が曖昧なので、自治体によって大きな差が出るでしょう。

私の知る限りでは、若くて元気でも、お金に困窮していて求職活動をしていれば、保護の対象になるはずです。ところが国は生活保護費を削減しようと躍起ですから、その圧力が自然と自治体や担当者にかかってきて、基準が曖昧な部分を厳しく厳しく審査する傾向はあるようです。生活保護は自治体の業務ではなく国の業務で、自治体は事務を請け負っているだけです。いわば国に雇われているようなものです。雇い主である国には逆らえないところでしょう。

ところで、生活保護で支給される「最低生活費」は、あくまでも最低限の生活をするための費用です。ところが実際には保護の支給額が、中小企業の会社員の収入より多いという実態があって、それで国は保護費の見直し(削減)をやっています。もしも会社員たちが、自分の収入が最低生活費より低いからという理由で生活保護を申請するようになると、国はたちまち財政破綻するからです。
保護を受けている人の状態や家族構成によっては、月収30万円になることもあります。しかも医療費や保育所の保育料などはすべて無料なので、実質月収30万の会社員より裕福であることになります。若い人なら中小企業の会社員は、30万どころか手取りは10数万ですから。

生活保護は本当に困っている人はぜひ受けられないといけないものですが、一方では、所得隠し、財産隠しなどで不正受給する人も多い。不正受給が増えれば国民の勤労意欲が低下するため、審査はある程度厳しくならざるを得ません。

ところで、保護の対象に認められるかどうかは別として、申請する権利は誰にでもあります。大金持ちだって申請する権利はあります。そして、審査を受けるところまでは権利があります。
申請にきた窓口で断られるのは違法です。ですが実際には、審査しても却下されることが明らかな場合は、役所の事務量を減らすために窓口で断られることが多発しているようです。また、保護の打ち切りはありますが、保護を受けている人が辞退を強制されることも違法です。実際、辞退を強制させられて、その後飢え死にした人のケースがありました。が、これも、「打ち切り」にすると角が立つのかなんだか、無理にでも本人の「辞退」という形にもっていくケースが多いようです。

今回のコメントは、なんとなく役所側っぽくてLeiさんの意に反するかもしれません。

| 読者A | 2007/09/02 17:10 | URL | ≫ EDIT

確かに退所時は関知しないわけにいきません


 読者Aさん、おはようございます。

エディさんの疑問は私にもあります。
施設を出る時の行き先について、施設も全く関知せずに放り出すわけではないと思います。


 就職先も見つけずに追い出す事はありませんでした。施設によっては違う場所もあるかもしれません。就職浪人については、児童福祉法の制限と現実の処遇についても、やはり施設ごとの良心的配慮に負うところがあると思います。でもわたしの知る限りの施設の現実では、浪人が許されるところは1つもありませんでした。

 あとはエディさんへ答えたものと同じです。

| レイ@読者Aさんへ | 2007/09/02 06:16 | URL | ≫ EDIT

過去に書いた関連記事


 おはようございます、元里親さん改めエディさん。

 過去の書き込みにもう描いてあるのなら、どのあたりか教えてください。読みにいきます。

就職と進学は同時進行で

 さすがに就職先と住まいは施設の方で見つけます。というか、高校受験と就職先確保も同時進行に行われてると思います。だからこそ親記事では受験勉強と荷造りをセットで考えている子が多かったのだと思います。

 中卒で親のない子の場合は住み込みと労働をセットにした職場を求めるので、職人コース、建築会社の寮付き、へ行く事がメインです。

 親のある子、親戚筋が住まいを貸してくれる場合などはたぶん、そちらに住みながら浪人生活や就職活動というのがあるのかもしれませんが、詳しくはわかりません。

就職してから

 就職してからすぐに退職する子も多いです。人間関係を施設時代のままやっていると、職場では嫌われたり恐れられたりするからトラブルになりやすい、それでなくとも施設育ちへの偏見があるので、それらの目に我慢できなくなり飛び出すケースも多々あります。

 そういうやめ方をする子は大抵行方不明です。といっても施設が退所後の進路を把握できるのは退所後、1年~2年程と聞いてます。(資料に基かない、きいた話)

 そしてそもそも施設=頼る場所という風に教えられてないので、何かあっても本人は援助の申し出を思いつかないと考えられます。これは自分の心の動きを見ててもそうですから判ります。

 おそらく周囲にたまたまいた人が見かねて役所などへ付き添ったりするのがレアケースだと思います、役所から施設へ連絡が行ったり、ヤクザから連絡が行ったので仕方なく対応した職員はいたようですが、通常はあてになりません。

 しかし施設出身者が生活保護を申請しても受理されないケースもあるようです。

 当ブログ内関連記事 ↓↓↓

生活保護を受けられない施設全部育ちの現実
http://escapeorgoodfight.blog85.fc2.com/blog-entry-310.html

生活保護を断られた養護施設出身者の方々へお知らせ
http://escapeorgoodfight.blog85.fc2.com/blog-entry-314.html


施設の子同士のタイトロープな相互扶助

 女子は、水商売ネットワークというのがあり、施設育ちの女子たちで相互扶助的な役割をしています。#これは確かSTOP!施設内虐待の掲示板でも取り上げられてた気がするので探してみます。

 親のない子にとって水商売は、就職を失敗した後の裏のセーフティネットになっているのが実情です。ごく普通のサラリーマンとの結婚などを諦めるつもりで(ほぼ結婚を反対されるので)長い間水商売をする施設出身者はいます。

 たとえば生物学的姉は中卒でしたので、ずっと水商売をしながら父親くらいの年齢の人に生活とマンションと海外旅行を手当てとして受け取りながら生きていると豪語していました。それも若いうちだけですけどね。

