DV環境(施設の場合は暴力空間)で育つ事は児童虐待である
養護施設にいる間の問題スタンスとしてわたしは子どもが育つ環境の話をしている。虞犯少年の立ち直りの話はわたしのカテゴリではない。虞犯少年の暴力性を目撃して育つ子どもは、被虐待児であるという話をしているのであって、近所のガキ大将との人間的触れあいと混同しないでほしい。
Mariaが養護施設は子どもの地獄という心情を語ったら、
かつては地獄だったといわれますが、どんな動物も、もちろん人間も、生れ落ち、他者と触れ合い始めるときは、喧嘩から始まります。乳児から幼児になり始めるときは皆そうです。
噛みあい、引っかきあい、傷だらけになるのです。
そこからだんだん関係性のとり方を学んで互いの配慮が生まれ、付き合い方を覚え、友情が生まれます。
とエディさんから言われ、近所のガキ大将を相手にしてるわけじゃないという心理になり、
Mariaのブログでレスした。そうしたら読者Aさんが差別だと怒った。表現としては1部キレ表現となっていて落ち着いて読むとかなり変だが(酒飲んで書いた)わたしが言いたいのは親が育てられない子が、
愛着の形成を無視した集団養護環境に生まれてすぐに詰め込まれ、しかもその児童養護施設には虞犯・触法少年も送致されてくる。その暴力性のリスクが嫌が上でも高い環境で育つ子ども達がいる事を発信している。
「どんな動物も、もちろん人間も」と括りながら他者と触れ合いはじめる時は喧嘩から始めると言うが、家庭の赤ん坊は両親との関係性を築いていくのが先で、他者との触れ合い、喧嘩は次の段階の話だ。との意味で、養護施設ではいきなり他者との強引な接触をさせられる事の問題を発信している。
養護施設に親が育てられない子がいるから、このような議論へ発展していくのもわかる。だから親が育てられない要養護児童たちを、乳児院にいる間に里親家庭へいかせてほしい。又ネグレクト環境の幼い子ども達についても同様の家庭措置を望む。
ただでさえ養護施設内で要養護児童はマイノリティだ。その発信をすると今度は家庭から来た虞犯少年たちを擁護する大人が現れる。
その後の読者Aさんの発言はさらに論点が養育環境の話から差別談義にすり替わっている。(この親記事は論点を摩り替えさせない為の記事)
あまりに彼のレスコメントが長文で読むだけでも疲弊するので、自分なりに要約すると
彼らも社会的福祉を受ける権利があり、差別はいけない。社会の施設出身者への差別を憂えているのに虞犯少年らを差別してはいけない。虞犯少年も養護施設で保護される権利があるというような事だろう。
もし、親が育てられない子が児童養護施設に長期入所せずにすむなら、虞犯・触法少年がどこで福祉的保護を受けても、それは世間一般の捉え方とそう変わらないだろう。
わたしは虞犯少年・触法少年と共に育つ養育環境を、児童虐待の話として捉えている。2004年の改正児童虐待防止法で「DV目撃も児童虐待」と位置づけられるようになった。暴力性のリスクの高い少年達の福祉的保護の為に、養護施設の要養護児童は暴力空間で育つ事になる。
その事実を語ると差別だと言われてしまった。
わたしとMariaのブログは、虞犯少年の立ち直りについては論じていない。子どもが育つ環境について気持ちを語る事で他の声なき声を持つ養護施設出身者の要養護児童も発言しやすくなるだろうとふんでいる。
瞬間的な怒りが生じ(この間から怒りやすくなったので気をつけたいが)言葉が乱暴になったが、養護施設内マイノリティの立場からの発信も発信として自分のブログで書かせてもらう。
| 養護施設にいる間の問題 | 06時53分 | comments:9 | trackbacks:3 | TOP↑

























ま、偽装ということにしとくか。
Wolfが教護院絡みの記事をアップしたのは、それなりにメッセージを込めたつもりだ。
争いを好まない女性達は、ま、予定調和を求めるが、Wolfは、いつでものど笛を狙っている。
次はないと思え。
| Wolf | 2007/09/13 22:49 | URL | ≫ EDIT