わたしの場合の繋ぎはフリーター生活

 わたしは高卒だったので本来なら何事もなく働ける環境だったのに、生物学的親から退職に追い込まれました。その後、しばらく半分路上(?)で生活しながら記憶に残ってないフリーター(??)を現地でやっていましたが色々騙された事もわかり、生物学的親をぶん殴って出てきましたが・・・。(← ぶん殴りたい気分だけだったかもしれないが)

先輩女子による扶助

 ただ、職場を退職になった後、女子の先輩の家で何度か食事をさせてもらったので、先輩の扶助があったと思います。この後わたしは下宿するのですが、その下宿をすごく勧めてくれたのがその先輩でしたから。

 でもその先輩の旦那さんがわたしに興味を持ち始めたので、先輩とはもう会えなくなり交流を一切絶っています。なかなか難しいものです。
 

| レイ@エディさんへ | 2007/09/02 04:34 | URL | ≫ EDIT

その現実は私にも(自分の事ではないけれど)分かります。
私は先日、養護施設で浪人する子もいると書きましたが、全員が浪人を許されるわけではありません。そして、高校生でない中卒者が原則退所であることも事実でした。
それならなぜ高校進学率100%だったのか。全員がそんなに現役で合格できていたのか。そこまでは私もよく分かりません。
高校に落ちても在籍を続けられる分、教護院のほうが幸せな面もあるかもしれません。

エディさんの疑問は私にもあります。
施設を出る時の行き先について、施設も全く関知せずに放り出すわけではないと思います。
しかし就職先が見つからない子も当然、いるでしょう。
入所者の大部分は家庭出身の子なので、措置解除になれば家に戻るしかないのでしょうが、戻る家がない子の場合はどうなるんでしょう。
教護院でも、戻る家のある子がほとんどだったので、私は教護院での事例もあまり知りません。ただ私の勤めていた教護院は就職訓練をやっていたし、長年勤めている職員の伝もあったので、たいてい就職先は見つかっていました。
18歳で就職できなかった子について、20歳まで措置延長したこともあります。教護院も養護施設も基本的には18歳までが原則ですが、児相の判断で20歳までの延長が認められていますので。

それから、エディさんへの私なりの回答です。
Leiさんの時代では、おそらく、措置解除された子の面倒を見る義務は施設にはなかったと思われます。出身者が相談に来たら、道義的に追い返すわけにはいかないかもしれませんが、相談に乗る義務はありませんでした。

しかし、平成10年の児童福祉法改正によって、アフターケアーが義務づけられました。

児童福祉法
第四十一条 児童養護施設は、保護者のない児童(乳児を除く。ただし、安定した生活環境の確保その他の理由により特に必要のある場合には、乳児を含む。以下この条において同じ。)、虐待されている児童その他環境上養護を要する児童を入所させて、これを養護し、あわせて退所した者に対する相談その他の自立のための援助を行うことを目的とする施設とする。

退所した者への相談、自立のための援助が現在では義務づけられています。
退所者が相談に来て、それを門前払いしたら、児童福祉法違反になります。
私もアフターケアーで、教護院を退所した子の家庭訪問に行ったりしていました。遠くに行ってしまった子については隣の県にも行きました。

ただ、これは平成10年施行の改正児童福祉法のこと。
それ以前の施設の対応は…すべて施設の「良心」に任されていたことになります。
私はお金のことはよく知りませんが、アフターケアーが義務づけられた以上、措置費の内訳にそれなりの上乗せがあっているはずです。逆に言えば、平成9年までは、退所した子供の相談に乗るための人件費などは措置費に含まれていなかったわけです。

そして今でもどうでしょうか。義務化されたとはいえ、現実には手が回らないという感じではないかと思います。退所者に対しては、相談相手(話し相手)くらいにはなるけど、それ以上の援助をする余裕もお金もないというのが現実でしょう。

書籍化については、僕も、すべてが拝金主義の悪徳出版社だとは思いません。
ただ、悪徳出版社も少なくないのでご用心をしていただきたくて警鐘を鳴らしました。
出版業界は不況ですから、従来信頼できた出版社までもが少し変わってきたり…ということも。

施設職員のひどい仕打ち…元施設職員の私には複雑な気分です。
私のいた教護院では、少なくとも直接処遇職員は、ひどい仕打ちはしていませんでした。
職員によって教員方針が違いましたが…
とにかく気合を入れようとする職員。
小さなことは気にしないけど大きな悪いことをすると鬼のように恐ろしく変身した職員。
私は…子供を「甘やかす」と言われていましたが
とにかく子供の言い分をまず先に聞いてから怒る主義でした。
職員同士、教育方針が違うので、お互いの方針を非難しあうような喧嘩はありましたが…
やり方は違えどそれぞれ子供のことを考えてたと思っています。
少なくともウチの教護院では。

| 読者A | 2007/09/02 04:10 | URL | ≫ EDIT

ちょっとうかがいます

本当に10代半ばの子どもにとっては、とってもきついことですね。胸が痛みます。

ちょっとうかがいますが、施設の卒業生が社会に出るときは、仕事と生活の場所は施設のほうで見つけてくれるのですよね?
また社会に出てから何か困ったことがあったときは、施設に行って相談して援助を受けることはできるのですか?
今まで拝見した記述で、施設職員のひどい仕打ちなど見ていますので、もし援助の制度などがあっても、頼っていかないかもしれないとは思うのですが・・

過去の書き込みにもう描いてあるのなら、どのあたりか教えてください。読みにいきます。

HNは(元里親)改めです。あまりナマなので和らげました。みなさんの真似して”欧米か!”です。

| エディ | 2007/09/01 22:28 | URL | ≫ EDIT














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